ミスティアと偏執狂の領主 その一
サラスティの件を全て終わらせた私達は、彼女を連れ娼館宿を出て表通りへと戻った。
「サラスティ!」どこからともなく彼女を名前を叫ぶ声が聞こえた。彼女の名前を叫んだとおぼしき鎧甲冑の男が私達の間に入り彼女を自分の後ろに私達から守るように隠す。と言うかバカ王子じゃない!
しかし、彼女を守る姿からはバカ王子だったとは思えない面構えだった。でも、鎧はボロボロで疲労が顔に出ており今にも倒れそうだ。
「お前らにサラスティは渡さない!」
そう言うと腰の剣を抜き、私達に切っ先を向ける。いや、私達敵じゃないけど。私はすぐにバカ王子だと分かったのに、あちらが分からないとなると、なんか私が王子を気にかけていたみたいな感じじゃない!
「お久し振りですミリアス王子、昔ナンパした女の顔をお忘れですか?」
まあ、ちょっとした意地悪、このくらいは許されるよね?
それに、あんな風に守ってくれるサラスティが羨ましかったからと言うのもあるかな。
「ミスティア 、そういう意地悪は良くないよ」
私が意地悪から言ったことが分かったようで、サグルは私をたしなめる。
「ん、ごめん」
私はサグルの顔を見ずに謝る。それを先ほど怒鳴ったことを怒っていると勘違いしたらしく、さっきは言い過ぎたごめんと言う。
「謝らないでよ、あの言葉は私の心に響いたんだから」
そう謝られたら台無しだ。私はサグルのすねを軽く蹴る。サグルはやっぱり怒ってる? と聞くが私はそれに答えずにミリアスの元にいく。
「男してるね」
私はそう言うとミリアスの鳩尾を割りと本気で突く。 それを見事に呻き声一つ立てずに耐える。本当に変わったものだ。
「あ、ミスティアさんか?」
前にナンパされたときに鳩尾を食らわせたのだけど同じことして思い出すなんて、少しこめかみに血管が浮き出た。
「それで、想い人と会えたわけだけど、あなた達はこれからどうするの?」
サラスティにそう聞くとミリアス様にお任せすると言う。
ミリアスはそれを聞くと、兄を頼る考えらしい。兄と言うと第二王子ミノバ=ディル=グランヘイムか、彼は今チバケインの庇護下にありグランヘイム王国を再建中だそうだけど。
「あなたミノバ王子とは仲が悪かったわよね」
私がそう訪ねると俺はディルのことは兄貴とは言わない、俺が兄貴と呼ぶのは一人だけだと言う。その兄貴の名前はガリウスだと言う。
どこにミリアスとガリウスの接点がとも思ったけど。よくよく考えればあの戦いの後、ミリアスは生きていたのだから、ガリウスと交流があってもおかしくない。
だけど、あの黒の戦士だったガリウスと倒れていただけのメルウスと言う男が同じガリウスだと言うのだ。ミリアスに詳しく聞いても勇者マイラに聞いただけだから分からないと言う。
ガリウス、勇者のパーティーにいたのか。私には着いてきてくれなかったのに……。
当然と言えば当然か、私は偽物の勇者、ガリウスの力なら勇者のパーティーの方が相応しい。
しかし、にわかには信じがたいが眼力がましたミリアスの言葉は私を十分に信じさせる説得力があった。
「分かった、私達もガリウスに会いにく所だから一緒に行きましょう」
ミリアスは私が自分を誘うことが以外だったのか目をこれでもかと言うくらい開き驚く。
一緒に行っても良いのか? と問われたが、このまま二人を残していくなんてできない。
「すまないミスティア、正直助かる」
そう言うとミリアスは深々と頭を下げる。
私は勇者だから困ってる人を見捨てていけるわけ無いでしょう、そう言うとミリアスは助けてもらって何だが、勇者は俺の中ではマイラ姐だけだからと言う。
「その勇者って死んだと言う?」
そう言うと、ミリアスは「マイラ姐は死んでない!」と私を威圧する。その後、勇者マイラがどれだけ素晴らしかったかミリアスは私に力説すると少し落ち着きを取り戻し。「だからマイラ姐が死ぬわけはない!」と呟いた。
「わかったわ、ごめんなさい」
親しい人の死なんて信じたくない、一%の可能性でも信じたい。その気持ちを考えず配慮のない言葉だった。
それに、今の私は勇者じゃないしね。
「まあ、勇者は何人いても良いんじゃないかな? 古の勇者は6人いたっていうしね。僕にとっては勇者はミスティアだから」
そう言うとサグルは私の肩に手を乗せニコリと笑う。
「まあ、そうだな実際ミスティアにはサラスティを助けてもらってるしな。二人には感謝しかない」
そう言うと、ミリアスはまた頭を下げるのだった。
「それで、ミリアス王子は何でそんなにボロボロなの?」
私のその言葉に手を降ると「いや、ミリアスで良いよもう王子じゃないから」と言う。
そして、ミリアスは勇者マイラと別れてからの経緯を話し出した。
まず一度アキトゥー神国に戻ったパーティーは一端解散することになったそうで。それは各々やることができてしまったせいなのだと言う。
マリアは国際会議で魔王になったガリウスの無実を訴え、ゼロスは勇者の剣を王国連合に返却するためマリアに同行。
そしてミリアスはガリウスにマイラの救助要請をするために魔王城へ向かうと言うことになったらしい。
その途中でサラスティに会いに行ったら、すでに売られていて助け出すと言うミリアスとサラスティの家で争いがあったのだと言う。
サラスティを助け出そうとするミリアスを阻止しようと追っ手を差し向けたが、全員ボコボコの返り討ちにしたそうだ。
俺はサラスティを失う気はないからね。例えどんなに汚れても俺の妻だから。そう言うとサラスティを引き寄せニコリと笑う。
そしてサラスティはミリアスに平手打ちを入れて「私はあなた以外と寝たことはありません!」と憤慨する。
「いや、例えだからたとえ」
そう言うと、土下座をして平謝り状態になった。
そのミリアスにサラスティは抱きつき「でも、その言葉嬉しいですと言う」
本当に羨ましい。でも良かった、間に合ってたんだね。他人事だけど素直に嬉しい。
感動している私をよそにサグルが難しそうな顔をする。
「つまりミリアスくんは今追われているのかい?」
サグルがそう言うとミリアスはコクリと頷く。そうなるとちょっと不味いとサグルが言う。お尋ね者と一緒ではテレポーターが使えないと言う。
王国の首都、それも王宮内にあるテレポーターまで指名手配されている者を連れていけない。国境をちゃんと抜けているそうなので今ミリアスがここにいるのが分かるのは時間の問題ね。
「しかし、よく国境で捕まらなかったわね」
「あいつら昔の俺しか知らないから、捕まえられると思っていたんだろう。そのお陰で助かったけどね」
そう言うと、昔の俺は酷かったからなと自虐を込めて笑う。
「今のあなたは格好いいわよ」と言いかたをパシッと叩くとドスッと前のめりに倒れた。
「ミリアス様!」
え、私そんなに強く叩いてないわよ。
サラスティの回復魔法をかけるが怪我はそれほどではない。 目を覚ましたミリアスはすまない、気が緩んで疲れがどっと出たようだと言う。
私はバッグからヤマト神国製のポーションを渡しミリアスに飲ませた。さすがうちのポーション、一気に体力が回復したようで顔色がすこぶる良くなった。
しかし、どうしたものか。
歩いて国境を越えても次の国でも手配されているだろうから逃げられない。テレポーターには乗れないし手詰まりだわ。
「すまない、俺が足を引っ張るわけにはいかない、お尋ね者を連れてあるいてはサラスティにも危険が及ぶ。だから、二人にサラスティを預けて俺一人で兄貴のところに行こうと思う」
そう言ったミリアスの頬をサラスティがひっぱたく。ガチ殴りで。
「私はどんなときでもあなたと一緒です! もう二度と離れません!」
サラスティはそう言うとミリアスに抱きついた。
ミリアスはそれに答え抱き締めると、俺達二人はこのまま兄貴の所に行く、サラスティを助けてくれてありがとうと言うと、二人で町の外へ行こうとした。
私は二人を止めようとしたが、すでにサグルが二人を止めていた。
「待ちなよ、二人だけで行かせるわけないだろ」
二人を止めたサグルが一つの提案をした。二人を僕達のパーティーメンバーとして登録すると言うのだ。ミリアスは後ろ楯がないから追われている。ヤマト神国が後ろ楯になれば解決するんじゃないかなとサグルは言う。
もちろん魔王城へ着いたらパーティーは解消すると言う方針でね。
「そうね、それが良いと思うわ」
私はサグルの案に賛成した。多少揉めはするかもしれないけど、それが最善でしょうね。
「しかし、これ以上迷惑は……」
「馬鹿ね、このまま見捨てる方が寝覚め悪いわよ」
「そう言うことだね、それに目的地は一緒なんだから気にしなくて良いよ」
そしてサグルは続ける、ただ助けてもらうのが悪いと言うなら、こう考えてよ、君達は魔王の知り合いだなら魔王は君たちを襲わない。安全に魔王城へ行くための御守りを僕たちは手に入れたってね。
ミリアスはそう言われ、お互いに理があるならと納得してくれた。
そうと決まれば善は急げよ、私達はすぐさま冒険者ギルドに行って二人のパーティーメンバー申請をした。
そこでやはりミリアスは手配されていると言われ取り囲まれた。
しかし、現在は世界の危機であり一人でも強い者が欲しい、そう言う経緯もあり、私がヤマト神国の勇者候補だと言うと、騒動は収まった。とは言えまだ周りには私達を取り囲む冒険者でいっぱいだ。
だけど、少し様相が違う。
二人を取り囲んでいる冒険者達はミリアスの事情を聞き涙を流して二人を応援している。 冒険者達ってなにげに涙もろいところあるんだよね。普段はいがみ合っていても人情ものに弱いのだ。
パーティー申請は受理されたのだけど、受付からこの国の領主には気を付けた方がいいと注意を受けた。
私に対しかなりの偏執狂的ファンらしく、何をして来るか分からないと言う。
その領主は国を上回る軍を持っており国王さえも容易には逆らえないのだと。
「他の国のテレポーターを使った方がいいかな?」
「でも、ミスティアやミリアスくんは早くガリウスに会いたいんだろう」
そう言われたとき私の心に何かがチクリと突き刺さる。
「どうしたの?」
「何でもない……」
「で、早く行くならやっぱりこの国のテレポーターを使うべきだと思うんだ」
「そうね、でもすんなり行くかしら」
最悪強行突破だとサグルは言う。この国さえ出たら、ヤマト神国に連絡をいれ、ミリアスを仲間として保護するよう伝えると言う。ここから連絡しないのは私達が魔王城へ行くのを止められないためだと言う。
「この国さえ出ればヤマト神国相手に喧嘩を売るような馬鹿な真似はしないだろうしね」
私はその言葉を聞いて、いつの間にかヤマト神国の後ろ楯があると言うことに安心している自分に気がついた。
守るべきグランヘイム国民もすでに自分達はヤマト神国国民だと言う雰囲気だし。例え二級市民だとしても、その生活は貴族のそれと変わらないレベルなのだから気持ちは分からないでもない。
私もすでにヤマト神国国民なのかもしれないわね。
その時、ギルドの扉がいきよいよく開けられ重装備の兵士達が雪崩れ込んできた。
一番手前の兵士がフードをあげると「裏切り者の勇者ミスティアはおるか!」と叫んだ。