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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 少年期
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第十三話 実戦訓練




 トミーとクレイがアンジェに剣の手入れを教える振りをして近寄り、セクハラをした咎で罪に問われ、幼女の鉄拳制裁が執行されるという締まらない一面があった後。

 俺たちは北門を出発し、依頼のあった山に踏み込んだ。


 人か獣の往来があったのか、やや均された道が山奥に続いていた。

 流石にもう私語を交わす者はいない。

 ぴりぴりとした緊張感が、少年少女の間に張り詰めている。

 先頭で男子らが邪魔な枝を切り倒す音が、ぱきぱきと妙によく耳に響いた。

 レイチェルとエルシリアの後ろを進む俺とセレナは、剣を握り、周囲に視線を走らせて習った通りに索敵を行っていたが、


「……」


 アンジェは、見てて可哀想なほどガチガチに緊張している様子だった。

 何を見ればいいのか、今自分がどうすればいいのかが分かっていないのだ。早い段階で叱られたのも影響しているはずである。

 俺は歩幅を狭め、アンジェの脇によって声をかけた。


「アンジェ」


「んぅ!? 何、かな、エルちゃん」


「あんまり目を凝らさない方がいい。全体をぼんやり視界に収める感じ。習ったろ?」


「そ……そだったかな」


 出発前にレクチャーされた索敵術の基本を思い出させてみる。

 敵を見つけようと集中すると、視野の狭窄を招く。

 魔物がいきなり隣に出現するわけでもないし、まずは落ち着いて、広い視界を確保することが重要だとトミーに教わった。

 ちなみに、音や匂いでの索敵術はまだ学習指導要領外の話なのだが……


「……?」


 俺の視線を鋭く感知したセレナはぴこりと耳を動かし、こちらに振り向いた。


「や、なんでもない」


 俺はそう言って頭を振った。

 素の身体機能だけで訓練された剣士並みの感知能力を発揮するこの少女は、まあ、例外と考えるべきだろう。

 俺はこつこつ地道に積み重ねるのみだ。


「それから……」


 と続けようとしたとき、俺の頭が何者かの手にぐりりと押さえつけられた。


「何か異常を見つけたら、まずエルシリアに知らせるのよ! 分かったアンジェ?」


「ほ、ほい」


「ああうん……でも」


「異常を『見つけよう』とするのはダメよ! すぐ疲れちゃうから。慣れてくると、違和感が目を掠めるっていうか……なんとなくでも分かるようになってくるから!」


「りょーかいなのです」


 ……ティーチングポジションを取られまいとして、食い気味に俺の台詞を奪っていったレイチェルだった。

 そんな大きな声出したら魔物が寄ってきやしませんかね。

 案の定、エルシリアがキレた。


「レイ姉さん……うるさい。黙って」


「なっ。お姉ちゃんに向かって黙ってとか、口が悪いわよ!」


「もう静かにしてよっ。魔物に私たちの場所教えてるようなものじゃないか。囲まれたりしたらどうする気___」


 喧嘩とかしてる場合ではなかろうに。

 まあ色々と手遅れなのだが。


「二人ともその辺にしろ。もう来ちまったぞ」


 クレイが呆れたように言った。

 前方の茂みから聞こえたガサゴソという音に、ちょうどセレナの耳がピクリと反応したところだった。




 ***




 魔物との交戦が始まった。

 ……が、三秒ほどで剣士二人が敵勢四体を瞬殺し、集団戦を強みとするはずのでっかいトカゲは哀れにも残り一体となっていた。

 トミーとクレイの無双だった。


 だが本来、体力を頼みの綱とする剣士は、序盤から全力で敵陣に斬り込むような真似は控えるべきである。

 火力を出すのは魔法使いの仕事。

 そして剣士は、それ以外の部分に気を配るという仕事があるためだ。

 無論、二人も馬鹿ではない。

 そんなことは百も承知だろうが、それでも本気を出さねばならなかった理由は___


「___エル、気を散らすな! 目の前の敵に集中しろ!」

「っとと、すいません!」


 背後の少女二人に気を逸らしかけた俺へ、クレイから叱咜の声が飛んだ。

 トカゲ一匹などセレナ一人でも処理できるレベルなので少し余裕をぶっこいてしまったが、こうした油断が死につながるのだと耳にタコができるほどシェイラ母さまに言われたのだった。

 特に俺など実力もないのだから、尚のこと注意せねばなるまい。

 集中だ集中、と自分を戒めつつ意識を前に戻すと、ちょうどセレナがトカゲの前足を一本斬り飛ばしたところだった。

 だが、トカゲは尻尾を器用に使って彼女に反撃しようとしている。

 俺は杖を構えた。


「『土よ』!」


 極限まで切り詰めた短縮詠唱。

 励起した土の魔力が俺の意思に従って回路を描く。

 下級九位土魔術『土岩』。

 小さな岩がトカゲの頭上に出現する。

 硬度は最低限、質量と加速力に魔力を集中させた特殊な弾丸が、今まさに牙を剥かんとしていたトカゲの頭を強引に叩き潰した。

 砲弾は粉々に砕け散ったが、衝撃は余さずトカゲに加わる。

 重い一撃にガチンと上顎が閉じ、セレナは余裕をもって回避。もう片方の前足に斬撃を与え、態勢を崩させた。


「アンジェ、そこだ!」

「は……うん!」


 俺の声にアンジェが応え、槍を片手に猛然と突貫する。

 身動きを封じられたトカゲは、なす術なくその穂先に頭を貫かれていた。

 やった、とアンジェが槍を掲げて勝ち鬨を上げるのも束の間、


「増援確認! セレナ、正面と右!」

「ん!」


 俺が休まず指示を出す。

 戦闘とは、一回目二回目と親切に区切れてくれるものではない。

 戦いの音は意外と遠くまで聞こえるものであるし、血の匂いなどは風に乗って広い範囲に拡散する。

 そのお手本のように、三体のトカゲがすぐに挟撃を仕掛けてきていた。


「きゃ……ぅ!」

「伏せてろ!」


 あらかじめ予期していたクレイとトミーがアンジェのカバーに入る。

 が、俺の指示を受けたセレナは既に正面のトカゲの首を飛ばし、右側のトカゲに弓矢を放って牽制していた。


 ……なんか当然のことのようにやっているが、トカゲの四肢は太い上に硬い鱗がびっしり生えていて、一太刀で切り落とすなんて芸当は並大抵の技量では不可能である。

 そもそも年齢的な筋力がそこまで及ばないはずだ。


 しかし___彼女の体に流れる魔物の血、獣憑きの力が全てを覆す。

 骨や筋肉まですっぱりと、まるでセレナの使っている剣が業物であるかのようだ。

 俺のと同じ材質のはずだが。


 負けてはいられない。

 練習したことは実戦で使ってこそだろう。


「『幻影よ』!」


 唱えるは中級魔法の起唱。


 こう、心の隅に封印した黒歴史を無遠慮にほじくり返すような感じの呪文だが、それはさておき。

 この呪文は、今まで使ってきた地水火風のものとは少々異なる性質を持つ。

 

 中級に位置する魔法は、殆どが有利属性の特性を利用して効率化されている。

 例えば、小さな火でも適度な風を当てれば大きな炎にできるし、水の弾に土を混ぜれば重さが増して威力が上がる。俺の多重魔法も似たような原理である。

 だが、同一属性の多重魔法と異なり、上記のような複合魔法を行使するには二つ以上の魔力を同時に制御しなければならない。

 複数の魔力を一度に引き出す、そのための呪文があるのだ。


 幻影魔法の呪文は、火と水の魔力を同時に引き出す。

 水蒸気爆発や蜃気楼などお決まりのような魔法を使える呪文だが、使い勝手はすこぶる悪い。

 魔力回路がめちゃくちゃ複雑なのだ。

 少なくとも、俺のように肝心なとこでミスを連発する不安定な人間がこの場面で使っていい魔法ではない。

 事故って暴発して死ぬのがオチだろう。

 もはや未来視の如く予測できる。


 だから元より、俺が使おうとしているのは複合魔法などではない。


「ふぬ……!」


 顔面に無駄な力が入るのを自覚しながら、魔力制御に集中。

 俺の意のままに肉体を駆け抜ける火と水の魔力が『二つの回路』を描き出し、杖の拡張回路がその規模を増幅させる。

 発現するのは___何の変哲も無い火球と水球。


 魔法発動の原則に、一つの呪文で励起した魔力は『キャンセルできない』というものが存在する。

 一度引き出した魔力を何らかの方法で外へ吐き出さなければ、次の呪文を唱え、新たな魔力を使うことはできないというものだ。

 融通の利かない法則だが、俺はごく単純な抜け道を見つけていた。


 引き出した二つの魔力を束ね、単一回路に流して、複合化するのが中級魔法だ。

 だがそれは、ただの魔力の使い方の一例に過ぎない。

 二つの魔力を別々の回路に通し、相異なる魔法として使うこともできる。


 俺は何も、火と水の複合魔法を使うために幻影の呪文を唱えたわけではない。

 ただ、二属性の魔法を、同時に使う必要があっただけなのだ。


「行け!」


 杖の先端から、俺が『改変』を加えた火球がマシンガンのように連続射出される。

 下級五位火魔法『蛍火』。


「ググ……グギャア!」


 全弾が鼻っ面に命中し、トミーとアンジェを狙っていたトカゲのヘイトが俺に向いた。

 悲しいかな、表皮をちょっと焦がした程度のダメージしか与えられていないが、注意は引けたので良しだ。


(良い子だ、こっち来いこっち来い……あ、でも待って少しスピード落として)


 火の玉を跳ね除けて這い寄ってくるトカゲに若干ビビりつつ、ジリジリと後ろに下がりながら火球掃射を続ける。

 全て命中しているが、ダメージがない。

 トカゲは避ける素振りも見せない。

 数秒と経たず、トカゲと俺の間合いはゼロになる___一瞬を見計らって、


「『風よ』!」


 火と水の魔力の制御を手放し、俺は新しく風の魔力を引き出す。

 トカゲがすぐ目の前に迫っているというのに、再び魔法を使う余裕などあるはずもないのだが、そこはそれ、頭の使いようだ。

 下級四位風魔法『罅裂』。

 地面に小さなひびをいれる魔法。

 効果が単純なだけに、魔力も少なく回路に複雑さはない。

 足に魔力回路が描き出され、バキリと足元の地面に亀裂が走る。同時に俺が全力でその場を飛び退いた。


 次の瞬間、その亀裂から、間欠泉のようなとんでもない勢いで地下の水が噴き出した。


「ガ、ギャッ!?」


 俺に飛びかかろうとしていたトカゲは目を剥くが、止まることもできず、腹部に水圧を受けて吹っ飛んでいた。

 ベシャリと背中から地面に落ちたトカゲはひっくり返ったまま手足をバタつかせる。

 大チャンス到来、と剣を抜いて走り出したところで、


「てやぁー!」


 上からアンジェの槍が降ってきて、トカゲの腹を突いて串刺しにした。

 俺は、剣を振りかざしたまま間抜けな姿で固まっていた。




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