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11<寂しさと、熱と>

 約束通り、やってきた。お菓子が。

騎士様自らのご来訪ではなかったが、運ばれてきたお菓子袋に子供たちの目は大きく見開き、ついで歓声を上げる。焼きリンゴだ。王都ではごく一般的なお菓子で、人数分用意されていた。

林檎はアーディ王国の特産のひとつだ。

甘いお菓子作りにも役立ち、僕の村でもよくよく生えていた。愛すべき食べ物である。

 (……)

 目を輝かせて各々喜ぶ孤児たちをしり目に、僕は自分の分を手に取れば己の領域であるベッドへとひっそりと移動し、お菓子袋を抱えて座る。袋をあけるとふわりとシナモンの香しさが漂い、(ごくりと喉を鳴らしてしまったが、)宝物を眺めるかのように。薄暗い室内で、じっとしていた。


 騎士様は来るといっていたけれど、未だに訪れる気配はない。

日々構えてて、憔悴なんてするはずもなく。やるべき仕事をし、薄味のスープに舌鼓を打つ。孤児院での暮らしなんてものはそういうものだ。

 でもやっぱり、騎士様の言は僕の中で響いた。

 (紛争、かぁ)

 アーディ王国は基本、四方国家と仲が悪かった。昔っから。

父さんが言うには、それでも聖なる国との関係改善が最近とみに見られ、上手くいくかもなあ、なんて。ぼやいていたけれど。

 (生き残るため、か)

 ラベンダー畑から望む王都は、いつもと変化はない。

けれど、騎士様の立場は王族にもっとも近い近衛だ。その騎士様がおっしゃることなのだ、忠告といってもいいだろう。僕のために、騎士様はわざわざそれを伝えてくれたのだ。僕のために。

 自分の身は自分で守らねばならない。

互いに互いを守ろうとする村や家族という共同生活を伴う者がいない僕にとって、騎士様は唯一、僕のことを慮ってくれる人だった。

 けれど、あの方にもきっと家族がいて。

僕は本当の家族ではない。

 (でも! でも…………)

 否定したら、僕はこの世界で独りぼっちになってしまう……。

友達も、近所の人も。何もかもが滅ぼされた村の生まれ、そんな孤児たる僕に、一体なにができようか。父も母も、彼ら自身の詳しい実家の情報については教えてくれなかった。両親は死ぬまで働いていたのだ、出会いからして労働の最中での出来事だったわけだし、あまり期待はできそうもなかった。援助とか、そういったものは。

 (もしかすると、僕のお父さん、お母さんも孤児だったのかもしれない……)

 ふう、とため息をつく。

孤児になってから、本当に僕はため息の回数が増えてしまった。

 (こんなんだったら、貴族の……、下働きでもマシだった)

 保証も何もない身空ってものは、不安に苛まれるものだった。ここまで、僕は頼るもののない存在であったとは。一人にならなければ、分からない真実でもあった。子供ながらに、僕は当時、そのことをしみじみと思い知ったものである。


 孤児の将来性なんて、選択肢は非常に狭いものであった。

女は下働きか、花街。男もまあ、下働き、あるいは力仕事か使い捨て同然の兵士。所詮、頭を使う仕事は与えられず、誰でもできる職業に当て嵌められた。

 今日、一人の孤児が孤児院から旅立つ。

司祭様があれこれと言い、孤児はなけなしの餞別をいただく。この教会はそれなりに国からお金を貰っているものらしいから、そこそこ独り暮らしのための当面費用は得られた。国教教会ということもあるけれど、司祭様は案外と偉い立場の人であったものらしい。

 ……などと、女児が洗濯場で噂し合っていた。

もうこの頃になると、僕だって女子の言動についていけないということを骨身にしみて理解している。


 「アリス、だからね、あの司祭様はこの国の人間じゃないのよ、

  派遣された人なの」 


 ねー、と言い合いながら、彼女たちは手を休めずに桶に突っ込んだ誰かのシャツをぐちゃぐちゃにして、土の汚れをごしごしと擦って落としている。


 「聖職者は皆、この国の人間じゃないのよ。

  聖なる国っていう、聖女様の国から……って、アリスだって知ってるわよね」

 「うん」

 「そう、あの聖女様の国から派遣されたんだって。

  救済日に、近所のおじさんたちが話していたの、聞いちゃったの私」

 

 如才なく仕事をする女子は貴重だ。

特に、この孤児院では早く旅立つ傾向にあった。理由としてみたら、やっぱり花街のせい、だろう。若いほうが早く売れて早くお金を稼げる。孤児院では貧しい暮らしというだけで一応それなりに生きていけるが、服に関しては同じものを着回しだ。子供だから、少しでも成長したら合わなくなるので後続の孤児に渡す。そして、一定の年齢に達したら……司祭様がだいたいにおいて決められるけれども孤児院から出るようにと勧告され、餞別を渡されて孤児院から出立させられる。その循環が起きていた。

 勿論、単純な力仕事だけじゃなく中には商売の手伝いをすることを選んだ下働きの孤児だっているけれども、孤児院とはまた別種の辛い暮らしに耐えきれなくて、花街に身を墜とす孤児も多かった。

 孤児への偏見は世間のほうが根強くあり、救済日に来る大人なんて非常に大人しいものだ、なんて。

それほどまでに教会の外というものは孤児には厳しい。社会に出るとより良くわかる事実であるが他人のとりとめのない悪意というものは、たとえその意志が悪気があってもなくても容易に僕たちの心を抉る。大人に良いように使われ世間の道から外れてしまう孤児もまた多く、社会を不安定にもさせていたので……目の敵にされる孤児だって少なからずいた。

 世間の偏見、とは言いづらい部分もあった。

 (……だから、騎士様、覚えろ、って言ってたのかな)

 でも、それは聖女様のしもべが禁じたことだ。

今度会えたら、そのことについて尋ねたかったが、命令してきた本人が騎士様とつかず離れずの距離でずっといたのだ、僕からしてみれば目の上のたんこぶがずっといるようなもので、本音をひけらかすわけにもいかなかった。もし、この孤児院から出されたら、と思うと身が竦むのだ。大人に嫌われるということは、一介の孤児にはかなり難易度のあることだ。居場所を失う、という意味で。

 僕は、脳裏に、朝、出立した孤児の姿を思い描いた。


 あの子は、これからどういった人生を歩むんだろうか、と。





 その日、僕は喉が軋み。

身体の節々が痛かった。ベッドに横たわり、静かにしていた。幸いというべきか、熱はない。ただ、僕の顔面が蒼白だったから、念のため寝ているようにと司祭様からの指示があった。病名は分からない、ただ、喉にある鈍痛が、多分原因なんだろうことは察している。このままでは確実に熱が出るだろうことは、今までの経験則からして分かっていた。忘れていたけれど、僕は風邪を引きやすい体質だった。

 孤児院ではだいたいにおいて病に関し、医者を呼ぶとかそんなことはしない。

ただ、寝そべって時間を食べ、回復を祈るだけ。他の孤児たちも、たとえ熱が出ようとも同じである。

 

 「良く寝て元気だせよ、アリス」

 「……無理」


 昨日からずっと寝てばかりだ。

眠気なんてものは、僕から遠ざかってしまっている。

 ラビトは困り顔で、


 「司祭様に伝えたんだけどなあ、

  なんか、今忙しいみたいで手が離せないみたいなんだ」

 「……うん、まあ分かってるよ」


 (司祭様がケチだってこと)

 僕がこの孤児院で暮らして分かったことのひとつに、司祭様が思っていた以上に守銭奴だったってことだ。村でさえ、あそこまでドケチはなかなかいなかった。孤児の服でさえ寄付でまかない、それを成長順に順繰りに着回しているほどだ、不特定多数の孤児のために多額のお金を使って王都の医者を呼ぶなんてこと、しないだろうことは予測していたけれど。せめて、民間の薬ぐらい欲しかったし、熱冷まし薬湯になる草だってちょっと畑の脇に逸れれば生えているはず。でも、そんなこと、今更だ。


 「ごほ」


 (あらかじめ刈り取って、日干ししておけば良かったな……)

 こんな孤児暮らしの孤児に、草の形を教えたとしても妙なものが混ざっていそうだ。生まれて初めてキノコ採りにいく人に、あれこれと色や注意事項を伝えるようなものである、知識のない人間に毒と薬の違いを目測だけで教示なんて、もし兄さんに知られたら……。

 (怒られるだろうなあ)

 なんとはなしに、兄の声が耳の中で潮騒のように渦巻いた気がして。

ふふ、と僕は笑う。


 「なに? 何がおかしいの」


 ラビトはビビってたけど、


 「ううん。なんでもないよ」


 誤魔化すことにした。

布団を頭の先まで被り、息苦しい温もりの中に埋もれる僕はどこからどうみても滑稽な孤児だ。僕に触れてくれる人は、もういない。病とは、本当に真実を明らかにする疫病神だ。弱った人間に追い打ちをかけるのだから、たまったもんじゃない。はあ、と吐き出す息は心身を痛めつけるほどに、僕の本音を掻き出した。


 「なんでもないよ、だから……一人にして」


 ぎゅっと目をつぶれば。少しは痛みが半減した気がする。

しばらくの無言ののち、ラビトの遠ざかる足音が聞こえた。疲れを感じ、眠ると思ったんだろう、ぱたんと閉じられた扉の音にほっとする。

 ベッドの密集地帯の部屋に、人の気配は僕だけ。すんなりといなくなり、すとんと寂しさが胸に落ちたけれど。

 (でも、これで良かったんだ)

 微妙な空気になってしまったが、僕だっていつまでも優しくなんてできない。不愉快に苛まれる今日みたいな具合の悪い日だってある。ラビトなら気にもせずにまた、僕と挨拶を交わしてくれるだろう……。

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