第五話 『脱出劇』
ヒロイン登場。
高位の魔物は稀に、濃い魔力を内包する人を苗床にして子供を作ることがある。
子供は、魔物の特徴を備えた人の姿として生まれ落ちる。
そうした者たちは『獣憑き』と呼ばれ、親の魔物の『眷属』とされる。
別段迫害などの対象にされているわけではないが、強い魔力、また身体能力も優れていることから、しばしば奴隷商人などの目標にされることがあったため、独自のコロニーを築いて外部から身を守っている。
おそらく彼女の出生に関連することで、俺が知っているのはこれだけだ。
純白の毛に覆われたとんがった耳や流線型の尻尾を見ると、たぶんキツネか、オオカミあたりの獣憑きではないかと思うが。
さておき、このまま時間を無為に過ごすわけにもいかない。
話の切り口を作っていこう。
「俺の、名前は、トゥエルです」
一言一言はっきり聞こえるように、区切りを付けてそう言ってみる。
「エルって、呼んでね?」
少女はぷるぷる震えたまま動かない。
「そっちに、行っちゃダメ、かな?」
「や」
すげなく拒絶された。
また頭を抱えたくなったが、その時、出し抜けに天幕が上がって男が入ってきた。
何かまずいことをしていた訳でもないが、唐突すぎて心臓が喉あたりまで飛び上がるくらいビビった。
「よう」
その声を聞いた瞬間、女の子が一層震え始めた。
一瞬、この男をぶっ飛ばして安心させようかとも思ったが、
(……いや)
袋に入れられて運ばれる最中、考えたことを思い出し、ぐっと我慢する。
逃げるための算段が立っていない今の状態で、こちらの手の内を明かすのは、余りにもハイリスクすぎる。
よし、まだ、思考は冷静に動く。
「……また彼女を叩くの?」
「お? なんだお前、ずいぶん落ち着いてンな。泣き喚いてるかと思ったが」
いかん、子供のふりするの忘れてた。
が、男はそんな俺を怪しむでもなく、ただ見下ろしながらニヤニヤするだけだった。
見かけ通りの鈍さだ。
「ハハ、そうさ、俺はこれからそっちのガキを叩かなきゃなんねえ。話してもらわにゃぁならんことがあってな」
「……こ、怖がってるみたいだし、今日は、叩かないであげても、いいんじゃ?」
「ああん?」
男は片眉を吊り上げた。
それから、我が意を得たりとばかりに笑みを深める。
「ウハーハ、お前、いっちょまえにヒーロー気取りかよ」
「そ、そうだ! この子は俺が守るんだ!」
「ハハ、ハッハハ、ウハハ!」
調子を合わせて叫ぶと、男は腹を抱えながら笑い出した。
機嫌取りは上手くいってくれたようだ。
お前に免じて今日は見逃してやるぜ!とか言ってお帰りください、と心の中で半分祈るような気持ちになっていると、
「うっひひ、いいぜ、じゃ、代わりにお前をぶっ叩いてやろうか」
……そうきたか。
いやまあ、もう半分では予想してたが。
早口で一言二言呟く俺に、男はゆっくりと手に握った短めの鞭を振り上げる。
「この鞭はな、色んな奴の血を吸ってるぜ。どいつもこいつもみんな、最後にゃギャンギャン喚いてたなぁ……お前も、その中の一人になってみるといい、ぜっ!」
そして、男は勢いよく鞭を振った。
空を切った鞭が、やや俯き気味にしていた俺の首筋を打ち据える。
「うぁああああああああっ!!」
「ひゃーはは、いいねえ。ほら泣け!」
「い、ぎぃああああ!」
そのまま鞭は何度も振り下ろされ、俺の服をボロボロにした。
俺は地面を転げ回りながら叫び、がくりと膝をついて倒れ、また叩かれて、また叫んでじたばたと手足を喚かせた。
鞭が肉を打ち据える音が響くたびに、獣憑きの女の子が悲鳴をあげていた。
やがて、男は少し息切れしつつ、満足げな声で言った。
「はぁ、はぁ……思い知ったか小僧? これに懲りたらもう、ヒーローごっこなんざ止めるこったな」
そして高笑いしながら出て行った。
男が完全に出て行ったのを確認してから、俺は体を起こした。
「はぁ、ふぅ……あー痛かった」
服はあちこちが引き裂かれ、その下に血のにじんだ肌がてらてら光っている。
あれは五歳児にぶつけていい威力ではないと思うが、しかし、大の大人が振るったものにしては軽傷のようだ。
割とマジで痛かったので、叫びながら転がり回ったのは演技ではないが。
というのも。
鞭で叩かれる寸前、俺は土魔法で、全身の皮膚を硬くさせていたのだ。
下級土魔法『硬化』は、体の一部分だけ細胞の結合を強め、局所的な防御力を高める。
これのアップグレード版が中級土魔法『硬質化』であり、体中の細胞間結合を強化して肉体そのものを強靭化させる。
が、中級はどれも詠唱が無茶苦茶長い。
それはつまり、魔力を流す回路が極めて複雑であることを意味する。
発動までに十数秒はかかるのだ。
実際、俺は『硬質化』の詠唱を暗記できていなかったし、鞭が振るわれる前に詠唱が完了できたとも思えない。
世の中、そんなものだろう。
本当に必要なとき、必要なことを行えるだけの時間があるとは限らないのだ。
こんなこともあろうかと、色々と工夫してみた甲斐があった。
体の一部分を硬くする『硬化』の局所的な効果を引き下げて、代わりに硬化の及ばせる範囲を広げるという応用で、俺は『硬化』の魔法を改変することに成功していた。
つまり、魔力消費と強化度合いを軽くした軽量版の『硬質化』だ。
短い詠唱で全身の防御力を底上げすることができる。
その分硬度はかなり弱まったが。
魔力の流れの『交差点』や『曲がり角』の順番を組み替え、ある程度魔法の効果を上書きする方法を編み出した俺の勝利である。
名付けて、魔法改変とでも言おうか。
渾身のドヤ顔。
これは努力の賜物として誇りたい。
「あ、あ……ごめん、なさ」
などと一人で満足感に浸っていると、後ろから声がした。振り返ってみたら至近距離に少女の顔があった。
びっくりして体を仰け反らせる。
「うお。……いや、これぐらい大丈夫、つ、つば付けとけば治るって」
なんというド定番の台詞。
転生から四年も経った今でも、こんなのが咄嗟に出てくる辺り、俺の頭もかなり厨二に毒されているようである。
……今更か。
しかし、これは予期せぬ展開だ。
少女の方から近付いてきてくれるとは。
身を呈してまで守った甲斐があったというものである。
「……つば……ぺろぺろ」
「うへぇああ!?」
いきなり首筋を舐められ、変な声が出た。
つ、つばってか直舐めですか。
これも予期せぬ展開だが、ちょ、ちょっと嬉しいというより、こそばゆいです。
「もっも、もういいよ、てか色々待って」
「……治った……?」
少女は顔を離し、不安げな表情で俺の顔をじっと見た。
頭の上のとんがり耳がへにょっている。
ああ、なんかもふもふしたい。
「ん、ん、治ったよ、君のおかげで。うん、ありがとうね」
「……よかっ、た」
ふにゃりと愛らしく微笑む少女。
好感度がちょっと上がった気がする。
今なら聞けそうだ。
「えっと。君の、名前は?」
少女は垂れ目の瞳で俺を見つつ、少しだけ首を傾げて、答えた。
「……せれす、てぃな」
「セレスティナか。いい名前」
もふもふとセレスティナの頭を撫でる。
彼女はふわりと尻尾を振った。
***
俺は大雑把に脱出計画を練った。
セレスティナに話してみると、最初は『行っちゃうの……?』と泣きそうな顔をされたが、俺と一緒に来るかと聞くと首がもげそうな勢いで頷いてくれた。
ちょっと好感度上がり過ぎじゃないか。
まあ、懐かれて悪い気はしないが。
しかしながら、彼女の存在は、脱出計画の成功率を下げるどころか引き上げてくれるものだった。
セレスティナの持つ魔物の力。
どうやら狼の魔物の『眷属』であるらしい彼女は、視覚、嗅覚、聴覚といった五感が優れている上、運動能力にも秀でる。
怪我をしているが、体を動かすのに支障はないようだった。
それにしても痛そうな傷だ。
回復薬アイテムでもあれば使ってやりたいところだが、この世界には飲んでマッスルポージングすれば体の傷が瞬く間に癒える謎の即効性薬剤は存在しない。
治療魔法はあるにはあるが、あくまで肉体の回復力を補助するだけのものである。
しかも、その増強した回復力は、負傷者の体力から賄われるため、傷は治ってもしばらく動けなくなるぐらい体が怠くなる。
傷が軽ければ、その副作用も軽くなるが、重いと、逆に体力が先に尽きて死んでしまったりする。
この辺りは地球の医学と同じだ。
というか、一般のファンタジー世界で使われる治療魔法が便利すぎるのだ。
俺も回復魔法は使えるが、傷が深いならまだしも、これから少なからず体力を使おうというのに、幼児の貧弱なスタミナを削ってまで治そうとは思わない。
というわけで、俺たちは見るからに痛々しい姿のまま脱出計画を実行に移した。
「セレナ。あいつらは?」
「……近く、いない。大丈夫」
あと、セレスティナはちょいと長いので、略して呼ぶことにした。
親密度を上げるための選択肢が脳内に浮かび上がったとかそんかエロゲー的思考が働いたわけではない。
即座に浮かんだのは『ティナ』だったのだが、なんとなく小説脳な自分が嫌で、少しばかり捻って『セレナ』になった。
どうでもいいな。
「じゃ、始めるか……『我願う、土よ』」
三年間で上達させた詠唱短縮。
起唱により土魔法の魔力の流れを起こしただけだが、ここからは術唱なしだ。
記憶にある通りの魔力の流れをそのまま腕に再現していく___術唱を行ったときよりはるかに早く、魔法が発動する。
こんな状況では、短縮詠唱の意義が薄そうだが。
檻に出入りする唯一の扉、その真下に土を出現させ、上にもこもこと押し上げる。
さほど時間はかからず、蝶番のピンが上に抜け、扉は外れた。
「わぁ……」
セレスが目をきらきらさせている。
まあ、減るものでもない。
存分に見てやってくださいな。
こうして積み重ねた努力を他人に見せて、感心してもらうことで、俺はささやかな達成感を得られる。
そしてそれはモチベーションに繋がる。
今の俺は、できる男だ。
「セレナ、人の数と位置を教えてくれ」
「……あっち、一人。あっち、一人。えと、あっち、三人……たばこすってる」
セレナは『うぇ』と顔をしかめていた。
生体レーダーかこの子は。
「よし、じゃこっちだ」
俺たちはそろそろと進んで檻を出た。
誰もいない方向の幕をそっと持ち上げ、外を覗いてみる。
どうやらもう夜のようだが、キャンプファイアのような炎柱が視界の端に見えた。
念入りに見回し、人がいないのを確かめてから、思い切って外に出る。
幼い頃は、こういうかくれんぼ的な遊びもよくやったものだが、下手すれば命がかかっているだけに心拍数の増加がひどい。
(くそ、やばい心臓バクバクだ。落ち着け、落ち着け)
ここからの行動は迅速さが求められる。
俺は『我願う、風よ』と唱えて、右手に風魔法を励起させた。
発動させるのは消音の魔法。空気の振動を低減させる。
同時、左手で『我願う、水よ』___結界のように広がる消音の風に乗って、白霧がふわふわと立ち込め、周囲を覆い隠す。
気圧差で長くは残らないから、何の痕跡も残らないはず。
ちょっとした複合魔法だ。
「よし、走るぞ!」
「……ん」
セレナの手を握って、俺は走り出した。
その後、セレナの勘を頼りに、人のいない方向へできるだけ早く進んでいった。
俺からすればほとんど手探りで進んでいるようなもので、どこに誰が現れるかと心臓を跳ねさせながら走っていた。
だが、予想に反して本当に誰もいない。
光源は『灯火』で確保しようと思っていたが、星明かりが割と明るく、木が群生して光が届かないところでも、セレナは夜目が効くため、全く問題にならなかった。
誘拐犯たちのアジトは、山の中腹で木々を切り拓いた場所にあるようだ。
想定の範囲内だが、正直に言うと、俺は今まで地理はまったく勉強してこなかった。
せいぜい、孤児院周辺の地図をうっすら覚えている程度だ。
非常に悔やまれる。
孤児院帰ったら地理も勉強しよう。
で、俺たちは今、山の道無き道をとにかくがむしゃらに進んでいる。
ふんわりとしか覚えていないのでひたすら不安だが、確か山は、オルレアンの街の前門から見て左に広がっていたはずだ。
孤児院から街に行くまでの道中で見たのを覚えている。
大まかな位置を把握した時点で、脱出計画を二段階目に移行したい。
ある程度距離を稼いだら、また魔法を使って風の向きを調べて、山谷風を辿って街を目指す。
夜の山谷風は谷方向へ吹くのだ。
物書きだった頃の豆知識だ。
まあ、山谷風の原理があやふやなので、不安が残るようなら狼少女の嗅覚に頼る。
なおざりな計画である。
だが進むしかない。
俺たちは必死で走り続けた。
そして___そのとき、全く唐突に、俺は考えていなかったもう一つの脅威に直面することになった。
魔物だ。
「セレナ、下がって!」
小型の犬のような魔物がいた。
おそらく百獣級。
俺の指示で、セレナは一目散に逃げ出してすぐ後ろの木の上に登った。
いや、そこまで逃げなくても……。
「『我願う、火よ!』」
短縮詠唱で右手に火を生み出した瞬間、犬の魔物が飛びかかってきた。
かなり速い。
俺は右手を突き出し、魔法を射出しようとする。だが仮にも相手は百獣級、小さな火の玉一つでは倒し切れない。
だから___俺は左手も構えて、
「ぬん……っ!」
もう一つ火球を作り出し、両手を合わせて二つの同じ属性魔法を合体させた。
短縮詠唱で魔法発動の高速化を行うことで初めて可能になる、その名も『多重魔法』。
同じ魔法の魔力回路を重ねて、出力を大幅に増大させる。
既存技術である短縮詠唱とは違う___俺が自力で編み出した、魔法を極めるための第一歩。
ネックなのは、複数の魔力回路をほぼ同時に描き出す必要があることだ。許されるタイムラグは一秒以下。
魔力回路は両腕に二つ作れるきりなので、『多重』と言いながら今は『二重』が限界だったりする。自分一人で頭を捻った末の成果なので色々と残念な技だが、威力だけは自信がある。
その威力は、単純な倍加ではなく、累乗化し、より強力な一撃と化す。
「グゥルルルァァ!!」
そんなことをしている間に、魔物は目の前まで迫っていた。
がぱりと開いた顎から唾液が伝っている。
やばい、間に合うか。
「うわぁああ!?」
尻餅をつきながら前に手を突き出す。
手のひらを焦がす熱量が前方に発射され、犬の顔面に直撃した。
犬は俺の真上を跳び越え、地面に頭から突っ込んだ。
普通の『灯火』の魔法だが、多重魔法で強化された炎は瞬く間に魔物の全身に及び、体中を舐め尽くす。
犬はしばらくじたばたした後、ただの炭の塊となってばたりと倒れた。
「……はぁ、はあ、ふう」
何気に初戦闘。
奇跡的に勝てたようだ。
時間にして数秒に過ぎなかっただろうが、精神力をものすごく消耗した気がする。
俺はその場に座り込んだ。
脱出途上で出くわす魔物の存在は、頭から抜け落ちたかのようにまったく考慮していなかった。
幸いと言うべきか、もし追っ手に会敵した場合の戦いのシミュレートはしていたので、魔物にはスムーズに対応できたが。
だが、次もこう上手く行くとは限らない。
まっすぐ突進してきたから、正面に魔法を撃てばよかった。
さっきのは運に恵まれただけだ。
ひとまず、少し休憩しよう。
けっこう疲れている。
休んだら……現在地の把握と、街の方向を調べ直すのと、誘拐犯と魔物の位置確認。
他にもやることはたくさんある。
前の世界の小説では、適当に逃げた方向に街があったり、そもそも逃走描写がなかったりと、それほど大変なイメージがない。
あくまで俺の先入観だが。
まあ、幼少時代に攫われるケース自体がまず少ないだろう。
それを差し引いても、逃げるってのは大変なことだ。
地理の確かな知識がなければ、逃走経路も組めないし、敵の姿が見えないまま逃げるというのは想像以上に心身を削られる。
正しい道かも分からず、ただ自分の力と、セレナの力を信じるしかない。
けれど、もし。
もし逃げ切れなかったり、逃げてる方向が街と正反対で、遭難したら……
「……ふう」
小さく息を吐く。
落ち着こう、深呼吸だ。
逃げる途中で疲労が極限に達した場合、こういう負の思考に陥るだろう、ということは考えていた。
胸の中に芽生えた不安を抑え込む。
俺の後ろには、セレナがいる。
不安要素を考えるのはいい。それが行き過ぎて逃げ腰になってはダメなのだ。
魔法を、知識を、経験を活かしてこの場を凌ぎ切るのだ。
気合を入れてこう。
「……あれ? セレナ?」
と、そのとき、狼少女がいつまで経っても木から降りてこないのに気付いた。
どうしたのだろうか。
高いところに逃げたけど降りられないとか、そんな、猫じゃあるまいし……
と、その時だった。
「妙に落ち着いてやがると思ったら、魔法具でも持ってやがったか、クソ坊主」
唐突な男の声。
ゆっくりと振り返ると、俺を鞭で撃った男が、息を切らしてそこに立っていた。
月の光で浮かび上がるその顔に、もう笑みはない。
……まあ、追いついてくるだろうな、とはうっすら思っていた。
何しろ俺たちは幼児、歩幅も絶望的なまでに小さかったし、いくら休まず走ったところで全然進んだ気がしなかった。
どうするか。
魔法は……どうやらバレてしまったようだし、正面戦闘は間違いなく不利___
「手こずらせやがって……もういい、てめえは、用済みだ。ぶっ殺してやる」
___思考が停止した。
殺される可能性があると分かっていたはずだ。なのに、うなじにチリチリするような悪寒は何だ。
あの目は本気だ。
これから殺人をする覚悟を決めた人間の、殺気のこもった目。
やばい、やばい……早く、考えないと、俺は死ぬ。
そんな思いが掠めるそばで、男はすでに剣を振りかざし、駆け出していた。
俺は震える足で後退る。
思考回路は戦闘モードに切り替わったが、あまりにも遅すぎた。
魔法が使えることは知られてしまった。
下級魔法は、単発当たりの速度は草野球の投球程度のものだ。それは多重魔法にしても変わらない。
分かっていれば躱せる。
俺の手札は封じられたも同然なのだ。
「わ、我……『我願う、土よ!』」
「うおおぁっ!?」
ほぼ無意識に、左手から放った岩石。
男はつんのめるように前へ転がり、それを避けていた。
ほら、やっぱりダメだ。
これでもう終わりかと思った。
ただ、なんだろうか。
体の方は、諦め切れないとでもいうのか、迫り来る脅威を排除するべく、魔力の操作を止めようとしない。
呪文も唱えていないのに、次は右手に魔力が集まる。
今までにない量、今までにない速度。
何の属性を、どんな形で発現するか、それすらも明確に分からないまま。
しかし、男の剣の方が速かった。
右手を前に向けた時には、もう目の前に刃が迫っていた。
「こ、の……死ね!」
そして、俺は___
「___いやぁーっ!」
真上から降ってきた、何か柔らかいものに押し倒された。
どぐ、と重い衝撃が腹にくる。
肺の酸素を全て絞り出される感覚。
と同時、男の剣が空振り、ガツン!と鈍い音と共に木の幹にぶつかった。
はらはらと、何か純白の毛の束のようなものが宙を舞った。
俺は腹の上に重いものを乗せたまま、地面で仰向けに転がった状態で上を見ていた。
男が、木の表面に食い込んだ剣刃を引き抜こうと踏ん張っている。
ここだ。
と、反射的にそう思った。
「う、ぉお、おっ!」
右腕を跳ね上げ、ただ叫んだ。
それは呪文ではなかった。
肺に酸素はほとんど残っておらず、ただの掠れ声が出た。
だが、魔力は通す。
集めていた魔力のありったけを、まとめて吐き出す。
強引に強引に、火でも水でも風でも土でも何でもいい、ただ敵を倒せれば___
___瞬間、何かが体内を突き抜けた。
突き出した腕に。
途方もなく重い手応えがあった。
「……ご……ぶっ」
俺の手のひらから飛び出した、半透明の、巨大なつららのようなものが、男の土手っ腹を貫いていた。
大正義ケモミミ。