クロイツと天然娘アリエル その三
「アリエルごめんなさい。私、またやっちゃった」
私は血に濡れた拳をギュッと握りしめてアリエルに謝る。頑張って協力してくれたのにだめだった。
「シルフィーネ様ですか?」
アリエルはすぐに私だと気づいてくれたことが嬉しくて涙が流れた。
「一年間一緒に頑張ってきたのに、私全然成長できてなくて、クロリアの精神に影響与えて、また入れ替わってしまって」
アリエルは私を抱き締めて落ち着かせようと自分の顔を見るように言う。私はアリエルが好きだ、好きな娘が私をじっと見つめる目を離さずに。そのお陰で私は落ち着けた。
1年前最初に作り出したクロイツのコピーはアリエルとカイエルに暴言を吐き敵対した。それを心苦しく思った私は彼女を眠らせ入れ替わった。そのとき自分の素性を二人に話した。私は5才のときクロイツの人格を作り入れ替わった主人格で、幼いときから天才と言われ先祖帰りの古の勇者だと言うことを。
私が勇者だと分かったときお父様は諸手をあげて喜んだ。アキトゥー国王であるお父様は流行り病で死んだ正当継承者の母様に代わり私を鍛え上げた。
アキトゥー流剣術は女王である母様が死に正当伝承者を欠いてしまっていたが、お父様も母様から手ほどきを受けていて、形だけなら教えることができた。
しかし、私はお父様が1しか教えていないのに10どころかそれを越えて勝手に奥義に至るのだった。そしてお父様は私に嫉妬した。
たった5才の子供に嫉妬して無理難題を課し、これでもかといじめ抜いた。当然まともな課題なら私はクリアー出来たろう。しかしただの嫌がらせで完遂不可能な難題ばかり押し付けた。更にはたった5才の少女に暴走ドラゴンの対処を行わせたり、瘴気感染の対処をやらせたりした。しかし討伐なら倒せば良いだけなので天才で先祖帰りの勇者である私は難なくこなした。
そして国民から姫王シルフィーネと呼ばれた。たった5才の少女が王を冠してしまったのだ。もちろんこのあだ名を使うことは禁止された。それはそうだろう王が健在なのに他に王を冠する者がいるなどあり得ない。
しかし国民は影で王を笑い私を姫王と称えた。
その事で更に王から私への当たりは厳しくなる。討伐は名声を高めるだけなので成人するまで無くなったが課題が大の大人でも根をあげるほどの訓練量になった。
私は思った。自分が才能もあり勇者だからお父様は私を嫌うのだと、無理難題を押し付けるのだと。そこで私はクロイツという才能を持たない人格を作って入れ替わった。
でも、無理難題はなくならなかったし、才能をなくしたのはただ単に演技だと思われ余計厳しい課題を課された。
才能のないクロイツにはその課題はとても苦しく辛いものだった。
何せ、なんの才能もない5才の子供が大人でも根をあげる課題を課せられるのだ。連日ボロボロになり死にかけたことも何度もあった。しかし私ははクロイツと入れ替わることができなくなっていた。自分が外の世界に出ることが嫌で入れ替われないのだと悟った。そう悟ると私は更に深く深く落ちて意識を遮断してしまった。
次に目を覚ましたときクロイツには友達がいたミスティアという少女だ。彼女の思い人であるガリウスの自慢話を聞くのは楽しかった。そのときの彼女はとても良い顔をしていた。そのおかげかたまに肉体の主導権を取ることができミスティアと冒険もした。しかしそれは唐突に裏切られた。パーティーメンバーのランスロットと付き合い出したのだ。私達はガリウスのことは良いのかと聞いたらなにも答えてくれなかった。裏切られた。裏切られた。
私はまた闇に沈んだ。
そして次に入れ替わったのはとても暖かい気持ちに溢れたときだった。クロイツが恋をした。その気持ちが私にも流れ込んできた。未知の思い、未知の経験に私は舞い上がってしまった。ドアの前に立ったときクロイツと入れ替わりドアを突き破って目の前にいた男性を抱き締めた。それはガリウスじゃなくカイエルだった。わたしは彼を殴り倒すとガリウスに抱きついた。そして離れるように言うアリエルに暴言を吐いた。
その事を嗜めるガリウスに驚いた。奴隷をもちゃんと一人の人間と接しているのだ。クロイツも相手が誰であろうと敵対しなければ分け隔てなく接する。この二人ならお似合いだと思った。人生経験の浅い私にはクロイツと同じ対応はきっとできない、だから意識をクロイツに返した。
というか逃げた。どう考えてもガリウスに嫌われたからだ。私は卑怯ものだ。
闇に沈んでクロイツに任せようと思った。だけど楽しい気持ちが私にも流れ込んできて消えることができなかった。こんな気持ちははじめてだ。ミスティアにも抱いたことのない感情に私は舞い上がった。
だけどそれは突然来た。明確にガリウスを殺そうとする意思が私の中に流れ込んできた。私はクロイツを止めた。ガリウスを殺させるわけにいかない。その思いが届きなんとか思い止まってくれた。
しかしそれは幾度も来た。だんだん押さえることができなくなってきた。ただの人であるクロイツはあの修行を乗り越え精神的に私よりも上なのだ。抗えない。
クロイツの精神力が強く入れ替わることができない。もうこの体は完全にクロイツの物なのだと改めて感じさせられた。
『『失いたくない! 失いたくない! 失いたくない!』』
そのときクロイツの心と私の心が繋がった。クロイツは私の存在を薄々気がついていた何度も止めてくれてありがとうと言い、クロイツは死を選ぶと言いごめんねとあやまる。
私もそれに了承した。
『『ありがとう、そしてさようなら』』
次に目を覚ましたとき、いや正確には意識が戻ったときクロイツは目を覚まさなかった。自分が起きればまたガリウスを殺してしまうと言う思いが伝わってきた。
でも私も死んだ身だ、クロイツの代わりをするなどおこがましい。そこで私はクロイツのコピーを作った。その子にこの体を託した。もちろんガリウスに関しての記憶はすべて抜いた。
だけど、失敗した。クロイツのコピーは失敗した。私の意識が大量に入ってしまったせいだ。私は矮小で薄汚い。
大事な二人をガリウスのクロイツの仲間を傷つけた。
『お前はいなくなれ!』
作ったばかりの精神は私よりも弱く簡単に入れ替わることができた。私はすぐさまアリエルとカイエルに謝罪をした。そして私がどういう存在かも伝えた。
昔アリエルを罵ったこともそのとき謝罪した、カイエルは自分が殴られたことよりアリエルのことにかなり怒っていたがなんとか許してもらえた。
だけど一度作った人格は消すことができなかった。この子は成長する。そうすればまた私の精神を越えてしまうかもしれない。またみんなを傷つけてしまう。
私は二人にこの事を相談した、何とかして欲しいと。自分で撒いた種なのに解決は他人任せなのだ。だけど何とかしないとこのままではクロイツが死んだ意味がなくなる。
そこでアリエルの提案でクロイツのコピーを改造して完全に別人になると言う提案を受けた。そこで私はコピークロイツすべての記憶を抜き。妹のマリアの性格を参考に新たに構築した。その際にアリエルの神の祝福を使い代わりの知識を入れた。
そしてアリエルは言う、このままだとまた何かあったときにキレて入れ替わってしまうと。だから私の精神力を高める修行をしようと言う。
修行は嫌だ、昔の思い出がよみがえる。でも私はこの二人やガリウスを傷つけるわけにはいかない。
修行と言うので身構えていたら、ただ話をするだけだと言われ拍子抜けをした。
だけど、その日々はすごく楽しかった。アリエルはなんでも知っていて話上手だ。私の心は癒されていった。1年たつ頃には私の心からは険が消えた。消えたと思っていた。
ティアちゃんが怪我をするのを見て切れてしまった。
「私はダメだね」
「ダメじゃないですよ、切れない方がおかしいですからシルフィーネ様はなにも悪くありません」
「本当?」
「はい、助かりました。ですから自分を責めないでくださいね」
「うん」
「取り合えずここは離れた方がいいですね」
アリエルは私の手を取り、逃げるようにイートスペースから離れたのだった。
「クロリアさん、さっきは私のために怒ってくれてありがとう」そう言って私に抱きつくと、でもクロリアさん怖かったと言いう。良く見ると小刻みに震えている。あんな凶悪な行為を目の当たりにしたら怖いわよね。
「ティアちゃんごめんね」そう言って私は小柄な彼女の体を抱き締める。妹さえ抱き締めたことないのに皮肉なものね。
「アリエル、二人には私のこと教えた方がいいと思うの」
「そうですね、つじつまが合わなくなりますし協力してもらった方がいいかもしれませんね」
アリエルの許可をもらい私は自分のことを彼女達に伝えた。最初はビックリしていたが納得してもらえることができた。
「それじゃあ、私は消えるわね」
その言葉にアリエルは消えるなんて言わないでくださいと言い怒る。ごめん、ちゃんと見守っているからといって許してもらえた。
私はガリウスと同じくらいアリエルが大好きだ。愛している。この気持ちは伝えることはないだろう。クロリアが愛してもらえるならそれで良い。
「じゃあ、いくわね」
あ! そう言えばアリエルは星の巡りが悪いのよね。クロリアになる前に修正しないと。
「アリエル、運勢が良くなるおまじないするわね」
アリエルはおまじないですか?とキョトンとする。アリエルは頭の良い子だからそう言うのは信じない人なのか、おまじないに懐疑的である。魔法や呪術はすべて体系化されておりアリエルはそのすべてを知る。その中に運に冠するものはない。運とは神だけが扱えるものだからだ。
だけど神以外にも運を操ることができるものがいるそれが勇者だ。勇者には戦星術というものがある。この戦星術は六色の勇者だけが使える。
「そう、運勢が良くなる気休めのおまじないだと思えば良いわよ」
「空に満は安らぎの闇、地に沈むは育みの光。暗転せよ世界、我は星を導く者なり」
その祝詞と共に世界は闇に包まれる。皆は突如辺りが暗くなりあわてふためく。
「空に瞬く星々よ我を見よ、彼を見よ」
そして私たちの周りに星のきらめきが降り注ぎ私たちの周りを衛生のごとく周り出す。
「十二の星座の神よ、我の呼び掛けによりその座する位置を変えたまえ」
「牡羊を星の神に捧げよ、牡牛を地の神に捧げよ。双子はその身を分かち 蟹はその爪を失い 獅子は咆哮し 乙女の涙は 天秤で計ること叶わず、 蠍の毒を矢に塗り 弓を射る、射たれし 山羊は山を駆け巡り 、水瓶の中で双 魚は死ぬことはなし」
「彼の者アリエルの星の巡りを正しく導きたまえ」
星の光がアリエルの周りを綺羅星のごとく煌めく。星が一つまた一つと消えていき、すべての星が消えると世界はまた日の光を取り戻し青になる。
「すごい、なんですか今の」
そう聞かれた私はドヤ顔で「おまじないよ」と言いきった。アリエルを脅かすことができて満足したし、これでアリエルが厄介ごとに巻き込まれることはないわね。さて、そろそろクロリアと変わらないとね名残惜しいけど。
私は軽くアリエルにキスをするとお別れの挨拶をした。しかしそんな私にアリエルは顔を引き寄せ愛情たっぷりのキスをする。
「ちゃんとわかってますから」
「な、な、なゃにお~~」
顔がほてり呂律が回らない。情けないな私、年下に良いようにもてあそばれている。
「わ、私は死人だから、そう言うのはクロリアにしてあげて」
「シルフィーネ様、あなたは死んでいません。ちゃんとここにいます」
「でも、私は。クロイツを殺して……」
「大丈夫です、そのうちクロイツ様も目覚めます。クロイツ様が目を覚ませば私の神の祝福でクロイツ様の記憶を改編してガリウス様を攻撃しないようにします。だからそのときはガリウス様の元に行きましょう」
「うん、そうだね。そうできたらいいね」
「大丈夫です! 私を信じてください」
「はい!」
私はその返事と同時に短剣を抜きなにもない空間に短剣を投げつけた。その短剣は空間に飲み込まれ消えた。
「おいおい、すげえな。俺に気がつくとか何者だよお前」
なにもない空間から声が聞こえる、アリエルにも誰にも視認できない。だが私にはその存在がわかる。
「あなたこそ何者よ、さっさと姿を表しなさい」
「ふむ、まあいいか」
そう言うと空間が揺らぎその姿を露にさせる。その姿は魔族を彷彿させるがどこか違う。
「お初にお目にかかる我はデスヘッド様の腹心デスハンド、星が動いたので何事かと来てみれば、お前はもしや古の勇者か?」
「だとしたらなに?」
「古の勇者はすべて幼少期に抹殺してたはずなのだが、どこで漏れたのか不思議でな。……この気は黒の勇者かあそこはシルフィーネとか言うポンコツとマリアと言うゴミしかおらなんだはずだが」
私がポンコツ? 幼少期から天才と称されてた私が? ならばその体で私の強さを味わいなさい。
「アキトゥー流剣術 奥義 闇十六夜」
十六の闇の刃が敵を穿つ、一度放てば敵を切るまでその刃は消えることがない血に餓えし闇の刃。その身をもって私を愚弄した罪をあがないなさい。
「闇十六夜ね、その技は昔味わったことがあってね」
奴は右腕をあげると腕が触手のようになり十六に別れる、その触手が伸び、十六の刃を受け止め切られる。それと同時に闇の刃も掻き消えるように消失する。
「なっ!」
「つまり致命傷を受ける前に自分から当たりにいけば良いのさ」
こんなバカな避けかたをするなんて、傷ついた腕は治ることはない、だから普通はこんな避けかたはしない。と言うかできない。だが奴はそれをした。しかも切り口がみるみる回復していき元の状態に戻る。ここまでの回復力を有するのは使徒位のものだ。
だけど、どういうこと。こんな使徒がいるなど聞いたことがない。
回復した十六の触手はまるでヒュドラのように私を襲う。頭を潰しても復活するんじゃきりがない。不死身のヒュドラとか質が悪い。
だけど相手が悪かったわね。
「アキトゥー流剣術 神義 闇鼬ノ颶風」
私が剣を突きの形で前にだし、捻りを加えると剣から黒色の竜巻が発生して十六の触手を粉々に切り裂き、あまつさえデスハンドをも切り裂いた。
「大したことなかったわね」
ボロボロに崩れ落ちるデスハンドを見て私がそう呟くと私の後ろからデスハンドが「そうですか?」と言いほくそ笑む。
「余裕ぶってるけど、あなたの攻撃はみえみえよ」
私は後ろから私を刺し殺そうとするデスハンドの爪を剣で押し止める。
「さすがですね」
そう言うと後方に下がり私の追撃を避ける。
「すごい回復力ね、まるで使徒じゃない」
「まあ、使徒ですからね」
「は? あんたみたいな使徒がいるなんて文献にのっていないわよ」
そのときアリエルが私も戦いますと前に出る、デスハンドがそれを見逃さずに手を振ると爪が飛び出しアリエルを襲う。アリエルはその動きを察知できずに棒立ちになっている。私は手を伸ばしそれを防ぐ。
その攻撃は私の肉を裂き骨をも破壊した。左腕が死んだ。
「シルフィーネ様!」
「大丈夫よアリエルあなたに怪我がなくてよかった」
私は粉砕した腕を土蜘蛛の糸で縫う。回復魔法などかけたら追撃が来るだろう。隙は見せられない。
そしてこいつは強い。黒ノ神剣がないと倒せないかもしれない。
幼少期に会っていたら確実に殺されていたわ。とは言えこいつ私をポンコツといったわよね?
「ねえ、あなたがそのシルフィーネを見たのはその子が何歳のときなの」
「そうだな10歳になる頃だな、魔法剣もろくに使えないごみだったわ」
そう、10歳か……。
私がクロイツを作ったから、こいつはそれが私の実力だと思って見逃したのか。
「ふふふ、アハハハハ!」
「なんだ、あまりの怖さに気が触れたのか?」
「いいえ、私のバカな行いで、好きな人を助けることができる幸運に喜んでいるのよ」
とは言え手詰まりだわ、黒ノ神剣さえあれば……。
剣、神様からもらった剣。これが抜ければ使徒殺しの技が使えるかもしれない。だけど私にこの剣を使う資格があるの? いつも逃げてた私に勇者の資格があるの? いいえ、今はそんなことは関係ない。みんなを助ける、助けさせなさい!
「抜けなさいよね」
私は祈るように呟き複製勇者ノ剣を鞘から引き抜いた。