ミスティアとクーデター計画 その三
俺はミスティアの手を取り、宿の部屋に向かった。部屋の前に立つと男女の声が聞こえる。俺はドアをノックしてミリアスに話があることを伝えると少し待ってくれと言う。
待っている間がすごく長く感じた。ミスティアの手は暖かく俺の心を掻き乱す。
俺は卑怯ものだ。ミスティアに邪骨精霊龍のことを言えば絆を結んでくれることを分かっていながら言った。そうして俺はミスティアを汚した。
生きたい、生きたい、生きたい。
一度はミスティアのために捨てた命なのに、今は命を捨てるのが怖い。ミスティアを残して逝けない。
「すまん入ってくれ」
ドアが開くと、そこには汗だくのミリアスがいてサラスティは給仕室でお茶の用意をしているようだ。部屋の中はスエた臭いが充満していてかなり不快だった。ミスティアはそれほど気にならいようだったのは獣人の力を失っているせいなのだろうか?
「すまない、ちょっとガリウスのことで聞きたいことがあったんでな」
俺がそういうと、サラスティがみんなの分の飲み物を用意してテーブルの上に置く。ミリアスと違い身だしなみがきちっと整えられていてさすがだなと思った。
お茶を入れ終わるとサラスティはミリアスの横にちょこんと座る。
「なんだ、サグルは兄貴の武勇伝を聞きたいのか?」
ガリウスのことを聞きたいと言う俺の言葉に、ミリアスは満面の笑みでガリウスの武勇伝を語ろうとする。男さえここまで引き付ける魅力とはなんなんだろうと思いつつも、俺はその武勇伝を遠慮させてもらい本題に入った。
「いや、そう言うわけではないんだ。勇者マイラとガリウスは男女の関係にあったのか? と言うことを聞きたくてな」
「おいサグル、兄貴を侮辱するなよ、兄貴は身持ちが固いんだよ」
ミリアスは俺の質問に腹を立てる。ミリアスが言うにはガリウスは勇者マイラと一緒の部屋で寝ていても全く手をださない程に身持ちが固く、勇者マイラから全幅の信頼を得ていたと言う。
ミリアスは最初ガリウスは同性愛者だと思っていたそうで、兄貴が望むなら体を差し出すこともやぶさかではなかったと聞いてもいないことを言って、サラスティに殴られていた。
「今のミスティアの表情を見れば何となく分かるけど兄貴のことで揺れてるのか?」
ミリアスにそう言われたミスティアはそれに答えることなくただテーブルの上のティーカップを見ていた。
「ガリウスはミスティアのことを何か言ってなかったか?」
俺の問いにミリアスは少し考えてから口を開く。
「正直言いたくなかったのだが、ミスティアのことを言っていたときはあったよ。兄貴にミスティア以外の幼馴染みがいなければの話だが」
「どう言うことだ?」
ミリアスは言う、詳しくは教えてもらっていないがガリウスは二人の女性のために動いていると、一人はとても大切な女性でもう一人は大好きな幼馴染みの為にと言っていたと。
そして、憶測なのだが一人はクロイツと言うマリアの姉で幼馴染みはあんたのことだろうとミリアスは言う。そして勇者マイラはその二人を差し置いてガリウスの心を射止めることはできなかったと。
まあ、冗談で第三婦人とは言われていたけどね、とミリアスが笑って言うのと対照的にミスティアの呼吸が荒くなり体が小刻みに震える。
「ただな、分からないんだよ」
「何がだい?」
兄貴ことガリウスは真奈美と同等の力を持っている。それ以上に配下の人間があり得ないほど強いのだと言う。ミスティアを助けるためなら真奈美を殺せば良いだけだと思うんだがそれをせずに魔王になった。その意味がさと言う。
「ミスティアは何か心当たりある?」
「分からない、けど、ガリウスは私を助けるって……。わたしは……。でもあれはガリウスだったのか」
いつのまにか俺の手からミスティアの手は離れ両手を握り親指の爪を交互に掻く仕草をする。
「ただ1つ兄貴はその幼馴染みはとても大切な人で……」
ミリアスはそこで一度良い淀み、これは自分の口から言って良いのか分からないけど。と前置きをしてから。
「一緒にいることができてたら告白して結婚してたと思うと言っていた」と言う。
それを聞いたミスティアは体を震わせると両の手にポタポタと涙を落とした。
俺は。
『嫉妬』
その瞬間、俺の体に邪骨の力が流れ込む。右腕がビクンと跳ねると獣の腕に代わり、ミスティアを殺したい衝動に駆られた。
「ガガアアアアアアア!!」
嫉妬? 誰に? ミスティアに? ガリウスに?
いや、みんなに、この場にいる全員に俺は嫉妬した。愛されているミリアスに愛されているサラスティに。愛し愛されているミスティアに。
殺したい! 殺したい! 殺したい!
世界が暗転して、俺はミリアスを殺し、サラスティを殺し。怯えるミスティアを殺した。
『殺せ、殺せ、殺せ、それがお前の望みで私の望みだ』
本当に俺の望み? ミリアスを殺しサラスティを殺しミスティアを殺す。
それが俺の望み?
右腕に温もりが感じられる。暖かい、とても暖かい温もりだ。
殺すことが望み? 違う、俺の望みはミスティアと一緒にいること、ただそれだけ……だ!
『その気持ち、いつまでもつかな魂無き肉人形よ』
視界が戻ると俺の右手にミスティアが抱きつき顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしていた。
「ひどい顔だね」
俺はそう言うとミスティアの顔を拭いた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「なんでミスティアが謝るんだよ」
「私が手を離したから、こんなことに……」
俺の右腕は前回のように元に戻ることなく、毛むくじゃらの獣人の腕のままだった。
「違うよ。今、俺は嫉妬した、そこを邪骨につかれて自分を失いそうになったんだ。狭量で矮小な俺のせいだよ」
そうだこれは罰だ、側にいるだけで良いと言ったにも関わらずミスティアを欲した罰なのだ。
「私はあなたから逃げたんだよ、ガリウスが裏切ってないことを知って。私は自分が恥ずかしくなって、あなたから逃げたんだ」
俺は邪魔物だ、俺がいなければミスティアは悩まなくても良いのに。だけど、それでも一緒にいたいんだ。
泣いてるミスティアの頭を撫でようとしたが、それは卑怯だと思い、ただ泣きじゃくるミスティアを見ていた。
「でもよミスティア、あんたはサグルが好きなんだろ?」
「……すきよ」
「だったら兄貴のことは忘れてサグルと付き合えば良いじゃないか、サグルと一線を越えて、なお兄貴を求めるのはおかしいんじゃないか?」
「おまえ、なにを!」
ミリアスは俺の言葉を遮り、なおもミスティアを責める。
「いや、言わせてくれ。、そんな態度はサグルに失礼だし、そんな思いで兄貴を好きだって言って欲しくない」
「そうだよね、ごめんなさい」
ミスティアはそう言うと部屋を出ていった。
「なんで、あんなことを言うんだ」
「ミスティアは兄貴に囚われすぎだし、兄貴もミスティアに囚われ過ぎなんだよ。もっと自分を解放した方が良いんだよ。それにこんな状態、お前がかわいそうだ」
ミリアスはミスティアにガリウスを諦めさせ、俺とミスティアをくっ付けようとあんなことを言ったのか。
あの死から俺たちは奇妙な友情のようなものを共有している。だからだろうかミリアスはミスティアの煮えきらない態度が許せないのだろう。
「だからって」
「ほら、追いかけていってやれよ。ミスティアには兄貴じゃなくて、お前が必要なんだよ」
これはすぐに決着つけることじゃないし、ガリウスの気持ちも分からない。だから俺はまだ。
「俺のためでもミスティアにガリウスを諦めさせるようなことは言わないでくれ、彼女が傷つく」
俺がそういうとミリアスは余計なことをした謝り、ミスティアにも謝らないとなと言うと頭を掻く。
俺はそれを聞くとミスティアを追いに外へ出た。
◆◇◆◇◆
私はガリウスにふさわしくない。ミリアスにそう言われて私は何も言い返せなかった。ガリウスは裏切っていないのに私は何人もの男と関係をもった。
ミリアスは私を助けるためにガリウスは動いてると言っていた、サグルはこんな私をも愛してくれてる。
私はどちらにもふさわしくない。
闇夜を走る私の手を引っ張る男がいた。私はそのまま裏路地に引っ張られ口を塞がれた。
「一言でも喋ったら殺すぞ!」
私の首に銀色に光輝く刃物が当てられた。周りには私を取り押さえている男の他に3人いて、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。
「おいおい、上玉じゃねぇか。こりゃ高く売れるぜ」
そういうと正面の男は私の顎を持ち上げる。私がミスティアだと分かると歓喜して喜び私の服を切り裂く。
「誰があんた達なんか、ぐっ!?」
私はお腹を拳で殴られ呻き声を出した。
「しゃべるなと言ったよな?」
鎧を着ていればレベルが低くてもダメージはなかったろうに。私は夜の町をなんの装備もなく彷徨いたことを後悔した。
まあ、私にはこんな男達の方がお似合いかもね。私はすべてを諦め、されるがままになった。
「へへへ、諦めたか。俺からで良いよな?」
男はそういうと私を壁に手をつかせ後ろから私を襲う。
「汚い手でミスティアに触れるな!」
男達が一瞬で切り裂かれると私はサグルに抱きかかえられ、サグルは男達の血飛沫から私を守る。
裸の私に自分の服を着せると、私を抱き締める。
サグルの口からは微かなうなり声が聞こえる。顔を見ると口角を上げ歯をギリギリ噛み締めている。人を殺したことで破壊衝動が押さえられなくなったのだろうか。
私はサグルの獣化している右手を私の胸元に置き抱き締める。
「ごめんなさい。私のせいで、こんな」
このままサグルに切り裂かれても良い、もう私は。
「ミスティアの、せいじゃ、ない。おれが、俺の心のせいだ。だからそんな顔するなよ」
「もう、いいんだよ。私は最低最悪の女だから、だからガリウスのことは……」
「諦めるなよ! まだ終わってないだろ!? ちゃんとガリウスに会うまで諦めるな、俺はそれまでミスティアを諦めないから!」
「愛される資格なんか、私には無いの!」
「なんでだよ、愛されることに資格なんか必要ないだろ? それに、もし資格が必要だって言うなら、俺がミスティアを愛す資格を奪わないでくれ!」
サグルがそう叫ぶと彼の獣化した右腕が元に戻った。
「手が元に戻った」
私はサグルの右手をペタペタとさわり、異常がないか調べた。大丈夫だ完全に人の手だ。良かった、私はサグルの右手を両手でギュッと握った。
「あ、愛の力だよ!」
またうわずった言葉で愛の力と言うサグルに、私はおかしくなってクスクスと笑う。
「ミスティアにはやっぱり笑顔が良く似合う。君が笑っていられるなら、俺は道化にでもなんにでもなるよ」
「サグル、私なんかを好きになってくれて、ありがとう」
私がそう言うとサグルはそっぽを向き、なんか何て言うなと怒った。
私はそっぽを向くサグルの手を引き、宿へと戻った。