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3<アーディ王国王都、花の都へ。王の門>

 初めて目にしたアーディ王国の首都といものは、子供の僕をたやすく呑み込むほどの大きな街だった。


とにかく、空が狭い。


 僕の住んでいた家よりも立派な家が連なっていて、お花を飾っている。その艶やかな色彩を持つ花々だって可憐な野に咲く花々よりも豪華絢爛であり、きちんと手入れしているのが子供である僕にも分かるぐらい、大きく花弁を広げている。この街の人々は手間をかけて、そういった不自然な植物を育てるのを楽しんでいる様子だった。風の通りも草原と違う良い匂いだがどうも人間臭くて、どうも覚えの香りではなかったけれど。

 ただ、どれもこれも見飽きない。

生まれて初めて目にするものばかりだったから。

 僕は、ただただぽかんと口を開けっ放しにして歩くことしかできないでいる。

旅の疲れなんて、あっという間に飛び去ってしまった。きょろきょろと周囲を見渡す。面白そうなものばかりだった。もし僕が兎だったら、ぴょんぴょんと飛び跳ねてしまうぐらいに! 寝物語とは違う、本物だ。本物ばかりだった。

 (ここに昔、父さんと母さんが住んでたんだ……)

 両親から聞き及んでいた話よりも、迷路のごとしな街路は人の出入りが激しい。

かといって整備された道は埃が舞うことはなく王都の人々は騎士にちゃんと道を譲り、どこか敬愛するような態度だ。粛々と進む進軍。振り返れば、騎士たちが過ぎ去る後ろはいつもの街並みといった風情で人が溢れた。

 稀に、僕を見付けた人は、おや、といった顔で不思議そうにしていたけれども、それも過ぎ去れば熱が冷めるようにして、たちどころに街角の風景に疑問という感情は掻き消えた。騎士関係と思われたか、あるいは保護された子供だと思われたか。孤児は多くこの王都にも流入していて保護される対象ではあった。

 そんなごく一般的な孤児たる僕は、見上げてばかりいた。

 あちこちの窓からは統一された色の旗が風に揺れ、色彩豊かな花々さえも寄り添っている。モフモフな毛並みの羊を一匹、引いて歩く異人さん。特産の葡萄酒や林檎酒が市場に並んでいるのを興味深く眺めながら、小さな子供でしかない僕は寝物語を思い起こしていた。

 母さんは大きな家のお手伝いさんをしていて、そこの裏口を出入りしていた呼び売り商人の父さんと恋に落ちた。この街は雑多だけれど良い思い出がいっぱいあったらしく、両親はいつもキラキラとした目で当時の話を面白おかしく話してくれた。それは土地を開墾するときや、野盗たちを豚みたいに追い払ったことや収穫作業を疲れながらも喜びに満ちながらも同じ顔付きでいて。疲れた態で、萎びた布団に眠って語ってくれた思い出。

 たまらず、僕は零してしまう。


 「どうして」


 (……この王都にしがみつかなかったんだろ)

 自分の城を築きたかったらしい、と大人になったら分かるらしい格言を思い起こしながらも僕は、丘の上に立つ本物の城を仰ぎ見た。街の中央にある王城は民家や貴族屋敷から隔絶するための立派な壁に守られ、現在跳ね橋は下ろされている。あの堅牢さは幼い子供であった僕にもわかる程度には厚みがあって、よそ者の侵入を容易に許さない。入り口なんて跳ね橋以外から進む他ないだろう。王都内のどれよりも棚引く王城旗も立派で、あの巨大な旗の模様が王都内のどこにでも飾られていたのに気付く。

 (みんな、あの旗が好きなのか)

 騎士たちは旗の模様と同じものをマントに背負い、堂々と門の中へと消えていく。

 さて、問題は僕である。

現在僕は、ぽつん、とどこぞのお屋敷から飛び出た太い枝の影に潜んでいる。

 別に置いて行かれた訳じゃない。

 待機するように、と言われたのだ。王都内だし、目の前には城門がある。門兵が二人、周りを睥睨していて勿論僕のことも視野に入っているようだった。先ほどからの鋭い視線が気になる。あの門、王の門、と言うらしい。昔、王様がよくそこで屯ってたからそんな名前がついたんだってさ。

 門を守っている兵士がびしっと直立不動だ。若手騎士が騎士様と遭遇したときみたいな顔付きをしている。

 (あの人、飽きないのかな……)

 暇だったから木陰のひんやりとした地面に字を書く。商売人だった父の教えと、王都へ向かう旅すがら、字をしっかり学んだ方がいいと言われて若手騎士にも学んだ結果、暇な時間があれば僕はこうしてそこらへんの棒きれを手にとって何度も字の練習をした。

 だから、大人の人影が落ち、呼びかけられれば僕だって勘違いを起こす。

未だあか抜けない、若手騎士だとばかり思っていた。

 

 「お兄さん、これ、見て! 僕の名前、綺麗に書けて……」


 喋りながらも、ゆっくりと顔を上げれば。


 「あ!」


 いたのは、僕を最初に守ってくれた騎士の制服を身に纏う男だった。

立派な剣を刷き、僕を興味深そうに少し背を曲げて見下ろしている。

はらりと額に前髪がかかったのを目に入れたその瞬間――――瞬時に、体中が沸騰したかのように緊張した。

 

 「元気そうだな、アリス」

 「……騎士様!」


 慌てて立ち上がれば、彼はにっこりとほほ笑んでくれた。

ほ、っと肩の力が抜ける。

 騎士様の笑みは、柔和で優しげに早変わりする。

そして、その視線は僕の足元に広がっているくねくねと広がっていく字面へと移動する。

 (うわ……どうしよう)

 猛烈に僕は、恥ずかしくなった。ぐっと手にある棒きれを握りしめてしまう。


 「良い字を書く。ちゃんと言われた通りに練習をしているな。

  偉いぞ、少年」

 「わ!」


 ついでとばかりに、僕の頭を撫でてきた。

撫でまわされ、桃色の毛先があちこちに跳ねるのが見える。

僕は沈黙するしかない。ぐりぐりと頭の先を撫でられまくっていたし、左右に動いていたから。

 (温かな、手……)

 父を思い出し、少し、涙目になる。

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