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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 変革期編
27/41

第二十四話 失速、減速、自己嫌悪



 思えば、アンジェの石つぶてを額に食らった後なのだった。

 その傷に追い打ちをかける形となったセレナの一撃。

 俺の頭蓋骨は二つに割れそうだ。


「……大丈夫?」


 ベビールームの隅っこで座り込んだ俺に、アンジェが心配そうな声を掛ける。ヘルガとオウルを寝付かせたところだった。

 俺は苦笑いしながら彼女を見上げる。


「自業自得だからな。怖かったか?」


「怖くはなかった……けど。なんか別人みたいで」


 そうだろうとも。

 あんな風に我を忘れて戦いに没頭したのは、初めてだった。

 しかも、正確に言えばあれは戦闘ではなかった。

 ……人体実験だった。


 最悪である。

 エルシリアとレイチェルの顔に泥を塗るような行為だ。

 まるで俺の力みたいに振りかざして、何様のつもりだ俺は。

 クロウという鳥少年、彼には謹んで陳謝したが、もはや自己嫌悪の加速が止まるところを知らない。


 それでも今、多少持ち直すことができたのは、俺が『院長代理』という立場にあるからだった。

 ここで俺がぽっきり折れてしまったら、その影響は周りのみんなに伝播する。

 プライベートと仕事をしっかり分けてこその大人。

 ぶっちゃけ今も胃がめっちゃキリキリするけど我慢だ。


「別人、ね。今はどうだ?」


「いつにも増して馬鹿面よ」


「そりゃ良かった」


 再び目を閉じて、俺は瞑想に入る。

 考え事をしながら流脈機関を駆動させ、並列的な思考力を鍛える訓練だ。

 筋トレしながら英単語を暗記する……というよりは、ソシャゲのオートゲーム機能でクエストを自動的に進める傍らで考え事してるような感じだが。


 なんでこれが瞑想かって?

 何してるのと言われて、それっぽく『瞑想です』と答えてみたらそれが定着してしまっただけだ。

 さほど難しいことをしてる訳ではない。


 と、隣にすとんと腰を下ろす気配がして、左目を開ける。


「……どした?」

「今までは全然、本気じゃなかったのね」


 俯き気味な姿勢でさらりと垂れた赤毛の隙間から、ジトっとした少女の鳶色の瞳が覗く。

 本気とな。

 魔法授業の対決のことだろうか。


「レイ姉とかエルシー姉とか、一緒に何かやってるなとは思ってたけれど。詠唱なしの魔法とか見たことないわ」


「ん、まあな。流脈機関と、魔法陣ってのを研究してた」


「……それ、私たちにも教えてくれる?」


「そのつもりだけど、流脈機関は失敗すると手足が吹っ飛ぶ可能性があるから、教えるなら魔法陣かな」


「……」


「説明するからそのジト目を止めてくれ、アン」


 エルシリアとレイチェルは、技の一般公開に関しては何も考えていないようだった。

 一朝一夕で真似できるような技ではないので、それくらい緩くても良いようにも思えるが、懸念がある。

 なので、あまり安易に広めないように、とは言っておいた。

 俺みたいに考え無しではないので、大丈夫だと思う。


「魔力制御を維持したまま、放散置換する?」


「そう。制御に失敗しても死んだ魔法になるだけだし、練習自体は安全だ」


「ふーん……えーっと《水の精霊よ》」


 アンジェの手から白いもやが噴き出す。

 この時点で失敗だ。

 これではただの放散置換である。

 魔力回路が完成しないまま体外に具現した魔力は、死んだ魔法と呼ばれる。

 死んだ魔法はこのように、白い霞となって霧散してしまう。

 魔法陣として発動に成功した場合は、一瞬だけ魔力回路が空中で白い模様のようなものを形作る。……この技を魔法陣と名付けたのは、この模様がいかにもそれっぽかったからだ。


「違う。体の中で魔力の流れを動して回路作るだろ? それをまんま体の外でやってる感じ」


「《風の精霊よ》……無理でしょこれ」


「そう思うわな。でも練習すればできる」


 魔法陣の難しいところは、霧散しようとする魔力を強引に制御下においたままの状態にして操作するところだ。

 家の中でドローンを操縦するのが普通の魔法とすれば、魔法陣は突風吹き荒ぶ嵐の中で凧を思うままに操れと言っているようなもんである。

 当然ながら、本体から凧が遠ざかるほど制御も難しくなる。

 練習を重ねると、その突風の風向き、凧をどう引けばどう動くかが何となく分かるようになるが、こればかりは練習を積まなければ理解もできないだろう。


 一つ確実に言えることは、魔法陣を練習するだけで魔力操作技術はむちゃくちゃ上達する。

 今の俺なら、普通の魔法なんて寝起きに使っても暴発しない。

 無論、戦闘中であってもそんな油断はしないが。


「……無理。これ無理! エル、あの戦いでこんなのやってたの? 嘘でしょ」


「最初からできるわきゃないだろ。ほれ、あそこ見てろ」


「あれって何よ。花瓶?」


「ん」


 ちなみに、その凧___体外魔力の制動範囲だが、レイチェルは二メートルだった。

 エルシリアは五メートル。

 そして俺は五十メートルほどだ。

 経験が物を言うだけに、九年間延々と魔力操作技術を鍛えてきた俺は、必然的に魔法陣制動もぶっちぎりだった。


 そして、魔法陣をそれだけ扱える俺の立場からすれば、魔法陣が犯罪や軍事的に悪用されたら国の秩序が崩壊する。

 俺が考え付くだけでも完全犯罪がやりたい放題になる。

 先ほど述べた『懸念』がこれである。


「私の見間違いじゃないなら、水かさが……増えてるように見えるんだけど」


「水やりの手間が省けるだろう」


「こんなの、ホントにやってるんだ」


 呆然、というよりは唖然とした顔のアンジェ。

 これが水やりで済めばいいが、俺がその気になれば、ここに魔力を残して五十メートル離れた茂みに姿を隠し、頃合いを見計らってベビールームの子供を窒息させられる。

 魔法陣を使わずに実行しようとすれば、窓の外から魔法で狙撃の真似事をするか、孤児院を丸ごと爆破するか、直接乗り込んで喉を掻き切るかするしかない。

 それが魔法陣なら、音も気配もなく達成できる。


 考えるだに吐き気がするが、実際にそういうことは可能だ。

 だからこそ、より一層、慎重に使わなければならない。

 ならないというのに。


 ……また自己嫌悪がアクセラレートした。

 ホントにごめんなさいクロウくん。


「あ、エル。誰か呼んでるよ」


「ん……? ああ、本当だ。クロウが落ち着いたかな」


 居間から俺を呼ぶ声がする。

 俺は瞑想を終了し、体内で循環させていた魔力を放散置換で外に排出する。

 全身から『死んだ魔法』が噴き出した。


「きゃっ! 何これどうしたの?」


「あー……これは、あれだ、放散置換。体ん中循環させてた魔力を外に出しただけ」


「……さっき言ってた流脈機関ってやつ?」


「それ」


 アンジェは胡散臭そうに眉を寄せた。

 流脈機関は、その性質上、一度引き出した魔力は戻せないという原則に割を食っている。

 なので、非戦闘時はこうして魔力を排出するのが基本だ。

 日常でも延々と魔力を循環させ続けることができればそれが理想だが、さすがにそうもいかない。

 万全の状態でオートバトルしてもクリティカルをもらってゲームオーバーになることだってあるのだ。

 魔法陣と比べるとメリットもデメリットも地味。

 エルシリアはそう言って苦笑していた。


 ともあれ、現実逃避もここまで。

 そろそろみんなのところに戻るとしよう。


「あの男の子、どうするか決めたの?」


「うん? んー……まあ一応」


 現在、時刻は昼頃である。

 ルクたちが帰ってくるタイミングは二回。

 孤児院で昼食を取る場合はすでに帰ってきているはずで、そうでないということは街の方で済ませたか、一日掛かりのクエストでも受けているのだろう。


 この時間まで待っていたのは、ルクに相談したかったからなのだが、帰ってこないのであれば仕方がない。

 年長組には、帰ってきたら連立方程式の演習問題をやらせる予定だったが、こういった場面を臨機応変に乗り越える感覚はもう身に染み付いている。

 命拾いしたなトミー。

 とにかく、今は俺の独断でどうにかするしかない。


「ま、悪いようにはしないさ。昼飯でも食いながら話そうぜ」


「そうね。私お腹ぺこぺこ……あ、今日の当番ってエル?」


「そうだけど?」


「……あー楽しみだなぁ! エルのご飯美味しいし!」


 最初のちょっとした沈黙はなんですか。

 チラッと俺の方見ちゃって。

 現金なんだからもうこの子は。

 よーし、おじさんちょっと張り切っちゃうぞ。

 



 ***




 張り切るなんて言った手前、下手な料理は作れないが、作るのはただの野菜炒めなので下手になりようがない。

 しかしあれだ。

 最近、この塩気の効いた野菜と肉を、お米と一緒に頬張りたい欲に駆られる。

 孤児院での主食は腹にたまる硬い黒パンなのだ。

 卵ご飯とかお茶漬けが食べたい。

 最後に食べたのは十年も前のことだし、ふんわりと美味しかった印象しか残っていないが。


 なんて考えてたら無性に腹が減ったので、俺もシノンやアンジェに便乗してお代わりをした。

 お腹がくちくなった。


「さーてー、たらふく食ったか皆の衆」


「シノンとアン姉さんが最後の一口巡って喧嘩してまーす」


「よーしお仕置きだ」


「えっちょっ、なんで俺!? っきゃははははは」


 チクってきたアレクをくすぐりの刑に処する。

 やり過ぎると、本能が刺激されたらしい連中が俺にちょっかいを出して『こちょこちょして』アピールをしてくるので、ある程度の手加減と節度を守るのが重要だ。

 うん、何を語ってんだ俺は。


 シノンとアンジェは顔を見合わせ、素直に皿を置いた。

 ……なぜ顔を赤らめながら脇腹を防御してるんだい?

 そんな顔してると、くすぐりの刑を建前に女子の体を弄っちゃう三十路手前のおっさんがやってくるぞ?

 今の俺は賢者ならぬ反省モードなので、そんなセクハラをする気はないが。


「さて、昼休みに入る前に、少しお話があります」


 場が少し落ち着いたところで、俺は本題を切り出した。

 セレナの隣に座っている鳥少年に視線を移す。

 目が合うと、彼はびくりと肩を強張らせた。

 取って食いやしないですよ。


「えー……今朝の一件ですが。あれですね。クロウが勇者でセレナが姫で、俺完全に魔王だったねアレ」


「……」


「……」


「いやなんかもう本当に申し訳ありませんでした」


 和やかな雰囲気でお話したいなー、と有名な英雄の物語に準えて冗談を言ってみたつもりが、盛大に滑った。

 いや、ていうか、そういえば七人の英雄の話にはお姫さまなんてポジションの登場人物はいない。前世のあれこれと記憶がちぐはぐになっている。

 シノンとアンジェがまた顔を見合わせている。

 きっと『何言ってんのこいつ』って顔してるに違いない。

 もう俺ダメだ、色々とダメだ。


「なんでお前が謝るんだ? 僕は負けた。それだけだろ。お前は何も悪くない」


 一方でこの鳥少年、決闘前の圧倒的セルフィッシュな発言は一体どこに行っちゃったのと聞きたくなるような潔さ。

 昼飯も黙々と食べていたし、アレクよりよほど行儀がいい。

 なんか額の傷がズキズキしてきた。


「それだけのことなんですが、それだけじゃないんです」


「意味が分からないが……僕の方にも少し、勘違いがあった」


 さらにクロウは、何やら思い詰めたような顔で立ち上がった。

 色々と質問しようと思っていたのが、出鼻を挫かれる。


「勘違いですか?」


「セレスティナから話を聞いた。ここは孤児の保護施設なんだってな。いきなり襲えば、自衛に出るのは当たり前だ」


「お、おう」


 ……なんか理知的なこと言い出したぞ。

 俺を雑魚とか連呼してたのは一体何だったんだ?

 あれか、お前も情緒不安定か?


「クロウは私の幼なじみなの」


 などと若干混乱気味の俺を余所に、今度はセレナが立ち上がってクロウに目配せした。

 俺はいよいよ狼狽気味になる。

 あのセレナが自発的に発言とか、ただごとではない。


「奴隷にされた獣憑きの、解放を目的にした団体。クロウはそこに所属してる」


「セレスティナが攫われたのがきっかけだ。二年前にようやく入隊の許しが出て、ここまで来た。やっと見つけたと思ったら、周りが見えなくなって……」


「あんな風に突っ込むのは昔から変わらない」


 揃いも揃っていきなり何を語り出してんだこいつら。

 困惑した様子のアンジェが口を挟む。


「解放団体って、どういう……近くに来てるの?」


「ああ。……と言っても、僕が決闘に負けたから、もういないはずだ。勝ったらセレスティナを隊に連れて帰る手筈で……」


「負けたら、どうにかここに留まって、私を守れって」


「……そこは話しちゃいけないところなんだが……まあいい。それで、負けたのは僕だから、本当は引き下がって然るべきなのは理解している。その上でお願いがある」


「解放軍はもう行っちゃったから、クロウの行くあてがない」


「待てって、僕が言うことだってそれ」


 二人は交互に話し、互いの言葉を補完しながら内情を綴る。

 まるで示し合わせているかのように息ぴったりだった。

 俺は目を白黒させた。

 知らないところで勝手に話が進んでいく……いや、話は分かるのだが、なぜか頭が働かない。


 つまり、何か?

 そこでセレナが奴隷化されていると誤解したクロウは、盲目的に孤児院へ突撃を仕掛け、俺と決闘したと。

 勝てばセレナを奪還し、負けたら孤児院に残ってセレナのそばにつくと。


 なんかおかしくね?

 近くに奴隷解放軍的なのがいたということは、無論俺たちの戦いも見ていたはず。なら、クロウが窒息死させられかけたのを黙って傍観しているものだろうか?

 さらに言うなら、ここが奴隷を強制労働させるような犯罪施設ではないことくらいは見て取れたはずだ。

 ……うん、俺が過労死寸前まで酷使されてるのはさておき。

 この平和な孤児院にくさびを打ち込む意味は?


 そも、奴隷施設の人間に決闘を申し込んで勝てば『はいどうぞ』と解放されるとでも思っていたのか?

 奴隷解放隊なんて組織してる割に思考がお花畑なのか、それとも頭の中まで筋肉なのか。


 色々腑に落ちない部分があるが、ええと。

 結論はどこに落ち着く?

 クロウの行くあてがない。

 つまり。


「この孤児院に危険がないことは分かったが、解放軍として彼女を一人ここに残すことはできない……というのが建前だ。僕もここに住まわせてほしい」


「クロウは私を守る。それが役目。私はクロウを見張る。いきなり他の子襲ったりしないように」


「ああ、うん、そうだな……僕のことを不安に思う人もいるだろうし、基本的にセレスティナと一緒に行動するつもりだ」

 

「それでいい? エル?」


「……」


 みんなの目が俺を向く。

 上手く思考がまとまらない。

 同時に、流脈機関の訓練の成果か知らないが、何故に上手く頭が動かないのかを冷静に分析するもう一つの思考回路があった。

 知りたくない答えほどあっさり出るものだ。


 俺はセレナを見つめていた。

 彼女はあからさまに、目を逸らしていた。

 それで理解できた。

 目を閉じ、息を吐いてから開ける。


「分かった」


 導き出された答えは単純で、醜く、人間的だった。

 ___今の俺は、ただ、セレナを奪われたという現実を認めたくないだけの、単なるガキだった。



以後の更新について、5/20の活動報告に書いてあります。

要約すると、機種変したら小説のデータが全部消え吹っ飛んだのでしばらく更新できないかもしれない…といったものです。


できるだけ一週間以上の間隔は空けないようにしたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。

ご迷惑をおかけし、申し訳ありません。

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