ミスティアとゴブリン軍団 その二
前回の周辺諸国が侵攻してきてから1年以上の歳月が過ぎたある日、城門前に大量の魔物が発生した。
こんな場所で魔物が大量に発生したことなど、今まで一度もない。
その魔物たちが城門の前に大挙して押し寄せてくる。秩序だったその動きはまるで軍隊のようだった。
瘴気感染ならば魔物は暴徒と同じようなものでただ暴れ狂うだけなのだけど。
よく見るとゴブリンと言うには明らかに個体が大きい、通常ゴブリンは大きくても1m程なのだけど、あのゴブリン達は2m~3mはある。
あれをゴブリンと言うには語弊があるかもしれない。
「おい、ミスティアどうするよ。こちらから攻めるか?」
サブリーダーのゼンクウが私に指示を仰ぐ、未知数の相手にこちらから攻め込むのは無謀だけど、あの中に門を破壊できる奴がいたらマズイ。
とは言え、私の一撃でさえ傷がつかないのだから、あの中に門を壊せる奴がいるとは思えないけど。
ガリウスならあるいは……。
「お前が一人で行ってこい」
そう言ったのはニグルだった、今やニグルがこの隊のリーダーで、私はニグルの情婦でサブリーダーですらない、そして今やニグルに逆らえるものは誰もいない。
私はあれから徹底的に調教された。だけど私はまだ折れていない、言うことは何でも聞こう、聞かなければ民が殺されるのだから、民を守るその支えがあるから私は私でいられる。
「さすがにそれはムチャだろう」
メンバーのダイスがニグルに抗議をするが、ニグルは一瞥をくれるとダイスを恫喝する。
「あ? 俺に逆らうのか犬の分際で」
ニグルは加入当初8人全員を再起不能レベルまで殴打して私の権利を主張した。今の私はニグル専属の情婦だ。
「いいえ、すみません」
最近はニグル以外と絆を結んでいないせいで8人は獣化できない上に大幅なパワーダウンをしている。
それに、ニグルが頻繁に8人に暴力を振るうのでその時の傷が完治しないのだ。
「ん、わかったわ。わ、私が一人で行きます、だから、あなた達はここを守って」
多いと言っても、しょせんはゴブリン。私の敵じゃない。
「おいミスティア、いくときはいくと言えと言ったろうが!」
「申し訳ございませんご主人様、んっいかせていただきます」
「よし、いけ」
私は服装を整え戦闘準備に入る。
「……獣神王」
獣神王した私は一人でゴブリンを屠る。戦闘は良い、あいつに抱かれなくて済むから。
しかし、やはりこのゴブリン達はいつものと違う。体色も微妙に違っていて赤、青、白、緑、黒の五色に分かれているようだ。
それに、ただサイズが大きいだけじゃない、ゴブリンなど比較にならないくらいに強い。
敵の分析しているとゴブリンが一斉に引いて五人の鎧をまとった戦士が私を取り囲む。
額の地肌からは角がのび、まるで実験体一号のようだ。
「汝がミスティアか? 吾は五人衆第一の将シュテンなり、尋常に勝負をいたせい!」
赤い鎧の男が前に出て私との勝負を望む。
「お待ちをシュテン様、ここは私イバラキにお任せください」
先手必勝。私がシュテンに襲い掛かろうとしたとき、緑の鎧を着た男が戦いに横槍を入れてきた。
「黙れ痴れ者め! 我が四天王最弱の鬼が戯れ言をぬかすな!」
「はっ、オオタケ様、申し訳ございませぬ」
黒色の鎧の男が横槍を入れるイバラキを咎める。
四天王ってあんたら五人衆でしょうに……。
5人の鎧戦士達と大型ゴブリンたちは私を取り囲むだけで襲う気配がない、何がしたいのこいつら。
「まあまあ、冗談はそのくらいにしましょう」
そういったのは白い鎧の女で
「男というのはほんに阿呆よのう」
男たちを馬鹿にしたのは青い色の鎧を着た女で手に持った扇子でイバラキの頭をたたく。
イバラキがタテエボシ様おやめくださいと言っていたので、必然的に白い鎧の女がモミジと言うことになるわね。
「まあ、モミジとタテエボシがそう言うなら、余興もここまでにしておくか」
シュテンと言う男がそう言うとゴブリン軍団が避けて道ができる、そこから現れたのは私の見知った女だった。
「実験体1号、久しぶりね」
「お久しぶりですねミスティアさん。ああ、それと私を呼ぶなら精霊鬼とお呼びください。ガリウス様からいただいた素晴らしい名前です」
天然なのか素なのか、わざとガリウスの名前を出す精霊鬼に私は苛立ちを覚える。
私はその苛立ちを、全てぶつけるように技を放った。
神の祝福 虚剣斬撃
私の見えない剣が精霊鬼を襲う。
しかしその一撃は精霊鬼のただの刀で弾かれた。
「ミスティアさん、その技はすでに覚えました。私を倒したいなら違う技を使いなさい」
そうだった、実験体1号は一度見た神の祝福はそのすべてを理解して防げるようになる。そしてその能力の最大の特徴は神の祝福をもコピーして自分のものにすることだ。
だからこそ真奈美はその能力を危惧して精霊鬼を廃棄したのだ。
精霊鬼の刀が光る。
その斬撃は私の体を切り刻む。斬撃が一つじゃない!? 私の体に切り傷が十、その内の四つが私の手足の腱を切った。
私は力なくその場に膝まずいた。
まずい、この虚剣斬撃で切られた傷は回復が困難になる。
私の治癒能力では半日以上かかる。
「虚剣斬撃ですか。姑息な技ですね不意打ちじゃないと普通は当たりませんよ」
普通は正面からでも、よけられないわよ。
「なぜ、斬撃が十も」
「ミスティアさんは剣の才能がなかったのでしたね」
そう言うと精霊鬼は技の解説をする。
呑気なものだ、いや余裕なのでしょうね。
この技は任意の場所を最大10ヵ所切りつける技で、一度に10回まで攻撃できると言う。
あなたは1日10回まで使える技だと思っているようですが、といってクスクスと笑う。
「そう、解説ありがとう」
私は落ちた剣に触り、残り9発を精霊鬼に向けて放った。
腱が切れていようが関係ない剣に触ってさえいれば、この神の祝福は使える。
しかし、その斬撃もすべて一本の刀で防がれた。
「ミスティアさん、殺気を放ったら切りつける場所など予測できてしまいますよ」
さすが元魔物、戦うセンスが人間とは桁違いだ。
「おいおい、実験体1号さんよ俺達のミスティアに何してくれてんの?」
いつのまにか8人の獣人たちが私を守るように取り囲む。
「なんで来たの、門を守りなさい!」
門を抜けられたら最初に殺されるのはグランヘイム王国民だ、それだけは絶対にさせない。
「門ならニグルに守らせている問題ないだろ」
ニグルは私を凌辱するために真奈美が作った人工生命体だけど、その戦闘力は8人の獣人たちでも勝てない。
だけどあんな天邪鬼な人が門をちゃんと守るわけがない。
「おやおや、ミスティアは逆ハーレムを満喫しているようですね。ガリウス様に報告しておきますね」
「だまりなさいよ!」
私の怒りに我関せずとばかりに精霊鬼は話を続ける。
「ガリウス様には私達がいますから、ある意味ハーレムですね。とは言え人数ではあなたに負けてますかね。でも魔王になられましたから女などより取り見取りですけどね」
一瞬、私は精霊鬼の言うことが理解できなかった。頭の中が白くなって血の気が引くのが分かった。
「ガリウスが魔王になった? なぜ、どうして? どうやって?」
「勇者と名乗る人間が情けない人間ばかりで闇の使徒であり魔王であるガリウス様は失望されました。故に世界を壊滅させることにたのです。まず手始めに、偽勇者の大和神国を潰させていただきます」
なんで魔王なの? 私のせいだ。ふがいない私のせいでガリウスは魔王になったんだ?
闇の使徒であるガリウス、真奈美と同じように使徒で静と言う女性の生まれ変わり。
ガリウスが女性の生まれ変わりだとしてもガリウスが好き、私のせいならガリウスを止めないとこの私の手で。
私のことはいい、だけどガリウスが私のせいで世界から敵と思われるのは耐えられない。
ガリウスは思い込みが激しい、こうと思ったらテコでも動かない。子供の頃ガリウスが取ってきた山鳥の卵をゆでて食べちゃったら食事もせずに一日中泣いて、私が二個取ってきてそれで許してくれたと言うこともあったっけ。
それを食べたいと思ったらそれを食べたいとしか思えなくなるのよねガリウスは。
でもそれは思い込みが激しいというか、食い意地が張ってるだけか。わたしは懐かしさのあまり吹き出してしまった。
「わたし、なにかおかしいことを言いましたか?」
精霊鬼が私が噴き出したことに不快感を示す。
「あなたが知らないガリウスのことを思い出してたのよ」
「そうですか、それは羨ましくて妬ましいですね」
「おい、実験体いつまでも余裕こいてんじゃねぇぞ!」
そう言ったのはゼンクウだった、すでにウルフドライブと獣化を済ませており臨戦態勢だ。
「あらあら、しばらく見ないあだに痩せこけてしまいましたね、痩せ犬ですか? ゾンビ犬ですか? ああ、負け犬でしたね」
そういうと馬鹿にしたようにケラケラと笑う。
その態度に腹を立てたゼンクウは爪を伸ばし精霊鬼に襲い掛かる。
しかしそれは白い鎧の女モミジに防がれる。
その動きは獣人を遥かに凌駕し、ゼンクウは手や足を短剣のようなもので地面に縫い付けられ腹を踏まれ仰向けに倒れていた。
あの子の強さ、昔の精霊鬼以上の強さがあるんじゃないの。
「母様、こいつら聞いていたよりもはるかに弱いのですが」
弱いと言われたゼンクウはギャンギャンと吠えるが、腹を再度踏まれると舌を出して気絶をした。
「ミスティア、あなたこの犬たちとちゃんと絆を深めてますか?」
精霊鬼があまりにも弱くなった獣人たちを訝しみ、私にとって触れられたくないことを聞いてくる。
「あなたには関係ないでしょ!」
私は声を荒げこの話を続けさせないようにした。だけど精霊鬼は空気を読まないでさらに話を続ける。
「ああ、そうでしたあなたは不完全な精霊でしたね、いうなれば半精霊でしょうか、ですから能力の授与には――」
「……うるさい、うるさい、うるさい! それ以上喋るな!」
私の血が恥ずかしさのあまり沸騰する、精霊鬼が知っている以上ガリウスもこのことを知っているだろう。
そして頭の中が白くなり血の気が引く。
「……申し訳ありません、あなたの気持ちも考えず言いすぎました」
そう言うと精霊鬼は頭を垂れて私にあやまる。
あやまるな、敵のくせに! 私を馬鹿にして楽しんだくせに!
私はいつの間にか泣いていた。魔物に同情されたからか、私の心を少しでも理解してくれる者に会えたからかなのかは分からない。
凌辱される毎日で誰も私の心のことなど気にしない、それが敵である精霊鬼が私のことを理解しようとしている。
たぶんそのことが、そんなことがうれしかったんだ……。
「それで、そちらの方はどなたですか?」
精霊鬼が指さす方には私の心を壊そうとする破壊者がいた。
「おいミスティア、こんな連中にいつまでかかってるんだ。さっさとしろやグズが」
そこにいたのはニグルだった。