ミスティアのクーデターまでの六日間 その三
「ミスティア」
獣化したサグルが私の前に立ち私の名前を呼ぶ。
「この子、助けられなかったよ」
「すまない、俺が説得しようなんて言ったばかりに」
「ううん、違うよ、私の力が足りなかっただけ。私はにせものだから」
「ごめん」
サグルは膝をついて私にあやまる、むしろあやまるのは私だ、力足らずの私なんだ。
「本当の勇者になりたい」
私は無意識のうちにそう呟いた。それは自分の力のなさから来る苛立ちか、本物への憧れから来るものか、今の私にはわからなかった。
「俺はミスティアが今でも本物だと思う」
サグルは本気でそう言ってくれているのだろう。でも、私には実力が伴わない。力を取り返さなければ。ゴミトルスを殺して私の本当の力を。
……本当の? 真奈美に改造された体が? それとも研鑽して上げたレベル? 私が欲しているのはどっち?
「私のことより、サグル人形に戻れる?」
「分からない、けど力が抜けていく気はするからたぶん戻れると思う」
前回のように負の感情で変身したわけじゃないので、邪骨精霊龍の介入もなかったと言う。
サグルは邪骨の力を自分の物としている。五日後、鍵を取り戻せば私も力を取り戻せるし、もう死に怯えることもなくなる。
そう考えて気がついた、今私はサグルが死なないことより力が戻ることを喜んだ。私は浅ましく卑しい女だ、自分が嫌になる。
暴動を起こした民衆の死体は火葬にしようとしたのだけど、越冬の為には余計な木材の消費は控えたいと言われた。確かに死者数、数千人にのぼる死体を焼けばこの辺りの木は刈りつくされ、はげ山になるだろう。協議の結果、死体は全て川に流すことになった。
私は全ての死体を一人で川に流させて欲しいとクジャラに頼んだ。最初は戸惑ったクジャラだが、私がどうしてもとお願いすると渋々承諾してくれた。
ただし、町の中の死体だけはレジスタンスで全て外に運ぶと言う条件付きで。
「俺も一緒にやらせてくれ」
そう言う、サグルの申し出を私は断った。これは私一人でやらなければいけないから。
私は名も知らぬ子供の死体を川に流すと死体置き場に戻り一人一人、川へと連れてきては流した。この川はかなりの水量で流した死体はすぐに川下へと流されていった。
「ごめんなさい、私の力があなた達が信じられるほど力じゃなかったから……」
一人一人の死体に私は謝り川へと流した。
体が重い、何往復しただろうか。死体の数は全く減っていない。
夜は涼しいとは言えまだ夏だ。死体が痛むのも早い。すでに腐敗臭が死体置き場を覆う。
だけど、臭いなんて言ってられない、皆は私の行いの犠牲者なのだから。
私が勇者の力を持っていれば皆は死ななかった。
私が力を失わなければ皆は死ななかった。
私がこの国に来なければ皆は死ななかった。
私がガリウスを説得しようなんて思わなければ皆は死ななかった。
私が、私が、私が、全部私が悪いんだ。
勇者を目指した私が。
なんで勇者を目指したんだっけ? ガリウスがすごい人だって皆に知ってもらうため? 嘘だ、それはきっと嘘だ。
それならなんでガリウスを村に残してきた、説得して一緒に来ればよかったんだ。今、村の外にいるならちゃんと説得できていれば着いてきてくれたはずだ。
結局私は自分が勇者になりたかっただけの卑しい人間なのだ。だから、名誉や地位が欲しくてランスロットを愛したんじゃないのか?
私は最低だ。
重い、重い、重い。
すでに外は暗く月も落ち足元がおぼつかない。何体流したかも分からない。疲れた……。
川に何体目かの死体を流したとき私は足を滑らせ川に流された。這い上がろうとするが流れが早い上に流した死体が私の足を掴む、何体も何体も。
『お前だけがなぜ生きている、お前も来い』と亡者達は私を闇へと引きずり込む。
ああ、私ここで死ぬのか、死んだ人たちは私を恨んでいるのだろう、だから死んでまで私を水の中に引き込もうとしているのだ。
私の両親は獣人だった、戦いの日々が嫌である町を逃げだした。追っ手に追われる毎日の中、気づいたときには両親は人を襲うようになっていた。殺した人を食い、さらに殺して食う。
すでに人ならざるものだった。
そんな、状態になっても私のことは分かるようで私のためだけに魚を取ってきてくれたりした。
あるとき黒髪の女性が私達の住む洞窟に訪れた。両親はその女性を襲ったが一瞬で返り討ちにあった。その女性が両親に首輪をつけるとみるみるうちに人の姿を取り戻した。
私はいつの間にか村にいた、懐かしい村。今は行くことができなくなってしまった隔離された村。
私の体が少女のように小さくなっていた。お花畑で昼寝しているガリウスの横に座り鼻をちょんと押すとガリウスは面倒くさそうに目を覚ます。
「ガリウス、この間言ってた名前をつける能力で私に勇者みたいな名前をつけてよ」
「え? 嫌だよ」
ガリウスは私の言うことをちゃんと聞いたことがなかった。いつも反対するのだ。面倒くさそうに。それでもお願いすれば言うことを聞いてくれるのは分かっていた。だからしつこく食い下がった。
「なんでよ、私はガリウスが世界の人に認められる真の勇者だって証明したいのよ」
「別に認めてもらわなくてもいいよ」
「なんで? ガリウスはすごい人なんだよ?」
「俺はミスティアに知ってもらえてればそれでいいよ」
「だめだよ、男なら上を目指さないと」
「俺はミスティアとここで暮らせればそれでいいんだよ」
私はその言葉に上気した、ガリウスも私を好きでいてくれると思った。だけどその後に続けた言葉はガリウスを蔑むものだ。私は必死で少女の口を閉じさせようとしたがその言葉を遮ることはできなかった。
「意気地無し、私に能力をつけて自分より強くなられたら嫌だからつけないんでしょ!」
それを言われたガリウスは渋々私に能力を授けた。
”救国の女勇者”と……。
そして私は村から離れた、やり直したい、あのとき『そうだね、ずっと一緒にいたいね』そう言うだけで良かったのに。
時間を巻き戻せるなら戻りたい、あの時、あの時間に。今度は絶対間違えない。だから神様お願いします、もう一度やり直すチャンスをください。
「ミスティア!!」
その声で目を開けるとサグルが私を抱き抱えていた。周りを見ると町のそばの死体置き場にいるようだ。どうやら疲れから倒れて眠ってしまい夢を見ていたようだ。
「戻りたいよ、戻りたい。今度は絶対間違えないのに」
「ミスティア?」
「ごめん、なんでもない。作業を続けないとね」
そう言い立ち上がる私を後ろからサグルが抱き締める。
「今、それをするのは反則だよサグル」
「分かってる、それでも俺がミスティアの支えになりたいから」
「ありがとう」
私がそう言うとサグルは私から手を離し自分にも手伝わせて欲しいと申し出る。だけど私は自分一人でやらないと意味がないからと言うと、仲間だから一緒に背負いたいんだといってくれた。
「ミスティア、やるなら早くやろうぜ」
「そうです、臭くてたまりません」
そう言うとどこからともなくミリアスとサラスティも来てくれた。どうせ手伝うと言ってもだめだと言われるのが分かっていたからこうなるまで待っていたと言う。
「ミスティアは頑固だからね」
サグルがそう言うとみんな笑いだす。
心が揺らぐ。私の罪を背負ってくれる仲間がいる。
「分かったわ、ごめんなさい私一人じゃできない。みんなの力を貸して」
「おうよ」
「まかせてよ」
「がんばりましょう」
「じゃあ燃やしますね?」
パチンと言う音と共に死体から火柱が立ち上がる。死んでる者を燃やすとか美学に反しますが、なるべく美しく荼毘に付してあげましょう。と高笑いするその人はアルファだった。
「「「「え?」」」」
「ん? 手伝っていいんですよね? それなら燃やした方が早いですよ」
そうなんだけど、いや、そうなんだけど。
「うん、ありがとう?」
「いえいえ、どういたしまして」
ニヤリと笑いそう言うとパチリと指をならし更に火柱をあげるアルファはまるでオーケストラのいない指揮者だ。
しかし私の独壇場とばかりにポーズを決めるアルファはどこか滑稽で私は声を出して笑ってしまった。
「それでいいんですよ、あなたには笑顔が似合う」
そう言うとアルファは指から白い花をだし、私の髪に添えた。
「……ありがとう」
私がアルファに花のお礼を言うと彼はサグルのかたを叩く。
数分後死体は燃えつき灰となり、風にのって上空に飛ばされた。
そしてポツポツと空から黒い雨が降ってきた、巻き上げられた灰が雨に混ざり落ちて来ているのだ。私達は宿屋に逃げるように走ると、いつの間にかアルファがいなくなっていた。
黒く汚れた服で宿屋に入ると嫌な顔をされてしまうので、私達は外の井戸で水を被る。
「冷たい……」
いの一番で井戸水を被った私はあまりの冷たさに震えた。サグルはそれを見て自分の桶に魔法をかけ、ぬるま湯にしていたので私は井戸からすぐさま冷や水を引き上げるとサグルにもかけてあげた。
そのあとはみんなで冷や水のかけ合いになったのは言うまでもない。
「もう、ひどいですよミスティアさん」
サラスティは文句を言うが交尾中の犬に水をかけるのは基本ですから、そう言うと顔を真っ赤にしてサラスティはミリアスの後ろに隠れる。
「あんまりからかうなよミスティア」
「いいえ、昨日閉め出された仕返しです」
そう言うと、ミリアスも顔を赤くしてゴホンゴホンとわざとらしく咳をする。
「みなさん、よろしいですか?」
鎧を脱いで服の水を落とす私達にアルファが話しかけてくる。その体は全く雨に濡れておらず、どうやってここまで来たのか不思議なほどだ。
「どこ行ってたのよ」
私のその問いにすみませんと謝り、クジャラと今後のレジスタンスの動向を確認していたと言う。
「さすが計画性を重んじるアルファさんですね」
サラスティがそう言うと当然です、あなた達が無計画すぎるんですよと怒られた。
でも実際アルファがいてくれると助かる、私達は本当無計画だから。アルファに一緒にパーティーを組まないか誘うとアルファは少し困ったような顔をする。
「お気持ちは嬉しいですし、私もそうしたいのは山々ですが、私はあの方の耳と目ですので」
あの方とは当然真奈美だが、彼は用心深いので真奈美の名前は一言も口にだしたことがない。
「そうね、困らせてごめんね。ただ仲間になったら嬉しいと思ったから」
私がそう言うとアルファは眉間をポリポリと掻く。
「では宿屋の一室を借りましたのでそちらで今後の話し合いをします、着替えましたら102号室に来てください」
そう言うとアルファは後ろ向きに手を降り掻き消えた。
今回次話で終了しません。クーデターが終わるまで続きます。




