ミスティアのクーデターまでの六日間 その一
「処置は成功ね」
8人の獣人を精霊化させることによって、邪骨精霊龍からの干渉を遮ることができた。
こいつらはミスティアとは違って、強力な力を発揮することはできない。ただ精霊だと言うだけなのだ。
処分してもよかったのだけど、実験材料として使った方が有意義なので生かすことにした。
ミスティアが精霊の力を失ってから獣人達が破壊衝動にかられていた。
狼型獣人は暴走勇者のなれの果ての姿。この世界を破壊せずにはいられなくなる。
だからこそシンヤは獣人達を回収していたのだ。
ではミスティアは? あの娘は暴走するようなそぶりは全然なかった。劣化体だから? では両親は獣人ではなかったのか? 私の叡智ノ図書館でも、ミスティアや両親達の動向はわからなかった。
知識の詮索を阻害されているのだ。なにかを守るように。
ガリウスとミスティアは同い年だ。私達使徒は記憶をもって生まれ変わる。その知識で特定の誰かを探知されないようにすることができる。
しかし、ガリウスは記憶をもっていなかった。つまりミスティアやその両親に、そういう処置はできないと言うこと。
私はなにか思い違いをしているのかもしれない。ガリウスは静じゃない? でもあの神気は確かに静のものだ。
わからない、わからない。
「真奈美様よろしいでしょうか?」
いつの間にか男が私の前に立ち控える。
「ああ、来たのね。あなたの破壊衝動を押さえる手段ができたので処置します」
私は立ち上がり男を処置室に連れていこうとすると男は手を上げ私の動きを止める。
「その件ですが、もう少し待っていただけないでしょうか?」
「なぜ?」
「限界ギリギリまで力を上げたいのです」
私は男の頭に手を置くと記憶を読み取った。
なるほど、愛の力で邪骨精霊龍の干渉を押さえることができる可能性がある上に力も手にいれることができるわけね。これを解析することができれば私はまた一段強くなれる。
「いいわ、ならばこの件はあなたに任せましょう」
私は男にそう言うとひとつのカプセルを渡した。
「これは?」
「自決用の毒薬です、無理だと思ったら自決なさい」
「は! 仰せのままに」
男はカプセルを懐にいれると、姿を掻き消すように消え去った。
◆◇◆◇◆
「さっきはすまなかった」
ミリアスが頭を下げ謝罪をする。私は本当のことだからと言い謝罪はいらないと言うとばつが悪そうに頭をかく。
「違うのよ、謝罪を受け入れないとかじゃなくて。私は逃げてただけって言うのがわかったから」
「逃げてた?」
「うん、ガリウスから、サグルから、自分の人生から、すべてから逃げてたって」辛い現実を直視しせず、ただ逃げていた。
「そうか、あんたがそう言うなら俺はとやかく言わないよ。ただサグルのこともちゃんと見てやってくれよ」
私はその言葉にうなずいて答えた。
翌朝私たちは朝食をとりおえた後、今後の話し合いをすることにした。現状無計画と変わらないとアルファに指摘されたからだ。
「ミスティア様、話し合いの前に、お渡ししたいものが」
そう言うと、私たちの前にアイテムバックを三つ置いた。
「なにこれ?」
「カスミ様からのお届け物です」
そう言うとアルファはバッグから物資を取り出し、テーブルの上に置きだした。
そのバッグを開けると中には見た目よりも大量の物資が入っていた。
その物資には私達はもとより、ミリアスやサラスティの武器まで入っていた。
「これ私たちの動きが、ヤマト神国にバレてるってことじゃないの?」
もしバレているのだとしたら、私たちのクーデターに乗じた計画は意味をなさない。
しかし、それは杞憂で、アルファがカスミに救援物資を依頼したそうなのだ。その際ちゃんと虚偽の報告をしたそうなので、この国が襲われる心配はないと言う。
救援物資は思ったよりも大量にあり、レベル1の私にはありがたいものばかりだった。
「でも、よく連絡がついたわね?」
「ええ、ちょうどあなたを探している偵察鳥と、運良くリンクすることができましたので」
「神国は私を探しているの?」
「それはそうでしょう、物資の補充も約束されてるのですから」
そういえばそうよね、私はギルド経由の補給を考えていたのだけど、まさか直接補給してくるとは思わなかったわ。そうなると、私が魔王城に向かおうとしているのはバレバレかもしれないわね。とくに何も言ってこないなら好きにすればいいということなのかな。
私達は補充された物品を配分するため、装備面の見直しをした。まず、偽勇者の剣・改Ⅱの新しい刀身が入っていた。これは従来より遥かに軽くできており、私でも持つことができた。
偽勇者の剣・改Ⅱは二重構造になっており上のRBC*1の技術でコーティングされた部分を取り除けば重さが5kg位になると言う。
新しい刀身を取り付けると大体7kg位だろうか。2kg増はなにげに痛いが振れないほどではない。
ミリアスには剣と盾、それに鎧の上から羽織れるジャケットが用意されており、剣や盾はもちろんジャケットまでRBCの技術が使われており、生半可な攻撃では切り裂くことはできないそうだ。
そして同じように私の服も、同じ技術で作られたものが送られてきた。獣化しないので繊維や金属が伸びる必要はないので防御力で劣るこの服を着る意味がないからだそうだが。デザインは同じなのだけど狼の紋章がなくなっていた。
サラスティには魔銃が用意されていた。カートリッジ方式ではなくシリンダー式になっており6種の魔法を状況に会わせて変えることができると言う。
ただ、サグルの装備は用意されていなかった。理由は私宛の手紙でわかった。封書には私以外の者が見れば、この手紙は瞬時に消滅すると書いてあり、私一人で見るように指示されていた。
部屋の隅で封書を開けると、そこには一言”サグルには気を許すな”と書かれていた。
私がそれに眼を通すと手紙は煙をあげて焼失した。
サグルには気を許すな? つまりカスミはサグルが私を貶める真奈美側の人間だから、私のことを思ってサグルの装備は寄越さなかったってことなのかしら?
確かに、私と違いサグルは真奈美に作られたけど、彼が私を裏切ることはない。それは今まで一緒に過ごした時間が教えてくれている。
カスミには悪いがこの忠告は無視しても良いだろう。
取り合えず、元々の偽勇者の剣・改Ⅱの刀身にミリアスの剣を差し込み加工してサグルの剣にすることにした。
「正直魔法が使えないのは怖かったから助かったわ、軽量化された偽勇者の剣・改Ⅱがあれば怖いものなしね」
「ただ、その剣で打ち合うのはやめた方がいいかもしれないね」
サグルが軽量化・偽勇者の剣・改Ⅱの刀身を見て言う。
「なにか問題があるの?」
「いや、ワザワザこれだけの重量物で覆っていたと言うことはこの刀身をはずした部分は剣にとって重要な部分だと思うんだよ、破損させたくないくらいに」
「つまりどういうこと?」
「つまり、刀身に歪みがでただけで魔法が撃てない可能性があるということだね。とは言えカスミ様も考えてはいるだろうから十分な強度はあると思うよ」とサグルはどちらつかずな剣の評価をする。
困った、サグルに言われるととたんにこの剣が弱々しいものに見えてきた。RBCのコーティングは生半可な力では破壊されないけどサグルクラスの攻撃では破損するだろう。敵の見極めが大事になるわね。
「しかし良かったよ」
ミリアスが新しい剣を眺めてにこやかに笑う。
「なにがだい?」
サグルがそう聞くと偽勇者の剣・改Ⅱは確かにすごいけど、魔法なんか使ったことないから使い時がわからないし範囲も分からないから正直困ってたんだと言う。
「そう言えば、うちのパーティーで純粋に攻撃魔法使える人いないのね」
「まあ、俺も魔法が使えると言っても補助魔法初級程度だしな、実質サラスティしか使えないのと同じだな」
かなり脳筋構成だけど、魔道具でそれは補っているから問題はないけど、ん?
「サラスティも補助魔法だから攻撃魔法使ったことないわよね?」サラスティに渡した魔銃は攻撃魔法が入っているむやみやたらに撃たれたらパーティー壊滅さえあり得る。
「そうですね、でもチバケインで魔法の概要は習いましたので魔法の名称や効果有効範囲などは分かります」
貴族だけあって、知識量は私なんかとは比べ物にならない。知らないなら使い方を教えようと思った私は少し自分が恥ずかしくなった。
「ん? そうなるとミリアスも知ってて当然じゃないのか?」
サグルに指摘されたミリアスは頭をかきむしるように掻くと、俺はそういうの苦手だから授業は寝てたと笑う。
「でも、勇者マイラは魔法を使うでしょ? あなたは邪魔にならなかったの?」
「兄貴がうまいこと指示してくれるんだよ、だから俺がマイラ姐やマリアの邪魔になるようなことはなかったよ」
ただ、ガリウス抜きで狩りをしたときは散々で皆が皆の力を殺しあってて酷かったと笑う。だから、兄貴は最高なんだよと添えて。
「そっか、ねえミリアス、ガリウスの指示の仕方とか戦いかた教えてくれる?」
今の私はそのガリウスがメリウスだったときと同じだ。なら、その戦いかたを知ることは私の力になるはず。
「まあ、いいけど長くなるぞ?」
ミリアスは話したくてしかたがないようでウズウズとしている。私は何時間でも聞くわと言うとミリアスのガリウス独演会が始まった。
ミリアスの独演会は昼食をまたぎ夕食を過ぎても行われ深夜になる頃サラスティにいい加減にしてくださいと言われ終わりをむかえた。いや、かなり実のある話だったのだけど、誰もついてこれなかった、サグルでさえも夕食前にダウンしてしまったのだ。
それにしても勇者のすごさをあらためて知らされた。隕石魔法や離れた相手をも一撃で殺す技など狂気じた技ばかりだ。そりゃ私が偽勇者と蔑まれるわけだ。
みんなはすでに入浴を終えて就寝の準備ができていた、私は急いでシャワーを浴びると浴槽に飛び込んだ。
冷たい……まあ、水が使えるだけましよね。昔は良く寒い日でもクロイツと水浴びしたけど、レベルが下がるとこういう耐性もなくなるのね。
お風呂の前に人の気配があった。それはサグルで見えないのにワザワザ反対側を向き背中をこちらに向て座っていた。
「サグル、どうしたの?」
「……何かあったときすぐに守れるように」
確かに今襲われたらなにもできずに死ぬわね、裸だし。でもその位置に座られていると出るに出れないと言うのはサグルはわかっていなそうだ。
「……ねえサグル。あなた私と始めて会って、パーティーメンバーにするって言ったときに泣いたわよね?」
「うん、憧れの君とパーティーを組めるのが嬉しくて情けないけど泣いてしまった」
「命が助かった喜びじゃないの?」
「俺は君のためなら命を捨てられるって言っただろ? 君が拒絶するなら俺はあのとき廃棄されてもいいと思っていたよ」
「そうなんだ、……ごめん」
命が助かったことへの涙だと思っていた。わたしはサグルを軽んじていた、彼の思いを。
「謝るなよ、俺は今、君のそばにいられるのが嬉しいんだから。死ぬのは怖くなったけど……でも俺は」
「サグル、死を選んじゃだめだよ。生きていればいいことだってあるんだから」そう言って、私は死を選びそうなサグルの言葉を遮った。この言葉はサグルに言った言葉なのか、私自身に言ったのかわからない。でも生きてみんなで未来を掴みたい。
ガリウスがいてサグルがいて、ミリアスやサラスティがいる。あの調子ならミリアス達はすぐ子供もできるでしょうし。
そんな皆と一緒に暮らし、冒険をする。
今はそれが私の夢だ。
*1 RBCとは旧グランヘイムの門外不出の魔法で、コインを魔法でコーティングすることにより鉄よりも硬くなり欠けることもなくなり信頼度の高い通貨である。