第三話 初めての街へ
さらに二年が過ぎた。
今更だが、最近になってこの世界にも暦があることを知った。
仕組みは地球とほぼ同じ、つまりこの星が恒星を一周することで一年となる。その公転周期は地球換算で約十四ヶ月。
割と遅めのペースで年齢が重なっていくというわけだ。
そんなこんなで五歳となった俺は、今日も今日とて魔法のお勉強。
……なんてこともなく。
今日はお休みの日だったりする。
というのも、今日はちょっとばかし特別な日だからだ。
ユークリッド大陸の東の果てに、クラヴィウス共和国という小国がある。
俺が第二の人生を享受した地がここだ。
この国では、三歳、五歳、七歳、そして十二歳になると祝い事をする習慣がある。
要するに、七五三と成人式だ。
クラヴィウス共和国では十二歳から成人なのである。
で、捨てられた俺は推定一歳から孤児院に来て四年経っていた。
これを律儀にも覚えてくれていたシェイラが、お祝い事を計画していたのだ。
今までにも数人の子供が祝われていた(俺の仕事はにっこり笑いながら『おめでとー』と花束贈呈することだった)のを見たことがあったが、まさか俺まで祝ってもらえるとは思わなかった。
三歳になった時は何もなかったのだ。
他の子たちは三歳五歳七歳、そして十二歳の日、全部祝ってもらえていたので、俺だけないのかなーとは思っていたが。
あの頃は、孤児院も何やら慌ただしかったし、仕方ないだろうと割り切っていた。
さておき、俺の誕生日会である。
昨夜、俺が夜遅くまで魔法の研究をしていたところ、いつもの消灯時間になっても灯りが消えなかったので、風魔法『消音』で忍び足をしつつ教室を覗いてみた。
そこでは、いつも一生懸命働いてくれるエルちゃんのために、シェイラ母主導で着々と計画が立てられているところだった。
こんな夜遅くまで、
みんなが俺のために、
祝い事の計画を立ててくれている。
正直感動した。
もう泣きそうだった。
思わず水魔法『遠視』でボードにまとめられた内容を読みかけてしまったほどだ。
そこで掠め取った内容は、まず『俺を外に連れ出す』ところから始まっていた。
その間に孤児院の飾り付けをするのだ。
今までの子供の時もそうしていた、言わばワンパターンだが、こういうのは外見ではなく中身である。
帰ってきて飾り付けがされているのを見たら一瞬で泣ける自信がある。
幸いにもそこから先の計画は見えなかったので、何が起こるか楽しみだ。
楽しみすぎて昨日の夜は寝付けなかった。
まさしく遠足前夜の子供であった。
そういうわけで、俺は今、初めて孤児院の外に出て、近くの街に来ていた。
距離的にはそう離れてはいない。
が、道に魔物が出現するため、十歳以下の子供は厳しく外出を制限されていた。
もちろん俺もだ。
俺が学んだ下級魔法は、どれも生活の中で役立つ程度のものでしかない。威力や規模的に戦闘で使えるようなものではないのだ。
魔物に出くわして死にたくないし、無理して外に行く気もなかった。
今回は特別、年長組たちの護衛と共に街へ行くことになっていた。
道中、会敵した魔物は十体ほどだった。
興味があったのでじっくり観察……する間もなく、魔物は蹴散らされていった。
魔物がそれほど大型でなかったこともあるが、それ以上に年長組が超たくましい。
男子は剣を、女子は魔法を巧みに使いこなして、魔物を翻弄していた。
特に魔法の扱いは、今グループ女子最年長のレイチェルと、一人称僕っ娘のエルシリアが上手な印象だった。
二人が使っていた魔法は、おそらく中級のものだと思うが、二つの属性を同時に使い、組み合わせていたのだ。
二属性の精霊を対象にした呪文だ。
例えば、爆発と球状の風を合体させたものを魔物に投げつけて炸裂させ、一瞬で黒焦げにしたり。
底に泥沼を溜めた落とし穴を作ったり。
水を火で蒸発させたときの水蒸気で、敵の目を眩ませたり。
前線で剣を振る少年たちを上手いこと援護しつつ、効率的に立ち回っていた。
いやはや、とても参考になる戦いだった。
この時、俺は誕生日会で、逆サプライズで魔法を見せてみようと決めた。
みんなをびっくりさせたいというのもあるが、年長の二人に魔法の稽古を付けてもらいたいというのが主な理由だった。
むしろ、今まで隠れて練習する意味は特になかったのだが……。
なんで隠してたのか自分でも不思議だ。
ともあれ今、俺たちは街の門前にいる。
昼前ぐらいの時刻だった。
(おー……人多いな)
今まではさして興味もなかったが、やはり来てみると違うものである。
街はかなりの盛況ぶりを見せていた。
少なくとも生前俺が住んでいた田舎町より人の往来がある。
誰もが金属の胸当てや鉄剣を装備しているため、人の声以上にがちゃがちゃとした騒音がやかましく聞こえる。
何より、全員見た目が多彩だった。
獣耳や尻尾を生やした大人、俺と同じぐらいの背丈なのに酒を浴びるように飲んでいるちびっ子。見ているといよいよ本格的異世界ファンタジーな気分になってくる。
孤児院の子は、ほぼ全員が人族がメインの血筋で、小さな角が生えてたり耳がちょっと尖っている程度の違いしかない。
俺の出生は不明だが、たぶん人族だ。
思えば、この二年、俺は魔法の勉強や剣の稽古ばっかりやっていた。
一日も欠くことなく。
自分でもびっくりの継続力だが、最近は剣も魔法も行き詰まりかけていたのだ。
特に魔法は中級に手を出し始めたところだが、どれもこれも詠唱が長すぎてマンネリ化しつつあった。
今日一日で目一杯リフレッシュしよう。
「さて、エル、どこ行きたい?」
「んー……みんながいつも行ってるとこで」
「いつもってな。肉屋とか八百屋だぞ」
今日街に来たのは、俺を抜いて五人。
男子三名、女子二名だ。
俺を見下ろしつつ苦笑する彼は、孤児院でも顔面偏差値高めの少年・ダン君。このグループでは最年長の十一歳である。
「……ぅ。人多いのキライ」
「うはは、見えた、見えた! 水玉だ!」
その後ろの、影みたいに薄い存在感の子はガストン君、九歳だ。
逆にはっちゃけてる八歳児がトミー君。
そのトミーに今しがたスカートをめくられた女子は、魔法が上手なレイチェルちゃんである。確か十歳だったはずだ。
「レイ姉さまのぱんつは水玉ですか」
「おい、エル、見なくていいぞ」
「多分あれ、昨日俺がたたんだやつだと思うので、今更ですよ」
「……そういう話じゃなくてだな」
ダンはぽりぽりと頬を掻いていた。
頰が少し赤くなっている。
(ははあ……そういうことか)
彼も思春期だということだろう。
一人でニヤニヤしつつ、俺はこっそり魔法を使って突風を発生させる。
「きゃぁ!?」
はい、またご開帳。
ダンがますます赤くなりつつ、ちらちらと目をやるのを見て謎の満足感に浸る俺。
しかしながら、やはりパンツというのは、畳むときより履かれている時の方が立体感があっていいな……
……はっ!
いや、ちょっと待って。
これは違うの。
俺も変態になったわけじゃないの。
パンツの立体感とか言ってる時点で色々とアレだが、頭の方は二十歳をすぎた大人だということを思い出して頂きたい。
身体的に未成熟な俺は、こうしたシーンを見ても特に体が反応を示したりはしない。
が、恋人がいたにも関わらず、俺は前世で魔法使いの証も捨てられずにこっちへと転生してしまったのだ。
だからか、中身の方の俺はこうしたことに興味津々だったりするのだが、さりとてガワの俺は無味乾燥としており、気付けば『二十歳の思考』が『五歳児の気分』で回るという奇妙なことになっていたのだ。
やっぱ変態じゃんとか言わない。
考えても興奮しないので、知らぬ間に深いところに踏み込んでしまっていただけだ。
まあ、肉体年齢と精神年齢に十年以上開きがあるのだし、年齢差をすり合わせるために必要なことなのだろう。
今日も素直に眼福にあずかるとする。
「こんの、いい加減にしなさいトミー!」
「わーばかばか、こんなところで爆撃しちゃダメだよレイ姉!」
と、まだ紹介していない子がいた。
ブチ切れて爆撃魔法の呪文を唱え出すレイチェルを抑えているのが、エルシリアだ。
九歳という年齢の割に落ち着いた雰囲気で、肩辺りで切り揃えた短髪とボーイッシュな服装を好む女の子。
ちなみに、彼女は短パンを履いているが、パンツの色は白である。
そこに俺を加えた六名。
そんな個性溢れるメンバーで、行くあても決まらないままのんびり街をぶらついていると、ガストンがダンの袖を引っ張った。
「……ダン兄。お腹減った」
ダンは空高く昇った日を見上げた。
「あー、そうだな。まずは飯にするか」
「じゃあ、エルの希望と合わせて、いつも私たちが行ってる店に食べに行ってみるのはどうかな」
「おうエルシー、その案採用」
エルシリアの提案を受けてダンが方針が決めた。
彼女の呼び名が俺のと若干かぶっていて、毎回反応してしまう。
オゥメルシー……なんつって。
「ほーら行こっ、エル!」
「ふわぁ!」
レイチェルに背後から突然抱き上げられ、変な声が出た。
俺は最近、体の方もかなり成長して、体重もそれなりにあるはずだが、それをこうも軽々と。
思春期一歩手前の乙女とは思えない。
俺たちは、街の喧騒に深く入り込んでいった。
お読みいただきありがとうございます。
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小説の内容を変更いたしました。
修正前『その公転周期は地球換算で約十ヶ月』
修正後『その公転周期は地球換算で約十四ヶ月』
及び、これに付随する文章