ミスティアのクーデターまでの六日間 その二
「ミスティア様、町が包囲されています」
まだ陽も上りきらない頃アルファが部屋に入ってきて私を揺り起こす。
すでにみんなも異変に気がつき。身支度を整えている。
「囲まれてるってどのくらいの兵に?」
「いいえ、兵ではありません平民です」
「え? どういうこと 義勇兵に志願しに来たってことなの?」
わたしはそれを言って自分でもバカな答えをしたと思った。もしそうならアルファが私を起こすわけがない。
「それが、あなたを捕まえてザコトルスに引き渡そうとしているようなのです」
「なんでそんな、私達はみんなを救おうとしているのに」
「あなたに懸賞金がかけられてる上に、捕まえた町の者には町全体を30年無税及び兵役を免除すると公布したそうなのです」
食うに困っている人達にはとても魅力的な取引ね、でも普通に考えれば30年後また苦しくなるというのに。
「後数日待てばこの国は良くなるというのに」
「目の前にニンジンをぶら下げられた馬のようだね」
サグルは腕をくんでそう言うと考え込む。
さて、どうしたものか。私に襲いかかる民達を殺せばこの国は支えがなくなり早晩終わってしまう。
だけど、私達も捕まるわけにはいかない。
「どうやら、この町の者達と攻めてきた平民達で小競り合いが始まったようです」とアルファがいうと外で怒声が響き渡る。その声に耳を傾けると私に出てこいといっているようだ。
「この町の住人も私を捕らえる側に回ったということかしら」
「残念ながらそのようです」
「つまり、クーデターは失敗ね」
私がそう言うと皆重苦しい雰囲気になる。まさか平民も敵に回るなんて思っても見なかった。クーデターなんて関わらずにそのまま王都を目指していれば、こんなことに巻き込まれなかったのに。
自分の浅はかな考えが嫌になる。
「この国の平民はどのくらいが敵に回ったのかしら」
「およそ80万人ですね、女子供果ては老人まで敵です」
私はその数を聞いて、ため息をつく。80万の平民に20万の軍隊。総勢100万人が私達の敵になる。
これは突破できないかも……。
「とりあえず、ここにいる民衆は殺します良いですね?」
アルファが私に同意を求める。私がこのパーティーのリーダーだ決定権は私にある。すべての行動に私が責任を持たなければならない。
ただの人を殺すのは抵抗がある、しかし今は私達を捕まえようとする暴徒だ、捕まれば何をされるかわからない。私は仲間を守りたい。
「分かったわ、殺して」
「だめだ!」
そう叫んだのはサグルだった。サグルは私の両肩をつかみ真剣な眼差しをする。
「ミスティは勇者なんだろ? だったらこの民達も救うべきだ」
「でも、こんな暴動止められない」
「大丈夫、ミスティアのことは俺が絶対に守るからみんなを説得してみよう」
そうだ、私は勇者だ、勇者だった。ガリウスを説得するのにこのくらいの人を説得できなくて何が勇者だ。
「分かったわ、やってみる」
私がそう言うとアルファはあきれ顔をする。私は勇者だから助けられる人は救いたい。
「まあ、良いでしょう。で、具体的にどうするんです」
アルファは計画性を大事にする。しかし、相手は生きてる人間だ、計画通りにいくわけがない。皆に会って直接話を聞いて話せばわかってくれるはずだ。
私がそう言うと、アルファは天井を仰ぎ見る。
「では、そうですね。籠城できるような場所に陣をとりましょう」
「なぜ? 民衆の前に姿を表した方が良くない?」
「そんなのはダメです、民衆に押し潰されますよ」
そしてアルファの案はこの場所を壁で囲い押し寄せる民衆を待ち構えると言う
「でも壁なんてたててる余裕ないわよ?」
「それなら問題ありません」
そう言うとアルファは指をパチンと鳴らす。それと同時に宿屋を揺らすほどの振動が私たちを襲う。
「何をしたの?」
「外をご覧になれば分かりますよ」
そういわれた私達は二階の窓を開けて外を見ると、宿屋をぐるりと囲む3m程の壁が出来上がっていた。
「でもこのくらいの壁じゃすぐ乗り越えられるんじゃ」
私のその問いに心配はご無用ですとアルファは答える。魔法の壁は上部にも見えない壁が7m以上あるそうで、生半可な力では破壊すらできないと言う。当然民衆にそんな力を持った人間がいるわけもなく、難攻不落の一夜城の出来上がりだと自信満々に話す。
壁ができたことで、群衆は逆にヒートアップして投石や罵声が多くなってきた、なにげに逆効果? かと思ったのだけど。徐々にこの場所に人が集まってきた。すでに町の外の人も内部に入っていてかなりの数の人間が宿屋を取り囲んでいる。
「そろそろ行きましょうか」
アルファに促され私達は屋根の上へと登った。外は見渡す限りの人、人、人。いったい何人集まっているのだろうか。
「ミスティアだ! ミスティアがいるぞ!」
一人が屋根に上る私を見て叫ぶ、それを聞いた群衆がわたしに向かい罵声や投石を行う。群衆はすでに私を捕らえると言うことを忘れて、私のせいでこの国が貧しいのだと言わんばかりの憎悪を向けてくる。
正直怖い、私の言葉なんか聞いてもらえないかもしれない。でも、やるしかない私は勇者なのだから。
「わぁぁあ「皆さん聞いてください!」あぁぁぁ!!!」
しかし私の言葉は群衆の叫びに打ち消されて掻き消えてしまった。このままでは説得することもできない。
「ここから降りて一人一人説得するわ」
「分かった、ミスティアがそう望むなら、俺は君を絶対に守る」サグルはそう言うと私と一緒に飛び降りようとする。
「お待ちをミスティア様、これをお使いください」
私達はアルファに襟首を捕まれ後ろにつんのめった。私はアルファに不快感を示すとアルファは笑いながら私に円柱の棒を渡してきた。
「これは?」
「魔道具で音声伝達器といいます、そこの網の部分に喋りますと半径1km圏内でしたらすべての者に言葉が伝わる道具です」
そして、これならどんなに群衆が騒いでいても言葉が届くと言う。こんな良い道具があるなら最初から渡してよというと、アルファは私の覚悟を見たかったのでとニヤリと笑う。
まあ、アルファの最初の案を蹴った意趣返しもあるんでしょうけど。
私はアルファにお礼をいうとそのマイクに喋りかけた。
『みなさん聞いてください、私は勇者ミスティアです!』
「元をつけろ、裏切り者の勇者!」
その言葉は私の心をえぐるが気にしてなどいられない。私は気を取り直し皆にお願いをする。
『私はこの国を圧政から解放するために来ました、あと数日だけ辛抱してくれないでしょうか?』
「ふざけるな! 俺たちに明日はないんだよ。今死にかけている子供だっているんだ。お前を差し出せば褒賞金でしばらくは食いつなげることができるんだ!」
彼らはもう何日も食事さえ満足に食べていないのだろう。普通に考えればゴミトルスやそれに連なる貴族達を潰した方が後々のためになると言うのに、それが分かっていても今を生きることに精一杯なのだ。
その後、何十分と話をしたが興奮するだけで話を聞いてもらえない。私と群衆の話し合いは平行線たどっていた。
しかし、その状態をくつがえす事態が起こった。子供が農業用のフォークで串刺しにされ私達に前に掲げられた。
「ミスティア! お前達がそこから出てこないなら一人ずつ子供を殺す!」
なんで、なんで、なんで!!
私はサグルの制止を降りきり、壁の外に出てそのフォークを掲げる女を倒し、フォークを奪い、その凶刃から子供を解放し抱き締めた。子供は糸の切れた人形のようにグタリとして生気が感じられなかった。
「なんで、なんでこんなことするのよ。あなた達は子供のために私を捕まえに来たんでしょ?」
「自分の子供だ! 口減らしのために殺したんだ、文句があるか!」
「こんなんじゃ、あなた達は魔物以下じゃないの……」
精霊鬼でさえ私を家族と言って救ってくれた。でも、人間であるこの暴徒達は自分の子供を殺してでも、私を引きずり出そうとした。
最低だ、この人たちは、いいえ、この魔物達は守る価値がない。
死んだ子供を抱き抱える私を周りの魔物達が取り押さえる。俺が捕まえたんだ、私が捕まえたのよと争い私の髪を引きちぎる。
その瞬間、血潮が飛び散る。サグルが獣化して周囲の魔物達を殺す。私はただそれを泣きながら見ていた。
勇者なら止めるべきだろうか? 勇者なら、勇者なら。
わからないよ。
たすけて、ガリウス……。
周りから魔法の破裂音が聞こえる。あちらこちらで魔法が使われている。平民のなかに魔法が使えるものがいたのだろうか。
「ミスティア様大丈夫ですか?」
その声はクジャラだった、手にはどこからか仕入れた魔銃を携えており、レジスタンスが今暴動を起こした群衆を始末していると言う。
「やめ……」
やめさせた方がいい、やめさせた方がいいに決まっている。でも、私は二の句を紡ぐことができなかった。
獣化したサグルが吠えると群衆は一目散に逃げる。一般人は狼型の獣人は見ることがない、それ故恐怖で戦意喪失する。サグルは逃げるものには攻撃をせず向かってくるものだけを始末した。
何もできなかった、何も、私のなかで熱を失う子供を救うことすらできなかった。死んだ状態では回復魔法は効果を発揮しない。つまりサラスティではこの子の傷を癒せない。勇者なら、勇者マイラなら治せたのだろうか?
私は今ほど勇者になりたいと思ったことはない。
だけど、現実は私に力を与えてはくれない。
私は救国の女勇者だから。
◎ミスティア