クロイツと勇者候補選抜御前試合 その十一 ~迷探偵クロリア、一瞬で犯人を見破る~
町を出た私たちは、一路王都へと向かった。アリエルの改造した馬車は、まるで何も引いていないかのごとく駆け巡る。車輪が地面に接していないせいで衝撃も全く無い。
とは言え、この速さで走らされては馬がつぶれてしまう。
「エマ、少し速度を落としなさい馬がつぶれてしまうわ」
私は車内から顔をだしエマに速度を落とすように伝えた。しかしエマは速度を緩めない主人であるストロガノフを心配するあまり周りの声さえ聞こえなくなってるかのようだ。
私は車内から出てエマの隣の御者席に座ると彼女の肩を叩いた。
「エマ、馬が走れなくなったらストロガノフを助けられなくなるわ速度を落として」
「ですが、こうしてる間にもストロガノフ様に何かあったらと思うと……」
「だからって馬がつぶれたら本末転倒よ」
私の強めの言葉に分かりましたとエマは言うが、たいして速度は変わらない。ダメだこの子、心と身体がチグハグだ。
「じゃあ、こうしましょう。私が単独で王都へ向かいストロガノフに会ってくるわ。それでもし救出しなきゃいけないような状態ならそのまま連れてくる。それでどう?」
「そんなことが出きるのですか?」
「ええ、楽勝よ」
なにせ40kmの道のりを一瞬で飛んだ実績があるからね。100km程の道のり大したこと無いわ。
「ぜ、是非お願い致します。ストロガノフ様を助けてください」
エマは手綱を離し私の手を握る。
「ちょ! 手綱を離さないでよ」
私はエマの手を払い、落ちかけた手綱を取った。
あ~これ私が操車したことになるのかな。心が沈む。なにもしたくない。私は手綱をエマに渡すと車内に戻った。
「王都に行かれるのですか?」
アリエルが心配そうに私を見る。いや、これは私の身を案じていると言うより置いていかれるのを心配している顔か。
「アリエルも一緒に行きましょう」
私の言葉にアリエルは顔を沈める。自分の表情を読み取られたと感づいたのだろう。
「……」
少しの沈黙のあと、アリエルは顔をあげると首を振った。
「私は残ります。みんなに何かあったら守らないといけませんから」
「アリエルさん私たちもそれなりに強くなったから大丈夫ですよ」
ディオナが守ると言ったアリエルに不満の声をあげる。
確かにディオナやティアは強くなった。とは言えまだA級になれるかなれないか位だ。ティアに至っては技術的にはA級でもステータス的にはE級だろう。アンバランスすぎてよく分からない感じだ。まあ言うなれば死にかけの手練れの戦士と言ったところだろう。
あれ、これ私が単独行動しちゃダメなやつじゃない?
「なんか、王都に行きたくなくなった」
「ダメですよ、一度言ったことは実行しないと」
アリエルはそう言うが、皆にもしものことがあったら私は生きていけない。
「でも、近くにいないと守れないじゃない」
「大丈夫ですよクロリアさん、お姉ちゃんもいますしアリエルさんもエマさんもいるんですよ、そう簡単に負けることなんて無いですよ。頼りないけど私もいますしね」私の思いとは裏腹にティアは大丈夫だと言って力こぶを作る。全く盛り上がってないけど。
まあ、アリエルもシンヤからもらった神器を装備してるし、生半可な敵には負けることはないけど。下手をすれば私より強いし。
「大丈夫ですよクロリア様、私や皆を信じてください」
アリエルは以外と頑固だ、自分の思いのせいで私を縛ってると気がついた今、意地でも私を行かせようとするだろう。
「わかったわ、じゃあみんなすぐに戻るからあとをお願いね」
「任せてください」そう言うとアリエルは胸をひとつ叩いた。ボヨンボヨン。
うむ、良いものを見させてもらってやる気が回復したわ。アリエル粒子充填完了よ。
「あ、クロリア様、これをお持ちください」
アリエルが私に向け丸い球を投げる。それは私の周りをくるくると回りだした。
「これは?」
「周りの状況を映像にして保存できる魔道具です」
「ふはぁ~、これあたいの乗り物にぴったりだね」
私の胸から様子をうかがっていたベルルが飛び出して私の周りを飛ぶ球に飛び乗った。一瞬沈んだがまた元の位置に戻ったのでベルルくらいなら持ち上げられるのだろう。
「ベルルちゃん、乗っててもいいですけどその目の部分は隠さないでくださいね映らなくなるので」
「ん、分かった」
ベルルはアリエルの言葉に顔も向けずに答える。本当に私以外には塩対応な子だ。
私はみんなに別れを告げ、一足先に天空王ノ翼剣で王都へと向かった。
私だけなら王都へは数分で着く。逆にアリエル達に何かあっても数分で戻れる。だから私はマップの範囲を拡大にして常に注意を注ぎながら王都へと空を飛んだ全力で。
襲われれば敵性表示が点く、それに少しでも怪しいのが側にいればすぐに戻るつもりだ。過保護と言われようと、私はみんなを誰一人として失いたくないのだ。
しかし、この球は空中に浮いてるのによく置いていかれないわね。
「ふんふんふん」
ベルルが楽しそうに鼻唄を歌う。
「楽しそうねベルル」
「うん、楽しいよ。自分の力で飛ばなくていいし、クロリアと二人旅だからね」
くっ、なにこの子、私を落とす気なの? お姉さんそんな簡単に落ちるような安い女じゃないのよ。
悶々としながら空を飛んでいると、あっという間に王都が目に入った。あれが王都か、なかなかに大きい都市ね。
大きな壁に守られた王都は中央の山のような城を基点として四方に町が広がりその大きさはサラディアンの町1000個分以上だ。
これだけ大きな城だと維持費だけでも相当な金額が必要だ、民からかなりの額を搾り取っているのだろう。
どこの国でもそうだが長年続いた平和により、民からお金をむしり取る贅沢三昧の貴族と貧困層の民という構図ができてしまっている。これは、変えることができない民が革命しようと立ち上がっても王国連合が鎮圧するからだ。 その王国連合の神国六家門は自分達の地位を守るためにどんなに下衆な王でも助ける。反乱は許されないのだ。
その点ではストロガノフは王室に生まれながらも腐らずにすんだ珍しい存在だ。実際私としても助けてはやりたい。
まあ、その思いが未来永劫変わらずに続くかはわからないけど。ストロガノフが王になった方が少しはこの国は良くなるでしょうね。そんなことよりも今はストロガノフの状況確認だ。
ストロガノフを鑑定眼で探すと、城の円柱の塔の上部にある部屋で拘束されているようだった。私はその場所へ飛んで行き、入れる場所がないかぐるっと円柱を回ると小さな窓があった。その窓から中を覗くとストロガノフが簡易的なベットの上でうなだれていた。
「楽しそうねストロガノフ」
「く、クロリアさん!? なぜここに、え、飛んでる……」
ビックリしたストロガノフは窓に一目散に駆け寄り空を飛んでいる私に目をぱちくりとさせる。
「ストロガノフ助けに来たわよ。もちろん助けがいればだけど」
「ありがとうございます。ですが、王族として逃げることはできません。それに、私を嵌めたものが誰かわからないのです」
嵌めたやつが分からないとなればいつまでも罪人だ。冤罪を証明しなければストロガノフの自由もない、もちろん私のもだ。
「一番疑わしいのは?」
「第二王子である叔父でしょうか、ただ私は貴族連中にも煙たがられていますし正直誰かわかりません」
改革を推し進めようとするやからは甘い汁を吸う連中から嫌われるのは至極とうぜんね、下手をすると嵌めたのは一人や二人じゃないかもしれない。
「あなたが死刑になるようなことはないの?」
「仮にも王族ですので死刑などという体裁が悪いことはしないと思います。たぶん一生ここで幽閉されるでしょう。ただし叔父が次期国王になれば私はその時点で処分されるでしょうけどね」
ストロガノフはこんな簡単に策略に引っ掛かる自分を蔑むように笑う。その顔は前までの力に溢れる顔と違い卑屈で情けなさすらある。
「あなた、人を見る目が無さすぎなのよ。あなたの選んだと言う兵士全部裏切り者じゃない」
「全部? まさかエマも裏切ったのですか!」
「いや、あの子は大丈夫よ。あなたを救いに今王都へと向かってるわ。誰かに雇われた兵士にに殺されそうな所を返り討ちにして、あなたが捕まったことを聴いたエマは自分が死ぬのも恐れずに王都へと向かっているわ」
「そうですか、そうですよね。エマが裏切るわけがない」
子供の頃から一緒に遊んできて、仲間という以前に友達、いや愛する人なのかもしれない。だから裏切らないと裏切ってほしくないと思っているのだろう。
「それで、あなたはどうするの? 配下がいないんじゃ無実を証明できないでしょ」
「そうですね、もう私の兵は一人もいません。できればエマと一緒に国外に逃げてくれませんか?」
もう、ストロガノフは諦めてしまっているのだろう。こんな状態だそれも分からないではないだけど……。
「あなたを信じているエマを裏切るの? エマはあなたの無実を信じて今この王都に向かっているのよ。なら最後まで希望を持ちなさい。だいたい、エマを連れて逃げるなんて契約に無いわ。私は勇者候補に選ばれて選抜3位以内に入り覇王を取る。そういう約束でしょう」
「それはそうですが、今となっては」
「あなたを嵌めた犯人を捕まえればいいじゃない」
「しかし……」
「あー面倒くさい男ね、あなたはこの国を改革したいんでしょ? それって命を懸けてすることじゃないの?」
「そうです、その通りです」
「あなたはもう死んだの?」
「まだです、まだ終わってない。そうですね最後まで命つきるまで私は諦めない。いや諦めたくない」
ストロガノフの顔がいつもの力のある顔に戻った。たっく手のかかる男だわ。
「ふん、分かればいいのよ。じゃあ私は一度戻るわね」
「待ってくださいクロリアさん」
「なに?」
「これをお持ちください」
そう言うとストロガノフは金のペンダントを私に手渡した。男からプレゼントなんてもらっても嬉しくないのだけど。私が突っ返そうとしたらこれは自分の身分を証明するものだと言う。つまり王族の証し。
「なぜこれを私に?」
「弟のポトルガノフに会っていただけますか。弟なら力を貸してくれるはずです」
つまり、これはストロガノフと私が繋がっていると言う証でその弟に証明するためのものか。
「わかったわ、これは預かっておく。あとこれ、もし命の危険があるようなら使いなさい」
私はアイテムボックスから脱出に必要な魔道具と数種のポーションを手渡した。
「恩に着ます」
「もちろんよ、この分は料金割り増しでもらいますから」
「もちろんです、いくらでも支払います」
やっば! やる気わいてきた。いくらでもか、いいわよ、いいわよ、私の楽しい冒険者生活がここから始まるフラグだわね。
「じゃあ頑張りなさいよ」
「はい、クロリアさんこそ気を付けて」
「ふん、あなたに心配されるようじゃ私もまだまだね」
私はストロガノフと別れると弟王子に会うためにマップでポトルガノフを探し、彼の居城へと向かった。
弟王子のポトルガノフは王城に住んでおらず、郊外の豪邸に住んでいた。
次男はあくまでもスペア、王位継承権で言えば4位に当たる。だから継承の目はないとして早々に爵位を与えられこの家に追いやられたのだろう。
とは言え、かなりの大きさで守衛が当然のごとく家を守っている。どうするべきか正面から行くか空を飛んでいくか。
まあ、正門から行っても会わせてくれるわけ無いわよね。面倒だわ、このまま空から行かせてもらいましょう。
私はそのまま降下して2階にいるポトルガノフの部屋へと突入した。
「オウ、イエイ! オウ、イエイ!」
ん? ベッドの方であえぎ声が聞こえる。鑑定目で見るとポトルガノフが女性とまぐわっていた。タイミング悪いところできちゃったな。とは言え事が終わるのを待ってられない。
「あーお取り込みのところ悪いんだけど、いいかな?」
私が声をかけるとポトルガノフは飛び上がり、ベッドの横に立て掛けてあった剣を一瞬で抜いて私に切っ先を向ける。
「何者だ!」
「私の名前はクロリア、ストロガノフの件であなたに話があるの」
私はストロガノフから預かったペンダントをポトルガノフに見せた。
「それは兄上の……。なるほど貴様兄上と親しいものか?」
「ええ、そうよ。ストロガノフの救出を手伝って欲しいの」
ペンダントを見たポトルガノフは剣を鞘に納め、私を上から下まで吟味するように見る。
「そうか貴様が兄上のか…。だがこの姿ではあれだ、しばらく外で待つがよい」
言い方がかなり不快な喋り方で鼻持ちならないが、裸で話し合うのもあれだしね。それに情事の邪魔をされた上に私をストロガノフの配下だと思っているのだからある程度はしかたないか。私は部屋のドアを開け外で待機した。
数分待つと「入れ」と言う声が聞こえたので私は再度入室した。部屋の中には先程とは違い、貴族然としたポトルガノフが凛々しく立っていた。
「それで、貴様が兄上の親しき者と言うのは、そのペンダントを見ればわかるが、ここにどうやって入ってきた」
「空が飛べるから守衛などいないのと同じよ」
「なるほど、なかなかの手練れのようだな。もしや兄上が言っていた勇者候補とはお前のことか?」
「他に勇者候補がいないのなら、たぶん私のことだわね」
ポトルガノフは私のその言葉に不快感を表し、鼻を一つ鳴らす。
「生意気なやつだ。お前が兄上の勇者だと言うのは信じたが、これからどうすると言うのだ」
「ストロガノフを助けだすわ」
「助け出してどうする、もはや兄上の兵は一人もおらんのだぞ」
「いいえ、エマが現在王都に向かってます」
「なに!! エマが生きているのか!?」
「ええ、間者に襲われたそうだけど、なんとか撃退したそうよ」
「そうか、エマがあの二人を倒したか。まあよい、つまり生き残りはエマとお前だけなのだな?」
「……ええ、そうね」
あの二人ね、なぜ二人と知っているのだろう。私は一言も言っていないのに。
「わかった、ならば王都への入場するのは任せておけ、我が手の者に話を通しておく。ただ入場する前に私に話を通せよ四六時中手の者を門に立たせておくわけにはいかぬでな」
「わかったわ。まあ、そんなに到着まで時間はかからないと思うけどね」
「サラディアンの町から王城までは馬車で三日はかかるだろう。我が配下からまだエマ発見の報告はないぞ。襲撃からまだ日はたってなかろう。どんなに急いでも二日はかかるはずだが?」
「ええ、そうね。でも問題ないわ、明日には到着できるわ」
「そうか、死に物狂いで王都に向かって来るのだな。ならばエマをねぎらってやらねばな」
ふむ、なるほどそう言うことか。つまりこの弟王子が今回の首謀者ってことね。理由は不明だけど大方あちらの女性との恋を成就させるためだろうか?
女性の名はサラサ・ラササ、身分は第二王子第一王女。つまりこのままでいけばポトルガノフの父である第一王子が王位を継ぎ、その長男であるストロガノフが次期王位継承権1位になる、そうなれば叔父は自分の娘を第一王子に差し出し縁を深くし己の保身をするだろう。
つまり次男であるポトルガノフはサラサ・サラサとは結婚ができない。だから兄であるストロガノフを嵌めたと言うことね。ならここは罠にはめられた振りでもしますか。
「それで――」
うん? おかしい、さっきから皆の馬車の位置が移動していない。いつから? いつから動いてなかった。全員の位置を把握するためにマップを広範囲にしてたのが仇になった。大きく見れば見るほど馬車の移動がわからなくなる。でも敵性反応はない。いや、もしかしたらマップに映らない敵? それに気づかず私は何をしてるんだ。
私は神の祝福 念話でアリエルに話しかけた。しかしアリエルからの答えはなかった。マップにアリエルはいる。しかし意識がないか何かしらの影響で私と話すことができなくなってるのかもしれない。
「どうした? クロリア。顔色が悪いぞ」
「ごめん、悪いけど用事ができたわ。明日にはこれると思うけど到着したら連絡するわ」
「お、ん、そうか。エマによろしくな」
私はそれに答えずに天空王ノ翼剣を取りだし、馬車へと全速力で向かった。
真実はいつも矛盾だらけ
いつからそれが本当だと錯覚していた?