ミスティアとクーデター計画 終演
腕が元に戻る前に邪骨の声が聞こえた。
『慈愛』
最初の声は『嫉妬』で腕が獣化した、次の『慈愛』で元に戻れた。なぜ元に戻った?邪骨の兵にしたいなら戻す必要はない。
それに次の言葉『一人殺せば狂気に近づき、一人を愛せば力とならん』その言葉のとおり、今の俺には獣化時と同じ以上の力が溢れている。
なぜ邪骨が俺の力になってくれるんだ? 遊んでいるのか? それとも……。
俺は思い違いをしていたの? 兵にされる恐怖、自我をなくす恐怖、押さえられぬ破壊衝動から来る恐怖。
それらから邪骨精霊龍を悪と決めつけていたが、もしかしたら、そんなに悪いやつじゃないのかもしれない。
いや、それは楽観しすぎだろう。俺は夢の中でミリアスやサラスティ、そしてミスティアを殺された。夢の中とはいえそんなものを見せたあいつが善な訳がない。
ミスティアに引っ張られる元に戻った右腕を見ながら俺は彼女だけは絶対に守ろうと決心した。
◆◇◆◇◆
「お姉ちゃん様、その上に浮いてある光球はなんですか?」
魔王にそういわれ上を見上げると大量の光球が頭上を旋回してた。
「なんだこれ?」
手が届く範囲で旋回するそれをつかもうと手を伸ばすが、それは手をするりと抜けて掴むことができなかった。
特に俺にダメージを与えるものではないようだし、マップにも出ていないから敵でがないようだ。
ここに入るまではなかった。つまりここで光球が着くような何かをしたってことか。
「鑑定眼でみると魔物の魂・底辺と魔物の魂・高貴がありますね?」
そう言われて俺も鑑定眼で見ると確かに二種類の魔物の魂のようだ。
しかしなんで魂が具現化してるんだ? しかも俺の頭上にだけ。殺した魔物から恨まれているんだろうか。
ガクガクブルブル。
「あ! お姉ちゃん様 本持ってますよね?」
「本?」
「ほらあれですよ、異世界の本」
確かに、あちらの体と分離したときにグリモアだけこちらに来た。
胸に手を置きグリモアをイメージすると手にグリモアが現れる。その瞬間、上で旋回していた魂たちは全て本に吸収された。
本を開いてみると光るページがありそこにはグレイトルの絵と呪文がかかれていた。
カミカミンガ×128
空中に浮いた牙が敵を襲う。
「なんか魔法が増えた」
魔王がグリモアをのぞき込むが何が書いてあるか分からないと言う。
「ためしに使ってみたらいかがですか?」
「そうだね、使える魔法ならありがたいけど」
俺はちょうど湧いたグレイトルに向かい魔法を行使した。
「カミカミンガ!」
呪文を唱えると空中に牙がついた入れ歯があらわれ、グレイトルに襲いかかる。一噛みするとグレイトルの肉を噛みきり瀕死にさせた消えた。
「一発で殺しきれないのか」
瀕死のグレイトルに止めを刺すと倒れたグレイトルから光の弾があらわれグリモアに吸収された。
本を見るとカミカミンガ×128となっている。
つまり魔法だけで殺すなら二発必要で。一体殺して1チャージだとコストパフォーマンスは悪いわけか。
そしてチャージするためには外に出しておかないとダメなわけか。俺は魔王から革の紐をもらい、それをグリモアに巻き付けて腰のベルトに下げた。
ちなみに閉じたままでも魔法は使うことができた。
「グリモアはこの迷宮に出る魔物ならチャージできるんですね」
グリモア教団がこれに気がつかなかったのはのは自国に幻想遺跡が無いから試したくても試せないのだろう。唯一無二の国宝を他国に持っていくこともできないだろうし。
威力は弱いけどこの未知のダンジョンを踏破する助けにはなるはずだ。
「そう言えばジュリアスさんが言ってましたけどここの魔物は全て食べられると……」
「魔王、さすがに人形はやめよう?」さすがあくなき食の探求者。人形も食べられれば問題ないのか。
「そ、そうですよね。私もそう言おうとしてました!」
そう言うと残念そうにグレイトルをみるその口からはヨダレがポタポタと落ちていた。
そんな魔王を眺めつつ死体を放置しているとみるみる地面に吸収されていった。死体は放っておくと数分でダンジョンに吸収される、そうするとまた新たに魔物がわくのだ。
「まあ、食べたいなら食べてもいいよ?」
「そ、そんなことあるわけ無いじゃないですか!でも、そうですねここからこちらで私は狩りをしますので、お姉ちゃん様はそちらでお願いします」
そう言うと魔法で光るラインを引いて、ここから先に入ったら命がないものと思えと脅された。
食に関しては本当に魔王だな、まあ、今まで食べることしか趣味がなかったんだから仕方ないか。魔王は魔王城から動けないしね。
俺はデッドラインを踏まないように狩りにいそしんだ、最初の強いグレイトルがいない今となっては新たに湧くグレイトルなど雑魚の中の雑魚だ。油断していても勝てる。
しかし、レベルでステータスが上がる感覚は懐かしい、体が常に軽い、あちらの体は神の体故か常に精神が希薄になりがちで自分を保つのも一苦労なのだが分離した体は本当に自分と言う感じでスッキリする。
何体かのグレイトルを倒すと金色のグレイトルが出現した、特に強いと言うこともなく簡単に倒すことができたが死ぬ瞬間体が煙のように消えるとアイテムをドロップした。
鑑定眼でそれを見ると加速の靴・Ⅰと表記された、俺はそれをピンムに食べさせると、代わりにただの革靴を吐き出した。
ピンムがとる形態は食べさせた装備を俺のサイズで再構成して反映する。ただし同じパーツは保存できないので今のように吐き出すのだ。
「金色の魔物はレアアイテムドロップの魔物なのか」
アイテムを落とすと言うのは面白い、地上ではなかった現象だ。
レベル10になったところでもう一度マップを見て良く確認すると宝箱が数点あった。
俺は意気揚々と一箱目の箱を開けた。
「『やくそう』だった」
俺は二箱目を開けた
「『やくそう』だった」
まあ、最初の階層だしな、とは言え、全部開けないと気がすまない貧乏性の俺は三箱目を開けた。
「『ミミック』だった」
俺はその箱を叩き壊した。
ったく、期待させやがって。完全に無駄足だった。
「お姉ちゃん様! なんでデッドライン越えちゃってるんですか!?」
その声に振り向くと、そこにはモヤシ入りの肉スープを楽しむ魔王がいた。
「ええと、モヤシ美味しそうですね?」
俺がそう言うと察したのか、そうなんですよモヤシスープ美味しいんですよと言って、一気に飲み干した。
「それでガリウス様、死刑でよろしいですね?」
「待って欲しい、これには訳があるんです」
「言い訳ですか? 最低ですね。まあ良いでしょう、罰としてこの地下塔を脱出するまでにキス一回で許しましょう」
「え、なんでそうなるの?」
「ガリウス様は精霊龍様や精霊鬼さんとブチュブチュしまくってるのに私とはできないと言うんですか? 差別ですか!?」
「いやそんなこと無いけど、でも……」
「ちなみにそのスライムスーツは脱いでくださいね」
しかしこの姿のときは魔王のあたりがキツいな、ジュリエッタには威厳がないからだろうか?
ちょっと試してみるか。俺はスライムスーツを脱ぐと魔王の前に立ち彼女のアゴを持ち上げる。
「魔王、キスは無しだよ」
「ず、ずるいです」
「頭ならいくらでも撫でて上げるから」
「ふにゃ~」
頭を撫でた魔王は腰砕け状態になり俺に抱きつき頭をスリスリしだす。
いつもの魔王だ。
「魔王わかったよ、ジュリエッタには威厳がないから魔王のあたりがきついんだね?」
「本気でいってるんですか?」
「え?」
「ボクネン人って本当にいるんですね」
何その伝説の野人みたいな名前、ちょっと見てみたい。
俺は辺りをキョロキョロ見回しマップも見たがそんな奴はいなかった。
ピンムを纏うと魔王は早速、俺に蹴りを入れる。軽い蹴りだけど、膝カックンした。
本当にこの姿は威厳がないんだな。
ピンムを纏って気がついたのだがMPが全く回復していないLV10でMPが6になっていたのだが、0/6のまま全く自然回復していない。魔王を見ると500/2500で魔王モードを解いたときと同じ数値だ。
「まずい、魔王この地下塔はMPが回復しないぞ」
そう言われて魔王も気がついたようで青ざめる。
「どうしましょう、そうなると魔王系の魔法は使えませんよ」
魔王系の魔法は消費MPが大きい。それ故、魔王のMPは常人の100倍で自然回復する。だから地上では無制限に魔法を使うことができる。
「魔王の一番消費が少ない魔王魔法は魔界ノ火炎だよね?」
「はい、魔界ノ火炎ですね」」
そう言うとグレイトルの死体に向け魔界ノ火炎を撃つ。
呪文と同時にグレイトルの体が火柱を上げて燃え一瞬で灰になる。
「回避不可の魔法では最強の呪文ですが魔王の呪文としては雑魚技ですね」と胸を張ってドヤ顔をする。
俺は魔王の頭をコツンと叩くと今のでMP100減りましたね?と突っ込みをいれる。
自分が何をしたのかわかったようで、すみませんと謝るがまだMP400もあるし気にするなと慰めた。
クロイツの話ではMP100でも中々のものだから、MP400もあればなんとかなるだろう。
「取り合えず、魔王は俺から離れないこと、それとピンチなら魔王化していいから。良いね?」
「分かりました」
そう言うと俺の裾を引っ張り、真剣な表情になる。やはり魔力が回復しない不安は大きいのだろう。こんな魔王は見たことがない。
「ガリウス様、キスの件はどうなったでしょうか?」
前言撤回、やっぱり魔王は魔王でした。