ミスティアとクーデター計画 その二
馬車にいくと、屋根にあの男が寝て空を仰いでいた。
馬車にいこうか迷っていると、男が寝ながら私に語りかけてきた。
「サグルさんと喧嘩でもしたんですか?」
顔も見ずによく分かるだと思ったが、別に喧嘩した訳じゃない、ただ今顔を会わせたくないだけだ。
「違うわよ、ただ外で寝たくなっただけよ」
「そうですか? どうですミスティアさんも上に来て星でも眺めませんか?」
私はそう言われ、馬車の上に飛び乗ると屋根に寝転び空を仰いだ。
空には溺れそうな程の星が輝き、月が私を照らす。
あの光る星が一つ一つが太陽のように光っているものだなんて信じられないけど、とてもきれいだ。
「星を見ていると自分の悩みがちっぽけなものだと思いませんか?」
「そう? 悩みも星の数ほどある気がするけど?」
私の悩みがちっぽけと言われた気がして、私はそれを否定する。
「はは、そうですか? じゃあ悩みを数えてみてください」
ガリウスのこと1つ、サグルのこと二つ、私は今悩んでいることを律儀に数えた。
「……」
「どうです?良いところ両手で数えられませんか?」
「そうね、そのくらいだわ」
私がそう言うと、男はねっ? ちっぽけでしょと笑った。
「男女のことはちゃんと話し合わないとダメですよ、相手は神じゃないんだから、あなたの考えは分からないし、相手のことも分からない」
そうね私はサグルが好きだけど自分の気持ちが分からない。ランスロットを好きだと言った自分、ガリウスを蔑んだ自分、サグルを好きだと言う自分。本当の自分の思いが分からない。
もう、私は壊れてしまっているのかもしれない。
「ミスティア」
馬車のしたから私のを呼ぶ声が聞こえそちらを向くとサグルがばつの悪そうな顔をして私達を見る。入浴から上がって部屋にいない私を探しに来たようだ。
「ちょうど良いじゃないですか、話してきてらっしゃい」
男が私達が邪魔だと言わんばかりにシッシッと手を振りニヤニヤと笑う。
「そうね、そうします。ねえ……、いい加減あなたの名前聞かせてくれない名前がないと不便よ」
「そうですね、ではアルファでいいですよ」
私はその名前を反復すると、もう一度ありがとうと言ってサグルと夜の町を歩き出した。
私達は何も話さず、ただ星々の光に照らされた道を歩いていた。
「あのねサグル」
「ミスティア!」
私達は同時に相手の名前を呼んだ、サグルの焦る顔が面白くてクスッと笑ってしまった。
サグルが勇気を出して話しかけたのに、笑ってしまったことを詫びて私から話をさせてもらった。
私はサグルが好きで、愛している。でもガリウスのことも心の中にあるのだと、さっきの入浴場で気がついてしまったと。そして今、私は自分の心が分からないと。どうして良いのかわからなくなってしまったとサグルに伝えた。
「よかった」
サグルはそう言うと、ホッと胸を撫で下ろした。
「何がよかったの?」
「だって嫌われたかと思ったから」
私がサグルを嫌うわけがないじゃない、そう言うとサグルは俺はガリウスみたいにスゴくないからと言う。
「そんなこと無いよ、サグルは私のこと命がけで助けてくれたじゃない」
それは誰にもできることじゃない、ガリウスだってできやしない。
「でも、俺はガリウスに引け目を感じている」
そう言うと、サグルは自分の思いを私に打ち明ける。
「俺は今、死ぬことが怖い。ミスティアを残して死ぬことが。だから、君に邪骨精霊龍のことを言えば絆を結んでくれるのが分かっていて、君の思いを知りながら君を抱いた、最低な男だ」と言うとサグルは私に頭を下げる。
「ちがうよ、最低なのは私だよ。私はガリウスの周りに女性が何人もいて、勇者マイラと恋仲だと聞いて、嫉妬して、裏切られたと思って、それであなたを選んだんだから。ひどい女なんだよ」
「ミスティアがひどい女な分けないだろ」
「そんなのサグルだって知ってるでしょ。私は色々な貴族に抱かれてるし、ガリウスを好きだといっていたのにランスロットを好きになってしまったし。私の心はすぐにうつろぐ最低な女なんだよ」
「うつろいで何が悪いんだ?」
その言葉を発するサグルの瞳に嘘偽りはなくまっすぐに私を見て言う。
「わ、悪いよ、私はガリウスを裏切ってランスロットを好きになった」
あまつさえ、私はガリウスを何度も蔑んだ。許してもらうことなどできない。きっと嫌われている。
「ミスティアを助けたいと思っている人達に好意を持つのがなんで悪いんだ? むしろなんとも思わない方がおかしいだろ?」
「でも」
それは好意であって愛することとは違うのじゃないだろうか?好意だけなら許されても恋することは許されない。
「ミスティアはガリウスと付き合っていたのか?」
「お互いになにも約束してないけど、将来は結婚すると思っていたわ」
そう、幼い頃から一緒にいて心が繋がっていると思っていた。……いや、最初に裏切ったのは私だガリウスを責めるのは筋違いだ。
「でも、そんなミスティアにガリウスはついてきてくれなかったんだろう?」
「仕方ないんだよ、ガリウスは村長に村の周囲以外から外にいくことを禁止されていたから」
あの村はガリウスと村長以外出入りできない。正確には村長の許可があれば出入りできる。私も昔は出入りできなかったけど救国の女勇者の称号を得てからは、なぜか出入りできるようになった。
「でも、今は外にいる。」
私に着いてきてくれなかったガリウスが外にいる。そしてその周りにはたくさんの女の子を従えて。
「……ガリウスを悪く言わないで」
自分は周りの女の子達に嫉妬してガリウスを妬んでいると言うのに他人からはガリウスの悪口を聞きたくないなんてエゴだわね。
「ごめん。でも、わかって欲しいミスティアは悪くない」
多分私が悪いのだと思う、でもサグルは私は悪くないと言ってくれる。それだけで私の気持ちは救われている。サグルには救われてばかりだ。それなのに……。
「あと、ミスティアはガリウスが勇者マイラと恋仲だって言ってたけど、ミリアスはそんなこと言ってなかったと思うんだけど」
「勇者マイラはガリウスが好きだって……」
「でもライバルは少ない方が良いって言ってたろ?」
「ごめん覚えてない」
勇者マイラがガリウスを好きと言われ私はすぐにガリウスの不貞……。いや、私と付き合ってはいないのだから不貞ではないのだけど、付き合っていると考えてしまった。自分のことは棚にあげて。
「覚えていないならミリアスに聞けば良い」
「でも、例えガリウスがマイラと付き合っていなくても、私はあなたと未来を作るって……」
「俺はミスティアの優しさを利用した。あの子供が3人と家の話はガリウスとの夢だろう?」
そう、そうね、そうだったわ。あの夢はガリウスと昔話した将来の夢のはなし。でも。
「テンションが高いから、無理してるんだとわかっていた。でも俺はそれでも良かった。でも君を苦しめることになるなら俺は」
「違うよ、私はあなたが好きだよ、ガリウスと同じくらい」
なんでここまでサグルに惹かれるのか分からない、今まで優しくしてくれた人はイッパイいた。でもこんなに好きになることなんてなかった。ランスロットを除けばあれだけは今でもよく分からない。出世欲? 名声欲? 王族を殺してしまったのを助けてくれたから? あんなことは二度と起こすまいと思っていたのに私はサグルを好きになった。
「ガリウスと同じなら、俺はすごい嬉しい」
「同じくらいね」
同じではなくそれに近い位にと私は言い直す。好きと言ってくれる人に対する言葉じゃないよね。嫌な女だ。
「それでも嬉しいんだよ。俺は君の側にいられるだけで幸せだった。そんな俺が君に好かれるまでになったんだから」
「私は最低だよ、同時に二人を好きになるんだから」
「だからさ、ガリウスに会って気持ちを聞こうよ。ミスティアのことが好きなのか結婚する気はあるのかってさ」
「聞けないよ、怖い」
「大丈夫だよ、俺も一緒だから。もしガリウスがミスティアと結婚する気がないなら俺と結婚してください」
「そんなの、私、……最低じゃない」
「それでも良いんだよミスティア。ガリウスがするべきだったことを俺が代わりにするから。だから結婚して欲しい」
私を一途に愛してくれている相手にちゃんとした返答もできない。仮にガリウスが私を受け入れたらすべてを捨ててガリウスのもとにいくの? サグルを捨てて?
「ミスティアがガリウスに受けいられたら、俺はきっぱり君のことを諦める。でもパーティーメンバーとして一緒にいさせて欲しい。君の側にいることだけが俺の望みだから」
私は最低、最悪、愚劣で醜悪な女だ。だけど、だからこそ、ここまで慕ってくれる人をむげにはできない。
「……わかった。でもあなたはあなたよガリウスの代わりじゃない。ガリウスにフラれたらあなたとちゃんとお付き合いして、それから、ね?」
これが今の私の精一杯の本当の心だと思う。サグルをキープとして扱う自分がすごく嫌だけど。
「ありがとう」
サグルは私の手を握り頭を下げる。私はそれをやめさせ顔をこちらに向けさせる。
「ううん、こちらこそだよ。ごめんね、こんな私で」
「ただ、これだけは覚えていてよ俺はミスティアを愛している。世界のだれよりも」
「……ありがとう」
私の目から涙がこぼれる。罪の意識からなのか、嬉しいからなのか分からない自分が悔しかった。