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6<四方国家のお話>

 相変わらずのつまらない日々。

紫の花、すなわちラベンダーと呼ばれる花は収穫の時期だそうで、僕たちは朝っぱらから駆り出されている。教会では寄付以外にも、こうして自作した生花を売ったり、精油して医療用に販売したりしている。 特にこのラベンダー精油はアーディ王国名産ともいっていいほど、どの教会でも作られている品だ。良い匂いがするし、生活用品としても多種多様に扱われているため、誰もが購入する生活必需品なのだ。香水としての価値もある。

 風に揺れるラベンダー畑の真ん中にて、ふう、とため息をついたのは僕だ。

 遠方に旅立つ白い雲が羨ましい。

待ち人のいない僕には、帰る家がない。だからこの孤児院を自由に旅立ったところで、愉快なものなんて何ひとつとして待ちかまえていないのは分かりきっていた。





 毎月必ず決まった日にだけ行われる救済日。

 そこで、司祭様は聖女様の言葉を人々に教え込む。集まった大人たちの遥か後方にて、僕たち孤児もお情けのように、礼拝堂の奥に固まって座らされて拝聴する。横長の椅子はひしめき合っていて、少しでも騒げば本気で怒られるので静かにしているが、そわそわとしている子も多い。

 

 「聖女様は仰せになられた。

  悪しき者を封じたが、いつ開かれるか分からない。

  我々は間違ってはいなかったが、

  しかし正しいと信じねばならない」


 聖女様の国、聖なる国。

アーディ王国の北方やや東にあるという、とても美しい国の話だ。


 「聖女様は、その御身を使って生涯を終えられた。

  信徒たる我らは聖女様に仕えねばならぬ。

  聖女様は世界に正しく祈りを授けた。

  そのため我らはいつでも聖女様の優しさに、

  御すがりできるのだ。聖女様はたおやかな御手で、

  我らに祝福を与えて下さることだろう」


 (……僕の住んでいた北東の村、)

 唐突に思い出したのは、聖女様の国の在り処。

 (確か、聖女様の国と僕の住んでいた村は、

  とても近いところだった)


 「さあ、我々はいつでも聖女様を受け入れねばならぬのだ。

  幾久しく、いつまでもたおやかであらんことを」


 ぼそぼそ、とその後、続く言葉が遠すぎて聞こえなかったが、いつもの通り、聖女様のために祈りの印を捧げた。大人たちも同じ所作をし僕たち孤児も習う。

ただ、小さい子はできなくて寝息たてていたけれど。


 



 「アリス、聖なる国って知っているのか?」


 ラビトが奇妙なことを言い出したので、僕の目は点になった。


 「何、いきなり」

 「いやだってさぁ」


 ゴロゴロと二段ベッドの上で寝っ転がり、畑の収穫時期の忙しい頃は早々と眠ることが常だった彼が、珍しいことに興味を持った。彼は下段で洗濯物を畳んでいた僕の傍へ近寄ってきて、足を乗っけてベッドに乗り上がり、よいせと隣に座った。途端、がくん、と底が抜けそうになるほどの振動に冷や汗をかく。

  

 「ちょっと!」

 「アリス、知ってるだろ?

  オレ、孤児院育ちだからさぁ、

  知らないんだよ、外の世界のこと」


 にこにこ顔のラビトに、抗議の気勢が削がれた。

確かにラビトは知らないんだろう。この孤児院に住んでいる以上、外の情報なんて得られる訳がない。大人たちは、僕たちをあまり良い目でみないし。

 どうも彼は、司祭様の語る聖女様のお話を真面目に聞いていたようだった。ただ、どうにも分からない箇所があってか、物を知っているらしい僕に水を向けたようだ。


 「うーん、といっても、僕は、

  ……そこそこ、しか知らないけど」

 「いいよ、知ってるだけでも教えて!」

 「ん。それでいいなら」


 死んでしまった村で教わったことしか分からないが、でも、ラビトは親切にしてくれたし。

少々の過去を思い出すぐらい、ちくりと胸が痛む程度だ。

 (聖女様、に熱心だったのは兄さんだったか)

 僕はほんの少しだけ、凍りついた心の蓋を開けた。

畳み終えた洗濯物をベッドの端に寄せ、姿勢を正す。


 「兄さんがね、よく教えてくれたんだけど」


 美女の絵はいくら眺めても飽きない、って言ってたっけ。

古い絵が村の教会中央に飾られていて、毎月決められた日、あるいは良いことがあったのなら村人たちは教会にわざわざ訪れ、祈りを捧げていたけれど。思えば、神秘的な美女の絵ではあった。裏側にはカビ生えてたが、誰も気付いていなかった。僕と兄さんだけの秘密。

 (ああ、懐かしいな、懐かしい……)

 ただ、何もかもが燃え尽き、壊れてしまった村だ。

もう、あの絵も残ってはいまい。

 大きく息を吐けば、息苦しさは最小で済んだ。 


 「聖なる国、ってのは聖女様の国でね。

  四方国家のひとつだよ」

 「四方国家?」 

 「え、それも知らないの?」

 「え、常識なの?」


 僕は驚いた。

そんな僕の顔にびっくり眼のラビト、互いに見合う。僕たちが座り込んでいるベッド以外には、ちゃんと定員通りに孤児たちがそれぞれのベッドで寛いでいて、必ず寝るようにと決められた時間にまではまだ余裕があった。

 だからか、ラビトは声を張り上げた。

 

 「なぁ、みんな! 知ってるか、四方なんとかって!」


 たちまちに昇る声は、えー、とか知らなーい、がほとんどだった。

僕は、


 「え、え、え?」


 と、首を回して皆の顔を順繰りで転じ、視線で巡ったけれど、誰もが本音を宿したものだと知って驚愕した。

 (だって、これ、当たり前のことだと思ってたし)

 若手騎士だって、四方国家、って口にしていた。

勿論、子供だった僕に向かってではないが、大人たちが会話の流れで出していた以上、一般常識の範疇のはずだ。


 「嘘だろ……?」

 「お、アリス。あいつは知ってるって」


 ラビトが指差したそこは、出入口付近で屯っている孤児だ。手を上げている。彼は孤児院育ちではない。僕と同時期に入ってきた、外からの子だ。

 

 「な、分かっただろ?

  孤児院じゃ、こんなこと教えてくれない。

  聖女様のありがたい話はいっぱい知ってるけどさ、

  でも、聖女様のいる国ってそもそもどこにあるのかさえ、

  知らないんだ。だからさ、アリス、教えて!」

 「あ、あー、うん……」





 聖なる国は、聖女様がおわす国。

魔なる者を打ち払い、悪を正した彼女は、これ以上の襲いかかる邪悪を振り払わんとその場に居座った。自然、賢き人々は聖女様を慕い、国は聖なる国と称し、世界中の、獣以外の人々が彼女を崇めた。

 世界を救った彼女を敬ったのである。

聖女様はいくつもの言葉を我々に授け、祈りを与えた。

 我々はいつでも祈りの印を捧げ、聖女様の安寧を祈ると同時に世界の平和をも祈る。

 

 首都国家ペトラは、砂漠の国。

旅の商人たちの国であり、世界に商いを広めた商売人の国でもある。独特の価値観を持ってはいるが、聖女様を敬う人々でもあり、彼らの持つ独自の道は世界を制覇しているのではと言われている。赤く燃え盛る砂漠の風景は、誰もが心奪われるものであり、旅先のペトラ商人たちの心にも刻まれているという。

 

 金環国家バージルは、勇者の国。

勇ましき者が興した国であり、独自の文化を持つ。現在鎖国をしているものの、時折流れる商品はどこの国でも高値で取引されている。神秘の国だ。ギルド、と呼ばれる、かつて世界中にあった組織は国民となり、今なお勇ましき王を奉っているとか。


 南海大帝アリューシャンは、巨大な国。

幾つもの国を従える恐ろしい国。謎が多く、アーディ王国との間に小国が挟まっていて、かの国の大きさが掴みにくい。


 「……以上の四つの国が、アーディ王国の周りにある、

  国境沿いに接する国だよ。

  四つあるから、四方国家、と呼ばれている」


 あれこれと語れば、へぇーとか、ははぁーとか。

なんだか分からないが、とても呆けた声があちこちから上がった。

 いつの間にやら、僕は高座のようにベッドに居座り、同室の孤児たちが楽しげに瞳をキラキラとさせて拝聴状態に陥っていた。


 「四つ、かぁ。

  でもさあ、アリューシャン、って?

  その間にある小さい国って、それってどういうこと?」

 「あるんだよ、アリューシャンとアーディの間に小さな国が」

 「じゃあ四方国家じゃないんでしょ実は」

 「アリス先生!

  聖女様って生きてるんですか! すごい長生き!」

 「おばあちゃん?」

 「聖女様って、おばあちゃんなの?」

 「すっごいババァなの?」

 「ちょ、大声出すな!」


 ラビトがここ一番の大声を出した。

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