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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 変革期編
30/41

第二十七話 Eランクの真価

トゥエルくん全力全開。




 魔法使いの少女の喉元にピタリと切っ先を突きつける。


「……こ、降参……よ……」


 その手から杖がするりと落ちたのを見て、俺も剣を収めた。

 時計を見ると、戦闘時間は三十秒弱。

 まあ、上出来だろう。


「流石だな、エル。どうだ、うちの生徒は」


 校舎の下で観戦していたダンのもとに戻り、水を一口飲む。

 ひとまずここまで十戦して、クラスの全員と一通り模擬戦をしてみたが、余裕を持って全勝できた。


 なんていうか、全然大したことなかった。

 印象に残ったのは、少し前に戦った槍使いの男の子だけだ。それも技が凄いとかそういうわけでもなく、超がつく美少年だったからという。

 どら声フレアさんを始めとする魔法使いたちは、魔法を撃たせることもなく降参させたので実力の程は知らない。

 詠唱から察するに上級魔法を撃とうとしてたようだし、魔法使いとしては凄腕なのだろう。

 実戦経験皆無のひよっこもいいところだったが。


「正直つまらないです。ダン兄みたいなのばっかりかと思っていたもので」


「……自分で言うのもなんだが、クラス全員術導教師レベルってのも恐ろしくないか?」


「あれだけ態度がでかかったものですから、期待もしますよ」


 ダンは愉快そうに笑った。

 ちなみにフレアのパーティと戦ったのはさっきので三回目だ。

 いずれも風魔法でアタッカーを翻弄し、中衛のタンクは妨害魔法で処理、詠唱中のフレアの杖を叩き落として終了した。


 本っ当に何の捻りもなかった。

 こんな安酒で酔えたものではない。

 もっと度数高いの持ってこいってなもんである。


 事ここに至れば、俺も今から術導院に入学して鼻歌交じりに首席に登り詰めて女生徒の危機を救ってフラグを立てまくる王道展開に乗っかるべきなのではと思わないでもないが、自分の成長の妨げにしかならないような道をあえて選ぶ意味もなし。

 ただでさえ今朝、向上心を失ったばかりだというのに、これ以上失速しては堪らない。


「俺としては、生徒たちの伸びまくった鼻っ柱をへし折ってくれただけでもありがたいところだな。これに懲りて、少しは上昇志向を持ってくれればいいが」


「その分伸びた俺の鼻はどうしてくれるんですか」


「そうだな」


 と、ダンは立ち上がって、俺を見下ろした。

 剣の柄に手をかけ、不敵な笑みを浮かべながら言う。


「俺がへし折ってやるというのはどうだ?」


「いいですね。是非にお願いします」


 もう一口、水を飲んで、俺はすたすたと校庭に戻った。




 ___模擬戦のルールは簡単だ。武装解除されたら負け。

 原則、自分の武器を失ったその時点で模擬戦から離脱しなければならないのだ。

 実際の戦闘でも、自らの武器を手放していいのは敗走する時だけであるし、実戦に即したルールと言える。

 武器を放り捨てれば、降参の合図にもなる。


 が、俺は木刀だろうが杖だろうが、必要とあらばぶん投げてでも勝ちを取りに行くスタイルである。

 相手にしてみれば『降参だオラァ!』と喧嘩を売っているようにしか見えないだろうが、知ったことではない。

 むしろ反応が面白そうなのでやってみたくなる。


 というわけでやってみた。


「よし、始めよう。いつでもかかって___」


「では遠慮なくフンッ!」

 

「___ふおっ!?」


 いつも素面を崩さないダンが素っ頓狂な声を上げた。

 さすがの反応速度で木刀を叩き落とす。が、間髪入れず風魔法で一気に間合いを詰めた俺を見て、ダンの顔に隠し切れない驚愕の色が浮かんだ。

 ぶん投げた木刀とほぼ同じ速度での接近。加速度的に俺の体への負荷が半端ないが、耐え切れることは実証済みだ。

 せっかく胸を貸してくれるのだし、全力で行こうじゃないか。


「エル、お前な、開始直後に武器投げる奴があるか!?」


「手が滑りましてっ」


「嘘言うな!」


 引きつった声のダンに、遠慮なく木刀で剣撃を浴びせる。

 しかし、すぐに攻防が逆転する。俺は木刀一本を両手で振るっているのに対し、ダンは片手に一本ずつだ。手数の多い方が攻め手に回るのが普通である。

 剣に『重さ』を乗せるのが上手いダンの剣は、セレナと同じように片手とは思えない膂力を発揮する。


 が、その剣速からあからさまに手を抜いているのも分かる。

 その兄貴らしい手加減が命取りにならねばいいが。


「『水よ』」


 ひとまず、流脈機関と魔法陣は使わない。奥の手だ。

 ダンの剣を弾きざま、片手で地面に水魔法を放つ。しかし、次の瞬間にはダンが跳んでいた。

 沼の魔法を先読みされたか。

 さすがに対応が鬼速い。

 俺の戦い方を知っていればこういうこともできるだろう。が、無論それは俺も織り込み済みだ。本命は次の一手___


「『土の精霊よ』」


「___ッ、うお!」


 ダンの剣がいきなり伸びた。

 間合いの読みにくい突き攻撃。

 ギリギリで逸らすと、それを読んでいたかのようにダンが空中で身体を捻り、回し蹴りで追撃を仕掛ける。

 ガードした腕にびりびりと衝撃が走った。

 咄嗟に施した硬化が無ければ折れていたかもしれない。


「魔法が分かりやすいぞ」


 力を抜いているように見えたのは、俺の先手を誘うため。

 本命の一手すらもミスリードされていたわけか。


 出鼻を挫かれ、再び防戦一方になる。

 ダンの二刀は土魔法により柄同士が接続され、両端に刃先がある対剣となっていた。

 蒼風流が使う武具だ。

 繰り出される一撃一撃に遠心力が乗り、とんでもなく重い。

 一発受けるごとに体が吹き飛びそうになる。


「遅い。重い攻撃は受けるな、先に剣を置いて受け流せ」


「やってます……よっ!」


 孤児院の子供で、槍を使うのはアンジェとクレイだ。

 しかし、ここしばらくはもっぱら魔法にのめり込んでいたせいでろくに相手をする機会がなかった。

 長物の射程に違和感を感じる。


 と、いうのも言い訳だな。

 これではジリ貧になる。

 そもそも実力差が天と地ほどに離れている時点で、奥の手なんぞ隠していられるものではなかったのだ。

 なので本気を出そう。


 さっき、魔法が分かりやすいと言っていたな。

 それなら___これでどうだ?


「むっ!」


 流脈機関から魔力を抽出。

 何の予備動作も無しに土の弾丸を生み出し掃射する。

 ダンは素早く対剣を分離させて二刀に戻し、全て叩き落とした。

 ……えっマジで?


「なるほど、今のが『流脈機関』か」


「なんで知って___」


「エルシリアとレイチェルが、卒業の前の日に、見せに来てくれたぞ」


「見せびらかすなっつったのにあの二人は……!」


 前言撤回、全然大丈夫じゃねえなあの二人。

 小声で毒づきながら、俺は全身から魔力を解放。

 流脈機関が知られているなら、魔法陣だって同じことだ。

 今更出し惜しみなんてしてられるか。


「ふぬっ……!」


 突風を自分に浴びせてバックステップ。

 同時、一瞬で構築した地水火風の魔法陣がダンを包囲し、全方向からの集中砲火を浴びせる。

 下級とはいえ、俺の魔力の三割を使った攻撃。

 加えて、前兆といえば小さく魔法陣の魔力回路が白く瞬くくらいで、魔法の発生速度も電光に匹敵する。見てからでは回避も防御も間に合わない。

 これで傷一つも付けられなかったらちょっとショックなんだが、


「本気を出してきたな、エル」


 ……ですよねー。

 余波で巻き上がった砂埃の中から、当たり前のように無傷で姿を現した我らが孤児院最優秀のお兄さま。

 その手に握る二刀が凄まじい魔力を放出している。

 魔法剣だ。

 左の剣は水を、右の剣は風をまとっている。

 伊達に最年少の術導教師をやっていないということか。


「では、俺も全力で行こう」


 第二ラウンド開始、ってとこか。


 一応、魔法剣に対する戦い方は心得ているが、二属性の魔法剣を相手にするとか想定外だ。

 おそらく『竜渦』の起唱で風と水の魔力を呼び出し、分掌技法で魔法剣に応用させたのだろう。発想が俺に似ている。

 ……というかこれ、俺の考え方そのままじゃないか?


「考え事をしている余裕があるのか」


 もちろん無いですけども!

 ダンの剣から次々と放たれる暴風の槍を必死こいて避けながら、俺は心の中でやけくそ気味に叫ぶ。

 魔法陣を使おうにも、風に散らされて制御がままならない。接近して剣での攻撃を試みてもいいが、水の魔法剣で受けられて反撃を食らうと予測。二進も三進も行かない俺はひたすら逃げる。


 これ詰んでね?


「この……!」


 仕方がないので遠隔操作は諦める。

 目標に当てられないのなら、環境を変化させる。

 俺の十八番だ。


 まずは閃光。

 完全に不意を打った形の目くらましだが、一瞬置いて、こちらを正確に捕捉した風の槍が飛んできた。

 ダンなら、視覚を奪われても聴覚なり触覚なりで俺の動きを予測することなど造作もない。それは分かっている。

 だから、それもジャミングする。


「……っ!?」


 閃光を持続させたまま、風の魔力を発現。

 ベクトルをランダムに設定した風魔法を周囲に乱発。

 そのうちの一つ、真上に向けたベクトルに乗り、俺は飛翔する。


 無論、足音はない。

 風の流れで気配を追うこともできない。

 突風が飛んでこなくなった。

 俺が欲しかったのはこれだった。

 切り札を切るための一瞬。



 お披露目だ。

 レイチェルもエルシリアも辿り着けなかった魔法の極致。

 流脈機関と魔法陣を複合した大技。

 その名も『多重魔法』。



 そう。

 最近はめっきり出番が減ったが、実は俺が一番最初に編み出した魔法の技である。

 俺が魔法を極めるために踏み出した、最初の一歩。

 当時は結局二重以上に重ねることが叶わず、多重とは名ばかりのへっぽこ魔法としてお蔵入りになっていたのだが、流脈機関と魔法陣によって一瞬のうちに無数の魔法を組めるようになったところで話が変わる。


 同じ回路を同時に重ねて、出力を爆発的に増幅する。

 それこそが多重魔法の真髄だ。

 しかし本来、魔力回路は二本の腕から二つの回路しか引くことができないものだった。

 それが、魔法陣なら無数に。

 流脈機関でほぼ同時に発動できるようになった。

 そこから算出される出力は___。


「___いっ!?」


 ただならぬ気配を感じ、俺は天を見上げた。

 まさに今、上空に巨大な岩石がそこに作り出されるところだった。だがただの岩ではない。表面が高熱を帯びて赤く発光している。

 俺も知っている魔法だった。


(……レイ姉がでっかい熊に撃って消し飛ばしちゃった奴だ、懐かしいな。結局報酬受け取れなかったっけ……)

 

 上級一位陽炎魔法、『裁火天罰』___土、風、火の三属性混合魔法だ。

 さすがに久しぶりに見る魔法で、俺も目を剥いた。

 

 端的に言うと、それは隕石である。

 上空に巨大な岩石を作り出し、超高熱を付与してから暴風で射出する魔法。

 近代では、当てるためではなく、どちらかというと落下の衝撃で周囲一帯に飛び散るマグマの散弾で殺傷する形で使われる対軍魔法だ。

 本来の用途として強大な魔物にぶち当てたりすることももちろんあるわけだが、見て分かる通り俺はワンマンアーミーでもなければドラゴンでもない。


(いや、それ以前に……)


 ……もう一度言うが、上級の魔法だ。

 いくらなんでも詠唱が早すぎやしないか。

 目くらましをしてから五秒も経っていないんだぞ。

 俺を見失って範囲攻撃魔法に切り替えたのは分かるが、発動までが一言詠唱に迫る早さである。

 上級一位の複雑極まる魔力回路を一瞬で構築する魔力制御。見事というほかない。


 しかし勝敗は別だ。

 まず、このままだと俺は隕石に潰されて死ぬ。

 ていうか下手すれば熱で蒸発する。

 災害の塊みたいなもんを街中に召喚するんじゃない。

 馬鹿なのかうちの兄貴は。


「うおお……ッ!!」


 極限の集中力で魔法陣を組み上げる。

 外部放出された大量の魔力が俺の意志に従って螺旋を描く。

 一瞬にして完成したのは『水砲』の回路。改変を加え、水の量はそこそこに、射出速度により出力を割いたものだ。


 それを、二枚三枚四枚五枚。

 ほんの刹那のうちに、同じ形状をした回路をいくつもいくつも、数多に紡いで、そのすべてを重ねていく。


 次の瞬間___宙空に、白い幾何学模様が星のように瞬いた。


「___『十枚』ッ!」


 反動は轟音となって返ってきた。

 超音速で射出された水の塊は、砲弾というよりはレーザーのように飛び出して隕石に衝突。その落下方向をくの字に押し曲げるのみならず、隕石の表面を吹き飛ばした。

 軌道を逸らされた巨岩は俺の頭上を通り過ぎ、ドチャという奇妙な音と共に着弾。明後日の方向に爆散して消滅した。


(……うむむ、思いのほか手応えがないな)


 予想より岩石が小さかったようだ。

 レイチェルが撃ったやつは、もっとこう、大気が歪むほどの高熱と、太陽と見紛う大きさと、逃げる時間すら与えない速度を伴った禍々しい一撃だった。

 そう、まさしく隕石そのものだった。

 アレに比べたら、さっきのはただの投石だ。

 短縮詠唱で高速発動したが故に、魔力回路の一部を省略したためだろうか。


 それにしても、と俺は地上に着地しつつ思考を継続する。


 多重魔法を実戦運用したのは初めてだが、予想以上の威力だ。

 水砲魔法陣の十枚重ね。

 消費した魔力は一割にも満たない。

 白魔法に代わる攻撃技として考案したものだが……予想より破壊力がありすぎて調整が難しい。


 妨害用の魔法のバリエーションばかりが増える一方、ずっと課題だったのが火力である。

 全力の白魔法でも仙獣級を仕留め切れなかった。

 いや、人生でそうそう化け物と相対する機会があるとも思えないが、牽制の一発くらいまともに撃てるようになりたかったのだ。

 そこで思い出したのが、多重魔法だった。

 試しに魔法陣と組み合わせてみたら、めちゃくちゃ相性良かったというわけで___

 

「……模擬戦の途中なんだが?」


「あ」


 気がついたら、首筋に木刀を押し当てられていた。

 俺はもう片方の木刀を放り出して降参した。



 ***



 すっきりした。

 戦いに意識を没頭させ、体を動かすのは、やっぱり良い気分転換になる。

 自信に満ち溢れた上級生の鼻も軒並みへし折ったし、ダン兄さんの期待にも応えられただろう。

 肝心の彼は多重魔法について深く聞くこともなく、いつも通りといった顔で話をした。さすが史上最年少術導教師にして雷属性魔法の開発者、天才の余裕というやつか。


 槍使いの少年・ティマキアくんとも意気投合した。

 超美形の顔をべた褒めしたら向こうが懐いてきただけだが。

 フレアのパーティのイケメン二名は、たぶんトミーが一人で相手取れるレベルの実力だったのでスルーした。

 というか、他のパーティも思いのほかやわっちい生徒ばっかりでろくな勉強にならない。最後に相手した剣士パーティは威勢がいいだけで、魔法も使わずに勝てた。

 この子の将来は大丈夫なのかと本気で心配してしまうほどだ。

 剣士職なのに技量が俺以下とか中々絶望的だと思うが。

 ダン兄も大変そうだ。


 そんな中でティマキアくんは、文武を兼ね備えた優良物件であるらしい。

 技に冴えがあり、体力も魔力もある。

 俺からしたら正直『あれで将来有望なの?』と首を傾げるようなレベルなのだが、まあ確かに、甘ちゃん集団の中では頭一つ抜けた感じはあったかもしれない。

 そんな彼は、魔法剣士を目指しているとのことだ。



 ……そう。

 実は、魔法剣士とは魔法剣を体得した剣士に授けられる称号のようなもので、剣と魔法を同時に使う俺みたいな器用貧乏のことを言うわけではないらしい。

 今日、魔法陣をダンに見せつつ俺の将来像を語ったところ、このような指摘を受けた。

 そんなの剣術教本に書いてなかったし。

 道理で会話中不思議そうな顔で首を傾げていたわけだ。

 恥ずかし。


 じゃあ俺の将来像はなんて呼べばいいのかと聞くと、ダンは苦笑しながら『魔剣使いなんてどうかな』と言った。

 それはそれで誤解を生みそうだが、この世界には聖剣はあっても魔剣というものは存在しない。

 なので、今日から俺は『魔剣使い』にジョブチェンジした。

 シノンに語句の違いを説明しておかねばならんな。

 どうでもいいか、うん。

 


 そうして四時間ほどが過ぎた。

 本来の実技演習授業を大幅にオーバーし、生徒たちはほぼ全員がへとへとになっていた。

 俺はノンストップで模擬戦していたというのに。

 この程度で根を上げるなど、ゆとりにも程がある。


「ねえ、ちょっと」


「何すか」


 実技演習の授業が終わり、クラスに戻ろうという時に、フレアが俺を引き止めた。

 初めは大したことないと思っていた彼女だが、その実、化けの皮をかぶった化け物だった。

 口先だけではないというか何というか。


 というのも、初戦からも何度か模擬戦したが、年下の雑魚相手にムキになるかと思いきや、貪欲に俺の技術を真似して、短縮詠唱をパクって魔法を一部レジストしてくるまでになったからだ。

 暴発したら大事故に繋がるかも分からん暴挙だが、その恐怖心をねじ伏せて実行し、あまつさえ成功させてしまうメンタルは見習いたい。

 あいつにできて私にできないわけがないとかそんな感じで自分を奮起させるタイプの子らしい。


 そんな彼女が、仏頂面を引っ下げてきた。

 機嫌が悪そうなのは、額のたんこぶの痛みのせいだろう。

 俺もただで技術を見せてやったわけではないということだ。


「あいつの『裁火天罰』をぶっ飛ばしたあの魔法、どうやってやるのか教えなさいよ」


「嫌です」


 にべもなく拒否すると、少女は銀髪を逆立てた。

 時刻は既に日が建物の陰に隠れ始めた頃合いで、俺はダンに一言言ってから帰ろうと思っていた。

 まだ体力は残っているが、疲れていないわけではない。

 早く帰って寝たい。


「なんでよ! ティマキアには色々教えてたじゃない」


「短縮詠唱のコツを教えただけです。大体、あの魔法はただ呪文を唱えれば使えるようになるものではないのです。必要な技術を習得するのに三年はかかります」


「……その必要な技術って何よ」


 フレアは妙にいじらしい顔になって聞いてくる。

 なにせ呪文を唱えれば後は魔力を通すだけの魔法体系である。

 敷かれたレールの上を歩くのに甘んじてきた指では、道を外れた魔力の操作なんぞできるはずもない。

 そもそも、流脈機関と魔法陣からの多重魔法コンボは、最大火力を最小の魔力で、かつ最速で実現するためのものだ。すでに魔力をたくさん持っている連中がはたして覚える必要があるのかどうかは甚だ疑問なところだった。

 メリットと言えば呪文を省略できるところしかない。


「そうですね。少なくとも下級魔法全部を短縮詠唱で使えるようでないと話になりません」


「はぁ!? ……っ、それができればいいのね?」


「いえ、むしろそっからが本番ですが。やるんですか?」


「やるわ」


 即答だった。

 俺はフレアをまじまじと見つめた。

 彼女は決然とした顔で俺を見下ろしていた。


「短縮詠唱、絶対覚えてくるから。そしたら教えなさいよ」


「……考えておきます」


 フレアは満足げな顔をしてクラスに戻っていった。

 教えるとは言ってないんだが……聞いてないんだろうな。

 術導院に通うだけあって彼女も才能の塊のようだし、本当に会得してきそうで怖い。

 まあ、そのときはそのときか。

 

 ともあれ、俺はダンに明日も来るという旨を伝えてから、帰路についた。




 ***




 何事もなく孤児院に辿り着く。

 と、何やら庭の方から騒々しい音が聞こえた。

 もう夕飯の時間なので、訓練を終わらせて後片付けまで済ませていなければならない頃だが、


「ただいま」


「あっ、エル!」


 なぜか門の前でうろうろしていたアンジェに声をかける。

 こんなところで何をしているのだろうか。


「少し困ったことになっちゃって。来てくれない?」


「何があった?」


「こっち来て。庭よ」


 そんな切羽詰まった感じではない。

 喧嘩か何かだろう、と予想しつつ小走りのアンジェについていくと、庭で凄まじい砂塵の嵐が吹き荒れていた。

 魔法かと見紛うほどのそれは___二人の獣憑きの激しい戦いが巻き起こす暴風だ。

 まだやってたのかと俺は顔をしかめる。


「……何がどうなってんだ?」


「稽古終わりって言ったのに、セレナもクロウも話聞いてくれないの。見ての通りの暴れっぷりだから止められなくて……」


 何故に。

 孤児院内の生活において、シェイラを始め、年長組の言うことを聞かない子はいないわけではないが、セレナが反抗するというのは俺の知る限りでは初めてのことだ。

 それならそれでルクが抑えられると思っていたのだが、


「ルクは?」


「あそこよ。止めに入ったら、セレナに返り討ちにされちゃって」


 さすがに絶句した。

 アンジェが指差す方向に目を向けると、庭の端っこでシノンから手当てを受けている人間がいた。

 全身泥まみれで一瞬それと分からなかった。

 マジなのか。

 いやあの、片腕を失ったとはいえ仮にも上級騎士、本当の戦争を生き抜いた精鋭なんだが、マジなのか?

 ついに本物の化け物になっちゃったかセレナさん?

 この急激な成長。原因は考えるまでもなく目の前にある。

 鳥の獣憑き___クロウだ。


「どうにもならないの。だから……」


「俺に頼るのか。何も変わらないな。それを何とかするのが副院長の役目だと思うが」


 不意を突く冷たい切り返しに、アンジェは口を噤む。

 と同時に、俺は自分が不機嫌になっていることを自覚した。


(ああくそ……またか)


 あの二人に関わりたくないから孤児院を任せたという、俺の打算まで浮き彫りになった形だった。

 副リーダー養成などと言いながらこの様では、アンジェが完全に被害者である。

 かといって謝ろうという気も起きない俺は屑野郎だ。

 これ以上墓穴を掘る前に、やることを先にやらなければ。


「すまん。ちょっと行ってくる」


 これもまったく誠意のない謝罪だ。

 まったくどうしようもないなと自分自身にも苛立ちながら、俺は暴風域へ足を踏み入れた。


 せっかく良い気分で帰ってきたのに、それを害された感じだ。

 父が怒るときも、こんな感じだったのだろうか。



 ___前世で俺の父親は、よく飲んで帰ってきた。

 朝帰りも多かった故に、母との衝突も絶えず、飲んでいないときでさえ喧嘩は日常茶飯事だ。

 父のパンチで壁に穴が空いたこともある。


 当時、祖父や祖母に家を頼むと言われていた俺は、幼いながらも責任を感じていた。

 自分がどうにかしなければ、と。

 一人では何もできず、ただ無力感に囚われた。

 そしてストレスが頂点に達し、俺は親の財布から金を盗むという暴挙を犯した。

 それを知ったときの父の怒りと言ったらもう___



(……)


 一瞬で脳裏を巡った記憶に、少し頭が冷えた。

 今でこそトラウマでは無くなったものの、嫌な思い出だ。

 いまや前の世界のことはほとんど忘れてしまったが、覚えているものである。

 負の感情ほど、殊更に。

 このタイミングで思い出した意味は分からないが。


 俺は手を掲げて、振り下ろす。

 その動作に連鎖して、魔法陣の多重化で量が瞬間的に増大された水の塊が上空から落とされる。

 滝のように降り注ぐ豪雨がつむじ風を押し潰した。

 狼少女と鳥少年はずぶ濡れになり、嵐が止んだ。

 

「ゲホッ、ゴホッ」

 

「……」


 台風の目となっていた二人___クロウは水が気管に入ったのかむせ込み、セレナは雫を滴らせながら立ち尽くしていた。

 俺は冷めた目で二人を見返した。


「夕飯の時間だ。稽古をやめろ」


 クロウは俺を見て、ギクリとした顔になった。

 よく見ると、彼は顔が……いや全身がボロボロだ。打撲、擦り傷に青痣。満身創痍だった。

 ルクを倒すような剣士を相手取っていたのだから当たり前か。


 セレナはこちらにスタスタと歩いてくる。

 濡れた白髪の下から、瞳孔の細まった獣の目が俺を射抜くような赤光を放っていた。

 全身から白い蒸気が立ち昇っている。

 近付くにつれ、その熱気は俺の肌を焼くかのようだった。


「どこに行っていたの」


「術導院だ。ダン兄に稽古をつけてもらってた」


「……稽古?」


「お前が気にすることじゃない」


 瞬間、狼少女から形容しがたい威圧感が放出された。

 昨日と同じだ。悲壮とも憤怒ともつかぬ感情の波。

 セレナは木刀を俺に突きつけた。


「わたしと戦って」


「……何?」


「わたしと、戦って。……本気で」


 セレナはそう繰り返した。

 本気で戦えと。魔法陣や流脈機関を使って、ということか。

 今さらそんなことをして何の意味がある?

 俺を拒絶したのはそっちだろう。


「俺がいない間は、アンがリーダーだ。ちゃんと言うことを聞け」


 それだけ言って背を向ける。

 言うことを聞く気がないなら、後ろから俺を攻撃するなり何なりやればいい。その意味を込めて踵を返した。

 しかし、狼少女が動く気配はなく、代わりに声が聞こえてきた。

 囁くような小さな声。


「……まだ……足りない」


 直後、地面を強く蹴る音がした。

 振り返ると、そこから狼少女の姿は消えていた。

魔力回路には、素子があります。

『質量』『射出速度』『硬度』『密度』『体積』『加速度』『範囲』『座標』『持続時間』など。

これに魔力を割り振る形で出力を調整します。


エルの多重魔法は、この項目の威力値を累乗させている感じです。

水砲の魔法は下級二位で、素子は『質量』『射出速度』のみ。今回は質量に2、射出速度に8の魔力を割り振ったようです。

これの十枚重ねがエルの全力です。

威力は単純に十乗。

上級どころか特級魔法をも余裕でぶち抜く威力があります。シェイラの『摩天楼大獄』なら防げるか?


もうちょっと自重しろ主人公。

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