クロイツと勇者候補契約 その二
私はアリエルとティアに小突かれて同じ敷地内にある拘置所の方へと向かった。
中にはいると呻き声が響き渡っていた。拷問でもしているのかしら最低ねと思っていたら、その呻き声を出している者たちを見ると、全部昨日のヤクザ達だった。原因は私でした。
エマに案内され二人の叔母のいる牢の前に着くと一人の女がベッドで寝ていた。
「叔母さま」ディオナがそう言うと寝ていた叔母はすぐにディオナと気づき、鉄格子に張り付き慈悲を乞う。
「ディオナ、助けて私は悪くないの。あいつらに、あいつらにそそのかされたのよ!」
そう言われたディオナは叔母の手を握り、私は叔母さまを信じていますと涙を流しながら答える。
いや、いや、いや。ディオナさんあなた、あの仕打ち忘れたんですか? 仮にそそのかされたとしても、あなた達二人を売ったのはこの人だし、帰ってこないものとして裁縫導具を売り払ったのもこの人よ?とディオナに言っても。でも、しかしと叔母を信じようとする。そして私に許してくれるよう口添えをしてくれと言う。
もちろんお断りした、この女を許す気は私には毛頭無い。
ティアが説得しようとするが、頭をイヤイヤと振ると子供のように泣き出した。
さっき私をゾクゾクさせた娘と同じとは思えないわね。とは言えディオナの言うことを聞いてこの女を許せば、またディオナを利用しようとするだろう。
私はディオナを抱き締め落ち着くまで胸で泣かせた。何も言わずにただ抱き締めた。今の彼女は聞く耳を持っていない以上言葉は逆効果だ。だからただ抱き締める。
1時間ほどするとディオナは泣き止み私を見上げる。
「ディオナ、私たちは家族よ、私はあなたを裏切らないわ」
「でも、血は繋がってません」
「それが何? 私はあなたを大切な家族だと思ってる、血なんか関係ないわ。それに、あなたを傷つける奴や騙す奴は絶対に許さない」
「それが叔母だと言うのですか?」
「そうよ、その女はあなたを騙した、だから私は許さない」
私がそう言うとディオナは小さく頷き、分かりましたと言うと叔母の方に振り替える。
「叔母さま、短い間でしたがお世話になりました。私はこの方と一緒に生きていこうと思います。今まで本当にありがとうございました」
そう言うと、今までの生活を噛み締めるように長いお辞儀をした。
「助けなさいよ! ディオナ!」
叔母は鉄格子をガンガン叩くがディオナはそれを気にかけることなく私達の方を向くと行きましょうと言う。
もうディオナの中で叔母は家族ではないのだろう、叫ぶ叔母に振り替えることなく進むディオナは切り替えが早いなと思ったけど。頬を流れる涙がディオナの虚勢を表していた。
さて、施設を出た私達は今後の予定を話し合う。エマに聞くと王都までは馬車で大体四日程かかるらしい。
馬車や道中の食事はエマが用意してくれると言うことなので、私達が心配する必要はないそうだ。三日後いつでも出発できるよう整えておくので着の身着のままで来てくれても良いですよと満面の笑顔で言う。
「気をつけてこのケダモノ、エマさんを狙ってますよ!」
ディオナがそう言うとエマはズサズサっと後ずさる。
「ちょ、まだ何も思ってなかったですよ!?」
「家族の不祥事は身内の不祥事です。やる前に殺れの精神ですよ?」
ふああ、恐ろしい娘を家族にしてしまいました。ただそう言って笑うディオナはすごく良い顔をしていた。
「それでディオナも私の嫁になる決心ついたってことで良いの?」
「は? 何でそうなるんですか?」
「この方と一緒に生きていこうと思いますって言ったよね?」
「バカなんですか? 家族として一緒に生きていくって意味ですよ?」そう言うと私を虫けら以下のごみ虫でも見るような目で私を見下す。
ゾクゾク
しかし、ディオナはひどいと思います。勘違いさせるような台詞を言うんだから。普通あんな風に言われたお姉ちゃん一生面倒見ちゃうぞってなっても仕方ないよね?
そう思った瞬間アリエルとティアのパンチが私の両わき腹を直撃する。ぐふっ。
気を取り直して私は他のメンバーの予定を確認する。
「じゃあ、アリエルはそれまでオババの所で修行、私達はレベルアップで良いわね」
私がそう言うと、アリエルはハコブネを出る前に私に預けた荷物を取り出したいと言う。どうやらそれらはハコブネの中で乗った浮き板の材料だったらしく一人乗りの物を作るのだと言う。
険しい道でもそれに乗ればスイスイ移動できるらしく、冒険の助けになるから今日中に組み立てたいと言うのだ。
確かにそういうのがあれば冒険が楽になるわよね。
「私は今日は服を作りたいのですが良いでしょうか?」
王都に行くことになったせいか、やはりちゃんとおしゃれをしたいのだろう。ディオナは服を作りたくて仕方ないようだ。ディオナは戦士よりこっちの方が似合うわよね。
私はそれを了承すると、ディオナは一人でとことこと宿屋に戻ってしまった。
いや、お姉さんに送らせてよと思ったが創作意欲が溢れてきて、情熱は押さえきれないとばかりに足踏みしている。しかたがないので一人で行かせることにした。元々この町の住人だから大丈夫でしょうけど、心配なのでマップで確認は怠らないようにしよう。
アリエルをオババの所に送り届け浮き板の素材をアイテムボックスから出して、オババに三日後に出発することを話した。アブラ・カタ・ブラの三人は姉さんいかないでくださいよと私を引き留めようとしたが、オババにたしなめられて渋々納得する。
「ところでさ、私が死んだらこいつらのことはあんたに頼むよ」
オババが突然死後の遺言めいたことを言い出した。
「オババは殺しても死なないでしょうに」と軽口を叩くと、そうだと良いんだけどねといつになく神妙に返された。まあ、その時は私が面倒見るから安心しなさいよと言うと肩の荷が下りたのかいつものオババに戻った。
「でも私が預かるなら、一からスパルタで鍛え直すけどね」
その言葉にアブラ・カタ・ブラが震えたのは言うまでもない。
ティアと二人きりの狩りになったので、ディオナとの差を取り戻すべくスパルタで行くことにする。
狩りをする前に昨日アリエルが作った鎚のテストを私がすることにした。
威力を押さえたとは言えエクスプローションが出るのだ、ティアが怪我をしたら大変だからね。
「たしか、ピコピコドカンだったわね」
私がそう言うと鎚の先端が赤く光る。それを私は地面に叩きつけた。
ものすごい爆音と共に、叩いた場所から5m程のクレーターができた。
うん、アリエルはマッドサイエンティストだ!
周りを見ると、ティアは吹き飛ばされて気を失っていた。私はティアにアリエルから預かった回復薬をティアの口に含ませた。
「ふあぁぁ、なんですか今の」
目を覚ましたティアは辺りの惨状を見て目を丸くする。取り合えずこの鎚は没収でアイテムボックスからトンカチを取りだしティアに渡した。
「これは再調整が必要だから、今日はこれで戦いなさい」
トンカチを渡されたティアは少し不満げだったが、あれは自分でも扱えないと思ったのか素直にしたがってくれた。
今回の狩りはレベルアップだけが目的で素材や魔石は無視することにした。何せ剥ぎ取りはディオナの補助魔法でやっていたので、補助魔法の無い私やディオナでは剥ぎ取りに時間がかかるので、もったいないけど捨てることにした。
一応私は剥ぎ取りスキルがあるのだけど魔物一匹に10分はかかる。レベルアップ目的なので、その10分で移動した方が効率が良いのだ。
ちなみに狩り方はティアを肩車して私が足と目になり、大型の魔物のいる場所まで行き、瀕死にさせてティアが頭にハンマーの一撃で止めを指すパターンにした。
鑑定眼があるので瀕死ギリギリが読めるのはありがたいわね。
そのパターンが良かったのか、お昼を過ぎる頃にはティアはレベルが8になった。
「お腹減ったわね、そろそろお昼にする?」
「はい、私もペコペコです」
アイテムボックスからお昼を取り出そうとしたが、よくよく考えると憲兵所に連行されたせいでお昼を用意し忘れた。
さすがに食べないと精神的に参ってしまうので、近くの川で魚を捕まえることにした。
その川はとても綺麗な清流で魚がいないかなと心配したけど、綺麗な川でしか住めないニジイロウオがいたのでそれを念糸で捕まえた。
「すごいですね」
一度に四匹つかまえるとティアは感嘆の声をあげた。糸はティアには見えないし、空中に魚が浮いているように見えれば驚くわよね。
この念糸、土蜘蛛の糸よりも扱いやすい。私の記憶にある誰かが使っていて、私にも使えると思ったら使えたのだけど。正直その誰かを詮索する気はない。ただありがたく使わせてもらうだけだわ。
捕らえた魚を念糸で捌き木串に刺すと焚き火の周りの地面に刺す。強火の遠火で焼いた魚は皮がパリッとしており、身はホクホクなのだ。魚だけでは味気ないのでキノコを採って魚と一緒に串焼きにした。味付けは塩だ。
塩は素材の味をいかしてくれる万能調味料、塩さえあれば何も要らない、何も足さない。まさに神秘の白い粉! 塩さえあれば何でも食べられる。
「ティア食べるわよ」
焼き上がった魚達を火から少し遠ざけティアを呼んだがどこにもいないマップで確認すると向こう岸の原っぱにいる。私はそちらに向かい大声でティアの名前を呼ぶと茂みから彼女が出てきた。
ティアは手を後ろに隠しこちら側に渡るため岩をピョンピョンと跳び跳ねてくる。手を後ろにして危ないなと思ったらティアはバランスを崩し川に落ちそうになる。私は瞬時に神の祝福 視線の歩みでティアの前に移動すると彼女を支えた。
「花が……」
よく見ると、下流の方に花輪が流れていく。バランスを崩した瞬間手放してしまったようだ。
「待ってなさい」
私は視線の歩みで花輪の頭上に瞬間移動する花輪を取り上げると瞬時にティアの前に戻った。花輪はシロメリアの花で編まれたティアラで水に流されたために花が少し散っている。
「クロリアさんのために作ったのに……」
水でうなだれた花を見てティアもうなだれる。
シロメリアの花言葉は永遠の愛、そしてそれで作ったティアラを相手に送るのは婚約すると言う意味がある。
そして、このティアラをドライフラワーにして家に飾るのが風習なのだ。
私は迷わずそれを頭にのせた。
「ティア、ありがとう」
滴る水が私を濡らすがそんなのは関係ない。ティアが作ってくれたものを粗末にできないわ。
「濡れちゃいますよ」
そう言って私からティアラを取ろうとするが、させませんよ。これはもう私のものです。
ニヤリ。
私の笑みが気に入らなかったのか、是が非でも取ろうとするが、私の華麗なステップの前にティアはティアラをとることができなかった。
「もういいです、バカなんだから」
そう言うと焚き火の前に座り魚をムシャムシャと食べ始めた。私も反対側に座り魚を頬張る。
「ありがとうございます」
ティアが小声でそういうが、魚のことかなと思い、良いできでしょと言うとバカですねと笑われた。
笑顔のティアはアリエルに負けず劣らずかわいい。ティアの成人まで後2年、2年間我慢しないといけない私が実は罰ゲーム状態なんだと気づいたとき、戦慄せずにはいられなかった。
「ティアのティアラ」
そのギャグにティアが怒ったのは言うまでもない。