第三十八話 修羅場
前話の後書きでお話ししましたが、物語の設定変更に伴い、勇者のスペアは今回の投稿でひとまず完結とさせて頂きます。
非常に中途半端な形となりまして、申し訳ありません。
エルフィア第二孤児院の上階の一室。
そこでセレナは剣を抜いていた。
「ちょっと待て、誤解だ」
目の前には、目を泳がせまくっている少年が一人と。
半裸になった青いショートヘアの少女が一人。
傍には、手入れの行き届いた受け入れ準備万端のベッドが一つ。
犯罪の現場だった。
「……言い訳ならきこう」
「せめて言い訳を___あれ、聞いてくれんの?」
「あの世で」
「ちょっと期待した俺が馬鹿でした」
セレナの姿が一瞬ブレた。
ゴォンという、巨大な金槌で鉄床を叩いたような重い音が響く。
少女が驚いたように身を竦める。
彼女に襲いかかろうとした変態狼に鉄槌が下されたのだ。
目に残像すら残らないような勢いで剣を叩き込まれた少年。間違いなく死んだものと思われた。
……茶番はさておき。
結論から言ってしまうと、トゥエルは今回に限っては無実(女性の下着を覗くクズ野郎なので断罪されるのもやむなし)なのだが、セレナの一撃は問答無用で彼を吹き飛ばしていた。
床が抜けそうなほどの脚力で踏み込み、少年に向けて全力の斬撃を叩き込んだのだ。その剣閃を凌ぐことができる者は、この国にいない。
先日、首都ヴィランズにて行われた闘技大会で図らずもそれが証明されたばかりであった。
___ただし。
それもいくつかという例外を除けばの話である。
「うー。本当に容赦ないな。殺す気かよ」
ちょうど彼もその例外の一人だ。
吹っ飛ばされて体ごと壁にめり込んだ少年は、しかしいつも通りの口調だった。
バキバキと穴を広げながら抜け出して、こきこきと首を鳴らす。
重量級の魔物の突進に轢かれたような勢いでぶっ飛んだはずなのだが、出血はおろか、傷一つない。まるで体が鋼にでもなっているかのようだった。
「疑われるようなことをする方がわるい」
それを不思議に思う素振りもなく、セレナもまた剣を鞘に収めていた。
まるでこれが日常だと言わんばかりのやり取り。
その通り、二人にとってはこれが普通だ。
ついでに彼らは、これが常識と少しズレたスキンシップであることも分かっていた。
しかし、第二孤児院での暮らしに慣れてきたがゆえに、傍らの少女に気を配るのを怠った。
___青髪の少女は歯をガチガチ鳴らしていた。
恐ろしく怯えていた。
問答無用で剣を振るったセレナに、ではない。
彼女が凄まじい剣の腕の持ち主であることは知っている。
自分と同じ、平凡な人間だと思っていたトゥエルの方にだ。
彼女の名前はリリーという。
今日、クルミアの目の前で熊の一撃を受けて吹っ飛んだ少女である。直前でトゥエルの狙撃が熊の気を散らしたことで、脳震盪程度の怪我で済んでいた。
トゥエルが濡れ衣だったということは、すなわちこの状況を作り出したのは彼女であるというに他ならない。
命を救われたことをきっかけに。
リリーは前々から考えていた計画を実行に移そうとした。
流れはこうだ。
何かお礼をさせてくださいと言って体で迫る。
トゥエルは悦び、リリーには既成事実ができる。
この伝手を使って、第一孤児院に行けると考えたのだ。
その理由は、また後ほど分かるだろう。
奴隷として、リリーは男が何をされたら悦ぶかを教えられた。
無論、助けられたら誰にでも体を許すわけではない。
この一ヶ月で、トゥエルが信頼できる人物であることは分かった。
食事であんなに満たされたことはなかったし、二度と外れないと思っていた首輪まで外してもらった。
年齢は自分と同じくらいで、体もまだ成長途上。
リリーが見てきた男の戦士は、屈強で怖かった。
力で組み伏せられ、抵抗できないまま蹂躙されるのは想像するだけで恐ろしい。
その点、トゥエルはいい感じだ。
端的に言うと怖くない。一発殴れば勝てそうだった。
だからこそ、そういうことをしてもいいかなと思ったのだ。
……思い違いも甚だしい。
あのセレナの一撃を真っ向から受けて無傷。
一瞬で魔物を両断するような剣撃を受けてなお。
無傷だ。
ピンピンしている。
何らかの魔法を使った素振りもなく。
一度、シェイラさんに二人のことを聞いてみたことがある。
手に負えないと言っていた。
その時の苦笑いの意味が今なら分かる。
トゥエルに強気に迫ることができたのは、彼が自分と同じひ弱な人間族に見えたからだ。
中身はまったくの別物だった。
獣憑きと渡り合えるほどの実力者なのだ。
第一孤児院にいるという他の仲間も、これほどまでに強かったりするのだろうか。
屈強な戦士より恐ろしく見えてきた。
得体の知れないということが、こんなにも怖いものだとは知らなかった。
もしかしたら、あの時偶然にも熊に落ちてきた雷は、彼の魔法によるものだったのかもしれない。
晴れているのに雷なんて、変だと思ったのだ。
もし機嫌を損ねたら、あの魔法で、熊と同じように首を吹っ飛ばされるかもしれない。
「……それで」
「あー、うん。これな。俺も説明してほしいんだけど」
偏見と先入観だけで安易に迫ってしまったことを少女が全力で後悔したのと。
奇しくも、セレナとトゥエルの視線が彼女に注がれたのが同時だった。
全身の震えが止まらなくなった。
「あ、あ……」
「えっちょ、おい、うわっ」
「……」
リリーは刺激臭のする液体を股から垂れ流し、気絶した。
「……さいてー」
「俺のせいなのか!?」
ついでに、孤児院の壁に人型の大穴が一つ増えた。
***
俺は自室のベッドに腰掛けていた。
多重魔法の『硬化』で防いだとはいえ、獣憑きの馬鹿力で二回も殴られると骨がイカれそうになる。
あくびを噛み殺しつつ、俺は鼻っ柱をさすって調子を確かめていた。
しかし、何だったんだろうか今のは。
目の前で少女がすっぽんぽんになり、そして失禁するに至るまでの記憶を辿ってみよう。
熊の死体を焼いた後。
孤児院に帰投し、さあレッツ首輪破壊……というのもなんか微妙な雰囲気だったので、俺は自室にいるから、首輪を壊してほしい人から部屋に来いと言ってその場は退散。
部屋に戻って数秒もしないうちに幼女の大名行列が扉の前に完成した。
そりゃ首輪なんて物騒なもん、できるならすぐにでも取り払ってほしいに決まっているか。
そうだ。
首輪を破壊したのだった。
しっかり全員分。
色々と試行錯誤してきたが、これでようやく目標達成である。
正直無理なんじゃないかと思い始めたところだったので、本気で嬉しい。
一回目は何てことないように破壊したが、首輪の破壊にはかなりの集中を要する。
というのも、俺がまだ『魔力承』という技に慣れていないのが大きい。
先述したと思うが、この技は『魔力の流れを見る』というものだ。
別名『感覚魔法』。
魔法であれ魔道具であれ、この世の物理法則にはほぼ必ず魔力が関わっている。しかし、魔力とてただ存在するだけで何らかの作用を及ぼしているわけではない。
魔法は『魔力回路』を組み上げることで発現する。
つまり、魔力は特別な『流れ』を形作られた時にのみ、初めて効果を表すのである。
この辺はフレミングの左手の法則に似ている。
x軸方向に磁界、y軸方向に力を加えれば、z軸方向に電流が流れる。
それが地球という世界の法則である。
有名な電磁砲なんかはその法則に基づいて作られた。
同様に、この世界の法則が体系化されたものが魔法なのだろう。
要は、魔力の流れを知ることで、それがどんな魔法で、どんな作用をもたらしているのかが分かるということだ。
具体的には、この世界の剣士が訓練する『気配察知』を視覚化したような感じである。
視覚化といっても、実際に目で見るわけではない。
むしろ目は閉じなければ『視えにくい』。
珍しくシェイラの説明の歯切れが悪く、最初はできなかったものの、習い始めて五日目、魔法陣を操作する時とほとんど感覚が同じだということに気付いた。
一つ違うのは、操るのが自分の魔力ではなく周りの魔力であるということ。
魔法陣のように魔力を放出するのではなく、周りの魔力を自分の中に取り込むのだ。
取り込んだ魔力が体に馴染めば、自在に操作できる。
シェイラはこの『魔力の取り込み方』の説明に難儀していたのだ。
なるほど確かに分かりにくい。
呼吸で酸素ではなく窒素を取り入れろと言われてる感じだ。
まあ、放散置換を並みの魔法使いより練習を重ねてきたこともあってか、割と簡単に習得できたのだが。
ちなみに、体内の魔力と体外の魔力とでは質が異なるらしく、取り込んだ魔力を操作しても魔法は使えなかった。
俺の少ない魔力量を補えると思ったが、そう簡単にはいかないらしい。
こうして魔力承を覚えた俺は、奴隷の『首輪』を外すべく様々な試行を重ねてきた。
が、そのどれもが失敗に終わった。
俺が魔法陣で首輪を量産できたので、シェイラが一人で解析していたときよりはずっと効率よく実験ができたが。
無理やり外そうとしては爆発し、真っ二つに叩き割っては爆発し、魔力回路をいじっては爆発し。
アフロヘアーが板についてきた。
単純な構造ゆえに、下手な小細工が通用しなかった。
そうして一ヶ月が経過。
この頃シェイラは外の用事でも忙しく、俺は一人で試行錯誤を繰り返していた。
首輪の破壊のヒントを得たのは一つの魔法現象だ。
有利属性と不利属性の『相殺現象』である。
首輪の内部では、爆発魔法を起動させる魔力回路がある。
普段は楔で遮られているが、楔を引き抜くか、首輪本体を破壊すると、魔力回路が繋がって魔法が起爆。
爆発なのだから当然火の魔力だ。ならばと水魔法でキャンセルできないかと思ったが、魔法の相殺とは実際に発現した魔法同士が衝突することで起きる。
相殺するには起爆させてから水をぶつけなければならない。
首が飛んだ後に消火したって意味がない。
しかし俺は諦めなかった。
魔力自体を相殺することはできないかと考えたのだ。
結果から言うと、可能だった。
魔法陣の要領で水の魔力を首輪の楔から送り込み、首輪内部の火の魔力の魔力回路を辿っていく。
それだけだ。
回路を最後までコピーしたところで、火の魔力も水の魔力も消滅した。
試しに首輪を破壊してみても爆発しなかった。
拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
火の魔力に、ただの水の魔力を当てても変化はない。
この現象のミソは『火の魔力回路』に対して、逆さまに構築し直した『水の魔力回路』をぶつけることであるようだ。
ちょうど実像を鏡像に重ねるように。
俺はこれを『相殺魔法』と名付けた。
魔力承と合わせて、これから色んなことに応用が利きそうな技である。大きな収穫だ。
……話が逸れた。
にまにまと緩んだ頬を引き締める。
あれだ、頑張った成果を人に見せびらかしたい子供の心理だ。
だって頑張ったんだもん。
そりゃもー頑張った。
少しくらい語らせてくれたって良かろう。
慣れない魔力承、しかし破壊すると言った手前引くに引けず。
持ち前の魔力操作任せに少女たちの首輪を千切っては投げ、千切っては投げと破壊していく俺。
泣いて喜ぶ子や感謝する子。
抱きついてきた子もいた。
まあ、鼻の下が伸びまくったのは否定しないが、それ以上の事は何もしなかったし、起きなかった。
最後の子が来るまでは。
リリーという青い髪の少女が、首輪を破壊したらいきなり服を脱いだのだ。
あろうことか下着をつけていなかったため、文字通りの全裸。
すっぽんぽんである。
目が点になるとはまさにあのことだろう。
折悪しく、ちょうどその時にセレナが帰ってきた。
修羅場とはまさにあのことだろう。
自分の中でも何がどうなっているのか整理がつかない間に頭をホームランされた。
下の方の玉をホームランされなくて本当に良かった。
二回もかっ飛ばされたら男として一生のデッドボールだ。
しかし、うん。
ここまでの経緯を振り返ってみたが、何も悪いことしてねえな俺。
「……結果、壁に大穴を二つ、と」
そうは言っても、風穴は勝手に塞がってくれたりはしない。
また、子供の責任を取るのはいつだって大人だ。
頭を抱えたシェイラが見てて気の毒だった。
「とりあえず土魔法で塞いでおきましたが」
「ちゃんと継がないと周りの壁も劣化しちゃうから、修繕は必要なのよ……」
俺の椅子に座ったシェイラは、ぐったりと背もたれに体重をかけ、盛大なため息をついた。
そういえば、第二孤児院は奴隷用施設を改装したものだったか。
当然、新しく壁を張り替えたりもしたはずだ。
それが一年もしないうちにぶち抜かれては、ため息の一つも出るだろう。
俺は悪くないのだが。
「まあ、壁のことはいいわ」
「そうですね。あの子……リリーがなんでこんな暴挙をしたのか___」
「リリーも後回しよ」
……まあ、理由を聞こうにも、あの子まだ気を失っているしな。
セレナがいきなり俺をぶん殴るからだ。
普通の人間ならスプラッタになるところだ。
あんな馬鹿げた膂力は、身内に向けるものではない。
別な場面で活用するべきだ。
「まずは野盗の連中をとっちめるわ」
そう、例えば野盗相手にとか。
言い訳等は活動報告にて述べさせて頂きました…。
お目通しくださると幸いです。




