暗躍する影
俺はマップで二人の位置を調べた。8km先に二人の反応がある。クロイツをお姫様抱っこすると、身体強化を使い二人の場所まで走った。
と言うか、屋根の上を跳んだ
王都は家が密集しているので屋根の上を跳んだ方が早いのだ。
自己暗示を使わなくても、魔力操作による身体強化は優秀だ、MP5でこの身体能力だからな。
俺達はものの数分で公爵家の門の前にたどり着いた。
公爵家の屋敷は王都にあるにも関わらず、とても大きく下手な村ほどのサイズがある。
まずは相手の出方を見るために、守衛に公爵にお目通りを願う。
「私の名前はガリウス、こちらに私の奴隷のアリエルとカイエルが来ているはずなのですが、公爵様にお目通り願いますか」
「暫し待たれよ」
門番はそう言うと詰め所に戻っていった。普通平民が来たからと言って公爵に取り次ぐなんてことはありえない。つまり最初から来るのがわかっていたと言うことか。守衛が再び詰所から出てくると中に入るように指示をする。
中にはいると小さな馬車が用意してあり、それに乗ると馬車は俺達を乗せ道をひた走る。
馬車に乗って数分程すると、ようやく玄関にたどり着いく。 その玄関の前にはアリエルそっくりの女性がメイドと一緒に立っていた。
「ようこそいらっしゃいましたガリウス様、私はこの家の長女ブカロティ・ストラトスと申します、以後お見知りおきを」
「はじめまして、私はガリエルと申します。アリエルとカイエルを迎えに来ました引き渡していただけますか?」
「それは、少しお話をしてからになりますね」
「どのような話でしょうか?」
「こんな所ではなんですからどうぞ中へ」
そう言うと、クロイツと一緒に応接室へと案内された。
そこには小太りな男が横柄な態度で大きなソファーに身をゆだねていた。
「そこに座れ」
男はそう言うと、指で空いてる席を指した。
俺は指図通りに座ると、男は条件を出してきた。
「俺の名前はジュルディア・ストラトス公爵だ、月100万Gでお前を雇ってやろう」
こいつは何をいってるんだ、何で俺がお前の元で働かなきゃいけないんだ。
「アリエルとカイエルを返していただきたいのですが」
「お前は馬鹿か? 答えはイエスかノーだ」
そう言うと指をパチンと鳴らした。
その合図と共に扉が開き、武装した兵士達がぞろぞろと入ってきた。
「お前もこのようにしてやろうか?」
そう言うと、アリエルとカイエルを俺の前に引きずり出した。
その顔は焼けただれ、四肢は切断されている。
二人の状態は奴隷商館のときよりもひどい。
「アリエル! カイエル!」
「おっと、坊主動くなよ」
そう言うと5人の戦士風の男女が、俺の前に立ちはだかる。
「そいつらは俺に雇われたS級冒険者達だ。お前がいくら強くてもS級5人には勝てんだろ?」
小デブの男はニヤリと笑う。
「そうだな……。おいガリウスとやら条件を変えよう、その二人をお前の手で殺せ。そうすればお前の命を助け先程の条件で雇ってやろう。お前は回復魔法の使い手なのだろう?」
「ガリウスざま、わだじたちをごろしてください」
アリエルが自分を殺せと俺に懇願する。苦しみからじゃない俺を生かすためだろう。
許せない、許せない、許せない!
俺の大事な人を傷付ける、こいつが憎い。
そうだ、俺には覚悟が足りなかった。
面倒なことから逃げ、ミスティアから逃げ、皆を守ることから逃げた。
俺は、自分自身が許せない!
「二人とも、今助けるからな」
俺の身を案じるように二人は首を振りその言葉に答える。
「クロイツ! 俺は第三の勢力になることを決めた、ついてきてくれるか?」
「はい、死ぬ時は一緒ですよ」
「お前ら、そこを退かないなら殺す」
俺はS級冒険者に向かい威圧をする。
「おいおい、E級冒険者が俺達を殺すってよ」
彼らは、自分が負けるなどと微塵も思っていないのだろう。クロイツよりもレベルが高いが相手を侮るなど愚の骨頂、これならクロイツの方が強いかもしれない。
「多少強いみたいだが、俺達はそこのクロイツより上位の冒険者だぜ」
たしかに、こいつらは一番レベルが高いやつでLV187、低いやつでLV150だ、だがそれがどうした。
「そうか、なら死ね」
手加減する必要がないなら、事は簡単だ。
身体強化は今だ有効だ。
俺は手刀を構える。必殺技命名が発動して、頭の中に技名が浮かぶ″風手刃″。
俺がその技名を叫ぶと同時に手刀で横に薙いだ一撃はクロイツの風刃剣のように風の刃を作りS級冒険者を襲った。しかし、その一撃はクロイツのものと比べると遥かに強力で強大だった。
S級冒険者達と兵士達はなすすべもなく上半身と下半身をお別れさせ床に臓物を撒き散らし崩れ落ちる。その衝撃波は衰えることなく屋敷をも切り裂いた。
公爵は「ひゃ!」と声になら無い声をあげて椅子からずり落ちる。
俺はアリエルとカイエルの二人に全ての力で復元するを使って回復させた。
「言いたいことは色々あるけど……。二人が生きてくれていて良かった」
俺は二人を引き寄せ、強く抱き締めた。
勝手なことをした二人を怒りたいが、俺の為にした行動だ、そんな二人を怒れるわけがない。
「ガリウス様、すみません」
アリエルかが泣きながら謝る。
こんな時どうすれば良いのか分からないが、抱き締め頭を撫でる。 頭を撫でてやるとアリエルは俺に抱きつきさらに泣いた。カイエルが睨んでるのでカイエルにも同じ事をしてあげた。
どうやら文句はないようだ。
「で、この豚と女の始末はどうする?」
豚当主と長女の命の選択を二人に決めさせることにした。
女の方は何も喋っていないが、以前アリエルの顔を焼いた女だろう。見れば見るほどそっくりだ。
「どうか、命は! 命だけは、金なら好きなだけやるから! 殺さないでくれ」
豚当主はみっともなく命乞いをする。
しかし、姉の方は至って沈着冷静に俺を見る。その瞳にはなにか恐ろしい力を感じる。
「できれば、殺さないでください」
アリエルが二人の命を助けると言う。
「それで良いのか?」
「はい、血を分けた兄姉ですから」
血を分けた兄弟に、こいつらはこんな酷いことをしたと言うのに。アリエルはどこまでも優しい。
できればあの女は殺しておいた方がいいと思うが、アリエルがそう言うならそれに従おう。
「分かった。こいつらの命は奪わないでおこう」
その言葉を聞いた、豚当主は身体中の力が抜け、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。
「それじゃあ、帰ろうか」
俺はアリエルとカイエルの手を取り、立たせると公爵家を出た。しかし帰ると言っても宿にはもう帰れないな。
公爵家に手を出したと言うことは、国に対して敵対したのと同じだからな。
「この国を出ようと思う」
突然の申し出に、皆は驚くことなく頷く。
「そうですね、それが良いと思います」
「わたしも賛成です」
アリエルとカイエルの二人も賛成のようだ。
幸い、クロイツがいるから、国外に出るには問題ない。
「問題はどこにいくかだな、南の王国で良いかな」
「北の王国はこの国と仲が悪いと聞いていますのでそちらが良いかもしれません」
アリエルは北国が良いと言う、寒いの苦手なんだよな。
ただ、この国と仲が悪いのは良いかもしれない。第三の勢力になるにしても資金や人脈は必要だ。
「じゃあ北のアキトゥー神国に行くと言うことで良いかな?」
「「はい」」
アリエルとカイエルは賛成のようだが、クロイツはなぜかもじもじしている。
「クロイツは反対?」
「反対ではないのですが、実はアキトゥー神国は私の生まれた国なのです」
「クロイツの生まれた国なら、行ってみたいな」
「それでですね、私が国に帰る時は婿を連れて帰ってくる時と親と約束しておりまして……」
クロイツが顔を真っ赤にして俺の顔を覗く。
「つまり、まだアキトゥーには行けないってことか」
「そう言うことでは無いのですが……」
クロイツはがっかりした表情をする。
クロイツの言いたいこともわかる。でも今はまだ答えが出せない。ごめん。
あの時のミスティアもこんな気分だったんだろうか。
「今後の事とクロイツの生まれ故郷見てみたいのでアキトゥーにいこうと思うけど良いかな?」
「「はい」」
「はい!!」
クロイツが一際大きく返事をする。よほど嬉しいのだろうか、彼女の笑顔を見ていると俺の心も満たされていく。こうやって俺の心は彼女に侵食されていくのか。
「どうしました?」
「いや、こうやってクロイツの事が好きになっていくのかなと思ってね」
「ガリウスはジゴロじゃないですよね?」
心配そうに俺を見る。
「やっぱりジゴロです」
アリエルが少しむくれた感じに言う。自分の素直に思った事を言うとすぐこれだ。
まあ、クロイツとの事はアキトゥーにつくまでにちゃんと自分の心に決着をつけよう。
◆◇◆◇◆
「なんなんだあいつは」
ストラトス家当主の男は床に座り込んだまま、ガタガタと震え怯えている。
「想像以上の強さでしたね」
女は相も変わらず沈着冷静に物事を考察する。
「姉様がいけないんだ。回復魔法の使い手は取り込んだ方が良いと言うから、こんな目に遭ったんだ」
「次の手を考えませんとね」
「やだ! 俺は降りる。あんな化け物を相手にできる人間なんているわけ無いじゃないか」
「そうですか」
彼女は床に落ちている剣を拾うと、男の胸に剣を突き立てた。
「ぐっぁ、なにを……」
男は驚愕の表情で女を見る。
「あなたは公爵の器では無いのです」
女は不適な笑みを浮かべ、男を見下す。
「あなたを殺したのはガリウス、初めからそういう筋書きなのですよ」
「……騙したのか」
「 まあ、S級冒険者にガリウスもあなたも殺させる手はずだったのですが」
その言葉を聞き、男は息を引き取った。
「さてさて。あの男の討伐は勇者ミスティアにやってもらいましょうかね」
女はそう言うと怪しげに笑い部屋を出ていった。