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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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盲目のキューピッドの懲罰

作者: 三代川禎
掲載日:2016/09/15

十二歳の少年の美花に、私は愉悦するが、だがそれとても、欲情をそそることにかけて、十三歳の子には、遥かに及ばない。

十四歳の子の花の蜜は、それよりもさらに甘く、十五歳になったばかりの子から得られる悦楽は、なおいっそう大きい。

だが十六歳は、神々のための年齢であり、十七歳になれば、それを求めるのは、ゼウスの為したまうことで、私のすることではない。(「少年愛詩集」四番、吉田敦彦訳)



崩橋夜鍔(くずはしよつば)…………少年。

有明岸城(ありあけきしき)…………青年。


1


「……夜鍔くんって、こういうの好きだったわけ?」

「有明さん。此処は見世物小屋じゃないですから」

どうしてこんなところにいるのだったか。彼は思考を一巡させる。

照りつける日差し。レインコート。日傘。自転車。翠色の国電は、定刻通りに上野へと彼らを連れてきたはず。

「高校生一人と、大学生一人です」

『大学パートナーシップの対象者ですか?』

「ええ」

再び彼の深長な思考回路が現世に戻ってきたとき、彼、有明岸城は既に彼らふたりの割符を求めつけていたところであった。

「ほら、有明さん、学生証」

急かす少年の手にも、ビリジアンの学生証が握られている。いつも通りそれを盗み見て、彼の名前を確認する。


「さぁ、有明さん、行きましょうか」



2



もちろん、彼に特別学があるわけではなかったが、誰もが妬ましく思うくらいには、少年、崩橋夜鍔の魅力的偏執狂的な物言いは素晴らしく衒学的であった。

いや、悪意を以て言えば、彼は知識をひけらかす欲求が人一倍強い人間であった。そしてそのお陰で、いくらでも知識を吸収するようになっていたのだから、分別のついた大人などは、彼のことを特段嫌っていた。


さて、その少年、崩橋夜鍔にも弱点というものはある。いくらでもだ。熱狂的な回避依存者で、恋愛成就には心血を注いでいるようだ、もし彼から恋愛を奪うようなことがあれば、もし彼の交際相手が彼から奪われるようなことがあれば、彼は崩壊すること必至であった。


ああ、断っておくが、彼は同性愛者だし、私のことを嫌っている売春婦だ。私と身体を重ねたことはあっても、これから私と"発展"することは考えられなかった。それは、私がただの醜悪な紳士であったからである。


彼はサルヴァドール・ダリの信奉者であり、アンチ・ダダイストであり、記憶力に固執し、核爆弾に驚臥する人間であった。


……このあたりは怪しい。彼の口から語られた言葉ではあるが、真実ではないかもしれない。


とにかく、彼は詩的であり、アンチ・散文的であり、知識階級であり、学者であったのだ。


つまりは、彼は子供である、という、結論に他ならぬものがここに結実することとなる。


対して、大人はどうかしら。


「例えばだけど、パイディケーというものは情操教育即ち道徳を説くことに他ならぬことであったわけであり、教育は愛を説くことであった、と考えるのが自然だ」


煩いものだ。そのくらい腐るほどおまえの口から聞いたことだろう。

あほうが。


「するとこちらの作品は」

「肉体の触れ合いは僕の考え方の中でももっとも愛を説く上で重要なことだ、なにせ快楽の共有だからね」


その理論は、ローヤル珈琲店でもルノアールでも国電の車中でも東京上空250mでも聞いたことだったが、私は毎回、彼のこの話に付き合ってやったのだ。


何故ならば、彼の話はきまってこう締め括られるからだろう。


「愛のない教育は既に教育ではないのだよ」



3



美術館に足を踏み入れると、地階から駆け昇ってきたのであろうか、紙魚除けと埃の香りが青年を冷たく取り囲んだ。

企画展示《美少年と藝術》は、その地階でやるらしい。ぶるり、と震える夜鍔少年に、

「何か、着るものはないのかな」

と問う。

残念ながら、彼はミニマリストであったし、岸城青年にも、外套の代替品など無かったのであったが、社交辞令だ、昔はよく彼も言われたものなのだ。

『順路はこちらで御座います』

改札員も肌寒そうに、手刀を左袖に隠している。誠に残念なことに、ブランケットの貸出などはサジェストされなかったので、彼はひとつ、手品を夜鍔少年に披露した。



さて、半券を手に企画展への扉を開くと、パネルはギリシア時代のパイデラスティアについて、シンプルに纏めたようだった。

「私も昔はよく、紳士に飼われていたものだ」

今ではその醜悪な紳士に、随分と似てしまったような気がするが。

しかし、気のせいだろう。



4



本来なら、私はこんな場所に来たくはなかった。

それはその醜悪な紳士との因縁の場であるここが、彼を思い出させるからであったわけではなく、よりしつこい理論としては、その《美少年と藝術》というテーマに、彼を奪われるような、或いは少年がするりと自らの手から抜け出てしまうような、その類いの一抹の不安を覚えたからであり、即ち、パトロンを作り、交際相手を作り、奪われ、奪い返し、そして先立たれた美少年の終わりには、相応しいのか相応しくないのか、つまり、この主題で討論される時人は、性のめざめを美少年の終わりとするが、それは醜悪な紳士に成り下がることを目的とした教育のシステムであったこと、それを思い出させられるのである、ということ、さらに、美少年の終わりは教育期間の修了を意味し、その後彼らはイカロスの翼を以て太陽に焼き尽くされなければならない、墜落死して見本と過信に対する反例を見せつけなければいけない、そういうことに、私、有明岸城は恐怖を覚えていたのである、ということになったかと思われるが、それら過程が完璧に終了していたこと、それに気づいたのがこの場所であったからなのである。


私のパトロンも、私のパートナーをも、僕は殺したのであるということを、そして、僕自身を殺したはずだということを、僕が知った場が、此処、であったからなのである。



5



しかし、一つ目の絵は、イカロスの奢りの誕生であった。

「さっきの説明とはちょっと違うような」

「そうかな、教育は訓示から始まったのだから、強ち的外れでもない」彼はイカロスの、蝋に造った翅を彼に着せてから、「夜鍔くんや、なぜ人は訓示を行うのか?」


訓示というものは大概、説明をつけることにより、これ以上の興味を消し去ることに目的がある。

少年は少しばかりの思案の後、

「子供を自己に投影しているから?」

そう答えた。

「では、自己の痛みを消すために、教訓を自己だけでなく、子にも戒すのか」

「えぇ、僕だったら」


「私だったら、君に訓示しよう。若さとは力の代名詞ではなく、力が若さの代名詞であることを」



6



イカロスは与えられた翼を、与えたものに灼かれて死んだのだ。



7



次に彼らの前に現れたのは、素晴らしきアンティノウスの胸像であった。

「古代世界最高の美少年ですね」

「高尾の呪いだね、ただ後世に美少年が生まれなかっただけだ」

「彼の死には疑惑があるとかないとか」

ぐるぐる、反時計回りに胸像を見込む彼ら。

「もし、彼の美貌を永劫のものにしたい、という妄執に駆られた殺人であったとしたら?」

「カリギュラは彼ではなく、石の美貌に惚れていたのでしょうか」


「惚れるだなんて、そんなものじゃあ、ないと思うけどね」



8



私は妄執に駆られていた。

いま、ここで夜鍔少年を殺してしまえば、夜鍔少年の美貌は保存されるかもしれない。それは永遠の命を得た記憶のバイナリとして、この記憶を上書きできる、そう、一瞬でも信じてしまったせいであった。

即ち、


彼を二度殺してしまえば、この永劫は引き裂かれるのではないか、という救いであった。



9



濡れたキューピッドが、艶めかしいその肢体を隠している。

「なぜ、キューピッドに恥があるのかな」

「キューピッドはもと神々だったから?」

「いや、彼には、キューピッドにはね、ある使命があったからなんだ――」



10



一度決めたら、行うは易いことだ。



11



「常設展示は、見ていかないのかい?」

「ええ、まだ回りたいところが沢山ありますし」

そう言っている夜鍔少年は、しかし、満足したようには見えなかった。

「どれがお気に入りだった?」

私が問を投げかけてみると、彼は顎に手を当て思案したのち、

「――――――――でしたか」

「そうか、僕も同じだよ」



12



一通り懺悔を済ませて、僕は、やはり、こうなるのか、そう思った。

迷いではなかった。諦めでもない。むしろ、もっと、高尚なものに身体を委ねる感覚であった。

それを、人は運命と呼んだのかもしれない。



13



「夜鍔くん」

僕は、彼を呼び止めた。

それが彼に、どれほどの恐怖を与えただろうか、僕は想像もできなかったが、しかし、このつもりで持ってきたわけでもないのに、ナイフだけは鋭く、思考を保ってくれていた。

つまり、彼を逃がすことはなく、勘付かれることもなく、彼の瞼の自由を奪ったことになるのだ。

彼は、一歩たりと足が動かなかった。

僕の目は、しかし次第に、彼のことを、捉え続けることが難しくなっていった。しかし、


14



これで、よかったのだ。



15



「有明さん……? 有明さん!」

遠のく意識にくちづけをした、魂の残響が、僕の救いだった。

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