王都はやっかい事しかない(前編)
必殺技命名か。俺は落ちている小枝を拾うと、真名命名を行わずに、そのまま大木に向けて叩きつけた。その刹那、頭に技名が浮かび上がる。"一刀両断"その技名を声に出して叫ぶ「一刀両断」小枝が光輝き大木に接触すると、その表皮に巨大な傷後を残した。
ただの小枝が大木を傷つけたのだ、威力では真名命名に遠く及ばないがこれだけ威力があれば真名命名よりも使い勝手が良いはずだ。
それに真名命名と違い、小枝は手元に残っている。真名命名は手元になにも残らないので素手で戦わなければいけなくなる。その点だけ考えても、遥かに優秀なのだ。
ついでにもう1つ気になっていることがある。魔力操作と自己暗示は効果的には被ることがある。被った場合どうなるのか調べたい。
こう言うのは気になり出したら止まらなくなる。失恋したばかりで何をやってるんだとも思うが、他に気をまぎらわせられるならそれに越したことはない。
まずは身体強化をする為に身体中に魔力を流す。次に自己暗示「我が速さ、風を抜く 疾 風 迅 雷」
特に見た目は何も変わらないようだが。
自分の体を見ても何も変わることはない重複しないのか? そう思い一歩を踏み出したその瞬間、俺の体は宙を舞っていた。
母さん、俺は今空を飛んでいます、人間は頑張れば自力で空を飛べるみたいです。
あまりの出来事に、一瞬戸惑ったが、すぐに気を取り直す。当然だ着地方法など無い。このまま落ちれば死は免れない。
身体強化の限界を試してみたいが、今はMPが10程度だからできるだけ危険をおかすわけにはいかない。
上昇が終わり凄いスピードで落下していく。 自己暗示「我が固さ、金剛石のごとし金剛不壊」さらに落下すると、俺の体は木々をなぎ倒しながら地面に激突した。
金剛不壊」のお陰で傷ひとつないのだが、服がボロボロになってしまった。
俺は全ての力で復元するで服を修復すると現状を確認するため辺りを見回した。先程とは違う種類の木々が生い茂っている。先程まで針葉樹林だったのに、いつの間にか広葉樹林になつていた。
俺のひのき達が……。
マップで現在地を確認すると、30km程のところに王城がある、王都から城塞都市まで130km。……一歩で100km進んだだと。
まるで、お手軽旅行だな。俺は自嘲気味に笑った。しかし何で空を飛んだんだ?
まあ、そのお陰で木に激突して、大怪我とか無かったから良かったが。
啓示は不親切だ、アバウトな使い方しか教えてくれない。
俺はそれほど頭は良くないしネーミングセンスも悪い。
誰か信用できる相談相手が欲しい、切実にそう思う。
身体強化と自己暗示の効果が切れるのを待ってから、俺は王都へ向かった。その間にMPも回復したので身体強化を使い王城へと急いだ。
入場門はゲートが三つあり貴族用、商人用、平民用と分けられている。
二つのゲートはすごく混んでるが、貴族用のゲートはガラガラだった。
たまに貴族の馬車が通るが、その車体は豪華できらびやかだ。
中に乗っている人を覗く行為は厳罰に処される。
貴族と平民にはそれだけ高い壁があるのだ。
大分待った後、俺の順番が来た。
「この王都には何をしに?」
受付の入国管理官がこの都市に来た理由を問う。
「南のイズラク王国に、行く途中で立ち寄りました」
「あなたはB級以上の冒険者なのですか?」
一瞬、口調が改まる。B級冒険者と言うのはそういう存在なのだろうう。
「いいえ、ただの平民です」
そう言った俺を見下すように、その入国管理官は大声で言い放つ。
「平民が国外に出れるわけがないだろう!」
その大声で周りの守衛も笑い出す。わざと笑い者にする気で大声でいったのだと気がついた。
ここで揉めてもしょうがないので我慢しよう。
「すみません、田舎者なのでよく知らなくて。取り敢えず観光でお願いします」
「たくっ、これだから田舎者は通行料、入場料で5銀貨だ」
高いよ! なにそれ、そんなに高いのかよ。
俺が困惑していると、払えないと思ったようで、入国管理官がニヤニヤしている。
俺は皮袋から、銀貨5枚を取り出すと台の上に置いた。
「安くてビックリしました」
そう言う俺の嫌味に全く関心が無いのか事務処理を始める。
ストレス解消のお遊びができないとわかると興味がなくなったようだ。
国外に出れない理由をこいつらに聞くのは癪だったので、聞くのはやめておこう。
入場するそこには高い建築物がところ狭しと建っていた、2階建てでも珍しいのに、王都には3階建てや4階建ての建物があるのだ。
木造なのに良く建つものだ。
俺は完全におのぼりさん状態で、まるで子供のように周りをキョロキョロ見ていた。
「お兄さん、王都には観光ですか? 商売ですか?」
声をかけてきた少女は宿屋の客引きのようで俺を自分の宿に泊まらせようと交渉を始めた。
「今日の宿はもうお決まりでしょうか? まだ、お決まりでないようでしたら、うちの宿などいかがでしょうか? 一泊夕食付きで銅貨12枚でいいですよ?」
1200Gか、値段的に高いが、王都ならそんなものなのか。
「お昼をつけてくれるなら、良いよ」
少女は少し考える、こういう交渉は基本だ、王都なら一食200Gするだろうから、実質1000Gで泊れるわけだ。
「では、交渉成立ですね」
そう言って手を差し出す、出された手を握手した場合、解約は許されない。
少女と俺は固く握手した。
昼飯代が浮いた、初交渉が成功した喜びから、俺は意気揚々と彼女の宿屋へ行ったのだが……。
ボロい、どう考えても高級宿ではない。
少女は悪びれもせず、どうぞと案内する。
くっ、今回は俺の敗けだな……。
宿の中に入ると20前半の美しい女性がいた。
「お姉ちゃん、お客さんつれてきたよ」
「いらっしゃいませ、カルガモの宿にようこそ」
そう言うと見たこともない優雅なお辞儀をする。
店がぼろいだけで店員の教育は行き届いているようだ。
「ミィアちゃん、また法外な値段吹っ掛けたんじゃないでしょうね?」
「お姉ちゃん、私たちだって生きていかないといけないんだよ?」
俺そっちのけで言い合いを始める、この場違い感。
全然教育行き届いていなかった。
「そんな事してたらお客様が離れていくでしょ」
「お客様、妹がなんといったか知りませんが、うちは銅貨5枚の素泊まり宿でございます。それ以上いただくわけにはいきませんので」
ステータスを見ると、この人もお人好しだ、少女の方もお人好しなのだがしっかり者が付いてる。
「いえいえ、これは私と妹さんの契約ですのでしっかりと守っていただきます、一泊昼夕食事付きで銅貨12枚、1200Gで話がついてますので」
「……ですが」
「申し訳ありませんが、契約の握手をしたので解約はありませんよ」
「……わかりました」
「では、10泊させていただきますね」
俺は10泊分の宿泊費1万千G銀貨1枚、銅貨20枚を置いた。
「か、かしこまりました」
「すぐに、昼食用意しますね」
そう言うとミィアは厨房へ入っていった。
食事は肉なしシチューとパンだったが味はよかった。
そう言うと、ミィアは喜んでいた。
食事をしながら話したことで分かったのは、姉がディオナ、妹がミィア、両親は共に他界、最近近くの宿屋が勇者御用達になったらしくて、こちらの宿は料理の上手かった父親がいなくたせいもあり閑古鳥らしい。
そして入場時に払った銀貨5枚は出場時にもどってくるらしい、正し受け取り書を持っていればの話だが。そんなのもらってないですよ。ミィアの話では田舎者のおのぼりさんは良く騙されてやられるらしい。取られたお金は入国管理官のポケットマネーになるそうだ。
これは勉強代だな。
食事のあと冒険者ギルドの場所を聞き登録しに向かった。なぜらならば出国するためには国の許可が必要で平民には許可が降りることは絶対に無いそうだ。もし海外に行きたいなら、B級冒険者が付き添いで渡航するか、自身がB級冒険者以上になるのが近道だとそうだ。
とは言え、B級冒険者も並大抵の事ではなれない狭き門なのだ。
冒険者ギルドは全世界共通のギルドカードをB級以上の冒険者に発行しており、どこの国にでも活動できるようになっている。
B級以上の冒険者はすべて管理され、有事の際には軍隊になる。冒険者ギルドは一国の軍隊に匹敵するため、国家はギルドともめることを嫌う。魔物が大量発生した時や戦争の仲介などはギルドが行っているためだ。 その為、ほぼ全ての国には冒険者ギルドがあり、高ランク冒険者には優遇措置もあるのだ。
正直、今すぐにでも他の国に行きたいのだが、この国のように戸籍が緩い国ばかりではなくい、国民一人一人が管理されている国の方が多く密航者じゃ生き辛いのだ。。
そして、俺は冒険者の門を叩いた。いや叩けなかった……。
冒険者ギルドのドアが勢いよく開いて、ハゲが投げ出された。
「てめぇ、只じゃおかねぇぞ」
そう言ったハゲは腰の剣を抜く、対峙するのは女性だ、160cm位の金髪碧眼の美しい女性が立っている。
「只じゃおかないのはこっちです、人の体に断りなく触れるなど」
このハゲ痴漢したのか。
「減るもんじゃねぇんだ良いだろうが!」
「減りますよ? 私のプライドが!」
そう言って女性も剣を抜く、その剣は黒光りしとても美しい剣だった。
これ、止めた方がいいのかな?
「私のプライド、返していただきます」
そう言うと中段の構えから突きを放った。
あの女、完全に殺しにきてるぞ。
俺はとっさに女性の剣を片手で掴み、ハゲを助けていた。
「なんですか? あなたもこの暴漢のお仲間ですか?」
心のこもらない目で俺を見る。
なにかやばい、俺の直感がそう判断し、とっさに剣を離した。
だが、遅かった。俺の右手は傷だらけになった。
「私の一撃で腕が落ちませんか?」
そう言うと首をかしげる、この女、相当キレてやがるな。
「まあ、良いでしょう」
俺を傷つけたことで少し溜飲が下がったのか、そう言うと剣を鞘に納めた。
「あなた、名前はなんと言うんですか?」
「ガリウスだ、これから冒険者になる新人だ」
フムと頷くとギルドに戻っていく。
ああ言う面倒臭い女はかかわり合いにならないほうがいいな。
時間をずらそう、そう思って踵をかえしたが、あの女が俺の真後ろに回っていた。
どんな早業だよと思ったが、俺の目でも追いきれないのだ何かのスキルなのかもしれないな。
後ろに立っていた女は俺をにらむ。
「普通、私の名前聞きませんか? 私の事を歯牙にもかけてないって事で良いですか?」
そう言う彼女の体からはすさまじい殺気が放たれていた。