クロイツと勇者候補選抜御前試合 その九 ~争乱の兆し~
「でもあれね、この馬車って塗装してないから、ちゃんと色を塗りたいわね」
荷馬車を改造したせいもあり、木目むき出しのその車体は荷馬車に小屋が乗ってると言った方が早い様相だ。
「そうですね、皆に手伝ってもらいながら作ったんですが車体造形の技術の本が無かったので知識不足で荷馬車に小屋を乗せた感じになってしまいました」
おっと、これ自体アリエルが作ったのか。私はこの車体を褒め称えたが時すでに遅し「わざとらしいですよ」と言ってお尻をつねられた。
「まあ、さすがに木目むき出しはクロリア様の品位を落としますから何とかしたいですね」
「この町に塗料を扱う店がないからね」
なんでも揃えられるオババが塗料を手に入れることができなかったのか。まあ、魔導具と関係ないしね。
とは言えこのままじゃ味気ないし、雨が降ったら木材の壁や屋根が痛むわね。
「ディオナさんなら、あの髪の毛の色変えるような魔法でなんとかできるかもしれませんね」
たしかに一瞬で髪の色を変えたあれならなんとかなるかもしれない。
「ディオナと言えば浮き板に乗れなかったんだけど、なんでだろうね」
「本当ですか?」
ディオナは浮き板に弾かれるように乗った瞬間に転んだ。まるで浮き板に嫌われているかのように。私がそう言うとアリエルはアゴに手をあて考える。いつもと違い今回は目をつぶり数分の時間を要した。
「青髪の一族の伝承はあまり伝わっていないのですが、その中で、通常の武器を持てなくなる女性が現れ、そのものは呪いの武器を他の物よりうまく使いこなし王女になる運命にあると言われています。ディオナさんはそれかもしれませんね」
とすると、ディオナは王女様? とは言えすでに青の髪の一族なんていないでしょうし今さら王女とかはないわよね。
「でも、浮き板とその伝承に因果関係あるの?」
「クロリア様、前の浮き板で怪鳥を殺しましたよね。あれを見ていたディオナさんが浮き板を武器として認識してしまったのではないかと思います」
つまり、通常武器を持てないディオナは今後浮き板に乗れなくなってしまったわけか。
うーん、私のせいで乗れなくなった知ったら、ディオナ荒れるわよね。また罵られちゃうのかしら?ふふふ。
「とは言え、心の問題だと思うので、浮き板の乗る練習して武器じゃないと認識し直させるしか解決策は無いですね」
まあ、すぐに必要なわけでもないし。練習に付き合うことで許してもらうか。そして乗れるようになったら手伝ってくれた私に惚れちゃうパターンね。チャンスは自分で作れを地でいってるわね。
「あと、ティアの武器なんだけど、せっかくだから全部のスキル補正を生かせるような武器にしたいのだけど、なにか無い?」
せっかくスキル補正が六つもあるのに使わないなんてもったいないものね。
「それでしたら、今図面を引いてます」そう言うとアリエルは丸められた紙をアイテムバッグから取り出しテーブルに広げて見せた。
そこには”一つの武器に七つの武器”と書かれている図面が広げられた。鎚を中心に何やら線が一杯引かれていて何が書かれているかよく分からない。
「七つの武器? これどういうこと?」
「これはですね、鎚をベースに七つの武器に変形する武器です、ただ、まだ図面は完成してないので机上の空論なのですが」
鎚、剣、槍、弓、拳、盾、銃の七つでティアの思考に反応して姿を変える武器なのだと言う。
「すごいわね」
「ええ、完成すればすごい武器になります。ですが素材も足りませんし変形させる機能をつけるのが難しいんですよ」とアリエルが珍しく困った顔をする。
ここまで複雑なものは流石にすぐできるようなものではないようね。ティアには、しばらくハンマーだけで我慢してもらうしかないわね。
それに、最初から色々な武器を持たせてはどう使って良いかわからなくなるだろうしね。まずは鎚を完璧に使いこなさせて、その上で次の武器を持たせよう。鎚は重量配分が普通の武器と違って安定していないので、武器のバランスを身に付けるのに最適だしね。
「でもティアの武器を作るとなると、あの魔導具オババにあげちゃって良いの?」
「はい、あれはオババ様の為に作ったものですから問題有りませんよ」
アリエルが言うには、あれはアリエルだけの魔導具ではなく、オババの知識から生まれた魔導具も組み合わせており、お互いの持つ予備魔導具を分けあって作ったものだと言う。
アリエルが持ってるなら普通の物ではないでしょうにあげちゃっても良いのかと思ったが。まあ、シンヤがアリエルを怒るようなことがあれば神殺しにでもなりますか。
「ところで、この馬車どうやって出すの?」
馬車の大きさは地下室の出入り口を到底出ることはできない。どう考えても出すこと考えてなかったわよね。
「大丈夫ですよ、アイテムボックスに入りますよ」
「え? 流石に無理でしょ」
私は馬車に触るとアイテムボックスに入れるような仕草をすると、スルリと馬車はアイテムボックスに入った。
「ね?」このドヤ顔である。かわいいので抱き締めた。
しかし、こんな大きな物がスルリと入ってしまうなんてすごいわね。
「このアイテムボックスの容量はどのくらいなの?」
「無限ではありませんが、だいたい神の間と同じくらいだそうです」
つまり、大きさで言えば私たのいる宿屋10個分か。
「結構入るのね」
「そうですね、シンヤ様のもつ神のシステムの加護ですから」
シンヤの名前を出すアリエルの表情は信者がするそれであった。まあ、長い間一緒にいて、あの力を感じてたし色々して貰ったみたいだし仕方ないか。狂信者にはなって欲しくは無いわね。
「でも、わたしはシンヤを崇めないけど、加護なんてあるの? あとでやっぱ無しとかアイテムボックス取り上げたりしないわよね?」
「ええ、大丈夫ですよシンヤ様は器が大きいですから。クロリア様が崇拝しなくても加護を無くすことなどしませんよ」
器が大きい? シンヤが? またまたご冗談をどう考えてもあいつの器は猫の額よりも小さいわよ。
「まあ、アイテムボックスのお礼に何かお土産を持っていけば機嫌良くなるでしょ」
私の言葉が面白かったのかアリエルはクスクスと笑う。
「でも、シンヤ様が欲しいのは一つですから」
「じゃあ、その分アリエルに色々な物を買ってあげなきゃね。まずは家だけど」
「ふふふ、私の欲しい物は一杯ありますからね。そのためにも冒険者になって一杯稼いでくださいね」
アリエルは指で丸を作りニヤリと笑う。
「ひええ、でもアリエルさん、隠し財産有りますよね。それでどうとでもなるんじゃ?」
「知らないんですかクロリア様、結婚前の財産は個人の物なんですよ、でもクロリア様の物はすべて私の物ですけど」
「ふええ、待って。私にも人権を財産権をちょうだい!」
私だって欲しいものあるのよ。アリエルのプレゼントとかティアのプレゼントとか、ついでにディオナへのプレゼントとか。
私の慌てる様がよほど面白かったのかお腹を抱えてアリエルは笑う。
「嘘ですよ、私の物はすべてクロリア様のために使うものばかりですし、クロリア様の物はすべてクロリア様の物ですよ安心してください」
そう言うとアリエルはいたずらっ子のように笑う。今日はアリエルが良く笑う、良いことだ。
ティアに二日連続付き添って、アリエルとは日中一緒にいなかったから、少しアリエルを不安にさせていたのかもしれない。
だからこその夜のお仕置きなのかと得心が言った。
なるほどハーレムと言うのは存外難しいものなのだわ。皆をまんべんなく愛すように注意しないとね。気をつけなければ。
地下に降りる階段の方でドタバタとしたけたたましい足音でエマが降りてきた。
「クロリア様! た、大変ですストロガノフ様が謀反の疑いで拘束されました!」
そう言って私の前に膝まつくエマは傷だらけだった。
クロイツと勇者候補選抜御前試合は全編その三十を越えます。
お付き合いいただけたら幸いです。