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8<アーディの騎士、孤児院来訪>

 司祭様に強く念押しされれば、拒絶できない。

 (いっぱい、聞きたいことがあるのに)

 恐らくだが自分の傍に必ず司祭様が付きまとうのだろう、余計な言質をとられないように。不満そうな僕を、司祭様は険しい目線で制する。


 「……アリス。

  最初に言ったはずだ。

  我儘も不満も口にするな、と。

  お前以外にも不憫な孤児がいる。

  お前だけが優遇されるなんて、ずるいことだと思わんか。

  親に捨てられた幼子が哀れだと思わんか。

  アリス、お前はたまたま選ばれただけの幸運だ。

  その日一日パンを食べられない子供が、世界中にどれだけいると思う」


 (そんなこと、言われたって)


 「いいか、貴族はこのアーディ王国にとって権力そのものだ。

  国教たる聖女様への信仰は厚いものがあるが、

  それでもまだまだ、聖国と比べると発展途上だ。

  ――――アリス」

 「……はい」

 「お前は幼いがゆえの傲慢さがある。

  少しは慎め」   


 ただの孤児たる僕への注意事項は多かった。

立ちっぱなしで聴いている限りでは、片手では数えきれないほどだ。それを耳に入れるだけでも痛かったのに、その日の内に孤児たち全員であちこち掃除させられるのはしんどいものがあった。彼ら孤児にとっても、意味が分からずとも司祭様に呼ばれ、あれこれと指示を出されたのだから大掃除の原因が僕だってことは分かってはいるようだ。孤児たちをこんなにもこき使うほど、司祭様にとってはよっぽど恐ろしいものらしい、金髪碧眼の騎士様。

 (そりゃあ、貴族って偉そうな生きものだけど)

 でも、あの騎士様がそうだったとは。正直なところ、いまいちピンとこない。

 (それでさあ。どうして僕が怒られたり、窘められたりするんだろ)

 ラビトにも文句を言われたし。他の子からも何故か睨まれるのは僕だ。曰く、僕のせいでこんなにもしなくていいことをしなきゃならない、とか。僕のせいで、やらなきゃならないことが増えた、とかとか。ぶうぶう盛大に文句を言われたものである。

 (納得いかない)

 でも、そういった微妙な雰囲気はいつしか、疲れ切った孤児たちの健やかなる眠りによって雲散霧消した。僕としても毎日のようにしていたお話が中断になったのでほっとした。さすがに毎晩では、ネタが尽きてしまうし空気も悪かった。仲の良かったラビトもこの件については僕を無視してきたし。多分、聖女様の像を他人に掃除させられたことを僕が原因だと思っているんだろう。あながち間違いではないのが、腹立たしい。

 (あんなの、ただの像じゃないか)

 本物の聖女様ってのは想像つかないが、しかし。綺麗な人なんだろう。

 (そう、あの……)

 さら、と宙に浮いた赤毛の隙間から見えた、美しい横顔。

はっとして、苦笑する。

 (……どうかしている)

 僕はきっと、疲れているんだ。あの時も僕は疲弊しきっていた。だからいくら美しい姿形をしていたからって、性別が違いすぎた。


 すうすうと、健やかなる寝息をたてる同室の孤児たち。

暗がりにぱちりと目を開けた僕は、今更ながらの緊張に苛まれていた。ベッドで横臥していても、眠れなかったのだ。なんせ、明日はあの騎士様との対面である。何日ぶりだろう? お会いするのは。

 (……はあ、どうしよう。いざ、お会いするとなると、

  何を最初に言えばいいんだろ)

 下手なことは言えないし。司祭様の目が怖い。


 気になる点は多々あったが、まず、孤児院での暮らしでは、一人で王都に向かうなんてことは許されていない。これは孤児全般にいえることだった。外出は、司祭様の許可が必要である。

 北へ向かう大きな道沿いにあるこの孤児院は、王都の外れに建てられている。ごく一般的な教会の併設施設だ。作物を育てるごくごく普通の国教教会でもあり、ラベンダー畑と野菜畑に囲まれている長閑な地帯だ。畑の仕事は主に僕たち孤児がやっていて、刈り取った収穫物を丁寧に保管管理しているのは司祭様である。売ったり、精油したりして信徒に販売して稼いでいるとか。

 老年の司祭様について。

彼は十分に子供である僕たち孤児よりも、大柄な体型をしている。といっても、アーディの騎士様たちに比べれば、とても一回り二回り違うけれども、それでも小さな子供である孤児からしてみれば十分驚異的な体格をしていて、癇癪起こした子供をとりなせる程度には力があった。

 司祭様は聖女様のお言葉をとても大事にしていて、至上主義としている。そのため、聖女様を馬鹿にしたりする言動ひとつしようものなら懲罰部屋に入れられるのは間違いなく。

 ……言うことを聞かない子供は、酷く怯えていたのを記憶している。

あんなに大暴れしていた子が、あそこまで静かになるとは。他の孤児たちも、懲罰部屋のなんたるかは分かっていないようだったが、怖いものであると認識しているようだった。

 (……子供は布団に地図を作るのが仕事だ、なんて。

  村の大人は言ってたけどなあ)

 不思議と、孤児院では司祭様からの罰は当然のように横行している。僕は未だ幸いにして貰っていないが、ただ殴られるだけではなさそうだった。

 (騎士様、明日来るというのなら。

  どうしてこの孤児院に僕を入れたのか。知りたいな……)

 本当に何もないところだから。

心の奥には温かな思い出はあるけれど、いつものように冷ややかな蓋があって、すぐにでも閉められるように構えている。孤児たちに昔の面白かった話をするとき、僅かに開けて封鎖できるように準備しておくのだ。でないと、僕は、見たくないものさえ脳裏に蘇ってしまうから。その時のやるせない感情に、我が身が支配されると、途端、何もかもが止まってしまう。心臓さえも、酷く怖がってしまうのだ。

 (苦しい)

 窓から差し込む明るい光。

夜月は汗の染みついた布団を照らしだし、二段ベッドの下段に住む僕に、ここが孤児に与えられた居場所だとはっきりと浮き彫りにした。





 翌朝はなんとはなしに孤児連中も皆、そわそわとしている。

ラビトは昨日のことなんてまるで嘘のように、今日やってくる人について僕に尋ねてきた。僕はつん、と鼻を逸らしてやりたかったが別にそこまで怒ってる訳でもない。


 「……アーディの騎士様だよ」

 

 とはいえ、それ以上に伝えられる言葉がなかった。

金髪碧眼の騎士。彼は誰にでも、たとえ部下であっても声を荒げるようなことはしなかった。子供の前だから、ということもあったかもしれないがそれでも孤児たる僕の前では紳士的だった。そう、仕草のひとつひとつが、妙に丁寧だった記憶がある。粗野な男の振る舞いではなかった。

 今思えば、それは彼が王族の護衛騎士だったから、という回答が得られるだろう。

貴族であるからこそ相応しい教育を受けてきた。厳しい騎士としての修業もしてきたんだろう。彼はそんなことをおくびにも出さず、淡々と仕事をこなしているような印象だ。

 僕に親切だった若手騎士も、騎士様にはとてもじゃないが敵わないような言い分を僕にかました。

騎士の鏡、理想的な騎士、それでいて貴族という位持ち。

 当時孤児だった僕は、彼に出会えた幸運をどれだけ理解していたことか。

まったくもって、把握しきれていなかった。ただただ、時間通りにやって来るかと、教会の入り口にて、僕の隣にて待ち続ける司祭様と一緒に、王都からの来訪者たる騎士様を待ち続けるのみだった。

 緊張の面持ちなのは、僕だけじゃなかった。

司祭様もだった。

 (……あ!)

 少々の時間の遅れがあった。

そのため、今日は忙しくて来れない、ということもありがちだとは思っていた。でも、騎士様はちゃんとやって来た。どうやら馬に乗っているらしい。マントを翻し、土ぼこりを起こしてやってくる彼の姿はとても立派な姿だった。剣を腰に据え、僕のほうへやってくる騎士様。馬を駆る姿は僕を興奮させた。だって、彼は僕の為に。

 (本当に、来てくれた……)

 勝手に頬が緩むのが止められないし、気持ちのままに大いに両手を振った。

隣に司祭様がいるというのに。

はしたない、とあとで懲罰される可能性さえ、頭の中から抜け飛んでしまっていた。

 期待するがままに、足が動く。走った。手綱を操る騎士様のほうへ。

馬がその場で足踏みをし、ゆっくりと歩きだすのを気にも留めず。危機意識のない子供に、馬上からも、びっくりした顔をしてみせる騎士様は慌てた様子で飛び降りた。そうしないと小さな僕が馬に轢かれそうだったから。

 どうどう、と馬の手綱を片手で引っ張り、たまらず騎士様の足に飛びついた僕を支えてくれる騎士様。背中に回る、彼の手が安定して僕を宥めてくれる。ひょい、とあの時のように担げる腕が逞しい。

 縋りつく僕は、目元の緩みに気付けないでいる。いつの間にか涙を零していたんだ、僕は。

 

 「騎士様!」

 

 間近で見上げると、金髪碧眼の彼は微笑んでくれた。


 「アリス」


 穏やかな声で、僕の名前を呼んでくれる。

 (変わらない……)

 頭を撫でてくれる唯一の人。

視界が滲むほどに、嬉しかった。

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