みたらし団子には勝てない
私たちは黒装束の男に招き入れられトラックの中に入った。正直、怪しさ満点だけど、この世界のことを知る為には同じ言語を喋れるのは必須だし、移動手段を使わせてもらおうと言う算段があったのは仕方のないことだ。
トラックに入ると中は一軒家のように広く、空間が歪められて広げられていることが分かった。
「なに、これは魔法なの?」
「忍術でござるよ」
忍術と言えば唐辛子の粉や道具を使った物で、こんなファンタジーじゃないでしょと私は呆れるように男を侮蔑して言う。
「そんな古典な忍術を使う者など、今の世にはおらんでござるよ」と男は仮面の下からバカにするような笑いを漏らす。
私はバカにされるのが嫌いだ、特に初めて会う人間にバカにされるのは特に嫌だ。
殺気が漏れてたのか男は「すまんでござる。ついな」と謝る。私も空気を悪くしては良くないと思い、その謝罪を受け入れた。
まあ、そもそも最初にバカにしたのは私だしね。
私がびしょびしょなのを見て男は風呂に入るように勧める。
まるで濡れ猫のように萎れた私の髪の毛や濡れた服は暖房が点いているとはいえ気分が良いものではなかった。
男は私に背を向けると奥の扉を開けた。その部屋も大きく拡張されており地球で見たような大きな温泉浴場があった。
その瞬間、お風呂に入りたいと言う欲求が身体全体を駆け巡る。だが、この男を信用して、はいそうですかと風呂など借りられる訳もなかった。
「それよりも、あなたは何者なの?」
「ふむ、某を怪しむのは当然でござるな。では、自己紹介をするでござるよ」
そう言うと男は黒い頭巾を取り、その端正な顔を見せた。黒髪に縄文顔の男は明らかに日本人の顔だった。
頭を下げて自己紹介する男の名前は風見京介、年齢は20歳で千葉県出身だと言う。
彼の家系は忍者の一族だが、元々ウルガスの民が地球へと移住した一族の末裔であり、魔法と古典忍術を組み合わせた忍術を代々継承してきたのだと言う。
「はい、ダウト! 千葉県に忍者なんかいませ〜ん」
「もしかして伊賀や甲賀とか言う名が知れてる忍者のことを言ってるなら、お主は浅学でござるな」
「なっ!」
「陰に生き、影に死ぬ者が名を残すなど二流の証でござるよ。我が一族は雇主にも呪術をかけ絶対に口外させないようにしておりましたからな。誰も知らないのは必定でござる」
そして現代の忍者は語学堪能、あらゆる国家試験にも合格し、どんな依頼にも対応できるのだと彼は言う。
「ただの派遣社員じゃない……」
「某、失敗しませんので」
なにか、違う気はするけど、まあ良いかと私は彼が本当に日本人であり、敵ではないことに納得した。
「マーちゃんも早く入りなよ!」
人を怪しむ感覚のないカッくんがさっさと湯船に入り、平泳ぎで泳ぎながら器用に私に手を振る。
「早く入りなよって、あなたが入ってるんだから入れないでしょ」
そう言う私にカッくんは自分たちはデジタルな存在だから性欲は皆無だよと言う。
デジタルな存在はその性質上無限の存在であり子孫を残す必要がない。だから性欲は皆無なのだとか。
まあ見た目子供だし気にしても仕方ないかと私も服を脱ごうとしたが、継ぎ目の無い鎧は脱ぐことができなかった。
「カッくん、この服脱げないんだけど」
「う〜ん。ええとね確か、こうやると変形するよ」
そう言うとカッくんはお風呂から上がり右手をチョンチョンと左手に当て、上に昇らせて行き、今度は左手を肩からチョンチョンと下げていった。
「ドリフか!」
ぽこりと頭を叩くと涙目でだって本当だもんと言ってお風呂に逃げたので仕方なく同じ動作をすると鎧が消え変形し、ただの学生服になった。
「そのムチムチの体に制服は似合わないでござるね」
「本当に……ってなんであんたまでいるのよ」
「いやぁ〜後学のためでござる」
私の裏拳が飛ぶが容易く避けるとドロンと煙になって消えてしまった。忍術うざいわね。
“カコン“
「そこッ!」
石鹸を拾い上げ音のする方に投げると見事にヒットした、カッくんの頭に。涙目で頭を押さえ抗議をするが今はそれどころではない。絶対にどこかに隠れているはずだと周囲を見渡すと閉めた扉が開き京介が見ないから早く入るでござるとバカにするように言ってきた。
まるで仏の掌で踊らされてる気分だわとさっさと服を脱ぎ乾燥機に入れてお風呂場へ入るとカッくんがどこにもいなかった。
だが次の瞬間水面からカッくんが現れ、仕返しとばかりに私の足を引っ張り浴槽へと私を引き摺り込んだ。
カッくんは私の足を掴みそのまま泳ぐ。龍神の魂を持つだけに水中での動きはまるで飛び魚のようだった。
なんとか水面に出ると私は一言いった。
「尻子玉抜かれる!」
「尻子玉はどこだ〜」
顔と手の平だけを水面からだし襲い掛かろうとするカックンはまさにカッパであった。
ひとしきり遊ぶとカッくんは満足したのか、お湯に浸かり鼻歌を歌い出す。そんなカッくんを見て私は彼にガリウス様の面影をみてカッくんの言葉が思い出される。
『この体はガリウスのものなんだ』
「ねえ、カッくん。ガリウス様もデジタルな存在なの?」
カッくんはわたしの質問にコクリと頷く。そして自分たちはすべからく同じ存在で、当然ガリウスも同じようにデジタルな存在なのだと言う。
「なるほど、デジタルな存在だからガリウス様は私のアプローチになびかなかったのね」
「マーちゃんが魅力に欠けるんじゃない?」
悪意のない純真な言葉は時に人を傷つけると言うことをリアルで経験した私は余計なことを言うな言わんばかりに水鉄砲でカッくんの顔に強烈な放水をする。
何度も放水して喜ぶカッくんの頭をぽこりと叩くと私は浴槽を出た。質の良いバスタオルで身体を拭くと素肌の上に学生服を乾燥機から取り出し着込んだ。
カッくんも出てくると、また犬のように体を震わせて水滴を飛ばそうとする前に彼にバスタオルをかぶせて身体を拭いてあげた。
ごりっぱ様も当然の如くついているが、まだ小学生くらいの身体のごりっぱ様は百円3個入りのお稲荷様とポークビッツと言ったところだった。
「子供に欲情するとは見下げ果てた御仁でござるな」
「誰が浴場だけに欲情してるって!」
私の背後から声がして、振り向きざまに裏拳を放つが全く当たらないどころか姿さえも見えない。
「忍法:神の声でござる」
どこにもいないのに声だけは聞こえる。不意打ちを警戒してると扉が開き京介が壁の一点を指す。
「まあ、スピーカーでござるけどね」
電子機器かよとツッコミを入れたくなるのを我慢して京介の後をついていくと今度は違う部屋へと導かれた。
八畳くらいある部屋は居間で和洋折衷だが、バランス良くまとめられていてセンスの良さがうかがえた。
「そちらにどうぞでござる」
ソファーに座ると柔らかいクッションが私を軽く跳ねさせる。調度品やこのソファーを鑑みても、この世界は前の世界よりも知的レベルが高いようだった。
ソファーに座った私に、京介はお茶とみたらし団子を出して勧める。
みたらし団子、ゴクリ、何十年も食べてなかったそれが目の前にある。お弁当といい、お団子といい、今日は前世料理祭りねとありがたくいただいた。
「それで、お主は誰に呼ばれてここにきたでござるか?」
「だれ?」
「神でござるよ、ウルガスかメルティナかと言うことでござるよ」
「メルティナを知ってるの?」
懐かしい名前を聞いて私が彼に聞き直すと京介から隠し切れていない殺気が漏れる。
「……あやつは今どこにいるでござる」
「う〜ん、もう一つの世界? と言うか、私がこの世界に飛ばされる前の世界にいるわ」
「もう一つの世界とはなんでござるか」
私はお風呂やお茶菓子のお礼にウルガスに飛ばされる前にいた世界の話を京介に包み隠さず話した。
「なるほど、あやつ、他の世界に逃げたのでござるな」
京介が忌々しそうに言う顔を見て、何か恨みがあるのだろうと察した私はその理由を彼に聞いてみた。
京介はメルティナに自分の目の代わりとして召喚され、ある人物を監視する役目を負わされていた。
しかし、その監視対象がウルガスに殺されたときからメルティナは姿を消したのだと言う。自分との約束も守らずに。
「約束って?」
「異世界に飛ばされた妹を探してもらう約束をしてたのでござるよ。その見返りとして目になる契約をしたでござる」
そして京介は言う。約束も守らず自分を元の世界に返しもせず、妹を探すチャンスを失わせたメルティナが許せないのだと。
「某がこの世界に来てから3年、弱い京子では既に死んでしまったかも知れぬ……」
京介の妹、京子は学校ごと転移されたようで432名の学生と教師が一瞬で神隠しにあい平成の神隠しとしてニュースはその話題で持ちきりだったらしい。
当然、この世界にそれだけの人数が転位されれば痕跡が残るが世界中を旅して行方を探したが見つからなかったそうだ。
「でも、それだけの人が転移したなら、みんなで協力して生き延びてるんじゃない?」
「だと良いが……ござる」
妹のことになるとキャラ付けも忘れるようで普通に話したのを見逃さなかった私は吹き出してしまった。
「ゴホン、……でも、私が会ったメルティナは未来の世界の話だからね。ウルガスの話だと時が止まる300年前に飛ばされてるから夢相界は300年、いいえメルティの話では1000年前に夢想界に来たって話だったから、かなりズレてるわよ」
「つまり、その1000年間、某はメルティナを討伐できていないと言うことでござるな」
希望が絶たれたかのように京介は項垂れる。
「1000年は流石に生きられないでしょ」
「……いや、可能なのでござるよ。今開発している機械人形を使えば」
そう言うと京介はリモコンを押す。奥の棚が開き奥から人形のロボットが現れた。そのロボットの顔はどことなくメルティナに似ていた。
「ファンタジー世界にロボットって……。あなた世界観壊しすぎでしょ」
「知ったことではないでござるよ。某の目標のためには世界に迎合する気はないでござる」
「その意気や良し、と言いたいところだけどロボットでどうするのよ?」
京介が説明するにはロボットにはダンジョンで手に入れたコアがはめられており、その身をダンジョン化しているらしく、そのコアと一体化することで何百年何千年と生きながらえることができるのだと言う。
今の姿のまま生きながらえる。それは私の希望にも合致したしシステムだった。
「ねえ、これもう一台作れない?」
「どうするのでござる?」
「私もこのままの姿を維持したいのよ。死ぬわけにはいかないの、好きな人に会うまでは」
「だが、お主がこの世界を救えば夢想界に帰れるのであろう?」
「それも分からないわ、ウルガスは何度も死んで甦れって言ってたし」
京介は腕を組んで宙を見上げる。考えを整理している京介を待っているとカッくんが私の裾を掴んで空になった皿を見せ泣きそうな顔をしている。
私も食べたいのよ、とは言えずにカッくんに私のみたらし団子を献上すると満面の笑みで団子を頬張った。
その顔を見てほっこりしていると考えがまとまったのか京介が口を開く。
「ならば某はお主と共についていくことにしよう」
「は?」
「現状お主がいた世界に行ける方法は無い。ならば向こうの世界の住人であるあ主の側にいれば夢想界に行けるチャンスがあるやもしれぬでござろう?」
「まあ、私も帰る気はあるけど」
「なら決まりでござるな。今日からお主は相棒でござる」
「ちょ、勝手に――」
私の言葉を遮るように京介はみたらし団子をもう一皿私の前に置いた。いやらしい笑みを浮かべて。
手を伸ばす私の裾がまたもや引っ張られた。カッくんである。当然皿は空である。
「良いわ、分かった。ただし、みたらし団子食べ放題よ」
私はそう言うとみたらし団子の乗った皿をカッくんに手渡した。
京介は満足するように微笑むと、新たなみたらし団子をテーブルの上に置いて私と握手を交わした。