使徒暴きの神話
クロイツは俺から離れないと屋敷の外へと出ていく。俺は事情を聴きたいのを押さえて、怪我人の回復をした。
怪我をしている亜人が多くあっという間に石が無くなってしまった。長にお願いをして小石を持ってくるようにお願いした。
「クロイツ様どうしたのでしょうか」
石が来るまでの小休憩で、アリエルが俺にクロイツの事を聞いてくる。
聞きたいのは俺の方だけど、自分から話してくれるのを待つしかない。
しかし、なんでこんなに怪我人が多いんだ。かれこれ100人以上治療している。
治した亜人達は『これでまた戦えると』とか言って涙を流す。亜人とは戦いが生き甲斐の戦闘民族何ですか。
それに治療をしていて気がついたのだが、亜人達は皆が皆、LV100越えの猛者ばかりだった。
A~S級冒険者レベルの猛者がこれほどの怪我を負わされるなんて、一体どんな敵と戦っているんだ。
何にやられたのか聞いても亜人達は口をつぐみ、長に聞いてくださいと言うばかりで教えてくれない。
まあ、無理矢理聞くようなことでもないけどな。
それから二時間程をかけ、すべての怪我人を治療し終えた。
1000人は治療したんじゃないか?
まあ、これで門の件はチャラだな。
「お疲れさまでしたガリウス様、あちらで宴の用意をしてありますので、是非ともご参加ください」
長が俺を様付けで呼ぶ。なんか最初と扱いが偉い違うな。
「分かりました。では……」
「ガリウス話があるの。」
宴に参加しようとした俺にクロイツが話があると声をかけてきた。俺は長に後で参加する旨を伝え、クロイツの話を聞くことにした。
「正直話すことはないと思っていました。しかし今となってはもう話すしかないと踏ん切りがつきましたので話すことにします」
「重要な話なんだね?」
「はい、どうか心して聞いてください」
「分かった」
俺の了承の言葉を聞くとクロイツは呼吸を整え、大きく息を吸うと真剣な面持ちで話し出した。
「これから話すのは、一般人は知らない神話の話になります」
「それは、俺が聞いても良い話なの?」
「できれば……、聞かせたくありませんし聞いてほしくありません。でも逃げちゃダメだと思うんです、私もちゃんとあなたと向き合いますので」
神話をただ聞くだけで、ずいぶん大仰だなとも思うがクロイツの真剣な表情が俺の気を引き締める。
とは言え、少し腰引けてきたかも。
「でも、ちょっと待って。その物言いだと俺が原因で話せなかったってことなの?」
「はい」
能力に関係することだろうか? だが、神の祝福はそんなに珍しいものではない。
とは言え、俺のせいでクロイツに暗い顔をさせてたのか。
「クロイツにだけ重荷を背負わせていたんだね、ごめんね」
そう言うとクロイツの頬をさする。
「いいえ、重荷何て事は……」
そう否定するクロイツの目が少し腫れぼったい、泣くほど考えたのだろう。この短い時間で一杯悩んだんだろう。
俺の事を一生懸命考えてくれたのだろう。
クロイツの悩みを少しでも俺が背負いたい、それでクロイツの悩みが少しでも軽くなるなら。その重荷を今度は俺が担ぐ番だ。
「その神話を聞かせてくれないか」
「はい……」
◆◇◆◇◆
時は遡ること1万年前の大召喚時代の話。
この世界は、光の神ウルティアと闇の神アディリアスが支配しておりました。
神々は1000年周期で世界を破壊させ、人々が堕落しないよう調整していました。
光の神は創造を司り闇の神は破壊を司っていました。
しかし、光の神は自分の作った世界が破壊される悲しみから、狂ってしまったのです。
狂った光の神は世界を破壊しだしました。
全ての生きとし生けるものを。いいえ、この世界そのものを破壊しようとしました。
闇の神アディリアスは光の神を止めようと何度も説得をしましたが狂ってしまった光の神は聞く耳を持ちません。
力ずくで止めようとしましたが妻でもあるウルティアを本気で攻撃することが出来ず止めることができませんでした。
そして世界は破滅への道を進んでいきました。
闇の神アディリアスは考えました。自分でできないのなら、人間にやらせよう。
闇の神アディリアスは生き残った人間たちに自分の力の一部を授け、光の神ウルティアを討つように命じました。
しかし、光の神ウルティアには手も足も出ません。
なぜなら、人間に与えた力は闇の神アディリアスのときとは比べ物になら無いほど弱体化しているのです。
創造力の欠如。そうです、この世界は1000年毎に破壊と再生を繰り返していたため、知的レベルが低かったのです。
そこで闇の神アディリアスは高度に発展した文明を持つ、異世界の神ヴィクルティスに高度な知的生命体である人類を貸してくれるよう頼んだのです。
異世界の神ヴィクルティスは快く承諾しましたが、問題がありました。
異世界人はこちらの世界に来ると、肉体が変質してしまうのです。
最初に送られた1000人の異世界人は魔族となってしまいました。
魔族となった彼らはウルティアとの戦闘を拒否しました。
彼等は戦いの無い国から無理やり連れてこられ、姿まで異形の物へと変貌させられた。
その上、命を懸けて戦えと言われても戦えるはずなどなかったのです。
また現地人による迫害から、魔族たちはこの世界に愛着などなかったのです。
困ったヴィクルティスとアディリアスは考えました、記憶を持ったままの魂をこちらの世界の体にいれるしかないと。
そこで依代たる現地人を選び。その中に期せずして死んだ異世界人の魂を入れる事にしました。
結果は成功しました。ただし6人だけです、他の者は元々あった魂と拒絶反応で狂ってしまいました。
成功した六人には更なる力を与えました。
六本の剣に六つの鎧、その武器防具には、この世界の精霊の力が込められていました。
その力はすさまじく、ウルティアを圧倒し打ち倒す寸前まで追い詰めました。
しかし、アディリアスはウルティアを不憫に思い、体を六つに分け、それを六つの鎧の力を使い封印するにとどめることにしました。
そして、その封印の上に王国を作り、六人の勇者が国王となって封印を子々孫々にわたり管理することになりました。
かくして世界の破滅は免れたのでした。
◆◇◆◇◆
あれ、おれ、泣いてるのか……。
悲しい訳じゃない。胸の奥底から感じるなにかが涙を流させている。
「……この話で、泣きますか?」
「なんだろ? おかしいね」
俺は涙をぬぐった、しかし、拭えども拭えども涙は止まることがなかった。
「嘘ですよね、ガリウス……。あなたが使徒だなんて……」
そう言うと折れたはずの黒剣を俺に向ける。
なんで俺に剣を向けるんだ、それに使徒?
「何をいってるんだ、俺はただの村人だぞ」
「ウルティアの話を聞いて涙す
る。それはウルティアの使徒である証です。この世で女神ウルティアの事を思い涙するものなど使徒以外にいないのです」
確かに泣いているけど、別にウルティアの事を思って泣いた訳じゃないんだけどな。
「それで俺が使徒だと剣を向けないといけないのか?」
俺のその言葉にクロイツは唇を噛み少しうつむく。
「……神話には続きがあるのです」
◆◇◆◇◆
ウルティアは封印され、世界は平和になりました。
しかし、狂った異世界人達はその精神をウルティアに操られ、使徒となってしまったのです。
彼等は封印を解放させようと暗躍し出しました。
ですが、六人の勇者たちに敵うはずもなく、瞬く間に駆逐されました。
ですが、使徒である彼等は何度殺しても、新しい肉体に憑依して生まれ変わるのです。
神を倒した六大力ノ神剣でも、彼らの魂は消滅することはありませんでした。
何度も何度も生まれ変わり、その度に力は強く強大になりました。
そこで六大神国は彼らがまだ若いうちに芽を摘むことを考え出しました。
そのために出来た組織がギルドです、そしてギルドが使徒を探す建前として王家の嫁、婿候補を探すという事にしました。
◆◇◆◇◆
「私達神国の王族は使徒を倒すための存在、ウルティアを復活させる訳にはいかないの。この300年程使徒が現れなくなって使徒は消滅したと思っていたのに……」
クロイツは俺を見ずに話を続ける。俺が使徒ならちゃんと見てないと攻撃されちゃうだろうに。辛くてみれないのか……。
クロイツは振り絞るように、さらに言葉を紡ぐ。喋らないと自分を保っていられないかのように。
「でも……。そこに、あなたが現れました。回復の力を使い、何者をも寄せ付けない強さを持ち、神話で涙する貴方が」
「その3つが俺が使徒だという証拠か」
クロイツは黙って頷く。
「そうか、一つだけ聞きたい」
「何でしょうか?」
「クロイツは俺が使徒だから近づいたの? 本当は好きじゃなかった?」
その問いにクロイツは首を振る。
「好きです、大好きです。この世界よりもあなたのことが――」
クロイツはその後に続く言葉を言いよどむ。
だが、それだけ聞ければ十分だ、俺も覚悟は決まった。
「多分、私はあなたには勝てないでしょう、ですが。」
クロイツの話を遮るように俺は言葉を挟んだ。
「分かった、なら、殺して良いよ」
「なっ!」
俺の言葉にクロイツは驚きの表情を見せる。まあ、いきなり殺して良いよ何て言ったら逆に警戒するか?
「その女神、ウルティアが甦ると世界が滅ぶんだろ?」
「はい」
「だったら、答えは出てるよ。クロイツやアリエル、カイエル、ミスティア達が幸せに暮らせるなら俺は命を差し出すよ」
ミスティアを助ける事ができないのが心残りだけど。いつ目覚めるかもしれない使徒を野放しにできない。
「本気ですか?」
「うん、皆を死なせたくないからね」
その言葉を聞くと、クロイツはどこからか調達したロングソードを俺に投げて寄越す。
「丸腰の相手は殺せません。構えてください」
俺は言うとおり剣を抜き、目を閉じ剣を中段に構えた。
「さようなら、私の愛しい人」
クロイツの駆け寄る足音が聞こえる。クロイツなら一瞬で殺してくれるだろう。
ドスッと言う鈍い音と衝撃が手に伝わる。
「どうか、泣かないでくださいね」
その声と共に、俺の体は二本の腕に包まれ、唇には暖かい物が当たる、目を開けると涙に濡れた笑顔のクロイツの顔があった。
俺の手に暖かい物が流れた。
それは、ロングソードに胸を貫かれた、クロイツの血のぬくもりだった。