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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
13/41

幕間 ビハインド・ザ・シーン1

大変長らくお待たせして申し訳ありません。

幼少期編の締めくくりとなる話です。




 クラヴィウス共和国南方、ソフィリア連邦国家___正確には頭に『元』が付く。

 改め『ラグラージ君主国領ソフィリア』。

 戦線から外れた国境付近の山脈、深緑の森に隠れるように、黒い外套を羽織った複数人が身を潜めていた。


 不気味なほど静かな動作で森を進む彼らは、手の仕草と合図のみで隊列を組んでいた。その淀みと迷いのない動きから、非常に練度の高い部隊であることが見て取れる。

 彼らの狙いはただ一点___森の奥深くに生息する希少な魔物に絞られていた。


「目標、確認」


 その名をディバインボア。

 高い魔法耐性を持つ純白の毛皮、さらに体表には『硬質化』にも似た魔法により、金属じみた剛性が宿っている。

 加えて、魔法に対しても高い耐性があり、さながら不沈艦の如き魔物だ。


 その白い猪は、牙を使って器用に地面を掘り返し、木の根っこを齧っているところだった。

 黒い包囲網が徐々に縮まっていることにも、気付いている様子はない___が、

 

「総員伝達。これより接敵す……」

「報告、周囲に敵影あり。数、三十!」

「……っ、また!?」


 リーダー格らしき黒装束が苛立ったような声を漏らす。

 舌打ちしつつ、すぐに周囲へ手で合図を送る。黒い影たちは一瞬で木陰と同化し霧散した。

 一瞬遅れて、猿や鳥の魔物の鳴き声が響く。


 ディバインボアには天敵がいない。

 雑食なので、食い物に困ることが少ない。

 子供を守る時の他は、人を襲うことも滅多にない。

 つまり放っておけば害はない。

 魔物の脅威度は『人に及ぼす危険度』から定義されるため、ボア単体であれば百獣級もいいところである。

 しかし、各国の術導院は、こういった特性も踏まえた上で仙獣級に分類している___その理由が、これだった。


「副隊長……」

「言うな。分かっている。もう時間がない」


 ラハラージ君主国でも指折りの精鋭部隊『棘』は、端的に言えば暗殺集団だ。

 音もなく相手の背後を取り、死を悟らせることなく命を奪う。

 当然、裏を取られることなどあってはならない。


 だというのに、既に二度、魔物の集団に背後を取られ、包囲網を作り直さければならなくなっていた。

 とりわけ今回は特に、今までの失敗を踏まえて五日に渡って潜伏と偵察を重ね、確実に仕留められるという状況を作ったはずであるが、これでは逆に『棘』が釣られたような有様だ。

 ディバインボアは、全数千種にのぼる魔物の中でも、群を抜いて統率力が強いと言われている。

 しかも、同じ種を統率しているわけではない。

 百獣から、なんと格上の王獣級までを統率したという記録が過去にあり、その戦力は一国の軍隊に匹敵するほどだったという。

 様々な魔物を手足のように操り、人を手玉に取る様は、さながら知将のそれだ。ついた渾名が『白軍師』。


 大層な二つ名も伊達ではない、と苦虫を噛み潰したような思いに駆られながらも、副隊長は任務続行の指示を出した。

 この任務はこれからの国の行く末をも左右する重要なものだ。

 何としても今日、達成しなければならない。


「総員伝達。これより任務を『終陣』に移行……」


「しなくていい。どーせもう成功しないしー」


 不意に、囁くような猫撫で声がうなじに触れた。

 あってはならない四度の背後___しかも、これほど近くに接近されるまで気付けなかった。

 だが、今度は猪によるものではない。

 やはり敵わないな、と副隊長は悔しさを奥歯で噛み殺す。

 

「……隊長。やっと起きたんですか」


「よく眠れたぜー」


 声の方向に振り返ってみるが、その主の姿が見当たらない。

 正確に言えば、そのどこから声がするのかも覚束ない。

 まるで闇夜そのものと溶け合っているかのように、その存在には実体がない。

 ふぁー、と気怠げにあくびをする声が聞こえてくる。

 副隊長は周囲に目を走らせながら言葉を荒げた。


「なら、少しは作戦に協力してください。今度は失敗するわけにはいかないんだッ」


「もう終わった作戦にどう協力しろってー?」


「終わった……? ッ!?」


 突如、獰猛な獣の雄叫びが響き渡り、副隊長は茂みに伏せた。

 何者から発せられたものか、一瞬分からなかった。


 ディバインボアだ。

 その圧倒的な統制の前に、十数の精鋭が翻弄され、近付くこともできなかった仙獣級が___絶叫している。


 目を凝らすと、その背中に何か棒のようなものが刺さっているのが見えた。

 ちょうど同じような形状のものが、副隊長の懐にある。

 それは、『棘』の部隊全員に配られたものだ。衝撃を加えると針が飛び出す機構が先端に組み込まれており、内部から液体の跳ねる音がする。

 ついでに言うなら、今回の任務はこの『棒』をディバインボアに刺してこい、というものだった。

 重心が定まらない構造故に弓で飛ばすことはできず、副隊長たち以下部隊のメンバーは近距離から直接打ち込むために包囲網を構築し、白い猪を追い込もうとしていたのだ。


 精鋭十数名が一週間かけてもできなかったことだ。

 それを一人で、あくび交じりに終わらせてきたというのか。


「用は済んだしー、先帰ってていいかい」


「……」


「ふくたいちょー?」


「お疲れさま……です」


「うーい」


 それきり、隊長の声は聞こえなくなった。

 去り際の気配すら感じ取れなかった。

 無影という二つ名は伊達ではない。


 実のところ、まだ任務は終わっていない。棒を猪に刺した後に暴走を始めるので、それを特定の方向へ誘導する必要がある。

 ただ副隊長は、圧倒的に強大な魔物と遭遇した直後のように体が硬直し、動かすことができなかった。




 ***




 現存する最大の国家、ユークリッド大陸が南端のロックレー公国。

 首都レピアの中心には、大陸随一の建造物とも謳われるロクイセン城がある。

 その建造には、排他的種族である古代族も関わったという逸話がある。ロックレー公国に貸しを作り、いざという時の後ろ盾にするためだろうという噂は、良くも悪くも世界最大の強国としての誇りが招いたものだ。

 一つ確かなことは、古代族の秘術を施された城壁は、未だかつて一度として敵の突破を許したことがないことだった。


 しかし、大陸随一の呼び名は何も難攻不落というだけで得たものではない。

 堅牢にして美麗。

 秘術など無くしても、緻密に計算された建築構造は並大抵のことでは崩れない。それでいて内装から外装までが装飾華美に整っている。

 繊細な美しさと端然とした気風、相反する二つを両立させた城なのだ。


 その城の最奥。

 そこには、全て金に変えれば国民全員が一生を安泰に過ごせると言われる豪華絢爛な一室がある。

 謁見の間だ。

 普段は王でさえ立ち入りを控える聖域。


 現在、その謁見の間には、そんな細々としたことはどうでもいいと言わんばかりの殺気の奔流が渦巻いていた。

 対峙するは二人の剣士。

 今は剣を帯びていないとはいえ、互いを睨みつける眼光の激しさたるや、余波で謁見の間の装飾が壊れてしまいそうなほどである。

 両者の中間で、白い髪の痩身男が必死で牽制していた。


「おいおい二人とも止めてくれ、そういうので来たんじゃねえんだって。ここで何か起きたら責任取らなきゃならんの俺だから。ここにあるもんに擦り傷でも付けてみろ、俺ぁ孫の代まで借金地獄ですよ?」


「つまらんことを言ってくれるな、小童」


 一触即発の光景を、謁見の間の最奥に位置する王座から眺めながら、一人の老人が愉快そうに言う。

 頬には、死ぬのもまた一興、といったような笑みが刻まれている。


「聞いたか、そこな二人。ここで何が起きてもこの小童が責任を取ってくれるそうだ。思う存分暴れるがいい」


「いやいやいやいやいやいやちょっと待て何言っちゃってんの国王様!?」


「貴様こそ何を言う。剣の『火天』と『水天』は古より不倶戴天の敵同士。貴様もそれを承知で彼を連れてきたのであろうが」


「ちゃいますって、笑えねー冗談はやめてくださあぁああっ!?」


 白髪の訴えは、途中から悲痛な叫びに変わっていた。


 並みの肉眼では捉えきれない一瞬の出来事。

 剣士の片方、赤髪の男性が床を蹴り、爆発的な加速と共に飛び膝蹴りを見舞う。

 もう一方の剣士、水色の髪の女性が水のように柔軟な動きでそれを受け流す。


 その一幕が終わった時、二人の足元の絨毯はズタズタに引き裂かれていた。

 見るからに高級そうな刺繍が施されており、それだけで天文学的価値のある代物であることが分かってしまう。

 白髪の男は力尽きたようにうな垂れた。


「やってくれたよこいつら……本当にやりやがったよ、おかげさまで俺の出世街道がお先真っ暗。どうしてくれんの火天さん!?」


「この俺様を、あの女と引き合わせた貴様が悪い」


「それ前もって言っといたじゃん。その時に暴れないでねって言ったじゃん、アンタそれ了承してたじゃんねぇ!?」


「いつの話だ」


「十分前の話覚えてねえのかこの脳筋!」


 喚き立てる白髪に、赤髪の男は煩しげに首を振った。

 その男を見るときの最初の印象として、まず最初に、あまりにも人間離れした風貌が目を引く。

 三メートルに迫る身長、燃えるような赤毛もそうだが、特に側頭部から生えているねじくれた角が一際目立つ。豪快な装飾の入った鎧をまとうその姿は、さながら竜騎士のようだった。

 彼はペッと唾を吐くと(白髪の男が軽く卒倒しかけた)、近くの柱に背を預けて目を閉じた。


「手短に済ませろ。この女と同じ空間で同じ空気の中、呼吸をすること自体が受け入れがたい」


「……」


 と、散々にこき下ろされている青髪の女は、眉一つ動かさずに黙っていた。

 男と違って、服装も見た目も立ち姿もいたって普通。

 そこらの町娘の中に紛れれば見分けもつくまい。

 ただ、その両目は盲いて閉じられており、一切の表情を見せない鉄面皮も相俟って、何を考えているのか分からない不気味な雰囲気がある。だが、その実力は、先ほどの岩をも砕く威力の蹴りを容易くいなして見せたところから察して余りある。


 ___七天剣。

 赤火流や黒水流などの剣の流派には、範士や師範といった指導者の立場と別に、単純な強さで頂点に立つ者が一人いる。

 その者に与えられる称号が七天剣である。

 赤髪の男は『火天』、すなわち赤火流最強の剣士。

 レヴァン・ドグラディア・アスト___最古にして最強の獣憑きと言われる、竜の眷属の若者。

 青髪の女は『水天』、すなわち黒水流最強の剣士。

 リリア・ローレン___自称、ただの町娘。何の変哲もないただの人間族。


 今ここに、世界最強の剣士が二人、相見えているというわけだ。

 特に龍虎の仲とすら言われている火天と水天が一堂に会するなど、前代未聞の事態だったりするのだが、


「今のでもう終わりか。つまらんな、どうせなら城が崩れるくらい暴れてもらっても構わぬが」


「俺が困るんですぅ! そろそろ煽るの止めろよクソジジイ!」


「つまらんなー。つまらんなー」


 変わり者として知られる王にそんなことは些事に尽きる。


 ロックレー王国国王、トロイ・ロクライナ・ドトーリシュ___今年で齢五十を迎えているが、未だ現役で王の座に座り、政治から軍事までありとあらゆる方面に口を出す。

 通常、国王というのはあくまで国の顔であり、脳ではない。

 手足に指令を送る役目として、参謀やその他家臣の存在がある。

 それを国王は、『自分より馬鹿な者たちに手足を動かされたくはない』と一蹴した。

 家臣たちは何も言い返せなかった。

 事実だからだ。


 王はロックレー公国の一切を掌握している。

 トロイが王座について以来一度も戦争が起きなかったことから、その手腕が窺える。

 今や彼は、世界最高の識者として名高い。

 老いてなお衰えを見せぬその頭脳は未だ他の者に王座を譲ることを許さないが、命が有限であることに変わりはない。もはや余生も知れている彼にとって、この世の全ては娯楽にすぎなかった。

 ただ楽しければいいのだ。

 彼からしてみればそれだけにすぎない思いが、ロックレー公国の平和を維持している。


 老人は無邪気な少年のような顔で笑いを噛み殺すと、ふと表情を切り替えた。


「さて、遊戯はここまでとしよう。ラハラージの使いの者よ。そのよく回る舌で、私をどう落としてくれるのだ?」


 そんな王にとって、言わば血の気の多い国であるラハラージ君主国の使臣は歓迎されざる客人と言えるかもしれない。

 自分の好きな物事を心行くまで自由に楽しめるのは、ロックレー公国が平和であればこそ。

 老人が戦争をしない理由はただ一つ、どんな国を相手にしたってどうせ勝ってしまうからである。初めから結果が決まっている勝負ほどつまらないものはない。

 わざわざ国の平和を掻き乱してまで見たいものではないのだ。

 今、ラハラージは戦争の準備中と聞く。

 そんな国の使者を今日ここに招き入れたのは、戦争をしない国の王と知っていながら、それを口説き落とそうという気概が面白いと思ったからだ。


「おっと……余興がくどかったですかな。これは失礼」


 ただし、白髪の男は知っている。

 この王は___面白ければ、国の一つや二つなど意にも介さず消し飛ばす男でもあると。




時間に余裕ができたら、章ごとに登場人物をまとめたり、地理関係などの設定集を掲載したりと読みやすくしていきたいと思います。

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