クロイツと勇者候補選抜御前試合 その四 ~ティアのお手軽チート修行~
「じゃあ行ってくるわね」
私は浮き板にティアを乗せ、手を振るアリエルやディオナの見送りを受け通常のスピードで地表を走った。
一応、町の正門を出て出入場の管理のためと言う名目なのだが、それはあくまで建前だ。見送りの二人が見えなくなると私は方向転換をする。
「クロリアさん、そっちは正門じゃないですよ」
「うん、ちょっと寄る場所を思い出してね」
そうして私は一軒の防具屋にたどり着いた。これは思い出したわけではない、計画的犯行だ。
「すみません、やってますか?」
「ああ、やってるよ」
私の呼び掛けで出てきたのは白髭を蓄え腰の曲がったおじいさんだった。
「胸当てと首の防具が欲しいんですけどありますか?」
そうなのだ、私は防具を買いに来た。別に恥ずかしいから身体を隠すためのものではない。心臓と首を守るための防具を買うためだ。
「うちは既製品しかないけど大丈夫かい? 胸のサイズくらいなら変更できるが」
おじいさんは私の胸を見てそう言う。一応人より大きめの胸は既製品では合わない。ただ私の胸に会わせサイズを変更するとその分装甲が薄くなるのは否めない。
「ええ、お願いします」
私は並べられたライトアーマーの胸当てと首のパーツを拾い上げるとおじいさんに渡した。
「ふむ、では失礼」
そう言って私の胸に手を伸ばす、私はそれをバックステップで避ける。
「なにするのよエロジジイ!」
「ば、バカもん!誰がエロジジイだ! 胸のサイズを計ろうとしたんじゃろうが」
「直接触らなくてもできるでしょ!」
「ふん、これだから素人は」
エロジジイは直接さわって測定することの大切さを力説し出した。品物は溶かしただけの既製品だけど、サイズ合わせにはこだわりがあるらしい。
「で、どうする?」
「わかったわよ、手早くお願い」
エロジジイは待ってましたとばかり私の胸を揉みしだく、これ本当にサイズあわせのために必要なのかと考え込んでいるとエロジジイは私の乳首を指でなでくり回し出した。
”ゴツン!”
私はエロジジイの頭をげんこつで殴った。本気で殴れないのが悔しい。
「やっぱりただのエロジジイじゃない!」
「なにするんじゃ、老い先短い年寄りに少し位サービスせんか!」
「なに言ってるですかエロおじいさん!」
ティアがエロジジイをポカポカ殴る。エロジジイは身体を丸めティアのだだっ子パンチを背中で受ける。
「冗談じゃ、冗談じゃ! まあ、今のでサイズはわかったから夕方にまた取りに来い」
そう言うと逃げるように奥へと引っ込んでいった。
ったくどうしようもないエロジジイね。ふとエロジジイが入っていった部屋の横の壁を見ると、できの悪そうな武器が箱に立て掛けてあった。その武器たちはどう見ても出来が悪い、たぶん爺の手作りだろう。普通なら誰も欲しがらない、でもティアにはそれが良いのだ。
「ねえ、エロジジイ、この武器いくら」
「誰がエロジジイだ!」
店主の爺が部屋から顔だけをだし、その箱を一瞥する。
「ふん、それはゴミだほしけりゃ持っていって良いぞ」
「本当に? じゃあ全部もらうわね。あとこの盾ももらうわね。胸当てと全部一緒に払うわ」
「いらんよ」
「へ?」
「あんたクロリアさんだろ。この町じゃ、もうあんたを知らない人はいない。町の大恩人からお金など取れるはずがなかろう」
「そう言うわけには」
「良いんじゃ好きなだけ持っていけ」
どうあっても受け取らないので私はお礼を言い、その武器たちを全部アイテムボックスにし舞い込んだ。
とりあえず手に入れた武器は弓、剣、斧、槍、拳、盾の六つだ。目指すは武芸百般。
「じゃあ、ティア行きましょうか」
「はい!」
ティアは元気良く返事をすると私に勢い良く抱きつく。アイテムボックスから浮き板を取り出し地面に置く板の先を上空に向けて魔法剣・疾風を使う。その瞬間一気に上空へとかけ上がった。後ろを見ると町はすでに手のひらサイズになっていた。それと共にゆっくりと浮き板が高度を下げる。
これならアリエルが言うほどジグザグにならなくてすみそうね。
私は再び魔法剣・疾風を使って上空へと飛んだ。
ティアは怖いのか目をつぶったままだ。
「ティア目を開けてごらんなさい良い景色よ」
私に促され、ティアは恐る恐る目を開ける。
「わぁ~すごい!」
ティアは美しい景色に感嘆の声をあげた。まあ、大空の飛翔みたいな神の祝福でもないと空を飛ぶことなんて無いものね。
しかし、先程から風を感じない。これだけのスピードで風を感じないのは不自然だ。もしかしたら魔法剣・疾風が風を切り裂いているのかもしれない。大空の飛翔も風を感じないしそう言うものなのだろう。
数度の魔法剣・疾風であっという間にツガラシ連峰が見えてきた。
「少し高度をあげるわよ」
「はい!」
アリエルの説明では目の前に見える山は小さく見えるけど実際は予想よりも遥かに大きいので高めに飛んだ方がいいと言う。
私は浮き板の切っ先を上げ上空へと舞い上がる。三度の魔法剣で目の前にツガラシ連峰の岩肌が目に入る。まずい高度が足りない。思ったよりも低かったスピードも出すぎていて止まれる距離じゃない。
ティアはギュッと私に捕まり目を閉じる。
「火炎剣・爍焱!」
私たちの周囲を火球光が包みなにも見えなくなる。火球光が消え目の前が開けると山はすでに無い。助かった? 後ろを振り向くと大きく姿を変えたツガラシ連峰の姿があった。
「え?」
「助かったんですか?」
「う、うん。心配させてごめんね」
「クロリアさんなら大丈夫だと信じてました」
ティアは震えながら笑顔を見せてくれる。怯えさせてしまったこと後悔しながらも、山を一つ吹き飛ばしてしまったことを誰に謝れば良いのかと自問自答した。
まあ、いいっか? 滑空する浮き板のバランスをとりつつ、分からないことは考えても仕方がないと忘れることにした。
魔法もなにもかかっていない状態でも風を感じなかった。つまりこの浮き板の効果で風を遮っていたのだ。まあ、それは良いとしてオークキングの場所をマップで確認する。私は浮き板の切っ先をそちらに向けると魔法剣を発動して加速した。
オークの集落は予想よりも大きく総勢500匹を越える魔物の王国だった。
中央に降りた私はアイアンウルティニウムの剣を数本取り出し念糸で操る。先ず倒すべきはオークメイジとオークレンジャーだ。飛び道具を使うやつはいの一番で殺さないと攻撃がマップで見えない以上不意うちされたら避けられない。
しかし、このマップは役に立つ、隠れている相手も問題なく見つけられる。伏兵に気を使わなくてもいいと言うことは心に余裕ができ、どんなことにも冷静に対処できる。
まあ、それが油断に繋がらないようにしないとね。とは言え、私は対峙する敵に油断することはない。例え赤子でも敵対するなら全力で相手をするわ。
すべてのオークの雑兵を倒すと、大きめに作られたテントの幕が開き二匹の大柄のオークがテントの幕を開いたまま保つ。そのテントの中から更に大型のオークが出てきた。
オークキングだ。そいつは周りを見て、仲間が全て死んでいるのを見ると大きく咆哮した。
ティアはその声でガクガクと震え、その場に座り込んだ。強さの違いがありすぎると声だけで相手の戦意を削ぐと言う。
だけど「人の許嫁を怖がらせてるんじゃないわよ!」
私は間合いを一瞬で詰め、オークキングの四肢を一瞬で切断した。
「ヴォギャァァァァ!!」
オークキングは咆哮にならない叫び声を上げると崩れるように倒れた。側近の二匹は声さえ上げさせず脳天から剣を打ち落とした。
さて、正直ぶち殺したいところだけど、それをしたら本末転倒だ。私はオークキングの喉の声紋をえぐり取り、そこから回復薬を流し込んだ。傷がみるみる塞がり出血が止まる。一度オークキングを蹴り上げ空中に浮かすと私は土蜘蛛の糸で縛り上げ、両端を剣に結びつけ地面に固定する。これで暴れることができなくなって修行するティアに危険が及ばないわね。
「ティア大丈夫?」
「はひ、だ、だいじょうぶです」
大丈夫じゃないわね、アリエルからもらった気付け薬をティアに飲ますと震えが止まり落ち着きを取り戻す。
「この間のオークより強いんじゃないですか?」
言われてみれば前回のオークキングには咆哮はなかった。同名の魔物に個体差は無いはずなんだけど。
まあ、いいか。
「とりあえず打撃スキル極めましょう」
私は昨日と同じくトンカチをティアに渡してオークキングを叩くように指示した。
「はい、頑張ります!」
オークキングを鑑定眼でみるとオークキング(大和神国の姿)と表記されていた。なにそれ、魔物に産地とかあるんだ?
私はマップで周辺警戒しつつ、ティアのステータスを確認していた。しかし、武器等の攻撃系は攻撃すれば良いけど盾はどうすれば良いんだろ? 四肢の無いオークキングに殴らせるわけにはいかないし……。
とか考えていたらいつのまにかティアの打撃武器がA級になっていた。はやい、やっぱりこのオークキング昨日のとは違って別格なんだわ。
だけどA級に上がってからはなかなか上がらなく1時間程かかった。とはいえ1時間だ破格のスピードだ。
「あの、クロリアさん」
「どうしたのティア」
S級になった瞬間、ティアが戸惑うように私を見る。
「技に目覚めました」
「は? 技って極技?」
「極技なのか分かりませんが、なにか技の名前が浮かびました」
「名前は?」
「突貫連撃です」
「ちょっと撃ってみて」
「それが、あるのは分かるんですけど撃てる気がしません」
「ああ、それもしかしてレベルが低くて必要なSPが足りないんだわ」
「SPですか?」
そうなのだ通常の技を使う分にはSPはいらない、ただ必殺技などの特殊な技はSPが必要なのだ。
ティアを見るとSPはまだ発現していない。SPは技を何度も使うことによって鍛えられていく。
「まあ、まだ13歳なんだし、慌てることはないわよ」
「ぶぅ~、使いたかったです」
ティアは使えないことに文句を言うがほとんど全ての戦士はこの高みに達していないのだから使えないのが当たり前であり、極技があると言うことは将来が確定されたと言っても良いのだ。
「じゃあ次は盾持ってみて」
取り合えず盾が気になるので持たせてみさせた。
「どうすれば良いですか?」
「う~ん、盾使ったこと無いからあまり分からないんだけど、取り合えず盾で殴ってみて」
「はい」
ティアは私の言うことに素直にしたがい盾でオークキングを押すように叩いた。
”盾術 E級”
「あ、スキルがついた」
「本当ですか!?」
ティアはスキルが付いたことを喜びオークキングを盾でバコンバコンと意気揚々と叩き出した。
結局お昼前に全てのスキルがS級になり。極技も5つ手に入れた。
・打撃:突貫台風
・盾:堕天盾投
・槍:蛇鞭刺突
・剣:百花繚乱
・拳:合気砲
・弓:幻影五月雨
どれも神話に出てくる極技だ。盾はなんなのか知らないけど。こんなに簡単に極技が手に入る何て知れたら厄介よね。この方法は秘密にした方がいいわね。味方なら良いけど敵まで同じ風に鍛えられたらたまったものじゃない。
そう言えば私、剣術S級なんだけど極技無いんだけど……。いや、もしかしたら無くした記憶にあるのかな?
まあ、いっか。極技なくても私強いしね。
将来、ティアに負けることがないよう研鑽し直そう……。