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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 変革期編
25/41

第二十二話 ちびっこ先生の苦難

ふへぇ、登場人物が多いと頭使う…( ´・ω・`)

GW中ということで一話投稿です。

 実は今、シェイラは孤児院にいない。

 ここから東に七十キロ、クラヴィウス共和国の首都ヴィランズにて、まさに佳境にある戦争で特権軍師を務めている。

 元・最優の術導教師ということで、ずいぶん前から戦争で指揮を取るよう騎士団から要請が来ていたのだ。今までは突っ撥ねていたのだが、一年前のルロイの一件で話が変わった。

 更に後押ししたのは、オルレアンに戻ってきたルクだ。

 現在は上級騎士である彼は、戦争の最前線で剣を振るい、片腕を失って戦線を離脱した。

 戦争で主力となっている騎士団には、シェイラの指導を受けた者が少なからずいる。戦況が悪化したことでシェイラの教え子たちが苦しんでいることを知り、シェイラは戦争への参加を決断。ルロイと一緒に東へ旅立ったのだった。


 それから半年ほど経った最近になって、シェイラの大魔法を起点に展開された魔法部隊の奇襲が敵に壊滅的打撃を与え、大どんでん返しが起きたというニュースはこの街にも届いた。

 もはや話の規模が大きすぎていまいち凄さが伝わらないが、我らが聖母は相も変わらず超有能らしい。

 感情が高ぶると身も蓋もないようなことを口走ったり、自身の胸のミニマムサイズを密かに気にしていたり、頬のそばかすの悪口を言われるとブチ切れたりと日常ではヒューマニティ全開のシェイラだが、実力は本物だ。

 騎士団や術導院に大きな影響力を持っているのも頷ける。

 彼女の元で薫陶を受けられるということは、実はかなりの幸運なのかもしれないということを、今更ながらに自覚した。


 さて、シェイラが遠方でそんな活躍ぶりを見せている折、孤児院の方はどうなのかという話に変わる。

 院長が不在なわけだから、代わりに取り仕切る人物が必要になるのは自明の理。

 では誰がその代役を務めているのかと言うと……


「おはよう、エル。疲れているな」


「おはようございます先輩。そりゃ疲れますよ」


「疲れるのはよく働いている証だ。がんばれ院長代理」


「代わってくれませんかね」


「それはいやだ。事務仕事は性に合わん」


「労働基準法も糞もねえなこんちくしょう」


 ……いやまあ無駄に遠回しに言うのもあれなので単刀直入に言うが、現在の『孤児院院長代理』は俺ということになっている。

 院長室にて待っていたルクに挨拶しつつ、俺は教本を机に置いて椅子にもたれかかった。


 俺の肩書きは今、トゥエル・エルフィア孤児院院長代理とかいう大層なものになってしまっている。この無茶振りを告げられたのはルロイの事情が明らかになって数日後のことだ。

 術導院や騎士団は戦争でてんやわんやなので人材派遣を頼み込むわけにもいかず、孤児院内から監督役を選ばなければならなかったのである。

 中身二十七歳という点を考えれば、これに選ばれなかったら色々な意味でショックを受けたかもしれないが、当時はシェイラの遠征自体が初耳で、大人らしからぬ狼狽っぷりを見せてしまった。

 その後に話し合って、その内容と期間、報酬について折り合いを付けてから、俺は『院長代理』を引き受けた。

 今は若干後悔してないでもない。


「じゃあ打ち合わせ始めましょうか」


「ああ。今日もいつも通り、午前中は私が実戦、エルが授業でいいか?」


「概ねそんな感じで。トミー兄には『次宿題忘れたら一週間缶詰にするから』って伝えといてくれますか?」


「了解した」


「アンジェは今日俺が預かります。クレイ兄とミミ姉がリーダーの二班で、班分けは任せます」


「む……複合パーティの実戦をするということか?」


「あれ言ってませんでしたっけ。すいません」


「それはいいが、アレクをどこにいれるか……視野が広くカバーに入れる者がいた方がいいだろう?」


「いえ、一度痛い目に遭わせないといつまで経っても直りませんよあの猪突猛進は。クレイ兄ならそこら辺の意図も汲んでくれるはずですので、そっちのパーティにいれてください」


「……中々過激な手を取るようになったな。お袋顔負けだ」


「愛の鞭と言ってください」


 紙束をガサゴソと広げながら、俺とルクは今日の大まかな予定を話し合う。

 見て分かるように、代理と言っても全ての職務を引き継ぐわけではない。シェイラの遠征中はルクが孤児院に滞在し、戦術面の指南を行うことになっている。

 隻腕ながらも彼の取る教鞭はガチの戦場を戦い抜いた技術と経験の賜物である。戦術指導役としての適任は他にいないだろう。

 最終的な俺の役割としては、主に生活指導、語学をはじめとする座学の授業担当、そして二年前にカリキュラムが変更された魔法学の教導を行うこと―――この三点である。


「エルは何を教えるのだ?」


「今日は魔法ですかね。放散置換ができない子がいるのでそっちに専念します」


「午後の年長組には何をやらせる?」


「いつも通り短縮詠唱の訓練と、これ、座学の演習問題を用意したので渡しといてください」


「ふむ。……これは何の問題だ」


「連立方程式です。ルク先輩もやりますか?」


「難解すぎて禿げそうだから止めておこう」


 特に最後の一点、魔法学のカリキュラム変更に関しては俺も一役買っていることもあり、割と適材適所な感じだ。

 今でこそ院長代理として何とか形にはなっているものの、当初はやること多すぎて軽くオーバーヒートし、体調を崩してぶっ倒れたことがあったりする。

 この世界に来てから普通に風邪を引いたのは初めてだ。

 布団に潜って一日したら治ったが。


 他にも、孤児院に来たばかりの子供の面倒や、術導院や騎士団に対する外向きの対応、一時預かりシステムの運用とそのご両親との連携、資金繰り、衛生面の維持と管理など。

 俺一人で全てをこなしているわけではないのだが、それでも膨大な仕事量だ。

 年長組が手伝ってくれている今でさえほぼ飽和状態。

 シェイラはこれを一人で捌いていたというのだから相当だ。

 ブラック企業なんてもんじゃないな。


 これ以上の負担は勘弁してほしいところで、残念ながらもう一つだけ不確定要素が存在するが、それはその時に考えよう。

 余計なことを考えてる余裕はない。


「ふぅ。じゃあ行きましょうか」


「ああ……お前も大変だな」


「同情するなら金をくれ」


「心配した私が馬鹿だったようだ」


 まあ、現状さえ維持できればどうにでもなる。

 ぶっちゃけポジティブに考えないとやっていけない……というかネガティヴに考え出すと、子供一人一人にカリキュラム立てるとか無謀だし九歳児に対する子供たちの信頼とかたかが知れているのですげー神経使うし肝心の俺自身の学習と鍛錬の時間がめちゃくそに少なくなってるし事あるごとにパーティの準備しないといけないし夜間の脱走案件件数がここ一年で三倍に跳ね上がってるし人攫いも未だに街をうろついてるから気を使うし生理の相談とか俺にされても困るしルクは脳筋だし俺そろそろ過労死すんじゃねえかな、と負の思考ループが始まってしまう。

 ……真面目に病んできてるかもしれない。

 近いうちに休日でも取って術導院にいるダンに愚痴吐きに行こうかな、などと考えながら、俺はルクと共に院長室を出た。


「心配してくれた割に結局金くれないんすね」


「お前のこと嫌いになりそうだからそれ以上はやめろ」


「では代わりに、今度街でなんか奢ってください」


「ふむ。それくらいならいいだろう」


「ッシャァ!」


「……お前、本当に九歳か?」


「それよく言われます」


 ―――その後数時間もしないうちに。

 例の不確定要素が、最悪な形で我が身に降りかかることになろうとは、この時の俺には知る由もないのだった。




 ***




 九時。授業開始の時刻である。

 実戦訓練の準備を進めているルクと年中組が窓の外に見える。


「そいじゃあ授業始めます」


 実はエルフィア孤児院の敷地はあまり広くない。

 一階は居間が食堂兼団欒の場となっており、その隣に授業を行う教室がある。教室はそこそこ広いので、椅子と机を片付けて魔法の訓練、雨天時の剣術稽古に使ったりする。

 他には水浴び場と、広めの庭にライザーの小屋とちんまりとした家庭菜園があるだけだ。

 まあ孤児院の平均的敷地面積とか知らないのだが。

 慣れから手狭に感じているだけだろうな。


 今日は魔法の授業なので、教室の椅子と机は隅にまとめてある。

 どうでもいいが、なんか小学校の大掃除を思い出す光景だ。


「……未だに違和感あるわ」

「ちびっこ先生なー」


「ちびっこ言うな」


 さて、これから授業を始めるわけだが。

 初っ端から舐めた口をきく子供たち。実はこれ、相手が俺だからというわけでもない。

 シェイラ相手に『チビエルフ』だの『貧乳』だのと身も蓋もないあだ名を飛ばす子は毎年いる。今年はアレクサンダーが担当だ。

 貧乳と口にした時点で院長室行きとなった事案は記憶に新しい。


 ともあれこんな絡みでいちいち怒っていられない。

 時間は有限で、言葉も有限なのだ。


「今日は魔法の短縮詠唱と放散置換の練習を行います。いつも通り二人一組になって練習」


「「「「「らじゃー」」」」」


 本日俺の講義を受けるのはセレナ、ドリス、アンジェ、シノン、ローランドの五人だ。

 俺が教えたものとはいえ、その気の抜けた返事に突っ込みかける口先を自制するのは思いのほか精神力を要した。

 どうにか堪えて授業を続行する。


「……手本を見せるんでよく見ててください。アンジェ」


「もう用意できてるわ。今日こそ勝つんだから!」


「できるもんなら」


 エプロン姿の少女は、呼ばれる前から俺の前に立ち、双眸を爛々と光らせて俺を睨んでいた。

 物騒な台詞に冷めた口調を返すと、彼女の顔が険しくなる。

 俺とアンジェは、互いに右手を突きつけるように構えた。


 この訓練では魔力操作の瞬発力と判断力を鍛える。

 先攻、後攻などは決めず、また双方どっちがどの属性を使うかも分からない。魔法と魔法が衝突した際、打ち負けずに貫通した方が勝ちになるのだが、これが中々難しかったりする。

 先手を取れば自分の得意な属性で攻撃できるという優位性が存在する。一方で後手に回った場合、相手の使った魔法の属性と威力を見極めて迎撃する形だ。こちらの方が高度な技術を要するが、有利属性で反撃できるという利点がある。

 一応怪我を避けるため、使っていい魔法は各属性の下級六位以下と限定してある。


 と、そんな西部劇の早撃ちガンマンじみた駆け引きも大事だが、実はこの授業の要点は『短縮詠唱』の実戦導入にある。

 二年前、ディバイン・ボアの群れを相手取った俺の戦いに何かを学んだらしいレイチェルが、魔法授業で短縮詠唱を教えるべきだとシェイラに熱弁をぶちまけたのだ。

 実用性に極めて懐疑的だったシェイラだが、レイチェルの演説を理論で補強したのが、エルシリアだった。

 彼女は俺が大量の魔物を相手に生き残った要因として短縮詠唱を挙げ、また多くの上位魔法が過剰火力であると指摘し、上級魔法を一分で発動する魔法使いより中級魔法を一秒で発動する魔法使いの方が有用だと主張した。

 最終的にはシェイラも興味を示し、短縮詠唱は試験的に魔法授業カリキュラムに組み込まれることになった。


 大学の卒論を完成させたような謎の達成感を得た……というのはさておき、短縮詠唱はセンスや才能より年季が物を言う。

 エルシリアは相当に努力し、半年で下級魔法の大半を短縮詠唱で発動できるようになった。天才肌のレイチェルは苦戦気味で、下級の中でも低位しか発動できずにいた。

 最も熟達しているのは言うまでもなく俺である。

 中級魔法までを全て一言詠唱(各属性魔力を引き出す起唱のみで魔法を行使)できる。

 一言詠唱は、二人曰く『もはや神の領域』らしいが、ぶっちゃけ短縮詠唱の習熟速度は圧倒的に二人の方が上だ。あの調子で五年も訓練を続ければ、神の領域など容易く超えて見せるだろう。

 次に会うときは一言詠唱で上級魔法をぶっ放してきそうだ。

 俺の魔力は上級魔法一発分の量もないので、中級魔法で打ち止めなのだが。


 まあ、それとこれとは別の話。

 上級魔法も使えれば戦術に幅が出るが、使えないものは仕方ないと割り切るしかない。

 今は目の前の勝負だけに集中するとしよう。


「……」

「……」


 俺が絶対に先手に出ないことを知っているアンジェは、じっくりとタイミングを図っているようだった。

 しかし彼女の性格上、そう時間をかけることはない。

 ついでに、俺はどのタイミングで攻撃されても大丈夫だ。

 やがて―――少女が動いた。


「《火の精霊よ、焼き払え!》」

「……《水よ》」


 アンジェが放った魔法は下級五位火魔法『蛍火』。

 下級五位なので反則だが、予想の範囲内。だが加速回路を使ってきたことには驚いた。

 昨日教えたばかりだというのに、素晴らしい吸収力だ。

 俺の作り出した下級六位水魔法『流剣』が蛇のようにのたうち、連射される火の玉を片端から消し飛ばす。

 次いで、


「《土の精霊よ、撃ち抜け!》」

「おっ、と《風よ》」


 マシンガンのように大量の石つぶてが飛来する。

 それらは蒸発した流剣の蒸気に紛れ、反応が一瞬遅れる。

 下級三位土魔法『飛礫』だ。

 これもまた加速回路を使った見事な魔力操作だが、ルール無視の上位魔法で連撃してくるところを見ると、ずっと俺に負け続きなのが悔しいのか。

 お年頃というやつか。

 俺は下級六位風魔法『風撃』を加速回路で連射して石を全て相殺する―――したつもりが、一発ミスって外してしまった。

 回避なんて間に合うはずもない。


「……あっ!」


 ガヅッ!と痛烈な音がして、俺の額に石つぶてが直撃する。

 予想以上に痛い。……やばい本当に痛い、めっちゃ痛い。

 そしてそれ以上に恥ずかしい。反則してきたとはいえ二十も年下の子供に負けたよ俺。


 涙を浮かべながら顔を上げると、アンジェがおろおろしていた。

 これはあれか。

 当てる気はなかったけど、当たっちゃって焦ってる感じか?

 ……ならば、俺もちょいとルールを破らせてもらおう。


「手本はこれで終わり。各自二人組を作って短縮詠唱の練習をしてください。シノンはこっち来て俺と放散置換の練習だ」


 何事もなかったかのように話を締めくくる。

 観戦組四人も、ややそわそわしながらも、ただ返事をした。

 俺はじっとアンジェを見つめていた。彼女は目を泳がせていたので、目が合ったり逸れたりする。

 やがてアンジェは、くるりと踵を返して戻っていった。


 孤児院の子供たちは、みな賢い。

 だから、今の流れを見ればこう思うはずだ―――俺が身を挺してルール破りの危険性を明示したのだと。

 みんなが真面目に戦っている中で自分だけが反則を犯したという感覚は、罪悪感という形で自らを是正するきっかけになる。

 このシェイラの受け売りをそのまんま利用させてもらったわけだが、効果は抜群のようだ。


 ついでに俺にも効果抜群だった。

 負けたのは俺なのに、アンジェが敗者扱いされる矛盾。

 自分でやっておいてなんだが、俺汚すぎる。

 制限より上位の魔法を使ったとはいえ、加速回路からの魔法連射は見事なものだった。さらにここで、俺に勝ったという経験が自信に繋がれば、もっと実力が伸びたかもしれないのに。


 ルール破りを戒めることができたのはよかったかもしれないが、逆に成長の妨げになってしまわないかと不安で仕方がない。

 アンジェの背中が妙に小さく見えた。


「エル兄エル兄大丈夫!?」

「ん、すげぇ痛い。けどまあ平気だろ」


 小声で叫びながら駆け寄ってきたシノンを抑える。

 エルシリアとレイチェルが卒業した現在、魔力量や魔力操作などの魔法力で最も突出しているのはアンジェなのだ。

 見ての通り、数年前の困ったちゃんから一皮も二皮も剥けた激情の塊のような子に変貌している。

 ベビールームで幼児と触れ合っているときは呑気な笑顔を見せているので、根っこの部分は変わっていないと思うのだが、とりわけこういった勝負事においてなぜか俺に異様な競争心を燃やしているのが謎だった。

 同年代に負けたくないか、または俺が何かしたのか……。

 後者に関してはまったく身に覚えがない。


「平気じゃないでしょ、めっちゃ血出てるよ!?」

「平気平気、血なんていくら出たって死にゃしないから」

「そっかーそうだよねーそれくらいじゃ人間死なないよねってんなわけあるかァ!!」


 シノンの強烈なツッコミで我に返る。

 何の話だったか……って痛い痛い、頭が超痛い。

 そうだ、顔面に痛恨の一撃を喰らったのだったか。


「え、そんな血出てる?」

「そりゃもー、致死量超えてんじゃないかってくらいよ。とっととそこに座りなさいお兄」

「はい」


 シノンはどこからともなく包帯を取り出し、俺の頭をぐるぐるに巻き始めた。

 まったく大袈裟な。

 石ころ一つで死んでたまるかと呆れながら頬を掻くと、手のひらにびっちゃりと血が付いた。

 ……あれ、これ割と致命傷?


「シノン……俺死ぬのかな」

「死なせないよお馬鹿」


 死なせないでくれるらしい。なら大丈夫だろう。

 とはいえ反射的に硬化の魔法を使えるようにしておくべきか。

 されるがままに頭を巻かれながら、俺は他のみんなの練習風景を眺める。

 

 幸いにもあの程度でへし折れるほどメンタルが弱いわけではないらしいアンジェは、セレナと組んでいた。

 その手から放たれる水の弾丸を、セレナが全力で回避。

 ……今の動き、目で追えなかったのだが、どうなってんだ。


 現在孤児院にいる子供の中で、魔法分野における一番の有望株はアンジェなわけだが、逆に一番下手なのはセレナだ。

 セレナはもともと魔法全般が苦手だ。

 魔法を習って四年経つが、下級もマスターできていない。

 というのも、彼女の種族『獣憑き』の性質が関係している。魔力と肉体の親和性が高く、身体能力が高い代わりに、外部への干渉力が低い……つまり、体質的に魔法に不向きということだ。

 種族的な向き不向きは仕方がないので、彼女にはもっぱら魔法の種類と特性を知ってもらい、魔法使いと戦うときにどうすれば良いかを学ぶことを主としている。


 ドリスタンとローランドはいたって普通だ。

 魔力量は俺くらい。つまり二人とも剣士向きである。

 が、せっかくなのでこの世界では異色らしい魔法剣士を目指してもらおうと思っている。

 剣で戦いながら、魔法で不意打ち。

 彼ら二人はそこそこ器用だし、短縮詠唱も様になってきたし……そろそろ本格的に教えてみてもいいかもしれない。


「はいできた。もうあんな無茶しないでよー」

「ん、ありがとうな」


 ……今思い出したが、器用といえばシノンもそうだ。

 もっとも彼女の場合は男子とは逆で、剣より回復魔法の方が得意だ。ヒーラー兼剣士とか面白い組み合わせではなかろうか。

 ちょっと話してみよう。


「なあ、魔法剣士ってどう思う? シノン」


「それって、毎朝エル兄が練習してるやつ? ほら、セレナちゃんと戦いながら」


「お、おう。よく見てんな」


「なんであんな戦い方してんの? めっちゃ弱いじゃん」


「……」


 うん待ってくれ。

 あれはその、そう本気じゃなかったんだ。

 火属性と水属性が使えなかったってのもあるが、他にもまだ練習中で実戦に使っていない隠し技がある。

 二人の姉と一緒に考え、一緒に編み出したマスターピース。

 ちょうど明日にでも使ってみようと思ってたとこだ。それを見てから決めても遅くはないよ?


「確かにエル兄の短縮詠唱はすごいけどさぁ。息つく間もない近接戦闘じゃ、一言唱えるだけでも隙になっちゃうし」


「それはそうだけど、でもな―――」


「大体剣で手がふさがっちゃうから魔法なんて撃てないよ。片手剣で戦えばできないことはないけど、そんなことするんだったら両手で剣振った方が良くない? 今朝のお兄も、最初は上手く戦えてたのに、魔法織り交ぜ始めてから瞬殺されちゃってたじゃん」


「ちょっ待ておい、それは言っちゃあかん奴」


 せっかく冒頭で省いたのにバラしちゃ意味ないじゃないか。

 あらやだもう恥ずかしい。


 それはさておき、シノンの言い分は至極もっともだ。今朝のアレを見られては非合理的と思われても仕方ない。

 だからこそ見て頂きたい例の技。

 シノンの懸念をすべて払拭できると断言しよう。

 ぶっちゃけまだ未完成というか、実戦で運用できる自信はないのだが、シノンに『めっちゃ弱いじゃん』と言われたまま引き下がるわけにはいかないのだ。

 なんとなく俺の今までの努力が全否定された感じがする。

 よし、明日の朝やるから見てろよ? 絶対見てろよ?

 セレナに白星を挙げてみせようじゃないか!


 ……あっこれフラグじゃね?


「てか、シノン朝起きるの早いのな」

「毎朝日課でお馴染みのエル兄とセレナちゃんのヒメゴトでしょ? めっちゃうるさいんだもの。みんな起きてるよ」

「ヒメゴト言うなおしゃまっ子」


 その前にお馴染みってなんだそれ聞いてないぞ。

 いつの間に名物みたいな扱いになったんだ?


「まー起きてるって言っても、もっぱら宿題こなす時間になってたんだけど」

「だから午前練の時間まで降りてこないのか」

「おかげでみんなの宿題提出率ぐっと上がってるのよ」

「それはなによりだが、トミー兄さんに改善のメドが立たないのはなんでだ?」

「いつも二度寝しちゃってるからね」

「……なるほどな」


 と、納得したところで俺は立ち上がった。察したのか、シノンも顔色を引き締めて背筋を正す。

 こんな風に子供の話に乗ってしまうのは俺の悪い癖だった。

 話すのは楽しいが、時間は有限、言葉も有限なのだ。

 そろそろ稽古を始めねばなるまいて。


「おしゃべりはここまで。真面目モードに切り替えるぞ。せーの、しゃきーん」

「うぅーっ……しゃきーん!」

「よし。じゃあ放散置換の原理の復習から―――」


 某鉄腕ポーズを一緒に決め、気合を入れ直したところだった。



 ___バガッ!という派手な破砕音と共に、孤児院の敷地を囲っている柵の一部が吹き飛んだ。



 指示するまでもなく全員一箇所に集まった子供たち。俺はシノンを背に隠しつつ、小さく詠唱の一節を唱える。

 すわ襲撃か―――と思いきや、破壊された柵の間から姿を現したのは、一人の少年だった。

 おそらく……俺と同じくらいの年齢。

 頭のてっぺんからアホ毛が跳ねている。

 腕に純白の羽毛。手には錆びた剣。

 腰巻きの下は裸足で、足の指先からは鎌のような細く長い鉤爪が生えていた。

 少年は、手にした剣を掲げて力の限り叫んだ。


「僕の名前はクロウ! ここの群れの頭に決闘を申し込む!」


 直後、五人全員の目が俺の方を向く。

 俺は思ったよりも事態が厄介になりそうなのを悟り、やるせない気分を禁じ得なかった。



二人目の獣憑き参戦。

次話で子供っぽさが剥き出しになる予定ですが、ほんとは良い子なんです。

暖かい目で見守ってやってください。


5/5追記

感想、評価を頂きました。

本当に嬉しいです。ありがとうございます!

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