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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
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第六話 ヒロイン:俺?



 それからすぐ、俺たちはその場を離れた。

 巨大なつららのような魔法は、手を下ろすと粉々に崩れ、ガラスの粒のように虹色の光を反射しながら消えていった。

 腹に風穴が空け、血だまりの中でびくびくと痙攣する男だけが後に残っていた。


 今の、正体不明の魔法の行使で、俺の魔力は枯渇したようだった。ひどい頭痛でまともに歩けない。

 今はセレナが先導を務め、俺の手を引いて進んでくれていた。

 足がもつれて何度も転びそうになった。

 ふと繋がれてない方の手に、ぬるりと妙な感触を得た。見てみると、明かりのない夜の中で、黒々とした液体が手にこびり付いているのが見えた。

 胃を突き上げるような吐き気を必死で抑えて、俺はそれを服で拭った。


 人を殺してしまった。

 この世界で、人殺しはそれほど珍しいことでもない。

 シェイラの授業を盗み聞きしたとき、自分が死にそうな状況や、盗賊などに襲われた場合は迷わず反撃しろと言っていたのだ。

 国の法律でも、正当防衛を肯定する内容が書かれていたはずである。

 しかしやはり、前世の倫理観を受け継いでいる俺には少々抵抗がありすぎた。

 例え、殺さなければ殺されるという状況であったとしてもだ。


 ていうか、五歳だぞ、今の俺は。

 人生の試練にしても早すぎる。

 中身二十歳超えてんじゃんというツッコミは受け付けない。


 せっかく、ようやっと詠唱なしでの魔法に成功できたかもしれないのに。

 頭は痛いし、気分は最悪のどん底だ。

 そんな情けない俺の背中を、セレナがぽんぽん叩いてくれている。


「だい、じょうぶ。だいじょうぶ」


「……おう」


「私、ここ、いる」


 なんだこの子。

 幼少にして大人を気遣えるとか、どんだけ良い子だ。

 俺はセレナの手を握り返した。


 彼女の存在を柱に、俺はなんとか崩れずに歩き続けることができた。



 やがて、夜が明けた。

 木々の隙間から、金色の光が差し込む。

 眠気と吐き気が混濁して脳内がひどいことになっている。

 前後左右の感覚すらおぼつかない。


「……! える、えるっ」


「ん、あ……?」


 狼少女はぱたぱたと尻尾を振っていた。

 元気なものだ。

 抱き枕にして眠りたい。


「あれ!」


 ごろごろする目をぱちくりさせ、セレナの指を辿って先を見る。

 ……街だ。

 もう戻ってきたのだろうか。


「あと、すこし。える、がんばって」


「……ああ」


 正直、野宿を覚悟していたのだが、夜通し歩いてきた成果か。

 セレナは早足で歩き出した。

 彼女に半ば引きずられるように、俺もまたのろのろと足を動かした。



 そこからの記憶はほとんどなかった。

 狼少女と、街の外周を囲う柵のところまで行き、気付けば、俺たちはくたびれた感じの下宿屋の戸の前にいた。

 戸を叩くと寝ぼけ眼のおっさんが出てきたが、俺たちを見るや慌てて家に引っ込んだ。

 門前払いかと思いきや、おっさんは若い娘を連れてすぐに戻ってきた。


 そして……また記憶が途切れ、今度は俺はベッドの上にいた。

 何だか、体がふわふわする。


「……セレナ?」


 すぐ横で、狼少女が寝息を立てていた。

 あどけない顔で体を丸め、時折耳をぴぴんと動かしている。


 俺はしばらくぼんやり宙を見つめていた。

 頭の中は眠気でいっぱいだが、なぜか意識は現実に引っかかって停滞していた。

 ふと、彼女の尻尾が目に入った。

 初めて見たときは、きれいな流線型の形をしていたのだが……何だか少し、形が、変になっている?

 こう、尻尾の先端が、斜めに切り落とされてしまったような感じだ。


「……」


 もしかすると。

 木の上からジャンプして、男の剣から俺を庇ってくれたときに、斬られたのか。

 俺に覆いかぶさるように落ちてきたから、尻尾が取り残されて斬撃に巻き込まれた可能性は高い。

 タイミング的にも際どかったはずだ。


 彼女がいなかったら、俺はここまで逃げてくることはできなかったろう。

 それどころか、多分死んでいた。

 誰だ、足手まといだなんて言った馬鹿は。

 俺だよちくしょう。


 しかし、彼女を檻から出してあげたのは、他の誰でもない俺である。

 これでおあいこ、ということにしよう。

 これで相手は『恩を返した』立場となり、こちらは体裁を保つことができる。

 俺も都合のいい人間だな。


「……ありがとな、セレナ。お疲れさま」


 目覚め始めた街の様子を窓から眺めつつ、俺は狼少女の尻尾を撫でていた。




 ***




 それからいつの間にか眠り込み、目覚めてみると、夕方だった。

 ぼーっと地平線を眺めてみる。

 異世界の夕陽は沈まず昇るのか……などと考えたあと、んなわけねぇと我に帰った。

 夕方ではなく、朝だった。


 夢も見ないで熟睡してしまったようだ。

 おかげで頭の芯から響く頭痛も消えたようだが、代わりに肉体の方が深刻なエネルギー不足に陥っている。

 腹が減った。

 血が足りないとはまさにこの感覚だろう。


 妙にふわふわする頭を引きずりながら階下に降りてみると、人がたくさんいた。

 何やら飯を食っている。

 昨日……なのか一昨日なのか、時間の感覚があやふやだが、誘拐されたばかりなだけにちょっと警戒して身構えてしまう。

 まあ、宿を利用してるただのお客さんだったようだが。


 ひとまず、受付のカウンターみたいなところで、退屈そうに髪弄りをしていた女の人のところへ行ってみる。

 ……カウンターより背が低いせいで、気付いてもらえない。


「おねーさーん」


「ん? ……あら、目が覚めたの!」


 両手をぶんぶん振り回してみたところで、ようやく気付いてもらえた。

 彼女は一瞬驚いた表情を浮かべてから、俺の目線に合わせるように屈み込み、俺の顔やら腕やらを触り始めた。

 ちょっと待って、この人まさかショタ……いや、違う。

 今ごろになって気付いたが、俺の体には、全身にかけて包帯が巻いてあった。

 そういえば鞭で打たれたりしたっけか。


「具合はどう? 何か食べる?」


「はい、おかげさまで元気です。助けていただいたようで、ありがとうございます」


「へ……」


 女性のにこやかな顔が固まった。

 怪我の世話までしてもらったということからか、お礼の気持ちが先行して子供のふりをするのを忘れていた。

 まあいいか。


「差し支えなければ、何か食べ物をいただけないでしょうか」


「さしつ……え、ええ良いわ、食べる物ね」


 余談だが、この世界にも丁寧語や謙譲語は存在する。

 日本の古語みたいな、あれほど複雑な言語体系ではないにしろ、やはり身につけるにはそれなりの時間がかかった。

 ……なんで身につけようと思ったんだっけか。

 まあいいか。

 今の彼女の百面相を見れただけでも、勉強した甲斐があったというものだ。


「それと、あの、獣憑きの女の子はどこにいますか?」


「あの子なら、裏で水汲みのお手伝いをしてくれてるわ。とっても働き者ね」


『マジで!?』


 また女の人が不審げな顔をした。

 今のは日本語だったな。

 驚きのあまり、また素が出てしまった。


「ちょうどよかった。あの子を呼び戻してきてくれるかしら、一緒にご飯にしましょう」


「あ、はい」


 幸いにも女性は何を聞いてくるでもなく、カウンターに何やら札を立て、ぱたぱたと裏に消えてしまった。



 裏口に続く廊下を歩く。


 俺が一日も寝込んでいたのは、魔力の枯渇が原因だ。

 とはいっても、魔力切れの症状にはいくつか種類がある。一気に使えば失神、少しずつ使って切れたら軽い頭痛。

 俺は前者に近い状態だったため、失神に近い強烈な頭痛に見舞われたというわけだ。


 幼児の身には少々負担が重かろう。

 しばらく寝込んだのも仕方ないことだ。


「うぅー」


 裏庭で、顔を真っ赤にして水の入った桶を運ぶ狼少女。

 仕方ない……とはいえ、俺が寝ている間もこうして一人で働いていたのかと思うと、やっぱりちょっと申し訳なかった。

 俺はセレナに駆け寄った。


「片側、持つよ」


「!?」


 前の世界のサッカー部では、一年のころ、マネージャーが大量の水を入れたジャグを運ぼうとする時は必ずこうして手伝うようにと徹底して教えられた。

 マネージャーは支えるのが仕事で、選手はそれにプレーで応えるのが仕事。試合に出れない一年はその分働かねばならない。

 泥臭い理論だが、嫌いではなかった。


 今回も同じ感覚で手伝ってみようとしたのだが、相手が手慣れたマネージャーではなく狼少女だったのが悪かった。

 彼女は驚いて桶を取り落とした。


「……ぁぅ」


「ありゃ……ご、ごめん」


 水をもろに被ったセレナは、泣きそうな顔で俺を見上げた。



 風魔法『軽風』と火魔法『暖熱』の複合魔法でドライヤーの真似事をし、セレナの体を乾かしてから宿に戻ると、受付のお姉さんが食事を用意してくれていた。

 焼きパンと野菜スープという素朴な朝ご飯セットだ。


「ごめんなさいね、こんなものしかないのだけれど」


 宿の客にお代わり自由で提供しているものらしい。

 無償で提供してくれているのだ、文句を言うつもりはない。


「いえ、ありがたくいただきます」


 そう言って席に着く。

 お姉さんがまた面白い顔になっていたが、俺はセレナの方を見ていた。

 彼女はじっと食事を凝視していた。


「どった?」


「これ……食べて、いいの?」


 なるほど、典型的なパターンのやつか。

 あの人攫いの連中、もっかいぶん殴りに戻ろうか、などと冗談半分に考えたところで、昨日の串刺し事故を思い出した。

 一気に食欲がなくなった。


「……一緒に食べようぜ、セレナ」


「! ん!」


 努めて記憶を頭の隅に押し込めながら、俺はセレナと一緒にパンにかぶりついた。


 一回食べ始めると、あとは食欲も気分も関係なく、体が勝手に動いて次々と胃に食べ物を放り込んでいった。

 セレナは、やや遠慮がちにもくもく食べているようだが、人の目もはばからずガツ食いしていく俺と対比すると何だかお上品な食べ方に見える。

 それを見て若干食べるペースを落とす俺。

 周りに影響されすぎか。


 顎を動かすと、頭が段々冴えてきた。


 先ほど思い出してしまった嫌な記憶に連鎖して、詠唱なしで発動できたつららのような魔法を思い出す。

 氷……のような物質に見えたが、おそらく違うだろう。氷なら発動後、あんなポリゴンみたいな何かに分解されつつ消え去ったりはしない。

 融けて水になるはずなのだ。

 氷でなくても、他に現象を仮定できるような性質を持つ属性はない。


 どの属性にも当てはまらない謎の魔法。


 それを、俺は詠唱なしで発動できた。

 地水火風の魔法ではできなかったことが、謎の魔法ではできた。

 なぜなのか。

 今は、まだ分からないことだ。

 分からないが、便宜上、あの半透明の魔法の名を『白魔法』と呼ぶことにした。

 詠唱破棄と並行して、今後練習していかねばならないだろう。


 五つ目のパンに手を伸ばすセレナを見て、また一つ思い出したことがあった。


 孤児院のみんなだ。

 ついでに、誕生日会のことも思い出す。


 せっかく俺を驚かそうと計画してくれたのを灰燼に帰してしまったのは、俺のせいではないが、悪いことをした気分だ。

 今まで祝われていた子たちの例を見れば、今回も食事やプレゼントなど色々と用意してくれていたのだろうと思うが、みんな心配してるだろうか……。



 ……。

 いや、もしかしたら。


 幼児なのに妙に知的で不気味、と思われていたかもしれない。


 誕生日会は俺なしで滞りなく終了。

 こう、俺がいなくなっても孤児院の雰囲気は変わってなくて、戻ってきたら『え……』みたいな空気になって。

 けれどみんな、すぐに表情を取り繕って、おかえり、どこ行ってたの、心配したんだよなどと次々と声をかけてくるのだ。

 笑顔の仮面をかぶりながら。


(あー……久しぶりの負の思考回路だ)


 前世でも、こういう馬鹿な考えに囚われることはよくあった。


 孤児院は良い人ばかりだ。

 俺のことをそんな風に思ったりはしない。きっと今も探してくれているはずだ。


 だが、どうしても___前世の暗い思い出は拭えない。

 部活の連中も良い奴ばかりだったのだ。

 しかし俺は下手くそで、俺がいるだけで試合の雰囲気が悪化したこともある。

 だから、孤児院では、できるだけ迷惑をかけないように良い子にしてきたが、逆にそれが裏目に出てしまっていたら……?

 三歳のころ、祝ってもらえなかったのも、それが原因だとしたら?


 ……はぁ、とため息をついた。

 ふとした時に陥るこの思考回路は、なんとかしたいものだ。

 まるで自分が周りの人間を信頼していないかのようで、嫌になってくる。


「とぅえる」


 もう少し胃の容量に余裕があるが、食欲はすっかり失せてしまった。

 食べかけのパンをいじりながら黙っていたが、セレナに名を呼ばれたとき、自分が酷いレベルのかまってちゃんオーラを出していることに気付く。

 これはあかんと表情を取り繕う。


「おう、どした?」


「……ん」


 セレナは椅子をガタゴト動かしてこちらに近寄ると、俺の頭に手を乗せた。


「いいこ」


「……」


「いいこ、いいこ」


 なでなでされた。

 もう違う意味で泣きそうです。

 ヒロインは俺だったのか。


 そんな光景を、微笑ましそうな顔で見守る受付のお姉さんが見えて、俺は恥ずかしさでいよいよ顔を赤くした。



 

 

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