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 「――――アリス」

 「は、はい」


 呼ばれるかもしれない、と覚悟はしていたがいざ来たとなるとかしこまる。

抱え込んだ樹枝の束を抜け落とさないようひしと懐に強く抱きしめ、ぎくしゃくとした体勢で振り返る。

 

 「かのサトゥーン副団長から、申し入れがあった。

  ……お前の後見人になる、と」

 「え?」

 

 ぱちくりと、皺の寄り集まった司祭様を見上げる。

厚い雲が頭上に留まるせいで、司祭様を含め、足元の地面をも薄暗くせしめていた。


 「こうけんにん?」

 「今後、お前の行動を保護する、とのことだ」


 ごほん、とわざとらしい咳払いが響くや、わらわらと周囲にいた孤児たちがてんでばらばらにいなくなった。足早に立ち去る孤児たちは教会へと向かう道すがら、折れた枝を落としていった。まるで道しるべのように。

 

 「……まったく。貴族様、の考え方は理解できん。

  孤児の末来なぞ、この国では決まったものしかないというのに。

  余計な知恵を与え、混乱させるだけ不憫で仕方ないが……」


 冷ややかな視線は、僕に注がれている。

でも、明らかにそれは子供に向けるものじゃない。


 「アリス。精々、可愛がってもらえ。

  どんな手を使ってもいい、でないとお前自身が困ることになる」





 アーディ王国ではあと少しで寒気が訪れる。雪は降らないがそれなりに寒々しいもので、薪はどこの家庭にも需要があった。そして金になる。薄々勘付いていたが、孤児たちが常に働かされるのは孤児院運営費用を捻出するためでもあった。だから、子供たちは不満は言わない。それが当たり前だと年長の子から言われている。


 「それで、これが孤児院の分?」

 「そうみたい」


 新人孤児たる僕よりも先に孤児院にいる小さな子に尋ねてみると、そうだと頷いて見せた。

野菜をしまう場所の外に、山盛りの樹枝は積まれていた。明日は丸太を切る作業をするかもしれない。子供には重労働だが、食べていくには司祭様の言うことは絶対だった。


 「んで、こっちが王都の人に売る分ね!」

 「ものすごく多いね……」

 「でしょ!」


 チビちゃんは胸を張ってふんぞり返っている。

なんだかその姿は、どこか既視感があってふふ、と僕の口は緩む。


 「なぁに?」

 「ううん、その。妹、思い出して」

 「え、アリス、妹いるんだ」


 へー、と感心している声を上げるチビちゃんの眼差しを受け、僕は別の方向を見定めた。

山向こう側にある、いずれ雪が降るであろう国境沿いの村。温かな匂いを思い出し、感傷しきった顔になった僕を察したのは、孤児ゆえだろうか。


 「うん。いたんだ。

  でも、もういない」

 「そう……」


 このチビの二の腕には束ねた枝によって出来た、少々の切り傷があった。





 この孤児院では想像以上に何もない。

薬でさえ自分で手に入れなければならない。森の近くに塗り薬の材料になるものがないか探してみたが、やはり無いようだった。故郷の村と違う気候だ、見当たらない、そういう可能性だって当然のことだった。

 

 「うーん」


 悩んだ。

枕を下に、じっくりと。

このベッドには、書きつけできるものがある。

 (ちょっとした怪我でも、母さんや父さんは心配してくれてた)

 なんでも破傷風、というものがあるとか。未だ寒い気候ではないため、孤児たちには厚手の服が配られていない。また、孤児たちはなんだかんだで暑がりが多かった。渡されてもなんだかんだでベッドの上に置きっぱなしは容易に想像できたが、しかし、ちょっとした切り傷でも手当ができない、というのは問題だと僕は思う。

 (こういう時、リディ、様だったら……)

 どうするんだろう。

すっと、騎士様の優しげな碧眼を脳裏に浮かび上がらせる。と、心がほっこりとゆるやかに温もりを感じた。彼のどこが魅かれると言われれば、まあ、あの瞳だ。次に、性格。短い期間でしかなかったが、あんなにも僕のことを心配してくれた彼に、僕は何もかも話したくて仕方なかった。寄りかかりたい大人、といえばいいだろう。騎士様はきっと答えてくれる。そう、頼りがいのある人なのだ。

 (後見人、だし……)

 確かなんかあったら、って騒がしい人が散々に喋くってたような気がする。 

なら、書いてもかまわないだろうか?

 ごくり、と唾を飲みこむ。

迷惑になるかもしれない、という遠慮は過ぎった。でもこのまま何もしないでいるよりは騎士様に縋るほうが精神衛生的にも良いだろう、と僕は自分自身を納得させた。

 (でないと、僕は騎士様と……リディ様と、

  話をする機会でさえ、手に入れられない……)


 孤児たちが寝静まった夜、むくりと起き上がった僕は手紙を書いた。

 (ええと……)

 月の光を頼りに、僕は字を書く。

久しぶりの、字だ。それも、新品のペンにインクを染み込ませての実践。

 ドキドキと嬉しさと緊張で、でも、しっかりと最初の字を書くことができ、変な油汗をぬぐい。続けて、言葉を紡いでいった。月光にも映える、美しい色味の紙だった。滑らかで、僕の指をさらりとなで上げてくれる紙質はことのほか、僕の心を高揚させてもくれたし、同時に、本当に騎士様が貴族であることを知らしめてくれてそれは少々のがっかりが含まれたが、高位の騎士に好かれている、という社会的事実を噛み締めることができて気分は上々だった。

 幼馴染みであるマジョラムさんが、散々述べていた。

僕を心配していた、と。本当に不安そうに、僕を覗き込む彼の態度は僕を癒してくれた。

 (今度はきっと、僕のことを信じてくれるだろう)

 その予感はあった。


 そうして、その手紙は悩んだ末、窓の隙間に挟みこみ。目立たないように、周囲の孤児たちの目に留まらないところへとなるたけ差し込んでおいた結果、早朝、見事にそれはなかったことに、僕は驚きと同時にほっと胸をなでおろした。

 もしこのことが露見でもしたら、子供たちは大騒ぎをし。

結果的に、司祭様に気付かれるからだ。普段から僕のことは毛嫌いしているような大人だったから、これ幸いともしかすると叩き出されるかもしれない。後見人の所へ行け、と。でも、騎士様は僕が貴族の家にいることを好ましいと思っていないことから、僕はそうなるのは恐れた。いくらなんでも、恩人を困らせたくはなかったから。

 (どんな手を使ってでも……)

 そしてそれは確かに正しい、だけども、と注釈をつけねばならなくなるのは、赤毛の子を再度、この目に入れるときだ。


 「わあ!」

 「なにこれ!」


 子供たちがびっくり眼になるのも当然だ。

生まれて初めて目にする、薬の数々。清潔な布切れもあり、匂いも独特で、おませなおチビちゃんは、


 「クサイ!」

 

 と、大騒ぎだ。

銀色の器具もあり、この孤児院にはさすがに高すぎるものではないかと思わしきものもあったけれど、


 「貴族の考えることは分からん」


 などと、司祭様はへの口をした状態で不機嫌そうにそれらを手渡してきたのだから、好きに使って良いのだろう。朝早くやって来た司祭様は、僕を一瞥してそそくさと立ち去ったが、きっと騎士様が手配したこの薬箱のことを疎ましいと考えている。でも貴族に対して文句を言えないということを理解しているのか、その寵愛を受けていると思われている僕に対し、冷たい視線だけを向けるだけで何も言わない。

 ……居心地は悪いし、他の孤児たちもそのことについて何か感じるものがあるのか、たまに妙な空気を感じるときはあるけれども、でも、これで傷の手当てが出来ると思えばなんてことはない。

 早速だけど、おチビちゃんの二の腕をとって、傷薬の字が書かれてるそれをとって塗りたくった。

 ……すごく不評だった。

 (きゃー、クサイ! だってさ)

 理不尽だ。複雑な心境に陥る。

 でも……、

 (騎士様は僕を信じてくれた)

 それだけは、確かだ。

薬の数々に書かれてる文字を質問してくる三つ編み女子やラビトの質問にあれこれと捌きながら、僕は騎士様への憧憬が高まるのを感じた。会うことは出来なかったが、見守ってくれているのは分かる……。

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