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命の天秤

 クロイツの体を剣が貫く。



 俺の持つ剣が、クロイツを切り裂く。



 その傷は胸からヘソまでを切り裂いていた。

 縦に切り裂かれた傷跡からは血が滝のように流れ辺り一面を朱に変える。


「――クロイツ!」


 全ての力で復元する(エリキシー)を使うためバックをまさぐる。


 ……石がない。


 石は全て亜人を治療するために使ってしまい一つもなかった。


 くそ、くそ、くそ。


 石だ、石が必要だ。


 周りを見まわしたが石一つ落ちていない。

 だがここは石畳だ、砕けば良い。

 俺はMP10を使い身体強化して石畳を殴った。


″ガキン″


 固いもの同士がぶつかる音が響き渡る。石畳には傷一つつかない。

 全力で殴ったのに小石一つ作ることができない。


「なんでだよ!」


俺は金剛不壊(こんごうふえ)を使い、さらに殴る。

 だけど石畳が砕けることはなかった。


 クロイツが死んじゃう……。


 俺は残りのMPを全部つぎ込み、全力の身体強化で石畳を殴った。


 ドグンと大地を揺るがす衝撃が走る。血しぶきが飛ぶ。


それはクロイツのものだった。彼女の体がバラバラになり弾け飛ぶ。

 全力で放った一撃は衝撃波を生み出し、砕けたクロイツの体を更に傷つけた。

 砕けたクロイツの体が壁や石畳に臓物をぶちまける。


 壁にぶち当たった物の一部がコロコロと俺の前に転がってくる。


 傷だらけのクロイツの顔だった。


 ――――あッ!!


 クロイツの頭を抱きかかえようとしたがその動作がさらに彼女を傷つける。

 ダメだ動けない。

 息をしただけでも衝撃波が発生する。

 生きているだけで俺は彼女を傷つけていった。


 クロイツだった肉片を見ながら俺は考える、何がいけなかった? 何を間違えた?


 みんなで。ただ、みんなで一緒に幸せに暮らしたかっただけなのに。

 俺にはそんな幸せも許されないのか?


 クロイツは命を絶った。

 俺のために自ら……。


 だが俺はどうだ?

 俺はクロイツの手で死のうとした。


 俺は自分の命を自分で終わらせればよかったのに、それをクロイツに(ゆだ)ねた。


 クロイツにやらせないで、自分で命を絶っていれば、こんなことにはならなかった。


 おれは卑怯者だ。


 最愛のミスティアに裏切られ、クロイツにも裏切られるのが怖かった。

 だから逃げた、死ぬことで裏切られることから目を背けた。


 クロイツの目をちゃんと見れば分かってたはずだ。彼女が俺を傷つけることなどするはずがないと言うことに。


 だけど怖かった。ミスティアのようにさげすむような眼で見られるのが怖かった。


 ランスロットとキスをしていた、あの時のように……。


 クロイツにあんな目で見られるのが嫌だったんだ。

 だけどクロイツはミスティアとは違った。彼女は俺を殺すより自らの命を終わらせることを選んだ。


 俺は肉片になった彼女の亡骸を見ながら、自分を終わらせることにした。



自己暗示(アファメーション) 生命活動停止(システムダウン)


 俺は自己暗示(アファメーション)で生命活動を停止した。心臓が止まる。全てが止まる。

 暗い、とても暗い、闇のなかに俺は一人たたずむ。

 これが死か?

 意識は無くならないのか?



『馬鹿な男じゃのう……』


 どこからともなく声がした。


神の祝福(プライム)の使用を禁止する』


 その声と共に視界が開ける。


 俺の前に銀髪赤眼の少女が目の前に立っていた。


「我は来る気はなかったのだが……。(ぬし)が何をしようとハコブネには傷一つ付かんが、住人にまで危害が及んでしまうからのう」


 少女は俺を上から下まで、体の隅々を探るように見る。


「ふむ、その能力理解した」


 彼女は俺に手を向ける。


「対象:愚か者。 奪うはすべてのマナ的要素じゃ」


 その瞬間、俺の中からすべての力が抜け全ての感覚を失った。

 力がでない。指一つ動かせない。瞼を開ける事も息すらも。


『うむ? やりすぎじゃったか?』


 その言葉が聞こえると瞼が開き息が出来るようになった。

 目を開けたとき少女の指が目の前にあり少女が何かをしたのだろうことは分かった。


「しかし、この女も無駄死によのう。お前を生かすために死んだと言うのに、生かされたものが死を望むとはのう。滑稽(こっけい)滑稽(こっけい)


 そう言うとケラケラと笑いだした。


『うるさい! うるさい! 黙れ!』


 人を馬鹿にした笑いをする、この女の口を閉じさせたい。


 だが俺の体はまったく動かない。


 くそ! 動け! 動け! 動けッ!


「でだ。好きな女を自らの手で殺したあげく、その亡骸をここまでボロボロにした今の気分はどんな気分じゃ?」


 クロイツの肉片を汚ならしいものでも扱うように指で持ち上げ、俺の方に投げ捨てる。


『さわるな! 俺のクロイツに汚い手でさわるんじゃねぇ!』


「おお怖い怖い、なんと言う憎悪じゃ」


 そいつは笑いながら俺の方に来ると、俺の顔面を蹴りあげる。

 俺は情けなくゴロゴロと転がるだけだった。


(ぬし)の思っていることはすべて我には聞こえておるぞ」


 いらだった顔を見せると、俺の腹部を何度も何度も蹴りあげる。


「それよりも良いのかのう? その(むすめ)が死んでから一時間経つんじゃがのう」


 1時間? 意識を遮断してる間にそんなに時間がたったのか。

 だがそれが何だというのだ。


「ふむ、自分の能力を理解してないのかのう?」


『だから、なんだと言うのだ』


「人が死んだらそれはもう人ではなくただの肉じゃ、つまり物じゃよ、お前の能力では物は1時間以内じゃないと元に戻せぬじゃろ?」


 人間は死ぬと物になる? そんな馬鹿なことがあるのか。嫌だ、嫌だ、クロイツがいなくなる。


 俺は自由になら無い体を引きずるように動かしクロイツの元へと向かった。


「凄いのう、一歩も動けないはずなのじゃが」


 彼女の側に行っても、回復するための石がない。


 だが、俺は忘れていた。この能力は別に石や木じゃなくても良いと言うことに。

 剣でも服でも、なんでも良かったのだ。


「ふふふ、我も手伝ってやろう」

 そう言うと俺のズボンの裾を引っ張っり、俺がクロイツの側に行くのを邪魔し出した。


「ほれほれ、時間がないぞ急げ急げ」

 笑いながら俺の裾を引っ張る、この女の力に抗えない。


「ブブッ~、時間切れじゃ」

 そう言うとクロイツの体を消し去った。


 消し去った。


 消えた。


 髪の毛一つ残さずに。


 ……何なんだ、こいつは!


『何なんだよ、お前は! 何なんだよ!』


「我か? 我は神だ、そしてこのハコブネの管理者でもある」


 神? こんな奴がか!?

 許さない、殺してやる!


『絶対に、殺してやる!』


「殺す? 殺せるものならやってみるが良い? 出来るものならのう」


 神は俺の襟首をつかみ投げ飛ばしと俺の体はなすすべもなく転がった。

 その無様な姿を見てクックックッと、イヤらしい笑顔を見せる。


「まあ、憂さ晴らしも、このくらいにしておくかの」

 そう言うとクロイツの肉片を空間から出し、俺の前に置いた。

 クロイツの体は原型をとどめていなかった。


『ごめんねクロイツ、今きれいに治すからね』


 俺は脱げかけた自分の服をクロイツに掛けると全ての力で復元する(エリキシー)を服に使った。

 その瞬間肉片は元のクロイツの姿に戻った。


『間に合った、元のクロイツに戻った』


 だが、元の姿に戻ったクロイツは息をしていない。

 死んだ人は生き返らない。

 今までも街道で襲われ死んだ人達に全ての力で復元する(エリキシー)をかけたが、死んだ人は生き返らなかった。


 死んだ。クロイツが死んでしまった。


 ……いや、まだだ! 死んだ人間を生き返らせる真名命名(ネーミング)を考えろ! 絶対にあるはずだ。


「そんな真名(もの)があるわけなかろう」


 神と名乗るこいつは俺の心の中の言葉を聞き、嘆息の息を漏らす。


『嘘だ! 生き返る、クロイツは生き返るんだよ!』


「まるで子供じゃのう。死んだものは生き返らない、それが自然の摂理じゃ、諦めよ」


『嫌だ! クロイツがいない世界など耐えられない』


「その娘は魂の糸が切れておる、切れてなければ蘇生術で生き返るのじゃが、そうなってはもうダメだ」


 神は言う、事故や他殺なら魂はすぐに離れないので蘇生術で生き返る、しかし自殺の場合はすぐに魂が離れてしまうので蘇生術では生き返らないという。


 だから無理だと言う。


 あの時、ブロードソードに全ての力で復元する(エリキシー)をかけておけばクロイツの魂は離れずに蘇生できただろうか。


「いいや、あの状態だと全ての力で復元する(エリキシー)では、肉体の再生だけしかせんじゃろ」


『今さら、俺を慰めるような言葉をかけるな』


「慰める? なぜ(ぬし)を慰めなきゃならんのじゃ? ただの事実じゃ、純然たるな」


 純然たる事実だと? 俺がクロイツを殺した 。それが、それこそが純然たる事実だ。


「どうしても生き返らせたいと言うなら、一つだけ方法がなくもない」

 その言葉は俺を神に使える下僕のように変えるには十分な言葉だった。


『クロイツが生き返るならなんでもします、お願いします方法を、方法を教えてください!』

 俺は動かない体で頭を地面に擦り付けてお願いした。


「ふふん、ずいぶん従順じゃのう。先程までの憎悪が嘘のようじゃ」


『お願いします! 俺の命も差し上げます。どうか! どうか生き返らせてください!』

 神はそんな俺を(さげす)み笑う。情けない先程までの威勢はどうしたと。

 どれだけ情けないかなんて分かっている。でも情けなくても良いクロイツが生き返るなら何でもする。


『お願いします! 方法を教えてください!!』


 俺はなんとか神の足元まで行くと神の靴に頭をすり付け懇願した。

 靴に額をすり付ける行為はあなたの下僕になるますと言う意思表示であり。人間としての尊厳がなくなる行為だ。


「……まあよいわ。だがなクロイツを生き返らせる反魂の術をするには触媒が足りぬ」


『足りないにならどんな素材でも集めてくる、教えてください何が足りないんですか!』

 そうだ俺は

クロイツの為ならなんだってする。国一つ滅ぼせと言うならやって見せよう。


『では、魔王の体内にある魔王石を、取ってきてもらおうかのう」

 だけど、神の提示した素材は俺の心に迷いを生じさせた。

 魔王の体内にある魔王石?


「そうじゃ。反魂の術には魔王の体内にある、魔王石が必要なのじゃ」


 『魔王を殺して、手に入れないといけないのか?』


「当然じゃろ」


 ……嘘だろ。

 クロイツの命を救うにはミスティアに死んでもらわなきゃいけないってことじゃないか。

 ミスティアの命とクロイツの命どちらかを選べと言うのか。


 クロイツを救いたい。でも、その為にはミスティアを見捨てなければいけない。そんな事できるわけがない。


「どうした何でもするんじゃろ?」


 でくない、……できないよ。


「愚か者が! 何かを得るためには何かを失わなければならない。その娘は自分の命を捨ててお前を選んだのだじゃぞ」


 俺の命ならいくらでもくれてやる。でも、なんでよりもよって、この二択なんだよ。


「即決せぬのか。まあ、好きにすれば()い。ここに遺体をおいておけば腐ることもないし反魂の術の時間制限もないでのう」


 時間制限ない?


 「そうじゃ、このハコブネは特殊な空間で、ここで死んだ者の魂はこのハコブネからも出ることがないのじゃ、反魂の術は通常49日で使えなくなるのじゃが、ここらなら何年後でも使えるのじゃ」


 時間だけはある。だけど、あの二択では俺は選ぶことができない。

 二人の命を天秤にかけることなんて、できない。


「「ガリウス様!」」

 この声はアリエルとカイエルだ、二人の駆け寄ってくる足音が聞こえる。

 俺は二人に(かか)えられ、抱き締められた。


「その愚か者を、任せるぞよ」

 神はそう言うと俺を見ることなく去っていった。


 クロイツの命とミスティアの命。

 どちらも救いたい、それは俺の我儘(わがまま)なのだろうか。


 クロイツの遺体が夕日に赤く染まる。まるで血に塗られるように。


 そんな彼女に俺は手を伸ばすことしかできなかった。


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インフィニティ・プリズン~双星の牢獄~ シリーズ
『おさじょ』に出てくるアディリアスとウルティアの二人の神たちの物語 『聖剣のネクロマンサー』
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