ミスティアと偏執狂の領主 その三
「獣化!」
その叫びと共に俺の体が膨れ上がる。それにともない苦痛が増す。しかしミリアスのように意識が朦朧とするようなことはない。
真奈美様が言うには俺達人工生命体には魂がない。
そのおかげで呪毒が魂を蝕む苦しみからは免れることができる。今はそれを良しとしよう。
俺は周りにいる兵士達をなぎ倒しミスティアの元に駆け寄り、ザコルトスの一物も切り落とす。ザコルトスの鮮血がミスティアを赤く濡らす。
俺はトドメをさすべく腕を振り下ろすが、その腕をゴミルトスに止められてしまう。
回復力に全ての力を回しているせいで本来の力がでない。とは言え俺の一撃を止めるとはこいつは口だけじゃなく結構な手練れだ。
力を回復力に回すと爪の硬度まで変わるようだ 、いつもなら一撃で切り裂く鋼鉄が俺の爪を削り出す。
このままじゃじり貧だ、ならば!
俺は左腕をゴミルトスに向け振り下ろす。その一撃を剣で切り裂くが衰えているとは言え獣人の毛は容易く切れるほど脆くはない。
しかし数度の打ち合いで俺の腕からは大量の血が流れ落ちる。
「ふはは! 噂の30万殺しの獣人とはこんなものか」
ゴミルトスが勝ち誇ったように俺を嘲り笑う。
「俺はその時にはいなかったからな、弱いんだよ」
俺は握り拳を作りゴミルトスの顔面めがけ拳を放つ。
「遅いわ!」
俺の拳めがけ剣を振るうが俺は拳を開くとすぐさま手を引いた。その瞬間俺の拳から放たれた血糊はゴミルトスの目を覆った。
「ぐあっ!」
その一瞬を見逃さずゴミルトスに蹴りを入れ吹き飛ばした、蹴られたゴミルトスは壁まで吹き飛ぶとそのままグタリと力なくうずくまった。
「ミスティア逃げるぞ!」
俺はミスティアを負傷した右手で抱えるとミリアス達のもとへ行き、ミリアスを左手にサラスティを背中に乗せ食堂のドアを蹴破った。
「ダメよ! 解呪薬をもらわないとあなたが死んじゃう!」
逃げる俺を止めようとミスティアはジタバタと必死にあがく。
「ミスティア、あいつらは俺達を生かしておく気はない。お前を手に入れるために口封じに殺す気だ」
そう言うとミスティアは「でも少しでも可能性があるなら……」とまだ抗う。
「そんな可能性は1%もない!」
俺は怒気を孕ませてそう言うとミスティアはうなだれてごめんなさいと一言謝る。
◆◇◆◇◆
逃げる私達の前に一人の男がいた、あのギルドでゴミルトスの代わりに私を説得した優男だ。
「私はヤマト神国の者です。あなた達を逃がします着いてきてください」
だが予想に反してその男はヤマト神国の者で潜入調査中だったというのだ。
だけど、その言葉を鵜呑みにするわけにはいかない。
「ヤマト神国の代表の名前は?」サグルが真奈美の名前を知っているか聞くが真奈美の名前は公表されていない、代表はブカロティになっている。だけど2級市民以外は皆知っていることだ。
「それを私が言えば首が飛んでしまいますよ三せい獣のサグル様」
「そうだな、それを知っているなら信じて良いようだ」
サグルは三せい獣という言葉を聞くと一瞬ピクリとするが、彼の言うことを信じたようで脱出の道案内をお願いした。
「あちらに馬車を用意してあります」
「待って! サグルの解呪薬を手に入れないとサグルが死んでしまうの」
男は一瞬考えるがすぐに首を振り無理だと言う。
薬は領主本人がすべて使っており予備は無いと言う。仮に予備があったとしても口は割らないだろうと。
「いやよ! 私は残るわ」
私はサグルを助けるすべがないことを信じることができなくてジタバタと足掻いた。だけど非力な私の力じゃ獣化したサグルを振りほどくことはできなかった。
庭に出ると全ての守衛が倒されており、中庭には4頭立ての馬車が止めてあった。男は操車席に座ると私達に乗り込むように促す。
「離してサゲル!」
私は渾身の力を振り絞りサグルの体を殴り獣人の毛が衝撃を吸収する。
「お願いよ、あなたを失いたくないの」
「王都を目指してくれ」
私を無視して馬車に乗り込んだサグルがそう言うと男は手綱を叩き馬車を出発させた。
「何でよ! サグル死んじゃうんだよ?」
いつの間にか人の姿に戻ったサグルを振りほどくことすらできない自分の非力さを呪いたくなる、その苛立ちをサゲルにぶつけた、死ぬゆく運命にあるサグルに当たった。
本末転倒だ。
「僕は死ぬのが運命だったんだ。その運命の中にミスティアを助けることができたと言う項目が増えたんだ、笑って逝けるさ」
「そんなのは自己満足よ! 残される私はどうすればいいのよ!」
「ミスティアは勇者なんだろう ?」
「私は勇者なんかじゃないよ」
大切な人一人救えやしない勇者など存在する価値すらない。
「ミスティア、勇者とは弱い心を奮い立たせて頑張る人の事だよ。最初から強い心を持ってる人は勇者になれない」
サグルは私は自分が傷付きながらも歯を食い縛り頑張る勇者だという。そんなミスティアだから命をかけて救いたいんだと言う。
「それと今後は自分の身を犠牲にするのはやめて欲しい。それで助けられる者は死ぬよりも苦痛を味わうこともあるんだから」
「それをあなたが言うの?」
自分を犠牲にして私を助けるサグルが私には同じことをするなと言う。
「ミスティア、僕達はあの時助かるすべがなかった、どうあがいても死ぬ運命だったんだ。だから自己犠牲とは違うんだよ」
そんなのは詭弁だ、自己犠牲にかわりない。
「僕は人工生命体だから長生きはできないんだ」
サグルは言う人工生命体は急激な成長により通常の人間の10倍のスピードで年を取ると、生きられても10年位だと言う。
「10年でも……、10年でも良いから生きてよ! 側にいてよ!」
「ミスティア……」
サグルは私の言葉に二の句を継げずにただ私を抱きしめるだけだった。
何時間抱き締められていたろうか、サグルが不意に口を開く。
「ミスティア僕は培養液の中で君のことを聞かされて育った」
「なにを……」
「聞いてくれ、そこで僕はミスティアがその身を犠牲にしてまで国民を守っている話を聞いた、その時僕は君の側で君を助けたいと思った。だからさミスティア、さっきも言ったとおり俺の寿命は短い、その命を君のために使いたいんだ、大好きな君のために」
「私は、私はサグルに生きて欲しい、私なんかのために死なないで欲しい」
「お二人さん、二人の世界を作ってるところ申し訳ないが追っ手だ」
男が後ろを親指でクイッと指す方向から土煙を上げて30騎程の馬が追いかけてくる先頭にはゴミルトスもいる。
「罠魔法を仕掛けておいたのだけど、部下を犠牲にしたのでしょうな」
その瞬間ミリアスが異常に苦しみ出した、サグルも苦しそうに唸る。
「サグル!」
私は彼に駆け寄り背中をさする。
「ああ、どうやら呪毒はその効力を進めることができるようですね」
「どういうことよ!」
逃げ出した私に対する見せしめ及び口封じ、戦力ダウンも兼ねていると男は言う。
そして24時間を待たずに二人は死ぬと言うことだと言う。
「そんな」
「なあ、あんた」
サグルが苦しそうに御者席に座る男に話しかける。
「なんでしょうか?」
「悪いがミスティアを任せて良いか?」
「ええ、テレポーターにはちゃんとお届けしますよ」
「頼む」
そう言うとサグルは立ち上がりドアのノブに手をかける。
「サグル、何をする気なの」
「僕があいつらを足止めするよ」
こんな状態のサグルを行かせられない、今にも倒れそうなほどフラフラなのに。
「ダメよそんなの」
「ミスティア! 俺は君を助けたいんだ命に変えても」
サグルは私の言うことを聞いてくれない、止めても無駄なのだろう。なら私のやることはひとつだ。
「分かった、なら約束して生きて帰ってくるって」
「いや、おれは」
「ダメよ! 約束してくれなきゃ行かせない」
「分かった必ず戻ってくる」
その言葉を聞き私はいつの間にかサグルの唇に自分の唇を近付けていた。だけど唇を重ねるのは思い止まった、今そんなことをすれば別れのキスになってしまう。
「早く帰ってきてね」
私はサグルをドアの方向にむかせると軽く背中を叩いた。
「ああ、待っててくれ。必ず戻るから」
そう言うとサグルは獣化し馬車から飛び出すと追っ手を迎撃するべく後方に走り出した。
◆◇◆◇◆
獣化した時の痛みが先ほどとは段違いだ戦闘力も激減している、だけどそんなことは関係ないミスティアは俺を信用してくれて送り出してくれたそれが今はすごく嬉しい。
帰りを待ってくれる女がいるんだ負ける気がしない。
絶対に生きて帰ってやる!
だがこのままでは先程と同じで俺の爪は奴の剣に防がれてしまう。
再生力に命を回していてはダメだ。攻撃力に使うんだ
痛みは気力で我慢するんだ。
命を燃やせ、帰れるだけの生命力さえ残っていれば良い。いや、ここで出し惜しみは無しだ、すべての生命力を使いきる。生命力が0になろうが俺は帰って見せるさ。
「成し遂げる爪!」
俺の爪から光の刃が伸びる。
生命力をつぎ込んだ究極の刃、その刀身は伝説の剣をも上回る。
命が削れていくのが手に取るようにわかる。まるでフライパンに乗せた脂身のようにドロドロと溶けだしていく。
だが今はそれを気にしている暇はない。すべてを使いミスティアを守るのだ。
俺の一撃はゴミルトスの剣を切り裂きゴミルトスをも切り裂いた。
残りの兵もかなりの手練れだ、統率のとれた動きはまるで猟犬のようだ。
「だけどな、狼が犬に負けるわけにはいかないんだよ!」
兵士達は付かず離れず距離を保ちながらチクチクと攻撃をする。ゴミルトスを切ったときより動きが鈍い、あの一瞬に力を使いすぎたのか兵士達の動きをとらえられない。
時間がない俺は狙いを近い奴から弱い奴に変更した。すでにリーダーは倒して頭を潰した。弱いものほど動揺して本来の力が出せていないはずだ。
弱いものを狩るのは狩の鉄則なのだから、狩る立場から狩られる立場に落ちると人は弱いものだ。
俺のもくろみ通り一人また一人と俺に命を狩られていく、すでに半数以上の兵士を殺した。だが俺の命の終わりも目前だ。
その時、俺の腹から剣が突き破って朱色の血しぶきが上がる。
「くそ獣人が!」
殺したはずのゴミルトスが俺に剣を突き立てて背中からけりを入れてくる。俺はたまらず地面い転がる。
まずい致命傷だ内蔵を破損した。再生力すら攻撃力に回した今では治すこともできない。
油断した、死を確認せずに横たわる者の側に寄るなど愚の骨頂。
「なぶり殺しにしてやるわ!」
ゴミルトスはそう言うと部下から剣を取り、俺を殺さない程度に切りつける。
「ひゃははは、死ね! 死ね! 死ね!」
ゴミルトスは狂ったように剣を振るう、すでに避けることもできない俺はいいように切られるしかなかった。
だがその剣撃は急に勢いをなくし終わる、俺は顔を上げてゴミルトスを見ると奴はニヤリと笑いミスティアを俺の前で犯してやると言う。
ゴミルトスは兵士に命じて俺を捕縛するよう指示を出す。
動けない、すでに全ての力を使いきった。
だけど。
だけどな。
「ミスティアをお前達のいいようにさせてたまるかよ」
全てだ、すべて使いきれ! なにもなくても良い。なくても出しきれ! この体さえも使いきれ!
俺の体が燃えだす、命すら使いきった俺にあるのはこの体だけだ。何もないなら俺の存在を使え!
紅蓮に燃える成し遂げる爪がまるで蛇のように兵士達を貫き焼き殺す。
「なんなんだお前は!」
ゴミルトスは俺を恐れるように後ずさりをする。
「教えてやるよ、おれはサグル、聖獣サグルだ!」
そう叫ぶのと同時に俺の成し遂げる爪はゴミルトスをナマスギリにして消し炭にした。
終わった、もう何もない。できれば最後はミスティアの膝枕で死にたかったけどな。
「……ル!」
ミスティアの声が聞こえる。もう目も見えない幻聴が聞こえるようじゃそろそろ終わりか。魂がない俺はこのまま消滅するのか、ミスティアのことを忘れるのは嫌だな。
「サグル!」
その声と共に柔らかいものが俺を包み込む。
幻聴じゃないし幻覚でもない。ミスティアが俺を抱き締めている。
「……なんで」
「嘘をついた、あなたを置いていけるわけ無いでしょ」
ミスティアでも嘘をつくことがあるんだな、俺としてはおいていってほしかったけど。
「ミスティアは頑固でバカだな」
「そうよ私は思い込んだら一途なのよ」
でもそのおかげで最後の願いが言える。
「ごめん、もう目もよく見えないんだ。最後のわがままを聞いて欲しい。できればミスティアの膝枕で死にたい」
「……わかった」
そう言うとミスティアは俺を寝かし膝に頭を乗せると頭の髪をサラサラと撫でる。
温もりが伝わってくる、生まれたときは冷たい実験室の中だったけど、死ぬときは好きな人の膝枕で死ねる。
「最高だな」
「私は最低の気分よ」
「ごめん、膝枕なんかさせて」
「バカ! そう言う意味じゃないわよ」
そう言うと滴が俺の頬を濡らす。
「泣いてるの?」
我ながらくだらないことを聞くなと思う。ミスティアは「当たり前でしょ……」と言い俺の頭を抱き締める。
俺は自然と「ありがとう」と言うと「なんでお礼なのよ」とミスティアは泣きながら笑っていた。
「そうだね、おかしいね」
ああ、俺は幸せだよミスティア。ただ君を泣かせてしまったことが心残りだ。
できればガリウスに受け入れられて幸せになって欲しい。僕が、俺がその役目をできないのが残念だけど。
もう声も聞こえない、すべてが暗く闇になる。
ミスティアの温もりだけが俺を包む。
さようならミスティア。
そして、ありがとう。




