ミスティアのクーデターまでの六日間 その七
密林内ではそれ以降もたいした魔物に会うことがなかった。最近魔石の値段が上がったせいか、ここらの魔物も狩り尽くされたのだろう。
そう言えばカスミが言っていたわね、人間の欲望は果てしなくその欲望はひとつの種を絶滅させるほどだとか。
まあ、意味はわからないけど。
何て考えていると隊列が急に止まった。前から伝令が来て私達に前に来るようにという。
急いで先頭まで行くと。少し遠巻きに魔窟の入り口が見える。
魔窟はそれとわかるように色鮮やかな装飾がされており、まるで神殿を彷彿とさせる。
「どうしたのアルファ」
私がそう言うとアルファは口にてを当てて声を出すなと言う指示をだし指で神殿を見ろと指示をする。
アルファが指し示す方をよく見ると、神殿の前には2名の兵士が神殿内を出たり入ったりしていた。
「私たちがこちらから来ると言うのが気がつかれたの?」
「わかりません、今から私が冒険者の振りをして情報を集めてきます」
そう言うと私にマイクを渡し自分の周囲の声が聞き取れるように調整しておいたのでそれで聞いててくださいと言う。
私がマイクを受けとるとアルファはサムズアップして魔窟へと向かった。
『兵士さん、こんなところで何をしてるんですか?』
『なんだ貴様は、冒険者か?』
『はい、B級冒険者で。魔物を狩りに来ました』
『おお、B級の方ですか。それは失礼いたしました。実は見ての通り瘴気感染が起こるのですよ』
そう言うと魔窟の装飾にある宝珠を指差す。その宝珠は黒色に染まっていた。
通常、魔窟にある宝珠は無色透明だ、しかし瘴気感染が起こる前に黒に染まる。
『いつ黒に染まったのですか?』
『それが三日前なのですよ、今日あたり魔物が排出されるかもしれません』
『そうですか、しかし二人しかおられないのですか?』
『今、確認の為4人ほど潜っているのですが。なかなか帰ってこなくて心配しておるところです』
なるほどそれで魔窟を出たり入ったりしてたのか。それにしてもたった6人で瘴気感染の対処をするとはよほどの猛者なのだろうか?
通常、瘴気感染を対処するには100名以上の人員で当たる。
新しく生まれた魔物たちはすぐには魔窟を出てこない。魔窟から出てくるのは前回の瘴気感染で生まれた魔物たちなのだ。
だから魔窟は別名ユリカゴとも言われている。生まれたばかりの魔物達がこの魔窟内でゆっくりと熟成され育まれるのだ。
『瘴気感染の対処にしては兵が少なすぎませんか?』
当然、待ち伏せも考慮してアルファはそう訪ねているのだろう。
『B級の方なら知っていると思うのですが、今この国に元勇者のミスティアが来ていて、そいつを捕らえるのに人員をさかれているんですよ』
『なるほど、そうでしたか』
つまり、私たちがこちらのルートを選んでいることはまだゴミトルスには感づかれてないわけね。
『では、私もお仲間の捜索に加わりましょうか?』
『おお! それはまことですか。是非お願いします』
『分かりましたでは早速いきましょう』
そう言うとアルファは二人の兵士と魔窟の中へと入っていった。その際に時間を稼ぐので皆を先につれていくようにと指示を出された。
アルファたち3人が中に入ったのを確認した私達は、急いで移動を開始し魔窟を通りすぎて更に奥へと向かった。
私は念のために魔窟の側の物陰に隠れアルファの帰りを待った。
サグルも残ってくれるといったのだけど、サグルが抜けてはみんなを守るものがいなくなるので先にいってもらうことにした。
しばらくすると、アルファと6人の兵士が魔窟から姿を表した。
『あんたのお陰で助かったよ、さすがB級冒険者だ!』
6人の兵士は口々にアルファを誉める。
アルファは頭をかきながらあなた達もなかなかのものでしたとおべっかを使う。
『あれ、あんたどこかで見たような』
一人の兵士がアルファをマジマジと見て言う。
『気のせいじゃないですか? どこにでもある平凡な顔ですよ』
『いやいや、あんたが平凡な顔だったらワシなんか超不細工だぞ』
そう言うと初老の兵士がガハガハと笑う。
『あ! 思い出した、あんたザコトルス様の――』
若い兵士がそう言い終わる前に首が飛んだ。更に五人の兵士の首も一瞬で切り裂かれた。
『グルゥゥゥゥ』
アルファがうなり声をあげ死体を見下ろす次の瞬間アルファは若い男の体に牙を立てる。獣化はしていないけど。あれは両親と同じ症状だ。
つまりアルファも私たちと同じ獣人なのだ。
「……アルファ」
「ミスティアさん、なぜここに」
「苦しいの?」
「……苦しいです」
私はいつのまにか彼を抱き締めた。その瞬間彼からとても良い匂いが立ち上った。
この匂いはニグル、ニグルと同じ催淫効果のある体臭だ。
逃げ出そうとする私の心とは裏腹に私の体はアルファを求めた。
「ミスティアさん、なにを……」
そう言うアルファの前にひざまつき、彼の股間に手を伸ばす。
「ニグル様お情けをくださいまし」
私がそう言うとアルファはハッとし私を突き飛ばす。
「ニグル様、どうかお情けをくださいまし」
私は立ち上がると鎧を脱ぎ捨てアルファを誘惑した。
「やめるんだミスティア僕はニグルじゃない!」
その言葉にビクッとして私は我に帰る。そしてあまりの恥ずかしさに体を隠し、その場に座り込んだ。
「ごめん、僕は……」
そう言うアルファは私に手を伸ばそうとするが、思いとどまり手を引っ込めると私から距離をとる。
私の体が熱い、火照る、体が男を求めている。心だけが切り離されて体は自分の意思を反映しなかった。精霊の力がないとあの力に抗えない。
「なんで、なんであなたからニグルの体臭がするの!」
私はそう叫ばずにいられなかった。仲間の振りをして。彼はやはり私を貶めるための真奈美の刺客だったの。
私は騙された、また騙されたのだ。
「僕は……。私はニグルではありませんよミスティアさん」
そう言うとお辞儀をして私に謝罪をする。アルファはニグルやサグルのプロトタイプとして作られそのせいで、ニグルと同じ体臭を生成してしまったのだと言う。
だから、私を貶めるためにあの体臭を放ったわけではないと再び謝る。
「本当にその言葉を信じて良いの?」
「はい、私はあなたを嫌いではありませんニグルとは違います」
「わかったわ、私の方こそごめんなさい。取り乱してしまって」
私がそう言うとアルファは気にしないでくださいと言う。私の境遇は知っているからと。
私がアルファに近づくと彼は後ずさりし逃げる。なんで逃げるのよ仲直りの握手をしようとしたのに。
私がそう言うと服を着てくださいと、目を隠して言われた。
「……ごめん」
私は物陰に入ると脱いだ鎧と服を着た。
「それと私にはまだ近づかないでください。匂いが残ってるかもしれませんので」
「ん、ごめんね」
「いいえ」
アルファは気にしないでくださいと言うが私は自責の念にかられた。
服を着た私達は皆の待つ場所まで距離を保って帰った。
「アルファ、症状はもう大丈夫なの?」
「はい、人の、人肉を食べましたので。気持ち悪いですよね?」
「良いのよ私そう言うの気にしないから両親も獣人で人の肉を食べてたから。それにあの人たちには申し訳ないけど、今は見つかるわけにはいかないしね」
私は残酷なのだろうか、私自身は人肉を食べたいとは思わないが。回りが食べていてもなんとも思わない、特にそれでアルファが落ち着けるなら食べれば良いと思う。
今思うと両親が私を子供と認識できていたのは人の肉を食べていたからなのだろうか。
しかし、魔窟を抜けたあとは急に草木も生えない岩山に変わった。かなり鋭い岩肌でゴツゴツして歩き難いことこの上ない。
みんなはかなり前方まで行ったようでまだ姿が見えない。
「どこまでいったのかしら」
「これは不味いですね」
アルファがそう言うと、ドラゴンの叫び声が響き渡った。
「急ぎましょう」
アルファがそう言うと彼は一目散に声のする方へと向かった。アルファの後を追っていくとそこには三匹の土竜がレジスタンスを襲っていた。サグルとミリアスは一匹の土竜と交戦中だ。
しかしなぜ土竜がみんなを襲っているの? 土竜はおとなしく人に危害は加えない。ただし攻撃してくるものには死に物狂いで襲ってくる。
「サグル、これはどうしたの?」
「お帰りミスティア、レジスタンスの一人が魔銃で攻撃したんだ」
「なんでそんな」
いや、普通の人が見ればこんな大きい魔物を見たらパニックになって攻撃してしまうか。皆から離れた私のせいだ。
私は軽量化偽勇者の剣・改二を抜き、中級水魔法の超酸の雨を放った。土竜には火魔法は効かない。今私の魔法で効果があるのは超酸の雨だけだ。三匹の土竜に超酸の雨が突き刺すように当たると、甲羅はみるみるうちに溶解していく。
「次は私の番ですね 罠魔法:針地獄」
アルファが指をパチンと鳴らすと土竜の地面から大量の針が突き出て土竜を貫いた。
その気に乗じてレジスタンス達は皆で切りかかり土竜を仕留めた。
「う~ん俺は今回良いとこなしだな」
「死者を出さなかったんだからサグルのお陰だよ。ありがとう」
「ミスティア様お疲れさまでした」
アルファが私の労をねぎらう。私はアルファの罠魔法があればこそ皆が無傷だったんだよと肩をグウで殴り微笑んだ。
「ん? なんか二人とも仲良くない?」
サグルが私達の中の良さを不思議そうに見る。
「仲間として打ち解けたからだよ」
私がそう言うと、それはよかったとサグルは微笑んだ。




