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48<孤児たちのその後③>

 「アリス!」


 教会の玄関扉の派手な開閉音がしたあと、僕のほうへ飛び込んできた一人の女性がいた。


 「わ」

 「うわあああ、久しぶりぃ!」


 がっつりと腹回りを羽交い絞めにされ、背中に回された腕の長さは昔と比べるとずいぶんとしなやかになった。彼女のあだ名から考えると信じられないほどの成長ぶりだ。


 「えへ」


 腹回りにぴたりと密着して頭だけ上げる彼女の面には、昔の面影が残っている。

お転婆っぷりも。きらきらと輝く瞳の大きささえも変わらない。


 「おチビ」

 「えへへ、アリスだぁ」


 (なんか、こう既視感が……)

 嘆息しつつも、つい、僕の上着をぐちゃぐちゃにしてくる彼女の、後頭部に巻きつけている布ごと撫でてしまう。


 「元気にしてた?」

 「うん! アリスだって、どう?

  大変なの? お仕事。

  全然会いに来なかったし、

  困ってなければいいなあって思ってて!」

 「あはは、大丈夫だよ」


 (先輩がたのしごきや生意気な貴族、小生意気な奴らの嫌味とか)

 せっかくのお休みなのに思い出したくない面構えと禿かけている大臣複数のとか、まあもろもろ色彩鮮やかに蘇ってきて具合悪くなってきた。頭を振り、不思議そうに僕を仰ぎ見続けるチビの抱擁を受けとめるため、とんとんと彼女の背中を叩いてやる。

 

 「チビは何してたの?」

 「今、お洗濯してたのよ!」

 「へぇ、じゃあ忙しいよね。手伝うよ」

 「いいの?」

 「うん」 


 離れ際、ぎゅっと強く抱きついて。

ニッコリと先導する彼女の後姿は小柄ではあったもののぴんと背筋が伸びている。

さながら、一人の立派な淑女であった。





 年長組になると今後のことについてが課題になる。

すなわち、孤児院を出るということだ。

 

 前々からそれは、先輩孤児たちの出立を見続けてきたものだから大半の孤児は分かっている。僅かなお金を貰い、仕事を探さねばならないということを。

 責任者である司祭様がいなくなってからというものすぐに巣立たなくて良いのは安心材料ではあったが、だからといっていつまでも孤児院に居座る訳にもいかなかった。残る孤児たちの食い扶持を減らさないためにも、年少の幼い子供たちのためにも自立せねばならない。

 最悪な道もあるにはあるがそうならないようにと僕だって仕事を探した。(最終的には、やっぱりリディ様におすがりしてしまったけれども、)だが、そういった後見人の力のない孤児たちはどうすべきか。悩まざるを得なかった。孤児院から旅立つためのお金は元々このアーディ王国が聖職者、教会のために出していた金子があったためそこから抽出、貰うことができたが、しかし問題は今後のことだ。

 

 「どうしよう……」


 三つ編み女子も、物静かな男の子も、そしてラビトでさえ己の道を決めた。

のんびり女子も、木靴を揃えてくれたりとなかなか良い性格をしている姉の元へと行くことを決意、散々に悩んだ結果だと呟いた。病気の姉の最期を看取りたいと花街を選んだのだ。

 他の女子たちもそれなりに良い仕事を見つけたようだ。出店の売り子とか、花屋、清掃など。恐らくだが王都出入り口を先の戦で占拠されたせいで、それなりに雇用率が上がったようだ。おかげで孤児たちにもそのおこぼれが落ちてきて拾うことができたが、しかし、そんな時期であってもどうしても運悪くあぶれる孤児が出てしまう。

 それがチビ。おチビである。

 

 「仕事、見つからない……」


 あだ名が示す通り彼女は背丈が短くて指も小さかった。

これで器用であれば三つ編み女子のような職業につけようなものだったが、見た目があまりに幼すぎた。

 本当に子供だと思われ、門前払いされるのだ。


 「どうして?」


 別に不器用ってわけじゃない。

ちゃんと縫い物だって出来るし、子供たちのあしらいだって物心ついたころから知っている。

 それなのにどうしてもこの外見上の都合が邪魔をする。

 花街、という最後の手段はとっておきたい。

それは女子たちにとって共通の気持ちである。花街に行くと寿命が短くなると孤児たちは知っていた。微笑の聖女様へお祈りを捧げにやってくる大人たちの会話の端々は、外からの情報である。子供たちはそういった勝手に耳の中へ入ってきた話を面白おかしく共有する。詳しい理由は分からなかったが働く者にとっては良い場所ではない、というのはなんとはなしに察する。暗闇が怖いのと同様に、夜の仕事というものを本能で把握しているのかもしれなかった。

 そしてそれはおチビにも同じであったし、アリスもまた焦っていた。仕事が見つからないからだ。

アリスの場合えり好みをしていた。チビからしてみれば羨ましいを通り越して恨めしいものだが、そんな要領の良いアリスでさえ苦戦していると思えば溜飲は下がる。

 アリスの苦しみは長年傍にいて分かっているのだから。


 「うーん」


 夜の世界は進みたくはない。悩みに悩む二人。

 すっかりがらんどうになってしまったベッドがぽつぽつと出始めている。

そんな部屋に二人の孤児が頭を突き合わせて呻いていた。


 「ねぇ、アリスー」

 「ん?」

 「どうしよう、仕事見つからない」

 「そうだね……」


 (最終手段、はあまり使いたくないなぁ)

 でもそうでもしなければならなさそうだ、とアリスはか細く長い、これでもかというほどのため息をつく。後見人であるリディール・レイ・サトゥーン伯爵は騎士団長としてものすごくお忙しいお立場である。あまりご面倒をおかけしたくない、というアリスなりの真心ではあったがこのままでは本当に何も見つからずに孤児院に埋没してしまう。それはいけない。アリスにはアリスなりに目的がある。この人生、恩人の側にいて恩人のお役に立ちたい、という目標が。

 王城勤務は後ろ盾やその身分確かな者でなければ勤められないと言う不問律がある。

アリスはそれを知らずまんま王の門へ向かい、馬鹿正直に働きたいという旨を伝えるも、

 

 「駄目だ」

 「え、ど、どうしてでしょう」

 「無駄だからだ」

 「どうしてですか」

 「意味がないからだ」


 門番は真面目に答えてくれたが、あまり答えになっていない。

だが正鵠を射てはいた。アリスの恰好や年齢からして、貴族ではないと分かる。また正真正銘の貴族は木靴を履いて門番へと伺いをたてに来ない。来るとするなら裏口だ。それも召使いを向かわせる。いうなれば、貴族の紹介状すら持ち得ていないアリスには立て板に水の戦法を頭から浴びせてその無駄足を哀れに思われただけだった。

 となると、他の職業、となるが。

 (酒を出す仕事もあるけど、でも僕に務まるかな)

 それに、常に騎士様の側にいられるという仕事でもなかった。

 (……夜の世界は嫌だし)

 おっとり女子を花街に無事連れて行くため、男衆二人で(うち一人はアリスであるが、)付き添いで赴いたことがある。その際、華々しい館の主がアリスに目をつけ、

 

 「あら、どう、貴方。

  可愛らしい顔をしてるわね」

 

 などと、げんなりとする発言をかましてくれた。

聞き慣れた台詞だが、こんなところでもあの色男の騎士と同じおべんちゃらを言われるなんて、とアリスとしては内心憤慨ものだった。だがここは我慢のしどころでもある。館の主は馴染みあるのんびり女子の雇い主でもあるのだ、口の端をひくひくと引きつかせつつもアリスは頑張って心の内にこみ上げてきた怒りを鎮めた。またアリスの不幸はそれだけで終わらない。一番売れっ子であるという男娼とも偶然鉢合わせとなり、アリスの目鼻立ちの良さにまた同等の言葉を得られた。通りすがりの客人であろう酒臭い爺さんにもついでとばかりに絡まれたし、騒ぎとなったがそのせいでまたぞろ人が集まってきて客にその場で指名されるアリス、とうとう青ざめる。

 あまりにも万人に褒めちぎられる容姿にのんびり女子は傍らにて、思わずといった態で苦笑していたものである。今まで外に出るなんてことはしなかった孤児たちにとって、明確な差が出ているという事実自体、衝撃的な現実ではあった。


 「やだわぁアリス、これじゃあ仕事にならないよぉ~」


 あたしの仕事とらないでよ~、などと冗談めかしてアリスに囁けば桃色髪の少年、その可愛らしいと言われ放題の顔を思う存分に顰め、


 「勘弁してよ」

 

 返答とした。

思えば、アリスの顔立ちの良さは孤児院に入ってから目を引くものだったわ、などと。


 のちに高級娼婦となるのんびり女子は嘯いた。

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