第三十六話 アンジェの日記
大変長らくお待たせして申し訳ありません。
卒業期編に入ります。
エルの孤児院での物語はこの編が最後になるかと思います。
またメンバーが少し入れ替わりました。
***
最悪の誕生日祝いだった。
これで私、一応十三歳で孤児院最年長なんだけどな!
なのになんですか?
ノエルとシノンはまた術導院の男子と喧嘩してアザだらけだし。
アレクは相変わらずスカート捲りに来るし。
後、ルロイはいい加減妹離れしてくれないと困る。トイレにまでついてくのは流石にない。
イリスちゃん半ギレしてたよ……。
フェオドールにはそろそろ常識を教えないとダメだ。
もはや孤児院が保たない。
エルとセレナに至っては一ヶ月前に『第二』に行ったっきりで帰ってこない。
どんなサプライズを用意してくるかちょっとワクワクしてた自分がバカみたいだ。
何をしてるのか知らないけれど。
さぞかしお楽しみなんでしょうねえ!
まったく、どいつもこいつも。
ミーナもカルラもまだ孤児院に馴染めてないのに、他人事だと思って何もやらない。
反対にウリエラは非常に元気がよろしい。
今日もアレクと一緒に台所を引っ掻き回してくれた。
無論昼ご飯はお預けだ。
最終的にクロウが色々収めてくれたから助かったけど。
シェイラ母さんがいないと、こうも無秩序極まるものだろうか。
……いや、元はと言えば母さんのせいだ。
エルフィア第二孤児院を開設し、シェイラ母さんがそっちの運営に移ってから、もうすぐ三年になるか。
幸い、あの異次元の喧嘩以降、エルとセレナは爆発する兆しを見せていないけれど、もしその時が来たとして、二人を止められるのは母さんだけだ。
ルクは恋人ができたとかで全然帰ってこなくなったし。
今度こそ孤児院が更地になりかねない。
だってのに、母さんったらもー。
巻き添え食って死んだら一生呪ってやるんだから。
更地と言えば。
例の『更地の魔女』がまたうちを訪ねてきた。
一昨日、昨日と続けて三日連続だ。
どうやらエルに用があるみたいだけど……あんな可愛い女の子と、いつの間に知り合ったのやら。
そうそう、最近のエルはやたらとモテる。
こないだも、クエスト中に見かけた手負いの女戦士を背負って下山したとか何とかで、女戦士の人がわざわざお礼に来た。
端的に言って、あれは惚れてたと思う。だって目がハートだったもの。
ショタコンはちょっと……とか言って断ってたけど。
セレナがいるのに、エルも罪な男ですこと。
とはいえ確かに、彼は男前になった。
見た目は幸薄そうな男の子のままだけど。
今は「院長」ではなくなり、何かと指示を出すこともなくなって……そう、静かになった。
静観するようになったのだ。
話を振られたとき、初めて「ん?」と反応を示す。
それでいて、無気力というわけでもない。やるべきことはさらりとこなす。
相変わらず抜けているところもあるけど。
良い意味で消極的になったというか、言わば最強のサポート役って感じである。
私が安定してパーティリーダーを務められるのも彼のおかげだ。
と、そんな感じで一皮剥けたエルは、女子にえらい人気だ。
正直、私と同じ年代とは思えないほど静かで、自然で、大人びていて……不気味なくらいだ。
確かにあの落ち着き方には、身を預けたくなる。だって何でもやってくれそうなんだもの。
まあ私はエルより___
日記に書くことじゃないなこれ……。
差し当たって、三年目の観察日記を書こう。
エルのことはちょっと書いちゃったし、ざっくりでいいや。
・トゥエル
まだ帰ってこない。今日で一ヶ月。
銀髪の女の子をはじめ、フラグを乱立させている模様。
穏やかで、頼りになる雰囲気を醸し出しているが、パンツを覗く日課だけはいつまで経っても止めない変態。
……ざっくり書いたらただのクソ野郎になったけど、先にいいところ書いたし、プラマイゼロ。
・セレスティナ
まだ帰ってこない。今日で一ヶ月。
近頃、また一段と活動的になっている。ちょっと前までエルの後ろにくっついていたのが、どういう心変わりか。
今ではエルが後ろにくっついて回っているようだ。
どちらかと言うと振り回されていると言った方がいいか。
案外今も振り回されているのかもしれない。
戦闘能力に関しては…どうやら獣憑きに限界という言葉はないらしい。昨年討伐した大型のバルバロイ・ドラゴンも然り。先日の一件は瞬く間に街中に広がり、彼女は名実ともにクラヴィウス最強の剣士である。
本人にその自覚があるのかどうかは別として。
ほんと、今も昔もあの子はエルしか眼中にないんだよなぁ。
……ていうか、相変わらず無表情だし、アホみたいに剣が強いし、全体的に変わってないな、あの子。
なんかブレが無くて、羨ましい。
・クロウ(ヘタレ院長
ようやく『院長』として板についてきた。
エルが『学ぶよりは教えた方が早く覚えられる』なんて言ってたけど、なかなか言い得て妙だ。
努力した分だけ自分が賢くなったことを実感できるのがいい。
思い返せば、半年前、獣憑きの解放隊がうちにやってきたことから始まったことだ。隊長の人がクロウに土下座させて、孤児院を襲撃した無礼を詫びて……そしたらエルが「許してほしけりゃ院長やれ」なんて言い出すからびっくりしたけど。
しかも私にサポートしろなんて言うから二重にびっくりしたけども。
てか、隊長さんが馬鹿笑いしながら賛成するもんだから三重にびっくりしたけどもさ。
院長って仕事は死にたくなるほど過酷だ。
クロウと私で分担してるのに、全業務の半分も終わらないとか意味が分からない。なまじこの重労働を一人で二年間続けた変態がいるから文句も言えないし、夜遅くまで二人きりなのになんかそういう雰囲気にならないし……。
……ダメだ、こんな愚痴をいちいち書いてたらキリがない。
次よ、次!
・シノン(初心な生娘
私の弟子。だけど料理が一向に上手くならない。
教え方が悪いのかな……。
あ、弟子システムについて書いたっけ?
書いてないな。よし、ここで書いちゃおう。
私がエルシー姉から色々教わったように、エルフィア孤児院では代々年長組が年少組の子に自分が学んだことを伝えてきた。
今までは成り行きでやっていたことだが、エルの発案でこれを形式的にやることになったのだ。
それが弟子システム。
要は、最年長の世代が次世代の子のサポートをするというわけだ。
魔法を勉強したいということで、私が教えることになった。
エルのことが好きなら、と試しに言ってみたら、首まで赤くしてブンブン横に振った。
初心で一途で、可愛いなぁもう。
シノンの母親は治療院の重傷病棟担当になったことで(かなりの出世らしい)、これまで以上に帰ってくることが少なくなった。
なので、シノンはほとんど孤児院に住み込みだ。
もう家族みたいなもんだね。
・ノエル(獰猛なチビ
師匠はセレナである。
もっぱら剣ばっか教わってるけど、たまに私のとこに来て魔法について学んでいく。
シノンと鉢合わせた時は……互いに黙り込んでるけど、二人の間でバチバチ火花が飛んでるのが目に見えるようです。
仲良くできないのかなー、この二人。
しかしノエルは、エルとセレナの大ゲンカ以来、勉強も稽古も猛烈にがんばるようになった。
正確には、エルをぶっ倒すための手段を選ばなくなった。
そのための剣術、そのための魔法、そのための知識、って感じだ。
エルは「数年前のアンみたいだ」と苦笑いしてたけれど、私ってあんなんだったのか……。
でも確かに気持ちはよく分かる。
自分と同等の相手というのは、自分の力を確かめる安定剤みたいなものだ。ノエルにとってはそれがエルだったのだろう。たぶん私にとってもそうだった。
それが一瞬で目の前から消えるのだ。焦りもする。
まあ……私と違い、ノエルにはまだシノンという好敵手がいる。
このまま高め合ってもらえればと思う。
・アレク(かまってちゃん
うちの馬鹿担当。
最近ちょっと悪戯の度が過ぎてきたので本気で叱ったら、本気で泣かれてしまった。
でも、勝手に私の鉄剣を持ち出して魔物を討伐しに行ったのは見過ごせない。ウリエラも怪我をした。これだから一人で実戦に行かせられないんだけど、それも分かってない。
あの子はまだまだ甘えん坊だ。
イリスのために強くなる、と豪語したのはいいが、授業も稽古もよくサボるし、私たちの言うことを聞こうともしない。
時間が経てば勝手に強くなるとでも思っているのだろうか。
まあ……エルには何か考えがあるようで、アレクはほっておけと言っていたけど、今回叱ったことで部屋に閉じ篭もっちゃったし、はよ帰ってこんかいあのボンクラめ。
・ウリエラ(チンピラチキン
一応彼も孤児院の住人っぽくなったので書いとく。
元は街の路地裏で盗みをやっていたグループのリーダーで、少し前、孤児院の物資を狙って忍び込んできた。
ここは盗賊が寄り付かないし、シェイラが魔物除けの魔道具を使っているので安全だ。
なので、正直油断していた。
私たちは忍び込んだ盗っ人に気付けなかった。
ただ一つ、彼らが不幸だったのは、盗めるだけ盗んで逃げようとしたところにうちの生体レーダーが帰ってきて、あまつさえ倒そうと剣を抜いてしまったところか。
半殺しで済んだのは幸運だったろう。
ウリエラは、自分が孤児院で働くから代わりに仲間を逃してくれと言った。
とりあえず彼は住み込みでここで働くことになった。
……とまあこんな感じの顛末だったかな。
最近、セレナがいないのをいいことに仕事をサボってアレクと遊び回っていたけど、一週間くらい前に魔獣級に襲われて大怪我をしてからは目に見えて大人しくなった。
どうも魔物がトラウマになったらしいけど、大丈夫だろうか。
・イリス(ドジっ娘
とっても頑張り屋さんで、努力家だ。勉強の甲斐あって舌足らずな敬語も最近は様になってきた。
が……心配なところも多い。
剣も魔法もあまり上手ではなく、成長も遅い。
そこは仕方ないけど、それでも人に頼らず自分で何とかしようとするのだ。
結果、コケる。
顔面からずだんと。
運動神経が悪いので受け身も取れない。
そして、涙目で立ち上がり、また挑戦し、失敗する。そこがまた可愛い。
剣術でも勉強でも家事でもそうだ。
見兼ねた私たちが助言するところまでが定番となりつつあるのだけど、イリスもそろそろ九歳だ。自分でできることとできないことの分別、周りに頼る、それくらいは自分で判断してできるようになってもいい頃だと思う。
がむしゃらなだけだと中々成長しないものだしね。
・ルロイ(残念シスコン
自他共に認めるシスコン。
イリスが頑なに他人を頼ろうとしないのは、ルロイがいつまで経っても妹離れしようとしないからだという疑惑まで浮上しつつある。
本人はそれを聞いて愕然としながらも、やっぱり構おうとするのを止めようとしない。
ルロイは剣術がいまいちだけど、頭の回転はそれなりに速い方だ。なのに、イリスを見つけると条件反射のようにニコニコ頬を緩ませて話しかける。後になって注意すると、ハッとした顔で自分を戒めるけど、また繰り返す。
つまりあれは、真性のシスコンだ。
たぶん治らない。
ちなみに魔法も上手い。シェイラ母さんが教えた魔法を戦争でそのまま実戦してきたのだから当然か。
一応魔法使いとしての能力は高いんだけど……何ていうか。
エルならきっと『残念な子』っていうんだろうな。
いや、ルロイは十四歳だし、年上なんだけどね。
・カロン
例の奴隷解放隊から、セレナの護衛ってことで暮らし始めた猿の獣憑きだ。
現在のところの孤児院の台風の目。
一ヶ月くらい前に十六歳になったとか言ってた。
何の因縁か知らないけど、セレナとは未だに犬猿の仲。エルとも仲がよろしくない。間違いなく最初の模擬戦で秒殺しちゃったせいだ。
ただカロンが一方的に逆恨みしてるだけなんだけど。
二人がいない今、なぜか我が物顔で孤児院を闊歩してあれこれ物を言ってくる。
エルとセレナに仲良くしろと言ってる手前、私が叩きのめすのはアレだし……クロウは何故か言いなりだ。
率直に言うと嫌な奴だけど、解放隊の中ではトップクラスに強いとのことだ。
見た目によらないな。
まあ、変なことを強要してくるわけでもなし、ミーナさんもいるし、今は放っておくことにしてる。
シノンもノエルも眼中にないみたいな感じで過ごしてるし。
とりあえず、エルとセレナはしっぽりやってないで帰ってこい。
・ミーナ
カロンと一緒にセレナを護衛する猫の獣憑き。解放隊の副隊長で、戦闘力なら隊で一番なんだとか。
カロンの一つ上だから十七歳。
そんなに強い人をここに置いていくのかと聞くと、元々セレナを探すための解放隊なので、彼女の身を守る方が先決だと言っていた。
セレナも珍しく機嫌が良さそうだった。
話には聞いたものの、セレナって本当に獣憑きのお姫様なんだなと改めて実感する。
今は例の台風の目を抑え込んでくれている。隊で一番というだけあって、セレナより強かったし___ミーナさん曰く『セレナ様は潜在能力が高く、覚醒や獣化を使った勝負では負ける』らしいけど___カロンと違って考え方が柔軟だ。
院内で喧嘩が起きると、慣れた感じで諌めてくれるし、剣の稽古では的確な助言で以て指導してくれる。
みんなから信頼されるのにもそう時間は掛からなかった。
一つ気になることと言えば、エルと反りが合わないことか。
どうも、ミーナさんはエルを信用できないらしいが、まあエルは大体初対面の人に信頼されない。
日頃の行いだ。
・フェオドール
ここまで書いて気付いたけど、年上の人が増えた。
シェイラ母さんがいた頃は十二~三歳でみんな卒業していったからか、年下ばっかりだったイメージ。
ていうか、母さんがいなくなったから増えたんだろう。
フェオドールは六歳で、うちでは最年少だ。
その六歳児は今、中級魔法をおもちゃにして日がな遊びまくっている___クロウが最近ノイローゼ気味になっている最たる要因でもあるけど。
あの子は、天才だ。
確か、エルは同じくらいの年頃で本を熟読し、下級魔法を自在に操れるようになっていたらしいが、フェオドールは物が違う。
本はおろか、文字すら読めない。
呪文は聞いたのを真似しただけで発音も危うい。
ただの才能だけで魔力を引き出し、操り、具現化している。
……まあ何ていうか、前から思ってたけど、フェオドールの耳がちょっととんがってたり、魔力量が半端なかったり、将来美形に育ちそうな顔立ちをしてたり。
みんなも薄々気づき始めてるから書き留めておく。
フェオドールは、古代族だ。
しかも純血の。
魔法を使った最初の種族にして、超排他的種族として有名なあの古代族。
エルがシェイラ母さんに相談しとくって言ってたけど、母さんも古代族と小人族の混血だ。何も知らないとは思えないんだけどどうなんだろうか。
だから、そろそろ、帰ってこいよ、すっとこどっこいめ……。
気長に待とうにも限度があるんだからな。
・私
とりあえず目標としていた、全属性の上級魔法は習得。短縮詠唱では中級魔法全般を使えるようになった。
それと、セレナから水の魔法剣を教わった。
三年前の大喧嘩、最後のエルの大魔法を受け流した魔法剣。
黒水流には「魔法を受け流す」剣術が多くあるが、セレナ曰くその真髄は「流す」のではなく「相手に跳ね返す」ことにあるんだとか。
色々教えてもらって、何となく感覚は掴めた。
剣にまとわせる水の魔力で、こう、周りの魔力を巻き込むというか、そんな感じだ。
無理やり巻き込んで強引に捩じ伏せて、自分の支配下に置く。
力技だね。
でも、魔法剣はみんなそんなもんだと言ってた。
ぼんやりとだけど言ってることは分かる。
なので、次の目標として、他の属性の魔法剣を使えるように練習していこうかなと思う。
……本当ならそれぞれの流派の「七の太刀」まで習得しないと魔法剣は使っちゃいけないそうだけど、大丈夫だろう。
バレなきゃいいのだよ、うん。
以上。全部で十三人か。男子七人女子六人。
エル、セレナ、クロウ、私は、今年で卒業するんだけど、今までの卒業生と環境も状況も違うので、どうなるか分からない。
が、もう悩むのはやめた。
なるようになるよ、きっと。
***
「……」
アンジェはパタンと日記を閉じた。
今日はいつにも増して書く量が多くなった。
書き始めた時の、頭が沸騰しそうなほどのストレスが少しばかり発散され、冷静さを取り戻す。
ストレスの大部分は、未だに帰ってこない例の二人が原因だ。
良くも悪くも『第一』の最高戦力であるエルとセレナ。
一時は孤児院の半分を消し飛ばしかけたその実力は折り紙つきであり、やはり二人がいないと、首が回らない場面が多い。
エルがいれば一日授業を任せられるし、セレナは国王から直接お褒めの言葉を頂く程の剣士になった。二人がいるだけで、子供たちの態度も変わるのだ。
そこまで考えたところでアンジェは息を止めた。
またこれだ。
私はいつまで、エルとセレナに頼っているのか。
いなくなった今だからこそ、今まで自分がどれだけ二人に甘えていたかを思い知る。
正直、楽したいという思いはある。
ゆえに理不尽だと感じることも多い。
それでも、今は頑張らねばと、克己できる意志の力をアンジェは持っていた。
だから今日も早く寝る。
また明日の朝から剣の稽古をするために。
アンジェは灯りを消して横になり、目を閉じた。
心の奥底で燻る、エルとセレナへの恨み言……そして羨ましさは、やがて夢の中に溶け込んでいった。
更新は不定期です。
一ヶ月に一話…出来たらいいなという感じです。
落ち着いたら活動報告も上げたいと思います。




