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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
7/41

第七話 帰還と報告




 みんなに嫌われてたらどうしよう。

 そんな子供みたいな……ある意味年相応な悩みだが、それは翌日の朝に吹き飛ばされることとなった。


 俺やセレナを保護し、食べ物や寝床を提供してくれているこの下宿屋。

 直訳すると『度量を大きく、小さなことは気にせず行こう』という名前の宿なのだが、字体的に四字熟語で表現すると『磊々落々』といったところか。

 確かにすばらしい器の大きさだ。

 少なくとも、早朝に転がり込んできた子供二人を受け入れられるだけの度量がある。


 受付のお姉さんを看板娘とした宿で、彼女の名前はイーナという。

 おやっさんの名前は知らん。


 俺たちが下宿屋に辿り着いた後の話だ。

 イーナは、俺たちを大雑把に治療し、個室の一つに突っ込んだあと、すぐに術導院に向かった。

 迷子センターに、迷子のお知らせを届けに行ったらしい。

 術導院はそういう告知もしてくれるのだ。

 手数料はしっかり取られるようだが。


 その時、イーナは『五歳の少年』に関する捜索願が出されているのを見た。

 もしや俺のことか、と思ったものの、俺と一緒にいた『同年代の獣憑き少女』の記載がないことから、彼女は迷子のお知らせを保留し、いったん宿屋に戻り、俺たちから詳しい話を聞くことにしたという。


 一応、その捜索願に対する参考意見的なのは残したらしい。

 それっぽい男の子を保護したけど、情報にない女の子が一人くっついてるよ、どうなんです?といったものだ。


 すでにセレナにはいくつか質問したようだが、ただ首を振るばかりだったそうだ。

 じゃあもう一人の男の子が目を覚ましたら話を聞こう、と。


 そんなわけで今に至る。

 小さな丸テーブルを挟んで、椅子に座った俺とお姉さんが向かい合っていた。

 隣では、セレナが十二個目のパンをもぎゅもぎゅと食べている。


「それで、そこらへんどうなのかな、トゥエルくん?」


「どうも何も……」


 そういうことは、もうちょっと早く言って欲しかった。

 孤児院が俺を探してくれていることを知っていれば、無駄にネガティブな思考に陥ることもなかっただろうに。

 セレナのなでなでによるヒロイン化の危機に晒されることだってなかったかも……いや、それは別にいいか。

 セレナのほっぺに付いたパンくずを取り除きつつ、俺はイーナに答える。


「たぶん、シェイラ母さま……孤児院の人が探してくれてるんだと思います」


「……エルくん、孤児院の子だったの」


「はい」


 にこやかな顔が一転して、可哀想なものを見る目になったイーナ。

 その目には捨て子に対する一方的な哀れみの色がある。

 少なくとも俺は、あの孤児院に、シェイラに引き取られて不幸だと思ったことはない。

 なのでぶっちゃけ余計なお世話だ。


「セレナちゃんも、同じ孤児院に?」


「はい」


 即答すると、隣からぽとりと音がした。

 セレナがパンを取り落としていた。

 彼女の垂れ目が、驚いたように見開かれて俺を見ている。


「える……」


「彼女も、俺たちの家族です」


 ゴリ押しで攻める。

 セレナのことについて深く考えている時間はなかったので、正直、これは俺の身勝手なわがままにすぎなかったりする。

 彼女にだって帰る家だってあるだろうし、いずれ別れなければならないだろう。

 ……が、まあ本音を言うと、俺はセレナと離れたくないのだ。

 少なくとも今はまだ。

 先に断っておくが、好きになっただとか、唾を付けておきたいだとか、そういった意図はない。

 ただ無性に、なんとなくだ。


「シェイラさん、だったかしら? あなたの保護者が探していたのは、君一人だったように思うのだけど」


「セレナは俺よりずっとしっかりしていますから、大丈夫だと思ったんでしょう」


「……しっかりしてる、ねえ」


「そりゃもう。俺なんか足元にも及びませんよ?」


 ゴリゴリと押して攻める。

 もっとも、嘘は一切言っていない。

 セレナはしっかり者だ。

 足手まといを連れて夜通し歩き抜く体力と気力。

 宿の手伝いを進んで行う行動力。

 他人を気遣える心。

 主観を抜きにしてもセレナはしっかり者だと断言できる。

 前世の幼少期の俺より間違いなく優秀だ。


「ふーん……」


 イーナは両肘をつくと、観察するような目で俺を見た。

 もうそういう視線には慣れた。

 無理に子供っぽい振る舞いをするよりは、気付かれない程度の素でいた方が精神的負担も少ない。

 それに気付いてから、俺はあまり年相応の行動を取らなくなっていた。

 言葉も年上・目上の人には敬語が定着してしまったぐらいだ。


 イーナのジトッとした目線。

 俺は素知らぬ顔をしてお茶をすする。


「え、える……」


「ん?」


 ふと、セレナが服の袖を引っ張ってきた。狼耳がぺたりと寝ている。

 これは『こわいの来る』の合図だ。

 まあ適当だが。


 が、その直後___大砲のような音がして宿屋のドアが開いた。

 部屋の全員がドアの方を見る。

 やべえマジでこわいの来た。

 セレナは飛び上がってまたパンを落とし、俺の後ろに隠れた。


「……エル? エルッ!」


 謎の闖入者は、俺の名前を叫びながら猛牛のような勢いで突っ込んでくる。

 途上の机も椅子も吹っ飛ばしながら。

 なんだこの化け物は。


「どう、どーう、止まれレイチェル! 客に迷惑だろうが!」


「うぐえっ」


 しかしそいつは、すぐに誰かに首根っこを掴まれ、潰れたカエルのような声を出しつつ止まっていた。

 その後ろから顔を出したのは、柔軟で冷静な判断力に定評がある十一歳のイケメン。


「……本当にトゥエルだな。よかった」


「はい、エルですよ、ダン兄さま。おはようございます」


「おはようって……ケロッした顔しやがってこの野郎。心配したんだぞ」


 暴走少女を引きずりながら、ダンは安心した表情でこちらに来る。


「ダン兄、ぐび、首、ぐるじいっ」


「レイは少しぐらいエルを見習え。エルの前ではお淑やかにするんじゃなかったのか?」


「あ、馬鹿、それをここで言うなぁっ!」


 レイチェルはじたばた暴れてダンの腕から逃れる。

 俺の前ではお淑やかに、というのは、妙に大人びてる幼児から年上の威厳を奪還しようと画策していたということか。

 大人びてるも何も、実際こちらは二十歳を超えた大人だ。

 勝ち目は薄いと思うが……頑張れ。


「うぐぐ……な、何よ、その目は! 子供は黙って私に世話を焼かれてればいいの!」


「はい、そうします」


「ほらぁそういうとこっ! 何その落ち着きは! 全然子供らしくないじゃん!」


 ずびしと俺を指差すレイチェル。

 指で人を指してはならない、ということを教えて差し上げるのは、この場面に限っては悪手だろう。

 なので肩を竦め、それを見たレイチェルが更にむきーっとなったとき、


「お、みんな来たみたいだぞ」


 ダンが鼻を鳴らしてそう言い、宿屋の入り口の方を見た。


「みんなですか?」


「ああ、術導院の張り紙見つけた瞬間、レイが一人で突っ走り出すもんだから、俺は急いで後を追って……ま、俺たち二人だけ、こうして先に着いちまったわけだな」


 他の孤児院の子も、俺を探すのを手伝ってくれていたということだろうか。

 それはなんというか、ほっとする。

 今朝の負の思考を思い出すと余計に。


 と、宿屋の扉をくぐって入ってくる人影が見えた。

 まず男子が、孤児院最年長のお二人、バイロンとコナリー君。次いで、よく俺と一緒に剣を振るロルフ、影の薄いガストン、元気なトミーとその親友クレイ。

 続けて女子が、子供たちを取りまとめるリーダー的存在のケイリーとヒルデガルト、剣も魔法も器用にこなすハリエット、ボクっ娘のエルシリア、力自慢のちびっこミシェル。


 ぞろぞろと群れをなして宿屋のスペースを埋めていく孤児院の子供たちを見ながら、俺は口をぽかんと開けていた。

 ……いや、ちょっと待ってほしい。

 孤児院の年長の全員が出張ってくるとか、どういうことだ。


「え、みんな何しに来たんですか」


「お前を探しに来たに決まってんだろ。物の見事に空振ったけど」


「……俺のために、孤児院の全戦力駆り出したんですか?」


「ああ、あとシェイラが術導院のコネ使って騎士団一つ動かそうとしてたな。孤児院の借金がまた増えるとこだったぞ」


 何やってんだ聖母。

 どんだけ大規模な捜査網を敷こうとしてたのだろうか。

 俺一人だけのために……。


「……あはは」


 嬉しかった。

 あれだけ悩んだ後なのだから尚更に。

 だが、なぜか心が感情についてこなくて、俺は困ったような顔で笑った。




 いきなり大所帯になったせいで、イーナは大慌てで椅子の補充に行き、セレナは俺の隣でそわそわしていた。

 やがて日が少し昇り、他の客が仕事で出て行ったあとだ。


「……それで、エル。奴らに攫われたあと、どうやって逃げてきたんだ?」


 ダンが本題を切り出した。

 その頃には、みんなから無事の帰還を祝福され、俺はもみくちゃにされた後だった。

 特にレイチェルは、俺の負傷を見るや否やなりふり構わず服まで剥いて手当てしようとしてきた。

 お姉さんっぽく振る舞おうとしているのが微笑ましい。


 まあ、その後。

 服を脱がされかけたことが傷に触って、俺が痛がると、セレナが飛び出してレイチェルを吹っ飛ばしていたが。

 先ほどまで両者とも髪を逆立てつつ、天敵同士のように睨み合っていたところだった。

 先ほどダンの調停により一時休戦協定を結んでいた。


 もうちょっと時間がかかるかと思っていたが、セレナも少しずつ孤児院メンバーの中に馴染んでいた。

 最初は俺の背中に隠れてばかりだったが、レイチェルの暴走が刺激になってくれているようだ。

 このまま自然な流れで孤児院に拉致すればこっちのもんである。

 考えてることがタチの悪い人攫いみたいな感じになってるが気にしない。


 さておき、本題に移るとする。

 男子七名女子六名、全員分きっちり用意された椅子の中に、ちゃっかりイーナが混ざり込んでいるのが少々気になる。

 致命的になるような嘘もついていないし、聞かれてもいいだろう。


「えーとですね……」


 ちらりとセレナを見た後、俺はとつとつと話し始めた。


 袋詰めにされて攫われたあと。

 檻に入れられてから、セレナと出会って、一緒に脱出したことなど。

 無論、どうやって扉を開けたのか、などの話は避けて通れないところだ。

 だから、この場で見せることにした。

 普通の魔法を。


「___『我、火の精霊に願う。闇夜照らす仄かな光を我が手に宿せ《灯火》』」


 みんな驚いていた。

 驚いてからすぐ、その声は歓声に変わり、俺を褒める言葉に変わっていった。

 話を進め、魔物を倒した多重魔法を見せると、また感心の声が起こる。食いついてきたレイチェルにセレナが頭突きをかまし、再び撃退していた。

 人攫いを殺害した部分は話したくないので飛ばし、俺が使い物にならなくなった後のセレナの有能っぷりを褒めちぎった。

 セレナもみんなにもみくちゃにされた。

 怪我が見つかり、レイチェルに回復魔法をかけられていた。

 俺も回復魔法を使ってあげると、みんなは再び穴が空くような視線で俺を見た。

 またもみくちゃにされた。


 話の中で、セレナの頑張りが評価されると俺は自分のことのように嬉しくなった。

 しかし___自分が褒められると、表面上は嬉しそうな顔をしつつ、心の中ではそれを冷めた目で見ている俺がいた。

 これはいったいどうしたことだろうか。


 達成感も何もなく、もやもやとした霧を心に引きずりながら俺は喋り続けた。




 大体話し終わった後。

 みんなの関心の矛先は、俺の魔法に向いていた。

 五歳で下級魔法全般を使えるということは、やはりそれなりにすごいことらしい。

 俺は今、これまでに習得した魔法をみんなに実演していた。


「魔法お手玉とかできますよ。ほら」

「うおー……すげぇ」

「いつも魔法教本持ち歩いてると思ったら、こんなことできるようになってたのか」

「属性、全部使えるんだ。すごいねぇ」

「いやちょっと、意味分かんないんだけど。私、全属性習得したの、つい最近……」

「お前天才だな! 俺ほどじゃねーけど!」

「トミー、孤児院じゃ魔法一番下手じゃん」

「なんだとぅ!?」


 早口詠唱で四属性の操作系魔法を発動する俺に、みんなは大はしゃぎである。

 騒いでいないのは、バイロンやケイリーら年長たちと___俺もか。

 未だに、不可解なモヤが心を包んでいる。

 みんなに褒められて、素直に喜べない自分が居座っている。

 うーん……よく分からない。


「あーもう、あんたたち! そろそろ騒ぐの止めなさい!」


 そんな俺を尻目に、年長の子は相変わらず頼りになる。

 無秩序の化身と化した子供たちを実に手際よくまとめていくケイリーや、


「イーナさん、うちの子を預かってくださりありがとうございました。お礼の方を」


「いーえ、私が助けたわけではないですし、お礼なんてそんな」


「あー……そうですか?」


「や、ヒルデ、せめて宿賃は払っておこう」


「そうだね。じゃ二人二日分出します」


 コナリーとヒルデガルトは財布から銅貨を数枚出し、イーナに渡していた。

 完全に俺たちの保護者だ。


「エル、詳しく話してくれて助かった。院の方に報告してから、もう一度迎えに来るよ。そしたら一緒に帰ろう」


 最後にバイロンがそう言い、俺の頭を軽く撫でてから、彼は一人で宿を出て行った。


 ふう、と一息ついてみる。

 とりあえずこれで、一件落着だろうか。


 色々考えながら話していたので、ちょっと疲れてしまった。

 いつの間にか日も高くなり、そろそろお昼の時間に差し掛かりそうだった。

 子供たちも、俺が魔法を消すやさっさと思考を切り替えて一度宿を出て昼飯を食べようという話をしていた。俺も誘われたが、まだ体が怠いのでお断りした。

 ついでに、


「セレナちゃんも行かない? お昼」


「……んーん」


 と、狼少女も小さく頭を振った。


 セレナは俺の傍から離れようとしない。

 ずっと、肌のどこかしらが触れるぐらいの至近距離にいる。

 個人的にこの親密感は大歓迎だ。

 が、俺に依存してしまったり、対人恐怖症になってしまわないよう、これから少しずつケアしていかねばなるまい。


 騒がしい子供たちが出て行ったあと、俺はセレナの顔を覗き込む。


「みんなと会って、どうだった?」


「……うるさかった」


 それは主にレイチェルのせいだと思う。

 セレナは小首を傾げて俺を見る。


「える、いつも、みんないっしょ?」


「うん」


「いっしょ、たのし?」


「退屈しなくて楽しいよ」


「……うー」


 セレナは顔をしかめてしまった。

 そういえば俺一人で勝手に話を進めていたが、彼女は孤児院へ行くことに否やはないのだろうか。

 時間がなかったせいもあるが、聞くべきことを聞いていなかった。


「セレナは、お母さんとお父さん、いる?」


「……うん」


「帰りたい?」


「……」


 彼女は黙ったまま首を振った。

 虐待されていたのか、奴隷として売られたのか、帰りたくない理由は分からない。

 しかし、帰らないと聞いて、何故かほっとする自分がいた。

 俺も依存しかけているのかもしれない。

 ちょっと気を付けとこう。


「それじゃ、孤児院行くか?」


「……」


 あれ?

 また首を振った。


「えーと……」


「……」


 言い淀む俺に、セレナはのそのそと近寄ると、俺の手をぎゅっと掴んだ。


「える、いっしょがいい」


「お、おう……? 俺と一緒がいいの?」


「……ん。わたし、える、ずっといっしょ」


 あらやだプロポーズ?

 まだ俺と同じぐらいなのにおませさんね、などと思った直後に、気付く。

 よく考えたら、俺もさっきのみんなと同じ孤児院に住む一員だとはっきり言ったことはなかった。


「えっとな、俺も孤児院に住んでてな」


「じゃ、いく」


 食い気味の即答だった。

 攻略完了という文字が脳裏に踊る、そんな自分が少し嫌になるが、彼女と離れずにすむのは素直に嬉しかった。

 俺が笑うと、セレナもふにゃっと笑った。



 

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