クロイツと勇者候補契約 終演
私はこの世界に迷い混んだクロリアを救うべくシルフィーネと連絡を取った。
『そうなの、虐待の記憶はあなたのではなくわたしのものだったわ』
『そうなると不味いわね』
シルフィーネが言うにはクロリアは元々私を模して作られ、そこにシルフィーネの感情が入り失敗してしまったと存在なのだと言う。
そして記憶をリセットして新たな記憶をいれたのでクロイツの記憶はないはずなのだと。
しかし、クロリアは私の記憶を見た。消したはずの記憶が一部蘇ったせいで、同じ存在である私の元に引っ張られたのだと言う。
更に悪いことに、そのままここにいればクロリアは私に吸収されてしまうと言う。元々同一存在の私達は同化しやすいのだと言う。
『それはダメよ、クロリアがこの剣の中でわたしに吸収されてしまったら悲しむ人がいるわ』
『そうね、すぐに引っ張りあげるわ』
『それと、虐待された記憶は消してあげてもらえる? あんなのは私とあなただけで十分だわ。クロリアにまで背負わせることはない』
『そうね。それが良いわね』
シルフィーネがそう言うと空から白い手が現れクロリアを絡めとる。
私は助けると言うクロリアに微笑むことしかできなかった。
◆◇◆◇◆
魔王が食事をしていたせいで、レベルアップが遅れている。俺はそれを待つ間、グリモアを眺めていた。
できれば魔力が回復させるための呪文があればいいなと甘い考えでグリモアを隅から隅まで読んだが、もちろんそんな都合の良い呪文はなかった。
ただ、一番最初のページにグリモアの注意事項が書いてあった。
◎ この本は魂に紐付けされる。
◎ この本の文字は所有者しか見ることができない。
◎ 呪文の最初に(ラ)と発音すると全弾解放される。
◎ この本の呪文は秘薬と魔力の代わりに魔物の魂を消費する。
◎ 何らかの事情で、この本を正統所有者が持てなくなったとき、代理の所有者が選出される。
◎ この本の正統所有者が消失した場合、この本もまた失われる。
◎ 正統所有者はアキトである。
この本を読む限り、このアキトと言うのが夢想界の勇者と言うことか。そして何らかの事情で今はこの本を持つことができない。そして俺が代理で選ばれたのだろう。
更に重大なことがあるこのアキトと言う人物はどんな状態かはわからないがいまだ存在していると言うことだ。
この消失がどのレベルの話かは分からないが、いつかこの本はそのアキトと言う人物に返さなければならない時が来ると言うことは覚えておかなければならないだろう。
それと、この夢想界の勇者が俺じゃないと言うことははっきりした。俺が勇者なら、魂に紐付けされるこの本が一時でも俺から離れることはないはずだ。
そうなると、俺は、俺の魂は第三の神デス・ヘッドなのだろうか?
「お姉ちゃん様、その真名命名とやらで魔力の回復はできないんでしょうか?」
悩む俺の気持ちをよそに、レベルアップが終了した魔王は俺を煽りだす。
「真名命名では無理だね」
魔王の言いたいことはわかる、部位欠損さえ一瞬で治すのに、なぜ魔力を回復することができないのか、それは魔力の源であるマナは神の神気だけから作られる。神気を持たない石や棒を使ってもマナを得ることはできないのだ。
「微妙に使えないんですね」
魔王の指摘に、ぐぅの音もでなかった俺は次の階層の階段へと急いだ。
待ってくださいよ!と言う魔王のレベルを見ると、ちゃんとレベル110になっている。半信半疑だったのだが魔王のレベル100はオマケレベルなのだ。こんな経験値が少ないところでレベル100の者がレベルをあげられるわけがない。だから実際の魔王のレベルは俺と同じ10ってことなのだろう。
現在レベル100×10、つまりレベル1000カンスト越えてるじゃないか。これは脱出までに想像もできないステータスになりそうだ。帰ったら精霊鬼がムクレそうだけど。
歩いていると魔王はギュッと俺のうでに掴まる。その魔王をブンブンと振り回して遊んでいると、正面にステージのような広間があり、奥には扉のある壁がありその先が上にのぼる階段のようだ。
「では行こうか、魔王ちゃん」
「ええよろしくてよ、お姉ちゃん様」
階段を二段登りステージの上にのぼると魔物が突如現れた。
ステージボス メラコンタ
顔がないのはグレイトルと同じだが、その体は炎に包まれ。俺たちの元にまで放射熱が届くほどの火力だ。
「これは触ったら火傷じゃすまなそうですね」
魔王はそう言うと水魔法を器用に操り身体中を水でコーティングした。
これはマリアが魔法を魔法剣のようにして使ったことを魔王に教えて、独自に進化させた技だ。
水の他にも火や土、風などを纏うことができる。
「魔王が倒す?」
「ごぼごぼごぼぼぼ」
この技は水で包まれているせいで、言葉が通じないのが欠点だ。魔王は意思の疎通を諦め、親指をニュッとあげると、単身メラコンタに向かっていった。
その動きは閃光、流れる星のごとく駆け抜け一瞬でメラコンタの懐に入ると、腹部にパンチをお見舞いした。
そのパンチの威力は想像を絶し、メラコンタの体に大きな風穴を開けた。
魔王レベル110やばいな。
バタリと倒れたメラコンタは煙をあげて消えると、宝箱が一つ現れた。先程の金色のグレイトル同じくステージボスは宝箱を落とすようだ。
中を開けると大きめのフード付きのコートが入っていた。
そのコートを魔王に着せるととても似合っていた。
「少し大きめだけど、かわいいね」
俺がそう言うと、くるりと回りヘヘヘと破顔一笑する。
「さて、上にあがる前に確認しておくけど。たぶん先程と同じく強化された魔物の群れが襲いかかってくるだろう。もしきついようなら魔王化してもいいからね」
俺がそう言うと魔王は敬礼をして了解ですと言う。
「でも、これだけステータスが高いと殴るだけで行けると思うんですよ」
「魔王油断大敵だよ」
そういう俺の言葉をなかば聞き流すように生返事をする。もしかして魔王あの病気にかかってないか? 初心者冒険者が陥ると言う傲慢病。
うまくいきすぎて、自分にかなう敵はいないと思ってしまい、無茶や無理を平気でするようになる。そして調子にのり過ぎた結果、死ぬ。
とは言え今の魔王にかなう奴も早々いないはず。どこかで釘を指さないとダメだな。と考えごとをしていると、魔王はさっさと上への階段の扉を開ける。
「お姉ちゃん様、いきますよ!」
そう言うとさっさと上へとあがってしまうのだ。おれは置いていかれまいと魔王を追いかける。
本当にヒモ状態だなと自虐しつつも魔王をひたすら追いかけた。
現在、3層を越えて4層まで上がっている。魔王が強硬姿勢に出たからだ。止めたが言うことを聞いてくれない自分の力を過信しだしている。
4階層はスライムに似たジェリーと言う魔物が群生していた。
魔王はジェリーに殴りかかるが打撃はその柔らかい体が吸収するようで無効化されている。
「ゴミ虫の分際で! 打撃が効かないのなら魔法で焼き殺すのみよ”魔王降臨”」
「ちょ! 魔王」
俺が止める間もなく魔王は魔王化してしまった。
「ファハァハハハ! 惰弱なゴミ虫どもよ、我が地獄の火焔でその身を塵すら残さず消滅させてやろう”地獄ノ業火”」
「魔王! やめるんだ」
「ファハァハハハ! ”地獄ノ業火”」
俺の制止を聞かず魔王は”地獄ノ業火”を連発する三度目の”地獄ノ業火”を撃つとそれは不発に終わり魔王化が解け人間の体に戻った。
ジェリーはその隙を見逃さず、体から刀剣の触手をだし魔王を攻撃する。
いつもの魔王なら避けられるその刀剣の触手を魔王はなぜだか全く動くことをしないボケッと見ていた。
不味い、おれはとっさに魔王に覆い被さり彼女をかばった。
刀剣はすべて俺の体を貫き魔王をも貫いた。ただ、ピンムを脱いで制御盤を魔王の心臓部分い置いて心臓への直撃は免れた。制御盤の金属は伝説の金属でできておりちょっとやそっとでは壊れない。
しかし四方から串刺しにされ身動きすることができない。どうやらこいつらは串刺しにして獲物が死んでから食べるようでそれ以上はなにもしてこない。
「”斬気! 斬気! 斬気! 斬気!――」10回ほど唱えたろうか。強化した斬気のひのきの棒を横になぐと右側のジェリーが消滅した。
おれは動くようになった右腕を使い、円を描くようにひのきの棒を薙いだ。
それと共に自由になった俺は魔王の体に刺さる触手の刀剣を抜くとやくそうに全ての力で復元するをかけ彼女を治療した。
次は俺の番だ。俺は……やくそうを……。目が見えない。暗い。意識がはっきりしない。
血を流しすぎた、いや触手の刀剣は俺の心臓を貫いていた。その時点で死んだのかもしれない。魔王を助けたい一心で動けていたのだろう。
油断した。魔王をいさめきれなかった俺のせいだ。
それが、この死か。
だめだ、まだ死ねない。ミスティアも救っていないのに。こんなところで死ねない。魔王だって一人にしておけない、俺は死ねないんだ!
何よりこんなことで死んだら魔王の心に消えない傷を残してしまう。クロイツを殺した俺のように。
生き返れ! 生き返れ! 生き返れ!
俺の生への雄叫びは、ただむなしく闇の中に吸い込まれていくだけだった。
次回からのミスティア編はクーデター終了までやりますので長いです。