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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
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第二話 魔法の原理


 孤児院に引き取られてから二年が経った。

 発声はまだ舌ったらずだが、ひとまず初級魔法の本をすらすら読める程度の内的言語は習得することができた。

 やればできるものである。


 さて、言語を理解すると分かることが一気に増える。

 例えば俺の名前。

 こちらは聖母さんをはじめ、子供たちも俺を呼んでくるので早い段階で分かっていたのだが、俺はトゥエルという名らしい。路上に放置されていたとき、布の中にあった紙の切れ端に書き留めてあったものである。

 雷雲の中に浮かぶ浮遊城の王族みたいな名前だ。

 皆は略して『エル』と呼ぶ。


 孤児院の名前は、聖母の名、シェイラ・ドワ・エルフィアから取ってエルフィア孤児院という。

 また、地名や人名。

 歴史の書物……というか、実在した英雄の物語を子供向けに脚色した絵本があったので読んでみたが、これ一冊で思いの外色々なことが分かってしまった。

 魔物という猛獣の存在、人族の他に様々な種族がいること。

 また俺たちのいる大陸をユークリッド大陸ということや、他に、フワーリズミー大陸、コノン大陸、そして魔王大陸とかいうラストダンジョン的なところがあることも。


 シェイラに聞いてみたところ、かつてユークリッド大陸と魔王大陸は一つだったのだという。

 逆にフワーリズミー大陸は今は合体していて、元々はゲミノス大陸とソシゲネス大陸であった云々。

 魔王大陸とユークリッド大陸とを割る断崖絶壁の底には誰も見たことのない幻の街があるとも書かれていたが、でっち上げだろう。

 誰も見たことがないのだから。


 まあ、ややこしいので飛ばそう。

 物語では、四人の英雄が、旧ユークリッド大陸で猛威を振るった魔王をぶっ飛ばして大陸を両断し、魔王大陸と現ユークリッド大陸に分けたのだという。

 その後、魔王が入ってこれないよう四人が持つ魔法の剣を大陸の各地に刺し、それが結界のような役目を果たして、魔王大陸を隔離した。

 すると他の大陸に被害が飛び火したので、仕方なくユークリッド大陸の剣を数本抜いて他の地域の守りに使ったのだそうな。

 ちなみにその際、魔王様はまたしてもぶっ飛ばされている。

 英雄たちの弟子たちに。

 いつの時代も魔王はやられ役なようだ。


 気になるのは、この話がノンフィクションだというところだ。

 もし実話だとしたら、大陸をぶった斬れる超人が実在したということになる。


 いよいよもってこの星が地球と別次元の物理法則下にあるという説が濃厚になってきたが、身体強化魔法とかがあるのなら、或いは可能なのかもしれない。

 この世界の戦士の実力がいかほどなのかは知りたいところだ。

 シェイラ母さまの授業を盗み聞きしてみたところ、


「優れた剣士は、自らの武器に魔力を込めて魔法剣とし、戦います。人によっては強烈な魔力の反動で自身にも余波が及ぶため、中級土魔法の『硬質化』などで身を守ります」


 などと言っていた。

 つまり、昔の英雄さんは、そのトンデモ魔力を大陸に叩き込んで真っ二つにカチ割ったというわけだ。

 反動で自分の身を滅ぼしちゃいないか心配だが、多分『硬質化』とやらの魔法も超一流だったというオチだろう。

 ちなみに、魔法剣には流派があるらしく、火系統、水系統、風系統、土系統、水・風の複合系統、風・土の複合系統、水・風の複合系統が存在する。

 なんで火と水の複合が存在しないのか。

 聖母曰く、英雄は最初各属性を司る剣士の四人だったのだが、各々弟子を取り、さらにその弟子が切磋琢磨したところ複合系統剣士となった___しかし、火と水の剣士はどうしても相容れず、決闘になり、水の剣士が火の剣士を殺してしまい、複合には至らなかった……という結末であるらしい。

 よって、最終的に現在まで英雄として名を残しているのは七人だ。


 うちの孤児院でも、英雄剣士を目指して剣を振る男の子は少なくない。

 男子の中でも年長のダン君やロルフ君が、その筆頭だ。

 そんな二人に思いを寄せているらしき女子も数人並んで木剣を振っていたりする。

 だが、今のところ魔法剣とやらを実際に発動できる人はいない。発動すると、剣が炎に包まれたり冷気を纏ったり見た目で分かりやすい変化があるらしいが、未だにそれを成し得た子はいなかった。


「お、エル、お前もやるか? 稽古」


「やるー」


 ちなみに、俺も練習していたりする。

 練習といっても小枝をぶん回すぐらいしかできないが、彼らの稽古から目で見て盗めることも多いだろう。

 俺の目標は、出来得る限り優秀な魔法使いになることだが、前の世界でサッカーをやっていただけあって体力や筋力の大切さは身に染みている。

 剣術もそれなりの範囲で修めておきたい。

 魔法剣を習得することができれば、近接戦闘の火力も増すだろうし。


「ん! ふ、んっ!」


「あはは、いい太刀筋だな。よし、ほら、打ち込んでこい」


「……てい!」


「ってぇ!? 突きはやめろ馬鹿!」


 俺を舐めている様子のロルフ君を思い切りど突いてやった。

 子供だからって馬鹿にせんことだ。


「こら……ふざけるのもいい加減になさい。ほらおいで、エル」


「あ、ははさまー」


 洗濯物を抱えた聖母が俺を呼ぶ。

 小枝を投げ捨て、無邪気を装ってトテトテ駈け出す外見三歳/中身二十歳。

 考えるだに気持ち悪いが気にしない。

 

「あらい、もの、てつだい、するー」


「あらあら。お言葉に甘えさせてもらおうかしら」


 シェイラはにこにこと微笑み、俺を受け入れる___ように見えるが、その実、目には俺を観察するような光がある。

 本ばっかり読んでいたし、問題行動は控えるよう気をつけていたのだが……それが裏目に出たようだ。幼さに見合った行動原理ではないだろう。


「じゃあ、私が干しますから、エルは洗濯物のシワを伸ばしてね」


「はい!」


 まあ、いずれにせよ、俺はこれからも隠れて魔法を勉強するし、シェイラ母のお手伝いもするし、迷惑はかけないようにする。

 その方針に変わりはない。

 見た目が子供だからといって誠意を尽くさない理由はない。

 皆は俺にとても優しくしてくれるのだ。

 



 と、一応コミュ障にはならずに済んでいる俺だが、これらは二年で得ることができた経験のほんの一部である。


 本題はこれから。

 魔法について話していこう。


 しかし、魔法について覚えたことをお披露目する前に、一つ個人的な意見を聞いて頂きたい。

 シェイラ母さまから賜った『下級魔法の基礎』を一通り読み終えて、俺は著者に対して言いたいことが一つあった。


 ちょっと待て、と。


 これは俺が、物書きとしてかねてから思っていたことでもあるのだが___例えば教本三ページ目『属性魔法』。


 下級十位火魔法・灯火

 下級十位風魔法・軽風

 下級十位水魔法・雨滴

 下級十位土魔法・土塊


 とある。

 これらの魔法の効果を順に、簡単に要約して述べてみよう。

 まず『灯火』魔法の説明だが、


『小さな火を飛ばし、対象を発火させる』


 火は飛びません。

 そもそも火というのは『物体の燃焼』という現象のことであり、原子や分子から構成されているものではない。

 金属の擦過で飛び散る火花だって、酸素と結合して高温になった鉄の欠片が発光してるだけだ。

 火炎放射器の炎だって、もとはガスだ。

 実際に使うと、やはり火ではなく『燃える玉』が飛んで行った。

 要するに『灯火』は、既に発火している物体を飛ばし、その火を対象に燃え移らせているだけなのだ。

 ならば、その原料となっている火種はなんだ?

 ……これについては後ほど述べよう。


 続けて『軽風』魔法の説明。


『大気に向きと速さを与え、小規模な風を起こす』


 一転、すばらしく合理的な説明だ。

 向きと速さ、というのはベクトルのことだ。それを空気に向けて放てば文字通り風が起こる。

 手で扇いでも同じことができるのだが。

 魔法の意味……。


 お次は『雨滴』魔法の説明。


『大気の水蒸気を集め、数滴の水と為す』


 これも合理的……に見えるが、どうやって水蒸気を集めているのかが分かりません。

 呪文の頭に『我、水の精霊に願う』と付いてるし、目に見えない精霊さんが一生懸命集めてくれているのだろうか。

 想像するとなんか微笑ましいが。


 そして最後に、特大の地雷を設置してくれたのが『土塊』魔法の説明。


『土を作り出す』


 万物の創造者に喧嘩売ってんのか。

 相対性理論の『エネルギー=質量×光速の二乗』という式は有名なものだが、今の地球の最先端技術でもエネルギーから物質を作り出すには莫大なエネルギーがいる。

 ほんの少しの物質、一グラム以下の物質ですら、だ。

 じゃなきゃ原子力発電所もあんな巨大にはなっちゃいない。


 それを言うなら、灯火の魔法だって火種がどこから創り出されたのか不明だ。

 火属性魔法は最初から燃えながら出現するが、あれはガスなんだろうか。

 地球の人類文明はちちんぷいぷいにどれだけ劣っているのか?

 胡散臭すぎる。


 ……と、いくらごねてみても。

 実際に教本の呪文を唱えてみると、これがまた不思議なことに、魔法はちゃんと発動してしまうのだった。

 土魔法も、ちゃんと茶色の土くれが手のひらに出現する。

 パキパキ音を立てて『作り出される』のだ。

 この世界の人間が持つ魔力とやらは、そんな絶大なエネルギーを内包しているのか? 一家に一台原子力発電所?

 そんな馬鹿な。


 難しく考えすぎなのかもしれないが、俺は魔法をより深く知りたいのだ。

 鉄や鉛といった、大雑把なものではなく、その原子配列やイオンの構成をだ。それらを知ることで、人は鉄から、剣ではなく電気を生み出すことができた。

 魔法も、それと同じではなかろうか。

 より細かな法則を知ることで、新たな境地に辿り着けるのではないか。

 俺は、魔法を、極めたいのだ。


 まあ、俺が読んだ本はあくまで初心者用。

 今後に分かることもあるだろうし、そもそもアプローチの仕方から間違っているのかも分からない。

 この世界が異世界であり、物理法則そのものが異なるとすれば、俺の考え方はまさしく的外れというものになる。

 だが、正解が分からない以上は自分の考えを貫こうと思う。


 それに、ここまでボコボコに叩いてきた教本も、一歩離れて見てばそれほど酷い内容でもない。

 魔法の発動の仕方から、各属性の大まかな特徴と効果、さらに巻末には中級魔法の概要について、下級で覚えたことの延長線上として理解できるよう、上手いことまとめられている。

 だからこそ、尚のこと根本の部分を説明してほしかったのだが。

 この分かりやすさで書いてくれたら、と思ってしまう。

 俺には一を聞いて十を知る力などない。


 無い物ねだりをしても仕方ない。

 ひとまず、教本の雑すぎる説明を鵜呑みにすることにして。

 魔法の使い方について調べてみた。


 発動までの流れはこうだ。

 属性の魔力を体内から引き出す→呪文を唱え、回路に沿って魔力を流す→手のひらの先で魔法発動。


 魔法陣で発動とかはないらしい。

 一見超簡単そうな工程に見えるが、実はここに割と複雑な魔力の流れが絡んでいる。

 まず、発動したい属性の魔力を体の内側から引き出すためのキーワードがある。先に述べた『我、水の精霊に願う』がそれだ。

 これは『起唱』と呼ばれる。

 続けて呪文を唱えると、腕の中に見えない回路のようなものが引かれる。

 ここは『術唱』という。

 それに沿って魔力を流すことで魔法が発動するのだが、その回路から少しでも逸れると不発に終わってしまう。

 が、何度も呪文を唱えることで、回路の形や流し方を体が感覚で覚え、スムーズに発動できるようになる、というわけだ。

 そして、最後に『結唱』という魔法の術名を唱えて発現する。

 先に述べた下級十位水魔法を例に取るならば、


『我、水の精霊に願う。大気に脈打つ水のうねりを束ねて雫と成せ《雨滴》』


 この中で『我、水の精霊を願う』が起唱、『大気を〜雫と成せ』が術唱、『《雨滴》』が結唱だ。



 さて、俺の感覚では、呪文とは『魔力を流すべき道筋』を示してくれるようなものだ。

 その道さえ覚えてしまえば、おそらく詠唱なしでも発動できる。

 ……が、世間一般的な呪文の定義は、次のようなものとされているらしい。


『呪文を唱えることで精霊さまが我らの魔力を吸い出し、魔法を発現なさってくれる』


 ちなみに精霊について調べたら『その存在が実際に確認されたことはない』ということだった。

 肝心な部分の説明を、実在するかどうかも分からん存在に丸投げとは何事か。

 前の世界でも常々思っていたことだ。

 自分に不都合なことがあると、人は何かとふんわりとした言葉や行動でその場を凌ごうとする。


 俺もそうだったからよく分かる。

 ラノベなど読んでいる時も、文章中『魔力で肉体を強化する』という文言を見るたびに苦言を呈したい気分になったが、今度もそれと同じ気持ちになった。

 なんだそのふんわり説明。

 ふざけてんのかと。

 人間という生物は高度な知能を有するだけに、脳や神経などがそれはもう超精密な構造をしているのだ。

 それを『魔力で強化』?

 アインシュタインが相対性理論の説明すっぽかして『時空は歪む(キリッ』とか言っているようなものである。

 魔力とはどういうもので、肉体にどう作用している?

 強化って具体的にどういう現象だ?

 某見た目は子供頭脳は大人な少年が使う超ハイテクシューズみたいに、体のツボを刺激するなり何なりしているのか?

 もう本当、無双系小説から『強化する』の単語数えていけば三桁行くだろう。

 うんざりなのだ。

 そんな簡単に超人になれたら苦労しない。

 もっとも、そんな風に敷居が低いからこそラノベに主人公最強が跋扈する時代になったのだろうが。


 こっちの魔法だって『回路に沿って魔力を流すと魔法が発動する』とかいう原理不明の絵空事のようなものだが、呪文が導線、魔力が電流、魔法が豆電球と考えれば、少なくとも筋は通る。

 あとはそれこそ目に見えない法則や原理があるのだろう。

 俺が知りたいのはまさにその目に見えない部分なのだが……精霊と来たもんだ。

 どこの世界も変わらんな。



 少し話が逸れた。


 さて、俺の考えが正しければ、魔法発動の際の『魔力の流れ』を自発的に再現することができれば、呪文を唱えなくとも魔法を使うことができるということになるのだが。

 何故だか本には記述がなかった。

 シェイラに聞いてみても『はぁ?』という顔をされた。


 詠唱破棄魔法、ないしは詠唱短縮魔法。


 これは個人的に、かなりのメリットを見出せるのではと考えている。

 というのも、前世で読んだ魔法ファンタジーの鉤鼻先生が『無言呪文』の有用性について実に雄弁に語っていた影響が大きい。

 魔法発動の瞬発力や連射性は跳ね上がるし、敵対した相手に何の魔法を使うのかを悟らせない。

 曰く、決闘において驚きという点で優位に立てる。

 何より、下級・中級・上級・特級、さらに各級に一〜十位までの段階がある魔法___その総数は四千を超えるそうだが、恐るべきことにその一つ一つに長い詠唱が存在する。これを全て覚える手間が省けるのなら、それだけでも試してみる価値はある。


 と、いうわけで。

 この一年、俺はもっぱらこの『詠唱破棄』の前段階とする『詠唱短縮』に挑戦し続けてきた。


 が……結果は芳しくなかった。

 起唱を始めると、魔力の流れが腕を伝うのが分かる。

 だが、術唱を省いて自分で魔力の操作を行おうとしても、思った通りに進んでくれない。最後には魔力の残滓みたいなのがぷすんと煙を上げるだけだった。

 たまに変な形で暴発することもある。


 もっとも、焦ってはいない。

 リフティングだって、最初から百回二百回とできる人間などいないだろう。

 今は下地を作る時期だ。

 実際、繰り返し行うことで少しずつ、魔力操作の速度と精密さは着実に上がっており、魔力量も比例して伸びてきている。

 下級魔法程度では魔力が尽きることもなくなった。

 できるようになるのは五年後か十年後か、分からないが、できないとは思わない。

 無論、できなかった時のために詠唱暗記もかかさずやっておく。


 中級魔法に手を出そうかと思ったが、幼児の段階でサッカーボール大の火球を生み出すとかやるのはちょっと怖い。

 ピンポン球ぐらいで十分だろう。

 当面は詠唱破棄の習得に集中である。


 地道な努力は間断なく続いている。

 なんで続くかって___めちゃくちゃ楽しいからだ。

 好きこそ物の上手なれ。


  


お読みいただきありがとうございます。

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