クロイツと勇者候補選抜御前試合 その十六 ~戦いに明け暮れる日々はごめん被りたい。私は嫁とイチャイチャしたいのだ~
皆がみな、思い思いのことを喋りだし。かなり騒がしくなった。ジュリはベルルをひたすら追いかけ、アリエルとティアは楽しく談笑をして、エマは私に早くいこうと催促をして、ディオナは私がエマに手を出さないか後ろで斧を構えている。
ふう、これが家族か。私にも他の二人にもまともに家族と言えるような関係の人の記憶はない。唯一あるのがマリアだがあれは変態だ。とは言え、あの子の事を考えると胸が暖かくなる。修行でほとんど接点がなかったとは言え妹と言う認識がクロイツにあるせいだろう。
「ねえ、アリエル。知識の苗でオババの知識をジュリに移したらオババが復活するんじゃない?」
「それは無理ですね、あくまで魔導具製造知識ですので。オババ様は戻ることはないと思います」
そう言うと少しなにかを考えるようにアゴに手を当てる。ぐうかわいい。
「なにかあるの?」
「お姉さまなら、ブカロディお姉さまならできると思います。私の知識の苗の上位互換の神の祝福をお持ちですから」
アリエルの姉の神の祝福はアカシックレコードと言う今まで生きた人の人生が全て保存されている場所に繋がっておりいつでもその知識に触ることができ、アリエルのように他人に知識を植え付けることもできるそうだ。とは言えだ。大和神国女王相手では頼みに行けるわけがない。
「そう、となるとオババの復活はほぼ無理と言うことね」
「そうですね、お姉さまには会えませんので」
大和神国か最近外交も始めたと言うが正直アリエルに対しての仕打ちは看過できるものではない。目の前にいたらぶち殺すだろう。
「まあ、オババ復活の可能性が無い訳じゃないと言うことが知れればそれで良いわ」私はアリエルの肩を叩きそんな落ち込む必要はないと言う。
「そうですね、可能性が無い訳じゃないですね」
アリエルがにこりと笑うがすぐに驚愕の表情になる。
「どうしたの?」
「知識の苗がありません」
私は鑑定眼でアリエルを見るが確かになくなっている。そうなるとやったのはあの女か。天使力を壊したときに、ついでに知識の苗も壊してたわけか。あの力はティアを使ったズルに最適な神の祝福だ。やはりなるべくズルに繋がることは許せなかったのだろう。とは言えアリエルの能力を奪ったのは契約違反とも言える。今度会ったらペナルティを払ってもらわないとね。
そのとき私の背中に悪寒が走った。その悪寒の元はすぐに分かった。空間の傷から身体が人で顔がドラゴンの化け物が出てきた。強い、見ただけで分かる。こいつは並みの強さじゃない。私はすぐさま剣を取りだし切りつけた。しかし私の剣は一瞬で受け止められた。
「人間がなぜ我が国にいる、まだ繚乱際の時ではないぞ。こんな深部にまで入ってきて我の寝首でもかこうとでも思うたか?」
そう言うと手を一振りして私の剣を弾く。
「興ざめだ、人間よ。我を暗殺に来るほどの者だ、救世主マイラくらいの手練れかと思えば、我に傷ひとつつけられぬ者を寄越すとはな」
そう言うと、その化け物は背中の剣を抜いた。大きさは天空王ノ翼剣を優に超えるサイズの剣だ。私は黒魂ノ勇者剣を抜こうとしたが、やはり抜けない。当然魔法もダメだろう。
「全力で戦わないと勝てない、みんなここから離脱して」
「私たちも戦います」
「だめ! こいつはやばい。私が全力で戦って五分、いいえ、私の方が分が悪い」
「ふん、一人も逃がさぬよ」
そのとき世界から色がなくなり、身体が動かなくなった。しかし、その化け物はその世界を悠々自適に歩きジュリを抱き締めるアリエルに剣を振るう。
アリエルが殺されてしまう。動け! 動け! 動け!!
”ガキン”
金属と金属がぶつかる音がして火花が散る。なんとか間に合った。
「ほう、やるではないか人間。お主を侮っておったわ、まさか我の加速世界で動けるとはな」
そう言うと化け物は元の位置に歩き戻る。
「我はデスブリガン大陸の王者フランツ・ドラティック。貴様と一対一の勝負を所望する」
なんとか、あの化け物フランツ?の意識を私に向けさせることができた。とは言え今のは何? 神の祝福? まあいい、こいつを倒さないとみんなの命が無いのは変わらない。
「私の名は戦士クロリア。あなたとの勝負を受けるわ。ただしあの子達は逃がして。私たちの戦いの巻き添えになるわ」
「ふむ、だが見届け人は必要であろう」
そう言うとフランツはみんなに向かい手を広げ気合いを込める、その瞬間みんなは透明なドームに包まれた。
「あれは?」
「防御壁だ、我が全力で殴っても壊れん安心して全力を出せ」
「なあクロリア、あたいが力かそうか?」
ドームから逃れたベルルが私の頭をパシパシと叩いて言う。
「なんで、あなたみんなと一緒にいないのよ」
「クロリアが心配だからに決まってるだろ。剣も欠けてるし」
ベルルの言うとおり、フランツの一撃を受けた剣は刃が欠け亀裂が入っていた。もう一二撃受けたら折れてしまうだろう。RBCされたこの剣が欠けるとは。
「でも、あなたなにもできないでしょ。良いから逃げなさい」
「ふふん、クロリア、あたいだってすごいんだよ。今何が欲しいんだ?」
スピードは互角。今欲しいのは力あの鱗の身体を突き破るほどの力。
「力、あの鱗の身体を切り裂くほどの力が欲しい。何か策はあるの?」
「オーケー、力だね。エンチャント”時代を越えし力”」
そう言うとベルルは剣にまとわりつき装飾となった。剣から私に力が流れ込む。それは私の力を何倍にもし、まるで巨人になった感覚さえ与えた。
「ほう、面白いな人間。良いだろう、では尋常に勝負だ」
その瞬間世界から色がなくなる。フランツの加速世界だ。だけど私もその世界で動ける、しかし重い。尋常ではなく身体が重い。スピードは互角。剣をぶつかり合うが折れないし欠けることもない。ベルルのお陰で刀身も強化されている。
この刹那の動きでは魔法剣を使う余裕さえない。呪文を唱えればそれは隙になる。速さと速さ、力と力のぶつかり合い。今まで研鑽した技だけが頼りのぶつかり合い。
「ふははは、良いぞ良いぞ! クロリアよ数百年生きてきてこれほどまでの相手は始めてだぞ」
「救世主マイラとやらがいるんでしょ?」
「ふははは、救世主マイラは別格よ。我も子供の頃に会っただけで手合わせしておらぬ。人間ゆえの寿命の短さで死んでしまったろうがな。生きていたら我でも勝てる気はせんわ」
「風刃剣・旋風」
私はそのおしゃべりを見逃さず魔法剣を使った。少し卑怯な気もするけど背に腹は代えられない。緑色の風が剣にまとわりつき剣の刃を拡張させる。
「ほう、面白い術を使いよる」
お互いの剣がぶつかり合う。しかし緑の風は剣を越えフランツにダメージを与える。幾度も幾度も刃を合わせる度に緑の剣がフランツを遅い傷をつけ体力を奪う。
「はははは。ここまで我にダメージを与えるとはな。始めて使うことができるぞ我が秘剣:血狂い龍」
フランツは自分の血を剣に塗りたくりニヤリと笑う。それと共に傷が塞がり、身体が大きく膨れ上がりその姿はまるでドラゴンのように変わる。しかし、この世界のドラゴンよりも遥かに桁違いな強さなのが分かる。
私は死に物狂いで切りつけた何度も何度も。私の剣撃とフランツの剣撃で、すでに周りは全てがなぎ倒され更地になっていた。こんなやつをこの世界にいさせるのは不味い、あっちの世界に追い返さないと。
私はひたすら押した、勝負などどうでも良い。こいつをこの世界にいさせたらダメだ。骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。アキトゥー流剣術のお陰で身体の全機能をフルに使える。出しきれ! 一滴も残さずに使いきれ!
空間の傷まで押すと私は最後のダメ出しで蹴りをぶちかましあちらの世界に押し返した。私は天空王ノ翼剣を差し込み火炎剣・爍焱を放った。何発も何度も何度も超高温のプラズマを異世界に向け放った。魔力が切れる頃、空間の傷は剣と同じサイズまで小さくなった。もうあいつはこちらにこれないのを確信した私は剣を抜く。山を消し飛ばした技を魔力が尽きるまで放った。これで生きてたら化け物だわ。
しかし私の背筋は一瞬で凍った。あいつが亀裂から私を見ているのである。死んでなかったあれほどの技を受けて。
「なるほど、違う世界だったと言うわけか。もう少し戦いたかったが仕方あるまい。決着はまたいつかつけたいものだなクロリア」
強者に名前を覚えられると言うのはこれほど恐怖を味わうのか。まるで今後の人生に安息時間がなくなるような気持ちだわ。まあ、別世界の住人で助かったけど。
「次に会ったら泣いて謝るまで許さないわよ」
「ブハハハ! おう楽しみに待っておるぞクロリアよ」
その言葉と共に亀裂は塞がりフランツの姿は消え去った。
あ、これ、ダメだ意識を失う。骨も折れ、筋肉も何本も切れてる。酷使しすぎたか。まあ、なんにせよみんなを救えて良かった。
「しかし、ここ数日戦ってばかりだわね。平和な日が懐かしい」
私はそう言うとその場で意識を失い倒れた。