ミスティアと狂獣人サグル その一
夕闇が辺りを暗闇へと変える。それにともないサグルの体がどんどん見えなくなる。能力を封じられていると夜目も効かないのか。
私は膝にのせたサグルの顔を手でなぞり顔を記憶に残す。
「ミスティア様そろそろ行きませんと、別動隊の追っ手に追い付かれてしまいます」
死んだサグルの顔を撫でる私に男が声をかける。追われる身の私達には仲間の死を嘆く時間すらないのだ。
「もう少し、もう少しだけ時間をください」
私がそう言うと渋々ながら了承してくれた。その際ランタンを置いてくれ、またサグルの顔を見ることができた。
大事な人を失ってしまった、私の身も心を救ってくれた人を。
ガリウスを説き伏せようなんて思わなければ、あのまま二人で冒険をして勇者に選ばれなくても楽しく過ごせたのかしら。
いいえ、それはサグルの死にたいして冒涜ね。
サグルは私を勇者だと言ってくれた。なら、その思いは引き継がなければならない。
「いやああああ!!」
サラスティの悲鳴が響き渡る、ミリアスもその命の火を消したようだ。
ランタンの光に写し出されるサラスティはミリアスに別れのキスをしていた。キスのあとに胸部を押してまたキスをしている。あれは何をしているのだろう、なにか宗教的な意味合いなのかもしれない。
しばらくそれを見ていると『生き返って』や『あなたが死んだら私も死にます』という言葉を発していた。
まだ死んだことを信じたくないようで生き返ると思っているようだ。
私はサグルを地面に寝かせるとサラスティの側に向かい、彼女に死んだ人は生き返らないと諭した。
だけど、サラスティは私の手を払う。
「生き返ります! 勇者マイラに教わったんです、死んだばかりの人は生き返る可能性があると。その方法もちゃんと教わってます、邪魔をしないでください!」
死んだ人が生き返る? そんな夢物語、あるわけがない。
でも、私はサラスティの所作から目が離せないでいた。勇者マイラ、魔王を倒す勇者は異世界の転生者だと言う。それなら真奈美と同じ異世界の知識を有していてもおかしくない。
サラスティは私を払い除けるとまた胸部を押しだす。
「1、2、3、4、5、6、7、8、9、10」と3回リズミカルに胸部を押すとまたキスをする。
キスに思えたあれは、どうやらキスではないようで鼻を摘まみ、アゴをあげさせ息をふーと吹き込んでいる。息を相手の中に送り込んでいるのだろうか。
そのとき奇跡が起こった。
「がはっ!」その声と共に、ミリアスが咳き込み動き出す。サラスティは生き返ったミリアスに抱きつき涙を流した。
「生き返った……」私はミリアスが生き返ったのを見届けると、すぐにサグルの口に唇をつけていた。
生き返って! 生き返って! 生き返って!
私は祈る何度も何度も何度も、いつのまにサラスティが私の代わりに胸部を押している。大丈夫生き返る。サラスティはミリアスを生き返らせたんだから。
でも、何度息を入れても何度胸部を押してもサゲルは生き返らなかった。
サグルは生き返らないんだ。
いつの間にか登っている月がサグルを照らす。
なんでよ、ミリアスは生き返ったのにサグルは生き返らないのよ!
「タイムオーバーですミスティア様、追っ手が現れました」
男の指す方を見ると月明かりに照らされた大群の兵士達が操る馬が地響きををあげて私たちに迫ってきた。
それを見たミリアスはヨロヨロと立ち上がり盾を構える。
「ミスティア防御は俺に任せてくれ」
防御? 戦うの? なんの力もない私が?
そうね、サグルにもらった命だ、せめて戦って散りましょう。
わたしはサグルにキスをすると立ち上がり剣を抜いた。剣がバカみたいに重い、非力な私じゃこの剣は振り回せないのか。
それに、いつの間にかあの男がいなくなっている。自分だけ逃げたわけか、まあ信用していなかったけど、逃げられるなら私たちに付き合う必要はない。
迫り来る敵はおおよそ1万程かしら。絶対に逃がす気はないようね。
「ミリアスあいつらが射程に入ったら、ありったけの魔法を使って数を減らすわ」
「分かったけど無理はするなよ」
殲滅力の火災旋風である程度減らしたら超酸の雨で相手の装備を腐敗させ、なおかつ酸の火傷で行動不能にさせる。
敵が100m以内に入った。ここからじゃまだ当たらないけど、カスミに教わったあれを試してみるか。
火災旋風を30発を連続して敵が来る方にまばらに放つ。カートリッジを取り替えてその中央に更に30発の火災旋風を放った。
それは青い炎の竜巻となり敵を討つ”完全焼却”その炎は進軍する敵を焼き一瞬で塵に変えた。
「今ので1000人は倒したはず」
わたしは二発目の”完全焼却”を撃ったがそれはほとんど効果を示さなかった。一度見たため、固まっていてはまた同じ被害が出ると察したやつらは四方八方に間隔を開ける陣形をとったからだ。
「今のは100倒せたか倒せてないかだわ」
その成果に落胆していると空から風切り音を立てて何かが飛んできた。ドスドスと言う音を立て地面に突き刺さるそれは、矢じりの代わりに重りがついていて私たちの体を強く打ち付ける。
ミリアスはそれを受けてもびくともしなかったけど、私はたった一発当たっただけで吹き飛ばされてしまった。
空を仰ぎ見る私の目に二つの月が目にはいる。小月と大月、カスミが言っていた小さい青白く光るルナリスは異世界人たちは月と呼ばれており獣人に力を与える存在だと。
だったら、私に力をちょうだいよ。この劣勢を覆す力を!
「まあ、そんなに都合の良い話なんてないわよね」
私はそう言うと星一杯の空をあおぐ。
これで終わりか、このまま私は捕まって性奴隷にでもされるのだろう。
『ミスティアは勇者なんだろう ?』
サグルの言葉が響く、私は勇者だミリアスやサラスティもいるのに一人で諦めていられない。死ぬまで戦ってやる。
「ウオォォォオン!!」
狼の雄叫びが響き渡る。白い毛に覆われた獣人が私の横を疾風のごとき速度で通りすぎる。
「……うそ」
その足は大地を蹴り空をかける天馬のように走り。
「……なんで」
その爪は敵兵を薙ぎ倒し。道を切り開く。
「サグル!」
生きて、生き返ってくれた!
なんで、どうしてと疑問はつきないけど、サグルが生き返ってくれた。私はすぐにでも抱き締めたい衝動に駆られたが、とても追い付くようなスピードじゃない。
いまは生き返った奇跡を喜ぼう。
よみがえったサグルは敵をいとも容易く打ち砕き。あっという間に敵を半数以上殲滅した。
「……つよい」
どういうこと、ただの獣化でなんでこれほどの力が発揮できるの。まるでウルフドライブ。いいえ私の獣神化に匹敵する。
「ぐるぅぅぅ」
サグルがこちらを見て唸る。その目はまるで敵を見るような目で私たちを見る、眼光鋭い瞳は金色じゃなく赤く血色に光っていた。
その瞬間サグルはミリアスを襲う。なんで!? 錯乱? 復活したばかりで錯乱しているのかもしれない。私は攻撃をやめさせようとミリウスの前に立ち両手を広げる。
でもサグルは止まらず、私の左肩に噛みつく。骨がバキバキと砕け、血が吹き出す。
「ぐるうううぅぅぅ」
サグルはただ獣の唸り声をあげているだけだ、だけど本気なら今の一撃で私は死んでいる、ただの村娘の力しかないのだから。
「サグル私はあなたが好きよ、正気にもどって」
その言葉に反応して、更に牙が食い込む。悲鳴をあげたいほど痛い、だけど悲鳴は獣人にとって精神高揚剤なのだ。うめき声一つあげるもんですか。
「お願い戻ってきて!」
私は右腕で彼を抱き締め頬とも唇とも見分けのつかない場所にキスをした。
「み、ミスティア? 俺は」
自分を取り戻したサグルの獣化が解ける。
「おかえりなさいサグル」
満面の笑みで帰還を祝福したのだけど、血まみれで笑ってたら怖いかもしれない。
「お、俺は何てことを!」
私の姿を見てサグルは自分が何をしたか思い出し自分を責める。
私はサグルを抱き締め、あなたのせいじゃないと言うがサグルは首を振る。
サラスティが私に駆け寄り回復魔法をかけると、いつもなら対して効果のない魔法が効果を現し、肉がウニョウニョと動き修復されていく。
ここまで早い再生力だとスライムみたいで気持ち悪いわね。
「あ、これ腕を切って治してもらえれば、私の能力が解放されるんじゃない?」
「そうだな、なら俺が切ろう」
ミリアスが自分が切ると言うと剣を高く掲げる。自分が名乗り出たのは、私がサグルにやらせたくないのを察したからだろう。ひとのことを思いやれる人間になったんだね、私は足踏みしてばかりだと言うのに。その成長を羨ましく思いながら私は自分の両手が切り落とされるのを見ていた。
しかし切り落としたとたん、手錠は落ちた腕から私の上腕部に移動してまた元の形を保った。
失敗ね、どうやらこの手錠も呪術的なもののようだわ。
サラスティに腕を回復してもらうと、上腕部にあった手錠はまた手首に戻った。
「よし、無い物ねだりしても仕方ないわ。サグルが敵を減らしてくれたから、あともう少しよ。サグル、獣化はまだできる?」
私のその問いにサグルは首を降る。
「ごめん、たぶんまた暴走する」
「わかったわ、取り合えずサラスティを中心に陣形をとりましょう。サラスティだけは命を懸けて守って、私たちの生命線よ」
「「わかった」」
さあ、来なさい。サグルが甦った今、私のテンションはグングン上昇中よ。
「それでは私の番ですかね?」
そう言うといつの間にか私たちの輪の中にあの優男がいた。
「逃げたんじゃなかったの?」
「ははは、私の得意魔法は罠魔法ですよ?人知れず仕掛けるのが私の戦い方です」
そう言うと指をパチンと鳴らす、その動作が真奈美を彷彿とさせ私は少し眉をひそめる。
しかし、それとは裏腹に辺りからドカンドカンと火柱が立ち上がる。それは火災旋風100発以上にも相当する火柱だった。そこはまさに火焔地獄、敵兵の阿鼻叫喚の声が響き渡り、バタバタとその命を閉じていった。
「助かったのかしら?」
「ええ、とは言えあの中にザコトルスはいませんでしたので、直接王宮で待ち伏せている可能性もあります」
本当あの領主しつこいはね、とは言え今はそんなことよりサグルが生き返ってくれた。そのことの方が何倍も嬉しい。
私はサグルの方を振り向きもう一度”おかえりなさい”と言おうとしたがなぜか浮かない顔をしている。
「サグル大丈夫? からだの調子悪いの?」
「いや、大丈夫だよ。ミスティアのお陰ですこぶる良いよ」
なんで私のお陰なのだろうか、私はなにもしてないよ。と言うと私が必死に生き返らそうとしていたのを知っていると言うのだ。当然何度もキスしたことも。
私は恥ずかしくなりサグルの反対を向きちらりと彼を見るが、また浮かない顔をしている。
なにか心配事があるような顔だけど、取り合えずトウヘンボクには痛い思いをしてもらおうと脇腹をつねってあげた。
◆◇◆◇◆
ミスティアが俺を生き返らそうと必死にあがいている。でもミスティア俺はもう生き返られない終わったんだ。だからそんな悲しい顔をしないでくれ。
『お前はなぜ戦わない』
「だれだ?」
『私の名前は邪骨精霊龍、神を越えし神、星の破壊者なり』
「戦いたくても、もう死んでしまったんだ。だから戦えない」
『私の兵士がその体を残したまま死ぬことなどない』
私の兵士? 俺は大和神国の兵士だぞ。だけど神を名乗る者なら、俺はその配下になるのだろうか?
「でも動かないんです、ミスティアを抱き締めたくても動けないんです」
『月を見よ、吠えよ、すべてのものを破壊せよ』
その言葉を言われた俺は月を仰ぎ見た。瞬間、俺の意識は奪われ俺の体は雄叫びをあげた。
勝手に動き虐殺をする俺は自分に恐怖した。血に餓えた獣、肉を引き裂きその血の暖かさを楽しむ。
「やだ、やめろこんなのは俺じゃない」
『一週間後、お前は真の私の兵士として目覚める。殺せ、殺し尽くせ。壊せこの星のすべてを』
俺の体は理性を失い次々と人を殺す殺人マシーンとなる、そしてその凶刃はミリアスに向けられた。
『あいつは俺の仲間だ! 殺すな! やめろ!』
ダメだ止まらない、でもミリアスを殺す瞬間ミスティアが間に入る。
ダメだミスティア! 逃げるんだ!
俺の体はミスティアを噛み殺そうと牙をむく。
『やめろ!!!』
その叫びで、なんとかミスティアを噛み殺すのを止められた。でもその牙はどんどん食い込みミスティアを殺そうとする。
「サグル私はあなたが好きよ、正気にもどって」
『俺もミスティアが好きだ』だから殺さないでくれ。
「お願い戻ってきて!」
ミスティアの唇が、俺の頬とも唇とも言えない場所に当たる。自然と俺は叫んだ、ミスティアを殺すな!!!
その思いが通じたのか、俺の意識は肉体に戻り獣化が解けた。
たぶんまた獣化すれば俺はまた意識を取られてしまうだろう。だから獣化はできない。
『私の兵士』つまり獣人はあの神の兵士と言うことなのだろうか?
なぜ俺だけなんだ、死んだからか? 死んだから選ばれたのか? いや違うな。生きていようが死んでいようが獣人はあの神の兵士なのだ。
では、俺と他の獣人の違いはなんだ。違いなんてないはずだ、むしろ性能だけなら俺の方が上だ。
ミスティアもあの神には引きずられてないと思う、獣人なのにだ。
あ、あった。一つだけ違いがある。他の獣人にあって、俺に無いもの。それはウルフドライブだ。絆の力だ。
ミスティアは精霊だだから獣人でもあいつに抗うことができるのだろう。そして仲間の獣人はその恩恵を受けている。だから暴走しない。
つまり俺が俺でいるためには、あと一週間以内にミスティアと絆を結ばなければいけない。
だめだ、そんなことはできない、ミスティアは俺を信用してくれている、それなのに自分のためにミスティアを犯すなんてことはできない。
理由を言えば……。いや、それもだめだ。理由を言えば絆を結んでくれるかもしれない。でも、それはあの領主に体を売るのと同じ行為だ。ミスティアは絆を結ぶ行為を嫌悪している。
なら俺はミスティアと絆を結べない。汚したくない。
だけど、俺は君と一緒にいたい。
一緒にいたいんだ、ミスティア。