亜人の隠れ里
俺達は宿に帰らずにそのまま王都を出立した。
公爵家が落ち着きを取り戻す前に国を出たかったからだ。
城門を出てから気が付いたのだが、二人の奴隷紋が無い。二人の話では長女のブカロティが奴隷紋を外したそうだ。
「そんな簡単に、外せるものなのか?」
「いいえ、奴隷紋は普通、外すことは出来ません、ですが姉はなぜか解除しました」
「公爵家には何か特殊な技術があるのかな?」
「聞いたことがありませんが、姉は 知識で私を上回る天才でしたから、何かしらの呪術をマスターしていたのかもしれません」
私書箱を持っているアリエルの上をいく天才か、なんらかの神の祝福持ちと考えたほうが良さそうだな。
しかし、このままアキトゥー神国に行くにしてもクロイツの両親に迷惑がかかるんじゃないのか?
その事をクロイツに尋ねると父は神王ですからと事も無げにクロイツは言う。
「ええと、聞いてませんよ」
「はい、言ってません」
そう言うといたずらが成功した子供のようにコロコロと笑う。
クロイツは大事なこと言わないところがある。笑顔で騙されないからね。
「できれば……、国ではなく私を見て欲しかったものですから」
クロイツは頬を染めそっぽを向く。それなら仕方ないね?
ちょろいな俺、チョローだな。
「ちゃんと見てるから」
どうにも、あのキスの時からクロイツが気になってしかたがない。いつも彼女を目で追ってしまう。
「はい、私もガリウスを見てますよ」
クロイツは俺の目を見ながら頬をなでる。
体温を感じる行為はやめて欲しい。心がむずむずする。
「そういえば、クロイツって何歳なんです?」
「女性に年齢は聞いたらダメですよ?」
そう言うとクロイツはそっぽを向く。
俺がクロイツの顔を見ていると観念したのか話し出した。
「年上です」
「はい、わかります」
「にじゅ……」
「にじゅう?」
何か言い難いのか二十から言い淀む。
「23歳です!」
「そうか、分かった」
「年上はダメでしょうか?」
クロイツは恐る恐る、俺の顔を覗きこむ。
そんなに気にするような年齢だろうか?
「全然? 30歳でも40歳でも俺の気持ちは変わらないよ」
「さすがにそんな年上には見えないと思うのですが」
俺の答えに安堵しながらも、あからさまに年上に見えるのが気に入らないらしく憤慨している。
「例えだよ、たとえ」
そう言ってクロイツの頬をなでる。
さっきの仕返しである。ついでに耳たぶを揉む、かなり熱い。恥ずかしさが伝わってきて俺まで恥ずかしくなって来た。
「んっ、んんん!」
アリエルが咳払いをする。
顔を見るとショボくれた表情をしている。
アリエルには手紙の返事をしていない。その件いついては触れないようにしてきたけど、待たされる方は気がきじゃないよな。
俺はアリエルの頭に手を置いて、「ちゃんと考えてるから」と一言だけ伝えた。
アリエルは顔を真っ赤にしてうつむく。自分が愛の告白をした手紙を思い出したようだ。
つまり、先程の咳払いはいちゃつき過ぎをいさめただけのようだ。
「それとですね。あと一つ言い忘れた事が、私が王位継承権1位なので、私が次期神王になります」
「あ、はい。クロイツ様」
「怒りますよ」
こういうギャグは心底嫌いなようだ。こう言うのは以外とデリケートな部分なんだなと言ったことを後悔した。
「ごめん」
素直に謝る俺をクロイツは後ろから抱き締め『そんなに怒ってないですよ』と耳元で囁く。
俺はそれがくすぐったくも恥ずかしくなり、話題を進めた。
「そうかクロイツは王女だから冒険者ギルドで強気だったわけか」
「いいえ、そう言うわけではないですよ、ただガリウスを無視してたあの受付嬢が気に入らなかっただけです」
ああ、そうなんだ……。
「でも、国際条約を無視するなんてまねは俺の為でもやらないで欲しい」
「ダメですよ、好きな人の為なら世界をも敵に回しますから」
何このかっこいいイケメン、それ俺のセリフだからね!
「それに詳しくは言えないのですが国際勇者条約よりも上の条約でアキトゥー神国を含めた六大神国は守られているのです」
国際勇者条約よりも上の条約か、勇者と魔王よりも重要な案件があると言うことなのか?
「そう言えば、ガリウスのあの技は魔法剣の応用じゃないんですか?」
この話はあまりしたくないのか、クロイツは話を変えようとする。正直もう少し聞きたいが嫌なら無理強いはしないでおこう。
「いや、昨日も言った通り魔術回路は無いから魔法は使えないよ。クロイツの技をイメージして必殺技命名を使ったんだ」
「つまり、イメージ出来れば魔法と同じことができると言うことですか?」
アリエルが驚愕の表情で俺を見る。
「じゃあ火炎剣を使ってみますので真似してもらって良いですか?」
「わかった、やってみる」
追われる身なのに、皆はなぜか呑気だ。まあ、それに乗る俺もかなり呑気なのだが。
火炎剣そう呪文を唱えるとクロイツの短剣を火が覆う。
「これは、組み合った相手を焼き殺す技です。では、やってみてください」
俺はコクりと頷くき、カイエルから短剣を借り火炎剣をイメージして必殺技命名を使う。″火炎刃″と頭の中に言葉が浮かぶ。
「火炎刃!」
だが俺の短剣を火が覆う事はなかった。
「ええと、失敗です」
その様子を見ていたアリエルが顎に手を当てて何かを考える。このポーズ可愛いいな。
「火炎なだけに火だね」
「……駄洒落?」
どうやら一生懸命だじゃれを考えていたようだ。頬を赤らめるアリエル、かわいい。
「ち、違います! 火種がなかったので発動しなかったのではないでしょうか!」
駄洒落じゃないと否定すればするほど滑った感が否めないよアリエル。
火種か、俺は鞄から石を取り出すと真名命名をした。
「真名命名 火打ち石」
火打ち石をを短剣に打ち付けて火花を走らせる。
「火炎刃」
その瞬間、短剣から炎がでて 街道沿いの草や木を焼いた。
「ええと……、そういう技ではないのですが……」
これは組み合った相手を焼き殺すと言うよりも、組み合う前に焼き殺しちゃうよね。
「触媒があれば魔術回路が無くても魔法が使えると言う事でしょうか?」
クロイツは呆れ顔で言うが、アリエルが言うにはこれは魔法ではなく物理現象だそうだ。
「物理現象にガリウス様のイメージの具現化が合わさっているのかもしれません」
ふむふむ、分からん!
「ガリウスなら一度見た魔法は触媒さえあれば、物理現象で再現可能だと言うことです」
アリエルが触媒の説明をする。風系は扇ぐだけで良く、火なら先程の火打ち石を使い、土系は木でも土でも物質ならなんでも良く、水系は唾でも良いらしい。
火系は何気に使いづらいな。
ただし、魔法は対象以外に作用しないのに対し、俺の技はどんなものにも作用するため、自身すら傷つけるので注意するように言われた。
先程の火炎刃を放った場所を見るいまだに火が燻っている。なるほど、魔法ならいつまでも燻っていないもんな。焼けた森を良く見ると街道沿いの側に門が見えた。
「あそこ門があるように見えるんだけど」
「門ですね」
「門だですな」
「門のようね」
燃えた木が隠していたのか、それは小さな屋敷くらいの門だった。
と言うか。この門、燃えてます……。
クロイツが短剣を抜くと、魔法剣を発動した。
「水流弾」
剣から水が吹き出すと、巨大な水の球になり門めがけ飛んでいくその水球が門に当たり弾けとぶと門の火を消したのだった。ただその衝撃で門がボロボロになった。
いや悪いのは俺だけどね?
言い訳じゃないけど、こんな所に門があるなんて普通分からないよね。
俺は念の為全ての力で復元するで門を修復した。だが門の前の木は治らなかった、根もないところを見ると幻術の類いだったようだ。
しかし、なんでこんな所に隠すように門があるんだ。
知的好奇心からかアリエルが門を調べたいと言う。
正直早くここから立ち去った方がいいと思うのだが。クロイツは自分と俺がいればどんな奴でも大丈夫よと言い、それを聞いたアリエルは意気揚々と門を調べ始めた。
俺も覗いてみたが、門には模様のようなものが掘ってある。
「これは、異世界文字」
アリエルにはこの文字に見覚えがあるようだ。
「読める?」
「はい、どうやらチュウガクレベルの文字のようなので問題ありません」
異世界語には何種類かの言語があり、ショウ、チュウ、コウと難しさに合わせてランク付けがあるらしい。
「この文字が読め、所縁のあるものは右のボタンを4729と押すこと、と書いてあります」
アリエルがそう言うと門の突起物を押し出した。しばらくピーピーと言う音がしていたがそれが終わると門から声が聞こえてきた。
『合言葉は』
合言葉なんて知らないし、聞かれても困るんだけど。取り敢えず謝るか。
「すみません、門壊しちゃって門の前の幻術が消えちゃったみたいなんですけど」
『…………』
それを聞いた門は何も答えなかった。
どうしたものかと考えていたら門がキィ~と言う音と共に開いた。
中から出てきたのは獣の亜人たちだった。その亜人達は各々武装をしておりかなりの手練れのようだ。
「貴様ら何者だ!」
彼等は今にも襲いかかりそうな勢いで、俺たちを恫喝する。
「門を壊したのは偶然で敵意はありません」
こちらが悪いのだ、できるだけ下手に出よう。
「偶然でこの結界を破壊できる者などいない!」
そう言われても出来ちゃったものはしかたない。
「それで、俺たちをどうする気です?」
「この場所を知られたからには、生かしては返せない」
「誰にも言いませんよ」
「人族は信用できない!」
門を壊して、幻術を解いたのは俺だけど。
殺すと言われて『はい、そうですか』って、言うわけにはいかない。
できれば穏便に解決したいのだけど。
「まて!」
取り囲んでいる後方から、初老の男性が姿を表す。
「長!なぜ止めるのです」
「結界を破壊した者達だぞ、戦えばこちらの被害も尋常ではないだろう。それではお役目が果たせなくなる」
若い亜人の男は苦虫を潰したような表情をする。
「どうだろう、私達の村で詳しい話を伺いたいのだが」
「俺としても、事を荒立てる気はありませんので構いません」
「ではこちらへ」
俺達は長の案内で門の中へと入る。そこは暗く一瞬めまいがした。そのまま暗い道を抜けると明るく拓けた場所に出た。
その場所はなんと言うか違和感がすごかった。外の世界とは何かが決定的に違うのだ。
マップで確認したのだが、ここはここだけの存在だった。
天にまで届く塔を中心に円形の世界があるだけだった。
周りには何もない隔離された世界だ。
長は俺たちについてくるように言うと板の上に乗りそれに付いてる取っ手を持つ、俺達にも同じようにするに促す。俺たちも長と同じように乗り取っ手を持つと、その板は浮き上がり走り出した。
どうやらこの板は、移動手段の乗り物のようだ。馬車のように振動はない上に速い。そして何より宙を浮いているのだ。
しばらくその乗り物に乗り、ある一軒の家の前に着くとふわりと止まった。
「ここは私の家です、お入りください」
その家は建築方法が違うのか見たことがない家の作りをしている。
何より柱がない、ひのきがない!
こんなの家じゃない!と一人憤慨していると、長が困惑していた。
「すみません、見たことがない家の作りだったもので」
長が言うにはなんでもこの家の建築方法は異世界の技術だそうだ。
家のなかに入ると、俺たちは大広間に案内された。そこには何人もの獣の亜人達がいた。
「まずは自己紹介をしたいと思います、私がこの里を治める長、1260代ティカシュギシンヤと申します」
「私はガリウスと言います。家名はありません」
「先程、敵意はないと言われましたが門の幻術を破ったいきさつをお聞きしたいのですが」
俺は技の練習で森を焼いてしまい、なおかつ門を破壊してしまったことを告げた。そして直したのは俺の能力によるものだと言う事も伝えた。
「にわかには信じられませんな」
「なにか、壊していただければ直しますけど」
「その修復術は人間にも有用でしょうか?」
「はい、問題なく治せます」
周りの亜人がざわつく。
「カロイヤ、前にでなさい」
長がそう言うと、隣の男が前に出てきた。その男は右腕と右足が欠損していた。体の至る所に傷跡がありまだ生々しい。
「我が息子なのですが、魔物との戦いで手と足を失ってしまったのです」
見た目は30歳後半の男がうなだれている。
「できるのか?」
その男は光をなくした目で俺に問う。
「はい、問題ないです」
俺は鞄から全ての力で復元するをかけた石を取り出すと彼の体に当てた。石は光を発し、それと同時に粉々になると彼の腕や足の傷口からニョキニョキと腕と足が生えてくる。
「「「おおおおおお」」」
その光景に里の亜人達は驚きの声をあげる。
「これは、なんと言うことだ」
腕の欠損していた亜人は生えた腕をまじまじと見て涙を流す。
「この力で、他の者も治していただくことはできるでしょうか?」
長は息子を抱き締めながら俺にお伺いをたてる。
「はい、何人でも治しますよ」
「では早速、負傷者をつれて参ります」
そう言うと、先程治療した長の息子が部屋を出ていった。
「負傷者と言うと、なにか戦闘があったのですか?」
俺は長に経緯を聞いた。
「私達は世界各地に散らばった、女神の封印から出る瘴気によって起こる魔石感染による魔物発生に対処しているのです」
「女神の封印? それはなんですか?」
「神話の話になるのですが……」
長がそう言いかけたとき、クロイツが叫ぶ。
「駄目! その話しはしないで!」
その顔は恐れや怯えが混じり、俺を見る。
「どう言うことだ?」
「お願い、その話は……」
「しかし、この話をしませんとわが一族の成り立ちをお教えすることが出来ません」
クロイツが顔を青くして俺の顔を見る。
「クロイツその話を聞かないと話が進まないと思うんだ。俺は聞こうと思うんだけど?」
「分かりました、ですが少しだけ時間をください」
「では、怪我をしているもの達も集まってきたようなので、里の者の怪我を治していただいてから話すことにいたしましょう」と長が言う。
俺はそれに頷くと治療を開始した。
クロイツの事は気になるが自分から話してくれるのを待とう。それまで亜人達の治療に専念するか。