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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 変革期編
34/41

第三十一話 鳥少年の生い立ち

クロウくんのお話です。

ここまで良いところ無しの鳥少年、挽回なるか。

 自分の両腕に巻かれた包帯がじんわりと赤く染まっていくのを、クロウはぼんやり眺めていた。

 傍では、同じく重傷を負ったルクという元騎士が、二人の少年に手当てを受けている。


 狂ったように剣を振るうセレナを、彼は止めようとしてくれたのだ。

 ただ、閃光で目潰ししたのがまずかった。

 五感が機能不全に陥った時、獣憑きは稀に超常の力を発揮する。村では『覚醒』と呼ばれている秘技だ。魔物の血に眠る本能を解き放つ行為であり、制御する術を心得ていない場合、その力は問答無用で襲撃者を迎え撃つ。

 この覚醒を、ある程度自力で扱えるようになることが、村で組織されている奴隷解放の隊に所属する条件でもある。


 正直、ルクは死んだと思った。

 まだ子どもとはいえ、あの『白狼』の眷属であるセレナの覚醒。

 セレナの尻尾の毛がハリネズミのように逆立ち、濃密な殺気が周囲一帯に迸った。


 あの時、同じく閃光を受けたクロウも一時的に覚醒状態となっていた。

 覚醒状態では、運動能力、感覚神経、そして普通の人間にはない第六感というべき超感覚が発現する。

 周囲の時間の流れが停滞し、周りに何があるのか、何が起こっているのかがよく分かる。


 その超感覚下にあって、しかしセレナの覚醒した動きはまったく見えなかった。

 それほどの速度から繰り出された一撃。

 上半身と下半身が千切れなかったのは幸運に助けられただけではない。防御が間に合わせた彼の実力も凄まじいものだ。


「よしっと。これでいいか?」


「うむ、助かる」


 腹と腕、それから頭に包帯を巻かれた隻腕の男は、手当てをしてくれた二人にに礼を言った。

 戦争を生き抜いた元上級騎士だという話は聞いたが、重傷を負ったというのにさばさばとした表情だ。腹が裂けるような痛みがあるはずだが、おくびにも出さない。


「クロウは大丈夫?」


「僕の心配はいらない」


「否定しないってことはキツイんだな? 素直に言えよー」


 少年の片割れ、トミーがこちらにやってきた。

 クロウとは会って間もないというのに、彼はやたら馴れ馴れしく接してくる。

 普段の振る舞いを見ている者は、何の疑いもなく、彼の軽い物腰が固有のマイペースさから来るものだと考えるだろう。


 しかし、それを知らないからこそ、見えるものもある。

 クロウはなんとなく、トミーの行動一つ一つに何らかの裏があるように思えてならなかった。

 自分の内面を探られているかのような気分。

 言い換えるなら、監視されている感じだろうか。


「……」


「あら、また黙っちまった……まあいいや。クレイー」


「はいはい」


 このクレイという少年が、トミーの相棒のような存在であることは、短い滞在期間でも察するところだった。

 二人は本当の意味での兄弟だった。

 互いの全てを把握し、受け入れ、行動している。


 彼ら二人だけではない。

 この孤児院は、血の繋がりなど霞むような強い絆で結ばれている。

 そこに水を差したのは自分だ。

 確認もせず、自分の価値観を先行させて、盲目的に孤児院を襲撃した。


 その結果がこれだ。

 手も足も出ず制圧され、解放隊からも見放された。

 孤児院の者たちは襲撃者に対して、何の罰も与えず、あまつさえ寝床と食事を与えてくれた。

 強く、優しく、豊かな知恵と感情を持った人たちだった。

 奴隷なんてどこにいるというのか。

 恥を通り越して惨めだった。


 今までクロウは。

 己の強さに、絶対の自信を持っていた。

 セレナに助け出そうと意気込んだ___そこには、強くなった自分を見せてやろうという醜い見栄もあった。

 自分の行動が身勝手だと分かっていた。

 上官に何度も叱られて___それでも直そうとしなかった。その結果が大抵上手くいっていたから。


 昨日の今日で、全てが覆った。


 覚醒の力を身につけ、入隊から現在まで決して少なくない戦果を上げてきたクロウにとっては、伸びた鼻っ柱を叩き折られた上に性根をまっすぐ矯正されたような気分だった。




 ___クロウとセレナは幼馴染だった。


 とはいえ、一緒に遊んで暮らせるような仲ではない。

 クロウの姓は『ホークリティア』。

 代々、白狼の一族『フェンルリティア』の側近として近衛兵士を務めてきた一家だ。

 将来はクロウもまた同じように白狼の衛士に就くことになる。

 その白狼の子というのが、セレナだったのだ。


 同い年ということもあってか、二人はよく顔を合わせた。

 それももっぱら狩りの訓練の時だった。

 獣憑きは、幼少期ではまだ魔物としての戦闘本能を抑える理性が発達していない。つまり、戦いの術を教えるにはむしろ早い時期の方がいいということでもある。

 一歳にも満たない時期から狩りの訓練をさせるのはそのためだ。


 その狩りにおいて、セレナは無類の才を発揮した。

 舞台はフェンルリティア家の庭。

 父親が捕らえてきた練習用の獣級魔物を相手に、セレナは実に鮮やかな手際を見せた。

 どう動けば相手を惑わせるか分かっているかのようなステップ。

 喉笛を刈り取るのに最も適した爪の角度。

 クロウが同じように萎縮せず動けるようになったのは三日後のことだった。断っておくが、見たことのない未知の生物を殺せと言われて即断実行できる子供はいない。一週間ほどかけて慣らしていくのが普通だ。

 つまり、セレナが色々とおかしいのだ。


 というような分かりやすいヒエラルキーであったから、クロウはセレナを守るどころかついていくのが精一杯だった。

 どこに行っても、何をやっても上手く行く___そんな少女の背中を追っていた。


 セレナは、一人でいることを好んだ。

 両親に外へ出ることを禁じられていたからだろう、束縛しようとする両親に嫌悪感を示していた。

 好きなものをあげると好意的に接してくる親戚をも拒絶し、自由に動こうとする。

 他人と馴れ合わない一匹狼。

 もちろん、クロウが側にいることも嫌がった。

 その俊敏性を生かして屋敷を逃げ回るのが常だった。

 衛士見習いとして彼女のお側につく義務があるクロウはいつも走り回る羽目になった。


 だが、クロウはそんな彼女に憧れを抱いていた。

 その一貫した行動原理は、真っ当に幼弱な子供からしてみれば理解不能であり、同時に羨望の的となった。

 絶対に無理だろうと分かってながら、あんな風になってみたいという捨てきれない思い。

 

 いつか肩を並べて歩く日を夢見て、

 セレナを追いかける裏側、クロウは訓練に打ち込んだ。




 ___その日は、ひどい大雨だった。


 五歳になり、クロウは『努力型天才』と呼ばれるようになっていた。

 文言通りの努力家で、才能に溢れた鳥の獣憑き。

 だが、この渾名には二重の意味合いが含まれていた。


 クロウと対を成すように、セレナには『天才の落ちこぼれ』という渾名が付けられていたのである。


 これは、言わば事実に反した皮肉のようなものだった。

 セレナは努力らしい努力を試みたことがない。

 寝たいときに寝て、食べたいときに食べ、屋敷と庭を縦横無尽に駆け回り、自由奔放に生きてきた。

 にも関わらず、戦闘能力に関してはもはや同年代など相手にすらならない有様であり___その一方、話す言葉は拙く、書く字は汚い、というより書けていない。


 一応、勉学でも『やればできる』といったような能力の片鱗は見せているのだが、いかんせん勉強の席には五秒以上座ったことがない狼少女。

 まだ本格的な学習が始まったわけではないものの、若干先行きが不安に思われていた。

 その事をセレナが気に病んでいたかどうかは別の話だが。


 そんなある日のことだった。

 セレナが屋敷から脱走するという事件が起きた。


 彼女が脱走を試みたのは、これが初めてではない。

 親に禁止されていたからと言って、素直に言う事を聞くような子ではない。

 今までも脱走しようとしたことは何度かあったのだが、両親の手から完全に逃げ果せたのは初めてのことだ。

 村が客人を迎えるということで、親の目が行き届かなくなった隙をついたものだった。

 両親が屋敷の外に出た瞬間に、セレナはクロウと使用人たちを殴り倒して、裏口から逃げ出したのだ。まさか腕力で黙らせてくるとは夢にも思わず、クロウはなす術なく逃られてしまった。

 その日はひどい大雨が降っていた。


 そして、余りにもあっさりと、セレナは姿を消した。

 捜索隊が組まれ、近隣の街から始まり、解放隊も合流して、最終的にはコノン大陸全土に渡った。

 当然ながら、クロウは白狼のお付きの者として真っ先に捜索に参加しなければならない立場であり、本人は言われるまでもなく自分にも探させてくれと戦士長に頼み込んだのだが、年齢と実力が伴っていない、出直してこいと一蹴された。

 クロウは血の滲むような努力を重ね、三年後に覚醒を体得し、入隊の許可に至った。



 それから三年。

 この孤児院に辿り着くまで、クロウは六度にわたる戦闘を経験した。

 いずれも『解放隊』としての戦いだ。

 各地で良いように使われている獣憑きの奴隷を、交渉、ないしは戦闘で奪い返す。

 解放隊は村でも選りすぐりの精鋭であり、十数人とはいえ一人一人の戦闘力は文字通りの一騎当千に値する。

 そんな化け物集団を相手に、奴隷を解放しなければここら一帯を更地にするなどと脅されれば応じない者はいない。大抵は交渉だけで奴隷を奪うことはできた。


 一方で、先見の明のない哀れな人攫いもいた。

 そういった者たちは、あるいは人数で、あるいは武器で、あるいは夜中に奇襲を仕掛けて隊を一網打尽にしようと試みた。

 結果は察しの通り。

 皆殺しである。

 そもそもが『解放すれば見逃してやる』という妥協案であり、正当防衛の口実があれば迷うことはない。


 人攫いも馬鹿ではない。

 戦闘力では敵わないと知りながら、なぜ反撃しようとする者がいるのか。

 これは奴隷を束縛する『首輪』に起因する。

 奴隷となった者の首元に装着される首輪には、のど笛の部分に鎖のついた楔が差し込まれている。鎖を強く力で引っ張るとこの楔が外れる仕組みだ。

 楔が外れると、首輪内部の魔力回路が起動して爆発する。

 趣味の悪い手榴弾のようなものだ。


 厄介なのは、この爆弾を内蔵した首輪が、二度と外せない代物であるということだ。

 構造的に首輪は開閉式だが、一度『閉』状態にした瞬間に内部に魔力回路が通る。

 魔力を循環させる回路。

 この魔力回路が切断されると、魔力の暴発が起きる。

 楔は、その暴発を意図的に引き起こすためのスイッチというわけだ。

 剣なり魔法なりで首輪を破壊しても魔力回路が切れて起爆状態になるので、強引に外すこともできない。


 つまり___人攫いは奴隷の命を人質に取った状態なのだ。

 そこから一歩でも動けば、この楔を抜くぞ、と。

 

 実際は、怒れる獣憑きの目の前でそんなことをすれば次の瞬間体のどこかが胴体とお別れすることになるので、利口な人攫いなら素直に引き渡すのが常である。

 残念ながら、世の中には利口でない者の方が多い。

 そういう愚鈍を相手にした時、楔の鎖を握るその腕を先んじて胴体とお別れさせるのがクロウは得意だった。

 奴隷の安全確保。

 小柄な体躯のクロウは不意を突くのにうってつけだった。

 どうせガキだと舐めてかかったが最後、風のような速さで肉薄した刃が腕部を根元から両断する。


 先制攻撃の成否で、戦況はがらりと変わる。

 成功すれば後は雑魚を蹴散らすだけだが、失敗した場合は楔を抜かれないよう性急にその場を制圧しなければならない。

 そして、先制攻撃に関して言えば、クロウは一度として失敗したことはなかった。

 クロウは着実に戦果を重ねた。

 彼は、隊の中で認められつつあった。


 そうして一年が過ぎた頃だ。

 元々の目的___『捜索隊』としての仕事がやってきたのは。


 もう一度言うが、クロウは先制攻撃が得意だ。

 だが実は、これは彼に与えられた任務ではない。

 彼のような子供を前線に出すことを戦士長は良しとしなかったのだ。

 隊の中で認めていたのも、戦士長以外の、何の責任も取る必要がない戦士たちの評価にすぎない。

 クロウの先制攻撃は、戦士長からとってすれば命令違反でしかなかった。

 故に叱られる。

 それに対してクロウは反抗心を募らせるようになった。

 成功しているのに、隊のために戦っているのに、何がダメなのかと。

 反抗期という正常な成長過程がもたらす自尊心と独立心。

 そこには、幼き記憶に刻まれた我が道を行く狼少女への憧れもまた間違いなく混在していた。

 最終的にその矛先はエルフィア孤児院に向けられた。




 ___結果があの惨敗だ。

 解放隊がクロウを置き去りにしたのは、独断専行、命令無視の度重なる違反に対する罰だろう。

 実際、何の文句も思い浮かばない。

 置き去りにされて当然だとしょげかえっている。

 やっとの思いで追いついた狼少女はまたしてもクロウの前から姿を消した。


 端的に言うと、今のクロウは自己否定の塊のようなダメダメくんになっていた。


「……ウ。クロウ!」

「んっん!?」


 ぽけーっと宙空を見つめていたクロウの前に、突如としてゴリラのような少年が現れた。

 確かウォルターといったか。

 濃い顔面をいきなり至近距離に突きつけないでほしい。

 心臓に悪い。


「な、なんだ? 僕に何か用か」

「アンジェが来いと言っている。居間だ」

「ああ……」


 なぜかほっとしている自分に心の中で首を傾げつつ、クロウはおもむろに頷く。


「いや、でも僕はセレスティナを……」


「それは私たちに任せておけ」


 そう言って立ち上がったのはルクだった。

 いつの間にか戦闘準備を整えたトミーとクレイ、そしてミシェルが、三人揃って奇妙な動きで体を曲げ伸ばししている。

 何の儀式だろうか……。


「君にはやることがあるだろう。ノエルは信用できない相手には容赦がないぞ」


「毒を盛られるに一票」


「寝首を掻かれるかもな」


「爆弾入れたぬいぐるみをプレゼントしてきそう」


 ルクに続いて、トミーとクレイとミシェルが口を揃える。

 ノエルというのは、ひらひらした黒い服を着た少女か。

 確かに敵意を感じていたが、戦闘力は低そうだったのでさほど警戒はしていなかった。

 だからってそんなマッドな手段に出るものかと一笑に付す気分のクロウだが、他は誰も笑っていなかった。

 元騎士と年長組は顔を見合わせると、クロウの方を見てこくりと頷いて、


「……健闘を祈る」

「信頼してもらえるようにがんばってねー」

「誠意が伝われば許してくれるさ。最悪土下座しとけ」

「死ぬなよ」


「ちょ、ちょっ……待ってくれ。死ぬなよってこれそういうレベルの話なのか!?」


 にこやかな笑顔でフェードアウトする四人。

 毒を盛る、寝首を掻く、ぬいぐるみに爆弾___どれもノエルがエルに仕掛けたいたずらとして実行済みであることを知らないのだから、冗談と思うのも無理はない。

 しかし、普段の孤児院を知らないクロウに、誰がどんな行動をすると分かろうか。

 残されたクロウは、孤児院を振り返り、そこに潜む得体の知れない何かに睨まれたかのようにぞわわと毛を逆立たせた。




 ***




 ___母の加護から離れ、巣立ちに向けて雛鳥は羽を伸ばす。

 雛鳥の数は四。

 無理に羽ばたこうとして巣から転げ落ちた。

 己が羽に自信を持てずにいた。

 翼を折られてダメダメくんになった。

 心と体の矛盾に答えを見出せずにいた。


 長く、苦しい時間だ。

 孤児院の卒業生たちもまたぶち当たってきた壁。

 表現を変えよう。

 その壁は、ぶち当たるように誘導された先にあった。




 今年は特に、馬鹿でかい壁になるのだろうな、と。

 一年前の某日___遠くない未来を想像して、シェイラは苦笑いしていたのだった。


挽回はならなかったけど、悪い子じゃないということが伝わってくれたら幸いです。


セレナに関する伏線もちょろっと見えましたね。

獣憑きの村のお話を早く書いてみたいです。

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