2<拾われ、行軍徒然>
見開けば、僕は騎士様に保護された。
積極的に面倒をみてくれたのは他の若手騎士だったけれど、十二分に親切にしてくれた。孤児の扱いは雑になりがちなものなのに三食きっちりと与えられて、たらふく食べられる。途中で合流した彼ら騎士たちは僕を兄弟のように猫可愛がりしてくれて面倒になったとそこら辺に、さもゴミみたいに飽きて捨てることも無かった。振り返ってみると、それは僕を最初に保護してくれた騎士からの命令だったと思う。あの騎士様、なんだかんだで僕のこと心配そうにしてたびたび顔を出しては若手騎士たちの、少々たるんだ背筋を真っ直ぐに伸ばしていたし。かといって、上から言われたからと若手騎士たちが嫌々ながら僕の世話をしてくれたって訳じゃない。村を捨てざるを得ない、天涯孤独な身である僕の境遇を彼らは良くわかってくれていて、小さな子だからと不憫に思ってくれてもいたし親身になって扱ってくれた。
国を守護する騎士が同行するのだ、王都までの安全な旅は約束されたも同然だったが、当時の僕は子供だったから言われるがままについていく。
(これから、どうなるんだろう。
騎士様、ちゃんと連れて行くと言ってくれたけれども)
行軍中である。
闊歩する軍隊というものは想像以上に壮観であり、帰途の旅路とはいえ騎士たちは辺りを警戒していた。ぴりぴりとしている。強面揃いがさらに強面になっていたりもするのだ、内側にいると頼もしいが、外側の敵からしてみたらさぞ怖いものだろう。
元々、この騎士団は国境沿いで跳梁跋扈する野盗どもを始末するために派遣されたものらしかった。そのため、こういった帰路でも油断大敵であった。取りこぼしらの強襲も視野にいれねばならないし、騎士だからと無理やり戦いを挑む馬鹿だっていない訳じゃない。勝機ありだと思われると、普段は潜むことしか脳のない山賊たちも鬱憤を晴らすだろう。つまりは見栄を張っているのだと、若手騎士はわずかな休憩の合間に笑う。
(僕の村を襲った輩どものように)
弱い者に牙をむく、小汚い奴ら。
(あんな奴らに僕は暴力を振るわれ、家族を失ってしまった)
手を繋ぐ相手がいない寂しさや不安が胸を締め付け、遠路はるばる歩かねばならない窮屈さや靴ずれの痛みもあったけれども、命あっての物種、かもしれない。
(運は良かった)
でも、それだけだった。
すえた臭い、強引に捕えられたときの恐怖、止めようのない怯えはただでさえ大人しい気質の僕をことのほか打ちのめした。何もできず、言い返すことさえできずに震えるだけだった。
僕は。
小さくて、弱いから。
こうして歯噛みをしたって、唇を噛みちぎるほどの力もない。まるで待っているだけの子供だ。そのままの子供。見たまんまの。情けない、僕。
そして、泣くになけない。
僕の回りには若手騎士がいる。彼らは僕を守ってくれている。目の前にいるし、隣にもいて、僕の後ろにもいるので、下手な行動は彼らを慌てふためかせるだろう。お腹いっぱい食べてるかと食事を心配してくれる人たちばかりだったし、弱い僕を見せたくはなかった。これ以上手間をかけさせる子供にはなりたくはなかった。
(ただ、)
ちら、と脳裏に過ぎるは僕の腹立ちの一助を担っているとある子供の存在である。
ここから遥か前方にいて見えづらいけれど、ときたま、ちらりと大人たちの間で赤毛が揺れている。彼は恩人たる騎士様の隣で歩いているようだった。
――――彼がいったい何者なのか。
美しい少年の正体は気になるものの立派な騎士に傅かれる立場にある子供だ、何より雰囲気が貴族っぽいし。小さいなりのくせして威圧感があって遠目からも近寄りづらさが丸わかりで、どう考えても今後関わりあいにならない人種なんだろう。
(僕のこと、見捨てるようにと命令してたし)
事あるごとに家族の記憶と共に蘇るそれは、腹の立つことである。これからの幸薄そうな僕の人生においても、たびたび悲惨な思い出と共に付随するのは間違いない。
――――あの綺麗な子は、僕が死んでも構わない、という態度を示した。
当時は、発言の意味を考えられないほど疲弊していたけれど大の大人が頭を垂れるぐらいだ、よっぽど貴族という生き物は偉くて人の生き死にを左右する存在らしい。
たまたま視察にきたご領主様だって馬に乗ってふんぞり返っていたし。
あの当時から、僕は貴族って存在を実は嫌いだったみたいだ。何でも上から目線で、偉そうに命令する奴ら。ただの豚なのに、反吐が出る。
(でも、そんな傲慢な奴がいないと、
僕たち、血統も育ちも縁も所縁もない人間は生きていけなくて)
税を納めればなんとかなる、なんてことにはならなかった。
結末は路傍の石にしか過ぎなかった。笑い話にもならない、死んでしまっては。
(僕の家族は、殺されるために生まれたわけじゃない)
考えれば考えるほどに思考の迷路に陥り、気落ちする。
これからの将来もそうだし、家族を失ったばかりの悲惨さもそうだけども、ただただ生まれた立場が違うだけでああまで偉そうに、僕を殺すことさえ選択出来るという貴族という出自に、そして、何よりあの子供が僕の命を軽んじていたという事実に苛立ちが募って仕方ない。
時が立てばたつほどに、それは顕著になる。
(ムカつく)
あの時は諦めの感情を受け入れ、理不尽な暴力にもどうにか僕なりに対処をしていた、だのに。
生まれの違い。
たったそれだけで僕は身内を失って孤児になり、あの子供は初めっから騎士に守られている。多分、生まれる前から。良い服を着て美味しい物を食べ、労働だってしたことないんだろう良い音楽を高尚に聞き流すお貴族様の話は村でも娯楽のひとつではあったけれど、環境に恵まれた実物を目に入れてしまうと。
なんだろう、この気持ち。
僕たちはあの村で必死に働いて欲しい物を我慢して貯めて、やっと買えたと喜ぶ。自慢する。羨ましがられて奮起する。そんな生活なのに、与えられた生活というものはこうも違うものなのかと眩暈を起こす。
長く連なる騎士の群れ、その後方にて僕は、若手騎士に付き添われて大人に負けまいと足を動かしているけれども、あの赤毛の子供が金髪碧眼の騎士の背に負ぶわれているのを目端に見付けてしまい、これは、本当に。
「不平等だ」