最弱の勇者
朝の靄でやわらいだ光が私を優しく照らす。
さわやかな朝の空気、小鳥のさえずり、頬を撫でる優しい風。
何もかもすばらしい。
ドアの前の奇妙なオブジェ以外は……。
裸のマリアが、私が仕掛けたトラップの魔法にかかって無様な姿をさらしているのだ。
「お姉様、助けてくださいぃ」
このトラップ、仕掛けた人間が認識するまで捕らわれた者は声も出せず周りから存在を認識されることもないので夜もぐっすり寝れました。
元々狩猟用で捕らえた獲物を取られたり、仲間を呼び寄せさせない為のものらしい。
トラップ系の魔法は補助魔術回路を持っていれば使うことができる。
この魔法は罠魔法師ギルドで全て管理され魔法は秘匿されている。
例えギルドメンバーの子弟であっても許可なく教えれば処分されるのだ。
処分とはもちろん死の制裁の事だ。
そう言う恐ろしいギルドの魔法をなぜ知っているかというと、勇者の記憶の中にあったのだ。
知られたら暗殺されるかもしれないので、基本使いませんけどね。
私は宙吊りのマリアの脇を、羽でサワサワして遊ぶ。
「おねえさま、あん、やめ、うっうんもっと……」
なんか罰になってないので、この辺でやめよう。
なんかマリア見てたらパインパン食べたくなって来たわ……。
この世界に無いけどね。
パインパン……。パインパン……。
まあ、それは良いとして。
解除したら飛びかかってくるだろうから、扉を出てから解除しよう。
私は素早く着替え、部屋を出た。
部屋の中でドサッと音が鳴る。
トラップが解除されマリアが落ちた音だろう。
マリアが追いかけてくる前に私はロビーに逃げるように向かった。
ロビーではすでにメルウスとミリアスが待っていた。
メルウスはいつもと変わらない笑顔で私に挨拶をする。
いつもと変わらずに。
……。
いやいや、昨日キスしましたよね?
なんでそんな普通に挨拶できるの。
私なんて、昨日の夜は悶々として少し寝不足ですよ!
どうやらメルウスは私を恋愛対象として全く見ていないようだ。
女として、少し悔しい気持ちはある。
まあ、それだけ一途に思っているんでしょうけど。
なんか私の想いが負けたみたいで,それも悔しいのだ。
私も平静を装い、明るく挨拶する。
「おはよっ――!!」
私は見事に転んで、メルウスの股間に顔を埋めた。
いやいや、こう言うのは相手が女性だから良いんでしょ!
なんでズボンの股間に顔突っ込んで喜ぶ女がいるのよ!
いや、いるのかな?
自信がない……。
はぁ、やめやめ、もう成るようになれだわ!
20㎞も歩けばハコブネなんだし、ちゃっちゃっとパンドラの魔獣を倒して宝珠ゲットしないとね。
マリアが来るのをまってから、私達は朝食をとり、一路ハコブネに向かった。
ハコブネは世界中に入り口があるのだけど、六大神国にはハコブネへの入り口がない。
一番近い入口で半年で行けるのだけど、あの後4ヶ月間雪が降り続き足止めを食らっていたのだ。
町までは馬車だったのでそれなりに早かったけど、今回は徒歩だ。
ハコブネで馬車を外に放置できないしね。
私達は何度かのラッキースケベを乗り越えて、なんとか門の前までたどり着いた。
「お姉様、門などありませんけど」
「幻術で見えないようにしてあるだけよ」
この幻術は勇者と亜人の血を持つものには、かからないようになっている。
私はそのまま進むと門の前に立った。
キーボードに数字を打ち込み、勇者の剣を縦の溝に射し込む。
『勇者様ですか! すぐお迎えに上がります少々お待ちください』
門がしゃべる、インターホンのようなものだろう。
「お姉様、勇者ってなんの事ですか?」
忘れてた。
完全に失念していた。
「ええと、私が本物の勇者です、質問は受け付けません」
「「えええ?」」
ミリアスとマリアはその事実を聞き驚愕の表情を浮かべるがメルウスはいたって冷静だ。
と言うか、不安?
「メルウスどうかしたの?」
「いや、俺は神から罰を受けた身だから、もしかしたら俺だけ追い出されるかもしれない」
そう言えば、メルウスは神からの罰でレベルを失ったとか言ってたわね。
「大丈夫よ、その時は私がガツンといってやるから、むしろレベル返せって言ってやるわ」
「ありがとう、マイラ」
「そう言えばレベル元々どのくらいあったの?」
「……200超えてた」
レベル200! 私が今176よ、私の場合は経験値倍増があるからだけど、素で200超えるって凄すぎじゃない
「魔術回路は何があるの」
「魔術回路はないんだ」
「え、一つも?」
「うん」
魔法も使えないで200超え。
でも初めてあった時、彼は剣術は素人だった。
と言うことは何か特別な神の祝福を持っていたと言うことか。
「また嘘いっちゃって、レベル200超えなんて聞いたこと無いわよ!」
マリアがメルウスに突っかかる。
まあマリアは現在レべル82、ミリアスは63だ、200超えなんていわれても信じられる訳ないか。
実際マップを見ると200超えは数人いる、ただし人里離れて隠遁生活をするものばかりだ、年齢も良いお年だ。
でもメルウスが本当に200以上だとしたら、相当な戦力アップになるわね。
ああ、今のは無し。……メルウスを利用しようとか考えるなんて、汚い自分に嫌気がさす。
でも、元に戻せるならその方がメルウスにも良いと思うし、神に掛け合うのはありかもしれないね。
そうこうしてると扉が開き中から亜人が出てきた。
「お待たせしました、私はこのハコブネの長の息子カロイヤと申します。でこちらへどうぞ」
私達はカロイヤに案内され板状の乗り物に乗る。
反重力で浮いてるのかしら?
まさか、この世界でこんなSFチックな乗り物に乗るとはね。
しばらく進むと中央の塔の中に進む。
中に入ると目の前に空洞があり、空洞に入ると私達の乗る板はそのまま上に上昇した。
エレベーターもあるのか、この中は完全に別世界だ。
マリアは先程からキャッキャキャッキャしている、ジェットコースターみたいで楽しいのかしらね。
あっという間に最上階に着くと、中央の椅子に私をこの世界に呼んだ神のシンヤ、その隣にガタイの良い鎧をまとった男と少女……。
「ま、真奈美!」
私はとっさに剣を抜き、真奈美に襲いかかった、殺られる前に殺る!
だけど、私の剣はガタイの良い鎧の男に止められた。
なんでも切り裂く勇者の剣を止めたのだ。
「貴様、いま妹を殺そうとしたな!」
その男の盾から衝撃波が発生して、私を後方に弾き飛ばす。
この男、強いレベル205、名前はカイエルかなりの使い手だ。
私は剣を正中線、中段に構え意識を集中すし男の喉元を狙う。だけど、私の前にメルウスが割って入り私を止める。
「マイラ、あれはブカロティじゃない落ち着くんだ」
落ち着け? 何をいってるのあれは真奈美じゃない殺らないと殺られる。
「どきなさい!」
私はメルウスを威圧した。
だけど彼は剣を持つ私の手を優しく包む。
「大丈夫、怖くないから」
怖い? 私が何を怖がってると言うの?
メルウスが握る私の手を見るとガクガクと震えていた。よく見ると全身震えている。
怯えていた、真奈美に。
恐れていた、負けることに。
そんな私をメルウスは抱き締める。
自ずと私の目からは涙が流れる。
怖い、怖いんだ私は戦うことや死ぬことが恐ろしく怖い。
「イチャついてるところすまんが、こちらの話がまだついてないぞ」
カイエルという男が私を睨む。
「すまない、君たちの姉のブカロティと間違えたようだ許して欲しい」
「お前に謝られても仕方ない、謝るならその女の方だろう」
カイエルは無礼を働いた本人である 私に謝罪を求める。
「すみません、勘違いしました許してください」
私は素直に謝った。
だが、彼は私を許さなかった。
「貴様のせいでガリウス様は、明日をも知れぬ身になったと言うに。こんなところでイチャイチャしおって!」
そう言うと、鎧の男は私をすごい形相で睨む。
「……どういうこと」
私はただ困惑し、聞き返すしか出来なかった。私のせいでガリウス様が明日を知れぬ身に?
「貴様が最初から勇者だと名乗っていれば、ガリウス様の想い人であるミスティア様は勇者にならなくてすんだ。ミスティア様が勇者にならなければクロイツ様も死ぬことはなかった。クロイツ様が死ななければガリウス様がすべての力を失ってここを追い出されることもなかった。全部、全部、お前のせいだ!」
そんな、なんで、どうして。
ガリウス様が指名手配されたのも、ミスティアを失ったのもわたしのせい……。
私が勇者の使命から逃げたせい?
私は戦うことが嫌で、逃げていた卑怯な勇者だ。
そのせいで好きな人を苦しめた。
苦しめた相手を好きだとか、隣に立ちたいとか滑稽だ……。
私の体から全ての力が抜け、その場にへたりこんだ。
私にはガリウス様を好きだという資格も、ましてや隣に立つ資格など無かった。
私があの人を苦しめた元凶だったのだ。
「違う、マイラは悪くない!」
メルウスが私を抱き締め力強くいってくれる。
「クロイツってアキトゥー神国のクロイツの事ですか!?」
マリアがクロイツと言う名に反応する。
「その名前? もしやクロイツ様の妹君ですか?」
「はい、アキトゥー=クロウォリ=マリアです、姉様はどこに、どこにいるんですか!?」
鎧の男はクロイツは死んだと言った。
だけどマリアは生きているかのように言う。
「ふむ、アリエル連れてきてやるのじゃ」
神に言われてアリエルと言う少女が奥に引っ込んだ。その間私は鎧の男に睨まれいたたまれなかった、ここから逃げ出したかった。メルウスが抱きしめてくれなければ逃げていた。
アリエルは十分程で宙に浮いた直方体のガラスで出来た棺のようなものを私達の前に運んできた。その棺にはとても美しい女性が黒い剣を抱いて横たわっていた。。
「ね、姉様!」
マリアはそう叫ぶと、その棺に覆い被さり泣きだした。
ひとしきり泣いたマリアは憎しみを込めて叫んだ。
「誰が、誰が殺したのよ!」
その声は頭の中で響き渡り、まるで私を責めるように苦しめた。