クロイツと勇者候補選抜御前試合 その七 ~秘密は乙女の特権、言うまでもない~
私がカウンターに置かれた防具をはめようとすると、服からベルルが飛び出した。
「あたい居るの忘れてるだろクロリア!」
正直、忘れていた。危うく防具で押し潰すところだった。
「ごめんごめん、静かなんで忘れてたわ。と言うかあなた私の服の中暖かくて寝てたんじゃない?」
「胸の谷間がちょうど良いベッドだったんだよ」
そう言うとお大きく欠伸をして伸びをする。
「ぴ、ピクシー!」
爺はベルルを見て腰を抜かす。たいして強い魔物ではないが存在自体一般人には童話レベルの存在で、童話ではいたずらをすることで有名で親がいたずらする子供を脅すときになど使われる存在なのだ。そりゃそんなのが実在したらビックリするわよね。
「ああ、大丈夫よ、このピクシーはイタズラしないし私の管理下にあるから」
「魔物を支配するなんて、あんたやっぱりただ者じゃねーな」
爺はうんうんと頷くと勝手に納得し出した。
「誰が魔物だ、あたいは――」
私は余計なことを言おうとするベルルの顔を手で覆うとテキパキと防具を装着した。
防具を装着した私はお礼を良い店を出ようとすると爺が尻をさわろうとしたので再び拳骨をお見舞いした。雀は死ぬまで躍りを忘れないと言うが、晩節を汚しまくりな爺だ。
「何すんだよクロリア!」
「バカね旧人類とか余計なこと言わなくて良いのよ、めんどくさいことになるでしょ。あなたは魔物で私が支配してるってことにして」
「ちぇっ! わかったよ。ったく」
不貞腐れたベルルはまた私の服の中に入ると胸の谷間に収まった。
宿に戻るとちょうど戻ってきたアリエルとバッタリとあった。
「おかえりなさいませクロリア様」
「おかえりアリエル」
顔をあげたアリエルが私を見て首をかしげる。
「その胸当てと首のアーマーはどうしたんですか?」
「さすがに必要な部分に防具が無いのはね?」
「ディオナさんに怒られますよ」
そう言うと私を見てにこやかに笑う。うちの嫁は超可愛い。
「まあ、仕方ないわね。それと浮き板なんだけど変なことが起こるのよ、それとディオナの魔法もすごい異質だったわ。部屋に戻ったら報告するわね」
「そうですね、立ち話もなんですし部屋に戻りましょうか」
部屋に戻る途中、アリエルは私の防具をしきりに気にしだし、触ってみたり叩いたりした。
「どうしたの?」
「いいえ、私以外が作った防具をクロリア様が着ているのが気に入らないもので」
あらあら嫉妬するなんてかわいいこと。私はアリエルを抱き上げると部屋へと戻った。
「なあ、もう顔出して良いか?」
ベルルが私の首をぺちぺちと叩くと服から顔をだす。
「ぴ、ピクシーですか? しかも喋るなんて」
「また、新しい人間か? あたいはベルルよろしくな」
「は、はい、私はアリエルと申します。よろしくお願いします」
アリエルはピクシーが喋ることに驚いてはいるが、ちゃんと挨拶を返すあたり節度はあるようだ。とは言え、その目は調べたいと言う探求心が透けて見えるほどベルルを凝視している。
その異様な気配を感じてベルルはまた胸に隠れた。ある意味ディオナとアリエルは似ているのかもしれないわね。
部屋に入るとディアナが私の方に飛んできた。
「ベルルちゃんはどこですか!」
一気に私の胸の谷間が湿気を孕む。ベルルが怯えて冷や汗でもかいているのだろう。
「落ち着きなさい、ベルルはあなたが落ち着くまで私の服の中よ」
「そんな~。独り占めですか! 私にとられるのが嫌なんですか!」
「お姉ちゃん、ベルルが怯えてるのはお姉ちゃんのせいですよ自重してください」
ティアにそう言われディアナはしゅんとする。
「それはそれとして、なんですかクロリアさんその鎧は」
はい来ました。ディアナは、まるでやつ当たるかのように険のある声で私の鎧に文句を言う。そうです、ここが私の戦場です。
「これは確実に守らなきゃ行けない場所を防御するものよ。心臓と首をやられるとポーションじゃどうにもなら無いからね。素人には分からないと思うけど」
ここはあえてディアナを素人扱いする。実際素人なのだから文句は言えまい。荒れるかなと思ったが、ディアナは予想外の反応をする。
「そうですね確かに迂闊でした、デザインも悪くないですし良いと思いますよ」
いいんだ? なんかディアナにとって、どうでも良い存在になったようでお姉さん寂しい……。
「の、罵ってくれても良いのよ?」
「なんですかそれ気持ち悪いですよ、変態ですか?」
それよそれ! ディオナはそうでなくちゃ!
「自分以外のデザインの装備してるの嫌じゃないの?」
「うーん、多分私の中の何かがそれは合理的だと判断したようです」
例の斧の知識と言うやつだろうか。そうなるとディアナ自体は素人でも知識の方は結構な手練れなのかもしれない。
「そう言えばディアナさん魔法部品はどうなりました?」
そう言われたディアナは待ってましたとばかりにアイテムバッグから草や瓶に入れられた血や骨粉、そしていくつかの矢などを武器を目の前に並べた。
草は鑑定眼で見ても雑草だった。
「うーん。この草説明してもらって良いですか?」
ディオナはその雑草たちの効果や効能をアリエルに説明する。その瞬間、ただの雑草が秘薬に変わった。
鑑定眼の表記がただの雑草から特殊な効果がある秘薬へと変貌したのだ。なにこれ……。
「アリエル……。」
「はい、私も確認しました。今この雑草は魔法部品の秘薬になりました」
その後もディアナが説明することにアイテムたちの情報が更新されていく。
「神システムがハッキングされてる?」
アリエルが小さな声で呟く。それが何を意図するのか分からないが、アリエルには思うところがあるのだろう。
「もしよければ魔法も見せてもらって良いですか?」
「そうですね髪の色を変えてみますか?」
そう言うとディオナはティアの髪に手を当てた。その瞬間ディオナの手にサークルができティアの髪を銀髪に変えた。
「わぁ! ミスティア様と同じ色だ!」
銀色の髪、翡翠の髪飾りそれを見たとき私の心がドクンと一つ音をたてた。なんだろうこの焦燥感。心がざわつく。
「ティアはオレンジの方がきれいよ。うん、オレンジの方が可愛らしいし素敵ね」
私にそう言われたティアは頬を赤くするとディオナに元に戻すように懇願する。ディオナはティアの髪色を元に戻すとアリエルに「こんな感じです」と言う。うんティアはやっぱりオレンジが似合う。
それと私はアリエルにディオナの規格外の魔法の話も付け加えておいた。エレメンタルが関与しない魔法などこの世界にはないからだ。
「あの光るサークルに現れた文字は異世界文字でした」
「異世界文字?」
「はい、勇者の世界の文字です。ニホンゴと言うらしいのですが。ディオナさん何かそれに関する知識はありますか?」
アリエルのその問いにディオナは思い当たることをすべて話す。「と言うわけなんですよ。ただもっと色々な知識があるはずなんです。それは他の呪いの装備品を手に入れないと得られないようなんです」
ディオナの知識はまだ完全じゃないと彼女は言う。とは言え呪いの武具は他の国が管理している。今回手に入れられた斧は魔導具屋のオババの師匠からオババが譲り受けた物で、手に入れられたのは運が良かっただけなのだ。
「そうなると他の呪いのアイテムも欲しいですね」
「うーん、あれは有事の際の最終兵器的位置付けの物だから手にいれるのは無理じゃない?」
世界は王国連合により平和に支配されている。それでも小さな小競り合いはあり、呪いの武器は下手に攻撃したら狂戦士を出現させるぞと言う脅しになるのだ。もちろんそんなことをしたら王国連合から袋叩きになるのだが抑止力としては絶大なのだ。なにせ国が滅ぶレベルの暴れっぷりで止めるには神剣を持つ六大神国が全員で当たらなければいけないほどなのだと言う。
あれ、そう考えると実はディオナが最強? あたし最強から脱落? ふえぇ。
まあ、神剣持ちなんて実際たいした強さじゃないんでしょ? 多分私一人で一捻りよ。つまり私が最強なのは揺るがない。やった復権だわ。お姉ちゃんの威厳復活だわ。
「あ、そうそう。アリエルあの浮き板おかしいのよ。魔法剣・疾風を二重がけすると、とんでもない速さになるのよ」
私はツガラシ連峰の山を破壊したことや目に求まらぬ速さで飛んだことをアリエルに説明した。
「二重がけ……。もしかしたら浮き板のマナ増幅器が影響してるのかもしれません」
ハコブネにある通常の浮き板は空気中のマナを増幅して浮力と推進力を得ていると言う。そして私の場合、浮き板を武器と見立てて魔法剣を発動している。その魔法剣を浮き板は吸い取り効果を増加させているのかもしれないとアリエルは結論付けた。
「じゃあ、これ武器に転用できない?」
「面白そうですね。浮き板の大剣なんてこの世界にありませんからね。それにクロリア様の武器が私が作ったものじゃないと言うのも気に入りませんでしたし新たに作りますね」
「アリエル鍛冶なんてできるの?」
「みんなの防具を作ったの私ですよ? 補助魔法で作れます。それにその胸当ても作り直します」
やっぱりこの防具のことまだ引っ掛かってたのか。とは言え、これは爺が思いを込めて私に作ってくれたもの無下にはできない。それをアリエルに言うと不服そうだったが思いがこもってるものを無下にはできないのはアリエルも同じ考えで納得してくれた。
「そうだ、アリエル武器を作るならこの金属使ってくれない?」
私は爺から貰ったカンスタチ鉱のインゴットをアリエルに渡した。
「これは、カンスタチ鉱ですか? これなら良い武器が作れますね」
アリエルはウルティニウムの剣を芯にしてカンスタチ鉱で覆い増幅装置をつけた大剣を作ると言うので私は剣と浮き板を渡した。
「絶対にクロリア様が満足する剣を作りますね」
そう言うとアリエルは闘志を燃やし拳を握る。ふむ、嫁に愛されてるな私。
「そうだティアちゃん。これ付けてみてください」
アリエルがアイテムボックスから小物と2つのリングを取り出すとティアに渡した。
「これはなんですか?」
「目を保護するゴーグルと爆音で気絶しないようにするものです。それとそのリングはティアちゃんの身体能力を引き上げるものです」
身体能力を上げるのは肉体的に才能の無いティアには必須よね。スキル補正があってもステータス差は大きいからね。
「アリエルさん有難うございます」
ティアは早速それを装備すると喜んだ。体が軽く感じるのかアイキドゥーの形をやって見せる。
「すごいですよこれ、まるで羽が生えた気分です」
「あと”マジックハンド”叫べば形が変わり更にパワーをあげることもでき、ピンチの時は武器として使うこともできます。それも試作品なので後々改良しますので要望があったら言ってくださいね」
「はい!」
「それとこれ、威力を弱めておきましたので今度は大丈夫だと思います」
そう言うと縮小している状態のハンマーをティアに渡した。私はそれを見てティアは打武器だけじゃないことをアリエルに伝え他の武器も作ってくれるようにお願いした。もちろんそれを聞いたディオナは「お姉ちゃんの威厳が」と言ったのは言うまでもない。
「それとなぜか私も体術がS級に上がったのよ、アリエル理由わかる?」
「ただ組手してただけですか?」
「そうなのよ」
「多分センスの差だと思います」
「センス?」
「はい。それと同じことがハコブネのリセマラでもありましたよね」
つまりアリエルはこう言うのだ。そもそも私は素質が良く、普通の人よりも色々な能力が上がりやすいのだと。
「じゃあこの方法はディオナやアリエルは使えないの?」
「私も出来ますが、クロリア様ほどの効果は無いと思います。」
そしてディオナに至っては無理だときっぱりと言う。
「くっ、ティア。お姉ちゃんは負けませんからね」
ライバル心むき出しである。もちろんそのあとティアが煽ったのは言うまでもない。そして私はこう言った。
「お姉ちゃんだって負けないからね!」
もちろんディオナに怒られたのは言うまでもない。
そして夜は更けアリエルにベッドでお仕置きされたのも言うまでもないわね。……トホホ。