仲間との絆
そう言えば、パンを買ってあるのを忘れていた。俺はカバンの中から固く焼き上げられた小麦色のパンを取り出すと皆に一枚ずつ渡した。
「ガリウス様、食事の後で真名命名について実験したいのですが、よろしいでしょうか?」
真名命名については俺がアリエルに解明を頼んだことだ。むしろ実験ならお願いしたい。
俺は快く承諾すると、アリエルに何をすればいいのかを尋ねる。
だが、アリエルは予想外にも魔物に真名命名を付けてくれと言う。魔物を強くしてどうするんだろう。
アリエルは俺よりも頭がいい、何か面白いことを考えたのだろうがさすがに意表を突かれた。
「どんな名前を付けるの?」
「弱き者とお願いします」
「分かった、じゃあ、火の始末して魔物退治といきますか」
俺たちは武器を持っていないので、そこら辺で拾った枝に一撃に全てを懸ける剣をかけ3人に渡した。
念の為、三人に試し打ちをさせてみた。いきなり実践で使わせるわけにはいかないからね。
試し撃ちをすると、三人ともすごく興奮しだした。まあ、木の枝で大岩が消滅してるからね、普通は驚くよね。
三人に新たに一撃に全てを懸ける剣を渡すと、俺はマップで魔物の確認をした。南方2km程のところに一匹狼のゴブリンがいたので、そこに向かう。
作戦は俺がゴブリンに真名命名をかけ、カイエルの方に逃げ、それをカイエルが素手で倒すという作戦とは言えない作戦だ。
しかし、一匹狼のゴブリンは雑魚ではない、それを素手で倒すとなると至難の技だ、まあ、危なかったら加勢しよう。
「では、私はここに隠れております」
そう言うと、カイエルは木の棒を腰ひもに刺すと茂みに隠れた。
一匹狼のゴブリンの方に向かって歩くと、俺に気がついたようで、こちらに向かって走ってくる、真名命名弱き者と命名して皆の方に逃げる。
俺に追い付く直前、茂みからカイエルが飛び出す。
虚を突かれたゴブリンは一瞬足を止める、カイエルはそれを見逃さず、正拳突きを食らわす。
ゴブリンはその一撃で絶命した。
さすがに、パンチ一撃で殺せるような力はカイエルにはない、俺はアリエルに説明を求めた。
「真名命名により弱体化させました」
「そんなことが出来るの!?」
「むしろ……。この能力はこう使うものだと思われます」
つまりアリエルが言うには真名と言うのは魔物や武具が持つもので、人間には通常付けないもので、俺の使い方に問題があるというのだ。
ただ、使い方に関しては神の祝福の掲示は大雑把な使い方しか教えてくれないらしく、正解は無いと言う。
その昔、神と邂逅したと言われる大魔法使いが残したトンデモ本に神が中途半端な説明で神の祝福を与えるのは神のスキルである神の祝福の限界や可能性を調べるためだと言う仮説もあるらしいのだ。
そうなると、色々な使い方を模索するのは神が望んだ正しい使い方だと言うわけだ。
そして、アリエルは3つの神の祝福の説明を始めた。
真名命名
魔物の弱体化、武器強化、配下の魔物強化
自己暗示
自己強化
必殺技命名
ダメージ倍増
となり、3種とも似ている能力なのは最初の神の祝福に引きずられるそうで、相互作用を狙ったものらしい。
だが、真名命名に関しては、かなり逸脱していると言う。
正直これ1つで全ての神の祝福を網羅できると言う。
しかし、この真名命名は掲示を受けてないんだよな。神様手を抜きすぎてませんかね?
「ガリウス様、次は逃げる者と名付けていただいてよろしいでしょうか?」
「了解」
次のゴブリンを探し出すと言われたとおりに逃げる者と名付けた。名付けられたゴブリンは目にも止まらぬ早さで逃げ出した。
「逃げ足が強化されてますね」
脱兎のごとく逃げ出すゴブリンがおかしくて皆でそれを見て笑っていたのだが、突如としてゴブリンの反応が消えた。
俺たちはその消えた場所に向かった、そこにあったものは灰のような物の山だった。
その灰は、石やひのきの棒が崩れ去ったときの物と同じだった。
「……代償。」
アリエルが震える声で、そう言う。
「どういうこと?」
「逃げる者で、逃げることに特化したゴブリンは目的を達した為、対価を支払ったと言うことかもしれません」
驚異的な能力と引き換えに、自己の存在そのものを使ったのだろうと言う。
……存在そのものをか。
「まて、だとしたらミスティアはどうなる?」
「救国の女勇者ミスティア、彼女はまだ国を救っていませんので……」
「つまり、国を救ったら同じ事になる?」
「……分かりかねます」
嘘だろ。なんだよそれ、ミスティアが死ぬ? またか? またなのかよ?
また俺が、ミスティアを苦しめるのか。
「ガリウス様?」
俺は……。俺に出来ることは……。
せめて、同じ苦しみを味わおう。
「真名命名 救国の勇者」
俺は自分自身に真名命名を使った。
しかし、効果は現れない。
「真名命名 救国の狂兵」
だが、効果は現れない。
「なんでだよ!ミスティアだけに、なんで!」
「ガリウス様、お止めください」
アリエルは俺に抱きつき真名命名をやめさせようとする。そうだ、アリエルがいた。アリエルに考えてもらえば良いんだ。
「アリエル命令だ、俺に合う真名を考えろ」
「嫌です!」
「もう一度言う、俺に合う真名を考えろ」
「いや、です……」
クロイツが俺の頬を強く殴る。邪魔な女だ今はそれどころじゃないんだ。俺はクロイツを睨んだ。彼女は必死な形相をしてアリエルに手を伸ばしていた。
「あなたはアリエルを殺したいんですか!」
アリエルが抱きついている俺の腕が、朱色に染まっている。
その朱色のものは血だった。アリエルの目や口から血がが吹き出し俺の体を朱色に変えていたのだ。
「うああああああああああああ」
すぐに全ての力で復元するでアリエルを回復させた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
何をやっているんだ。アリエルが拒否することなど少し考えればわかったことだ。俺は自分のエゴのために、アリエルを苦しめて死のふちへと追いやった。
俺はアリエルを抱き締め、謝ることしかできなかった。
「そんなに、自分を責めないでください」
アリエルが俺の涙を指で拭う。
「もう、どうしたら良いか、分からないよ」
泣き言を言う俺を、クロイツが優しく抱き締める。
「カイエルあんたも、混ざりなさい」
カイエルが俺を抱き締める、俺に抱き締められてるアリエルも俺を抱き締める。
「私たちは仲間でしょ、一人で抱え込まないで」
「でも……」
「辛かったら泣けば良いし、愚痴だって言えば良いんです」
「クロイツはそんな弱い男、嫌いだろ」
「女はね、好きになった人の弱いところは見ても嫌いにならないものなんですよ」
「馬鹿なんだな」
「そうですね、ガリウス位には馬鹿ですね」
そう言うと、クロイツはふふふと笑う。
「でも、俺は自分の手でミスティアに呪いをかけた、死の呪いを」
「まだ、ミスティアは死んでません」
「だけど、魔王を倒した時にミスティアは死ぬ」
「まだ倒してません、だから死にません」
「皆で知恵を出し合えば、なにか解決方法が生まれるかもしれません」
「そうです、ガリウス様、諦めたらダメです、一緒に解決方法を探しましょう」
アリエルが俺を強く抱き締めて言う。
「私も及ばずながら知恵を出しますので、どうか無茶はお止めください」
カイエルが俺を強く抱き締めて言う。
「あなたは皆に愛されてるんですよ、その命を無駄にするのは妻である私が、許しませんからね」
クロイツが俺を強く抱き締めて言う。
「まって、まだ妻じゃないよね?」
「まだってことは妻にしてくれるんですね」
クロイツの優しい笑顔が俺の乾いた心を潤し癒す。その潤った心からまた水が流れ落ちる。
「ごめん、これで泣くのは最後にするから少し時間ください」
俺はみんなの見てる前で泣いた。すべての涙を追い出すように。
いつまでも、いつまでも。
「寝ちゃいましたね」
「そうね、もう少しこのままでいてあげましょう」
「しかし、この格好だとクロイツ様の……」
「発情したら殺す」
「はっ! 了解であります」
どのくらい意識を失っていたのだろうか。人は精神的負担が大きくなると意識を失うのか。目を覚ました俺を皆は抱きついたまま笑顔で迎えてくれた。
「ありがとう」
俺は心からのお礼を、一言だけ言った。
どうやら、小一時間ほど意識を失っていたようだ。
「一度、宿屋に戻ってから対策を考えましょう」
俺はクロイツの言葉に顔を見ずに頷いた。クロイツの顔を見ようとしたが恥ずかしくて見れない。
それを察したのか、クロイツは俺の頬を両手で挟み顔を持ち上げ目と目を合わせた。
ダメだこれ、たぶん顔真っ赤だ。
本当ダメだから、見ないでくださいやめてください!
「惚れちゃいましたか?」
「そんなことは無い、とは言いきれないです。優柔不断ですみません」
「ミスティアも心が折れたときに優しくされて心が揺らいだのかもしれませんよ」
「今、それを言うんですか」
「今だからですよ」
「そう、ですか」
一人で戦って傷ついて泣いて、それでもまた戦って。ミスティアは強い娘だけど、支えが必要なときに俺は側にいなかった。
「私、昨日ミスティアに宣戦布告してきました」
「昨日? もう王都に帰ってきてるんですか?」
「私も神の祝福を二つ持っているんです」
そう言うとクロイツは神の祝福の説明をする。一つは見える範囲への瞬間移動視線の歩み。もう一つはマーキングした場所や人の側への瞬間移動思考の歩みだと言う。
ミスティアにマーキングしてあるので、すぐに会えるそうなのだ。
そして昨日、会いに行って俺を奪うと宣言してきたそうだ。
奪う宣言もなにも……。ミスティアにとって、俺はただの幼馴染みだ。
「ミスティアは、今でもあなたの事が好きですよ」
「でも、あの二人はキスしてた」
「そうですね。でも好意を持ってる人のキスは何気に避けれませんよ?」
「そんなわけ」
その瞬間、俺はクロイツにキスをされた、動けなかった。
今からでも突き飛ばせば止めさせることはできるけど、できなかった。
長いキスが終わったあと『ね?』とイタズラが成功したような表情で笑うクロイツが愛しくて、また顔を背けた。
「ダメです、こっちを向いてください」
そう言うと、ぐいっと顔を正面に向きかえさせられる。
「避けられますか?」
「無理でした」
「そういうことですよ」
「でも、なんで俺とミスティアの仲を取りなすようなことを?」
「嘘は嫌いだからですかね?」
何が『一途に思う者』だ、完全にクロイツに心を奪われている。
「もう一度キスしますよ?」
「やめてください」
もちろん、俺の言うことなど聞いてくれるはずもなく、一度目より濃厚なキスをされてしまった。
「あんなに強いあなたが、まるで赤子のようですよ?」
力が入らない、なんだこれ。俺はミスティアが好きだ、でも……。そんな俺に三度目のキスをしようとする、俺はそれをなんとか阻止した。
「耐性ついちゃいましたかね?」
そう言うとクスクス笑う、俺の頬が熱い、クロイツに触れていたい。
でも、俺は。
「不意打ちでキスするのはやめてください」
「わかりました、次からはあなたからしてくれるのを待ちますね」
やばい、この人はマジでヤバイ。距離をとらないと俺の心が侵食される。
と言うか、アリエルとカイエルの二人がじっと見てる。恥ずかしいのでやめてください。
話しを変えよう。
「あ、そうだ皆にも、マップと鑑定つけるね」
「マップと鑑定ですか? そのようなことが出来るのですか?」
「一応、俺のマップと鑑定も後付けだから、できると思う」
「危険性は無いのですか?」
そうだ、これは真名命名でつけたものだ。危険性がないわけがない。また同じ過ちをするところだった。
こんな得体の知れない力で得られる能力なんて欲しくないよな。
「アリエル。この力はガリウスになにか害を与えることはないの?」
だが俺の予想に反して、クロイツが心配してたのは俺の身だった。
俺はクロイツを下衆な勘繰りで疑ったのだ。
「正直、分かりませんが真名命名をつけられたのは石の方であり、その石の存在を使って能力を得たと考えるのが妥当だと思いますので危険は少ないと思われます」
アリエルの説明を聞いてクロイツは安堵の表情を浮かべる。本当に心配してくれていたようだ。
でも、俺が浅はかだった。正体不明な物で能力を皆に与えようとしたなんて。また同じ過ちをおかすところだった。
この件は、安全が確約されるまで保留しよう。
「では、お願いします」
クロイツが俺の前に立ち能力をくれと言う。
「いや、話し聞いてたでしょ? 安全かどうか分からないんだよ?」
「ガリウスだけ危険にさらすわけが無いじゃないですか。死ぬときは一緒ですよ」
いやいや。さっきクロイツは俺が同じ事しようとしたとき止めたよね?
人はダメで自分は良いって。俺だってクロイツが死んだら嫌なんだよ。
「ガリウス様、危険性は極めて低いと思われます」
アリエルが迷ってる俺にそう言う。
でも、0じゃないなら俺はできない。皆を危険な目に遭わせたくない。
クロイツは危険は冒険者なら、いつも死と隣あわせだと言う。だったら生き残る可能性を増やすために、あなたの役に立ちたいしねと言うとウインクをする。
だめだ、こうなるとおれはクロイツに勝てない。たぶんこの先ずっと勝てない気がする。
「わかった、そのかわり皆死ぬときは一緒だからな」
クロイツ、アリエル、カイエルはコクンと頷く。
俺は人数分の石を拾い汝は全てを見通す神眼」と汝は全ての道を示す者を使って三人にマップと鑑定をつけた。この二つはスキルではないらしくステータスには表示されない。
「これは、すごいですね」
クロイツが驚き喜んでいる。
「でも、俺は君に死んでほしくないんだよ。それは覚えておいて欲しい」
そう言われたクロイツは顔を赤くしてうつ向く。クロイツは攻めに強いが守りに弱いようだ。
それを言ったら、あなたにだけ弱いんですと頬を染めて言われた。
俺も……。いや今はまだ。
「帰りましょうか」
クロイツが俺の手を引き帰宅を促す。
「そうですね」
俺はその手を強く握りかえす。
帰りの際、俺のステータスを確認したら『一途に思う者』から『一途に思うが優柔不断な田舎者』に変わってた。
ごめんなさい……。