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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
11/41

後日談 継続は力なり





 俺は寝惚け眼で日の出を見ていた。


(ねむ……)


 前の世界であれば、こんな朝早くに起きたところで頭に浮かぶ選択肢は二度寝のみだ。

 高校時代は、朝練もそれなりにやっていたが、連続更新記録は一ヶ月も行かなかった気がする。

 大体雨の日か休日にかこつけて、布団に潜り直す日があったものだ。


「……やるか」


 だが、今は違う。

 転生してからの四年間、朝練は毎日続けている。前世で言えば、夜の八時に寝て、朝の五時に起きる驚異のサイクルだ。

 前の世界では考えられない生活である。

 完全なる健康優良児。

 雨の日だって欠かしたりはしない。


 もっとも、こちらでも朝練ができなかった日はある。

 最初は確か、三歳の誕生日の日。

 あのときは久方ぶりの負の思考回路が起動し、明け方近くまで寝れなかったのだ。

 それから二ヶ月前、人攫いに誘拐されて、命からがら逃げ帰ってきた日。

 そしてその翌日、騎士に暴行され、負傷でしばらく寝込んでいた間。

 さすがに朝練はできなかった。

 まあ、前世のように『やらなかった』わけではなく『できなかった』だけなので、朝練は継続できていると言えよう。


 しかし、こうして続けてみると、前の世界で『勉強も運動も朝が一番効率がいい』とかいう文言が実に的を得ているのが分かる。

 朝というのは、一つのことに集中しやすい時間帯だ。

 頭がぼーっとしているから、無駄なことに割ける思考の余裕がない。

 その割に、血の巡りが悪いというわけでもなく、頭が集中し始めたときには体もちゃんと付いて来てくれる。


 辛いのは起きた瞬間だけなのだ。

 そこさえ乗り越えれば、後は極めて有意義な時間を過ごすことができる。

 前の世界で俺は、睡魔如きに屈服し、最も効率よく己を研鑽できる時間をドブに捨てていたのだ。

 惰眠を貪るとはよく言ったものである。

 全く以てもったいないことをした。



 ともあれ、そろそろ朝練を始めよう。

 手早く着替えて外に出る。


 まずは体操だ。

 柔軟性とは、非常に大事なものだ。

 関節の可動範囲を広げれば怪我はしにくくなるし、身体的な動作にも幅ができる。

 とある電脳犯罪者が体を仰け反らせて銃弾を回避できたのも、体の柔らかさあってこそだ。

 いつ俺の目の前に銃弾が飛来してくるとも限らない。

 その時に生死を分かつのは、咄嗟にイナバウアーできるかどうかだ。

 んなわけないが。


 ともあれ、体操は念入りに行う。

 年齢の低さもあるだろうが、毎日柔軟を続けてきた成果か、今の俺は足を百八十度開ける程度には体が柔らかくなっている。

 銃弾は回避できないかもしれないが、立った状態から体を逸らしてそのままブリッジに移行することもできる。

 そこから三点倒立までがワンセット。

 腕だけで倒立するには、いかんせん筋力が足りない。


 次はランニング。

 前の世界においては、体力バカの両親から受け継いだスタミナでよく土手を走っていたので、要領は分かっているつもりである。

 しかし、ここは剣と魔法の星。

 動きやすい格好で決められた距離を走ってタイムを競う大会など存在しない。

 走るときは大抵が戦闘時。

 そして、戦闘では必ず剣か杖を持つ。

 詰まるところ、トレーニングのときも剣を持ったまま走るのだ。


 玄関脇の籠から杖と木刀を取ってくる。

 重心が偏ってはいけないので、両手に木刀を握って走る。

 これが中々しんどい。

 脚より先に胸筋が弾け飛びそうになる。

 前世で軽めのダンベルを持ってランニングした経験がなければ途中でヘタレていたかもしれない。

 実際あの時はヘタレた。

 孤児院の周りを十周走り続ける。


 終わったら筋トレだ。

 とはいえ腕立て伏せから始めようものなら本当に弾け飛んでしまいそうなので、いつも体幹から始める。

 次は腹筋、背筋、そしてスクワット。

 腕立て伏せは最後である。

 この歳からムキムキになって、後で身長が伸び悩んだりしたら下の子もないので、筋肉痛にならない程度に加減する。

 あくまで体作りの一環のつもりで。

 十回を五セットほど。


 これが終わる頃になると、体は完全に覚醒し、頭もすっきりして周りがよく見えるようになる。

 思考もほぼ平常運転だ。

 いつもは、ここら辺で孤児院の年長たちも起き出してきて、剣の稽古を始める。

 俺も一緒になって棒を振る。


 のだが、ここ最近になってその流れに一つ変化があった。


「……たおる」

「おう、ありがと」


 渡された濡れタオルで顔を拭う。

 前髪が額に張り付くほどびっしょり掻いた汗を拭き取り、顔を上げると、眼前で狼耳がぴこぴこしていた。

 目尻の垂れた気弱そうな赤瞳、先端の方が切り落とされているふさふさの尻尾。

 白い獣憑きの狼少女。

 セレナだ。


「みず、いる?」

「……いただきます」

「ん」


 セレナはいそいそと水を汲んで俺に渡し、代わりに俺からタオルを預かった。

 部活のマネージャーを彷彿とさせる言動だが、実は彼女、俺と一緒に全く同じトレーニングメニューをこなした後だったりする。

 汗一つかいてない、息切れもない、涼しい顔で俺の世話を焼くセレナさん。

 自信が失くなる。


「ふぅ。セレナも飲むか?」

「ん」


 とはいえ、気落ちはしない。

 むしろ彼女のような格上の存在がいることで、トレーニングも捗るというものだ。

 コップをセレナに渡すと、彼女はタオルをしっかと掴んだままクピクピ水を飲んだ。

 汗臭くないだろうかそのタオル。


 それにしても、今日はみんなお寝坊のようだ。

 中々起き出してこない。

 水を飲み終わったセレナも、孤児院の玄関の方を見る。


「……みんなおそいね」

「そだな。先に始めるか」

「ん」


 休憩も程々に、俺とセレナは木剣を両手に持ち直して対峙した。

 今日もまた、孤児院の庭に鈍い剣戟の音が響く。

 



 ***




 後日談をしよう。

 騎士にボコボコにされた俺が気絶した後のことである。


 まず騎士……ルーイだかソーンだか、名前は忘れたが、彼は騎士を退職させられた。

 そりゃ無実の子供にあれだけのことをしたのだから当たり前、というわけでもなかったらしい。

 何だか知らないが、あの騎士はそれなりの名家生まれということで、上層が暴行の事実を揉み消そうとしたのだとか。

 権力を使って事実を初めからなかったことにする、と。

 よくある話だ。


 当たり前のようにシェイラがキレた。


 行き過ぎたことをした者には相応の天罰が下る、というところまで王道すぎる。

 もはや定番と言っていい展開。


 もっとも、定番に見えたのは最初だけで、その後の流れはむしろ修羅場だったが。

 シェイラがやったことを簡単にまとめるとこんな感じだ。


 騎士の暴行の事実を揉み消す?

 よろしいならば戦争だ。


 ちなみに脚色は一切加えていない。

 加えていないが、少しばかり過程をすっ飛ばし過ぎたので補足しよう。


 シェイラは俺を助けるために、特級七位土魔法『摩天楼大獄』を使って街のど真ん中に地上五十メートルもの土の塔を創り、そこに騎士を閉じ込めていた。

 なんせ五十メートルである。

 とんでもねー魔法を使ったものだ。

 俺も現物を見てみたが、修学旅行のときに見た五重塔より更にでかかった気がする。

 その頂上に幽閉された騎士の気持ちなんて考えたくもない。

 自業自得だろうが。

 で、シェイラは騎士団上層に『もし事実を改竄するつもりなら、あの騎士は永遠に解放しない』と警告したのだ。

 日本で言えば、警察の一人を人質に取って身代金を要求するぐらい無謀な言動だ。

 当然、騎士側は語調を強めた。クーデターでも起こす気かと。

 それでもシェイラは譲らなかった。


 俺なんかのために何を馬鹿なことをしでかそうとしたのか。

 そう突っ込みたくなるが、その議論の過程を見ていた孤児院組一同曰く『アレはむしろ騎士側が可哀想だった』という。

 どうやらシェイラ母様は本気でブチ切れていたらしい。

 しかもその割に、声色は怒気を通り越して解脱した仏の如き静けさだったそうな。


 明らかに激怒してるのに、猫を撫でるような声で騎士の舌鋒のことごとくを灰燼に帰す聖母。

 何それ超怖い。

 聖母ってか般若にしか見えない。


 結局最後は騎士が折れる形で終結した。

 ゴミ騎士氏は無事解放され、きっちり罪を裁かれて追放処分に。

 

 一件落着。


 孤児院は本格的に騎士団を敵に回したことになるが、我らが聖母は広い人脈を持ち、裏の黒い噂を色々知っている。

 いざとなったら、それを餌にして撒くから大丈夫、とシェイラは微笑んでいた。

 何が大丈夫なのか分からんが、とりあえずそのときの母さまの笑顔が恐ろしく見えたのは秘密である。



 俺の殺人罪もなんだかんだで不問となり、孤児院に戻ることが許された。


 とはいえ、すぐに戻れたわけではない。

 騎士にボコされた際の傷がかなり深かったため、当分は治療院で休養に努めた。

 腕の骨折とか治療魔法のゴリ押しで治そうとしたせいで体力が尽き、次は高熱に苦しんだりと、孤児院の皆さんに多大なご迷惑をおかけしたものの、おかげで傷は一ヶ月ほどでほぼ回復。

 殴られたときにすっ飛んだと思しき奥歯の一本は、生え変わったばかりの永久歯だったため治せなかったが、後遺症はそれくらいだ。

 俺としては、腕が折れた状態で魔法を使う訓練になったので、何も悪いことばかりではなかったりする。



 レイチェルをはじめとする、孤児院からの見舞い客は毎日やって来てくれた。

 熱を出したときなどは、シェイラがいつになく慌てていたのが見てて面白かったし、レイチェルは相変わらずお姉さんぶって世話を焼き、後日風邪が移ってしばらく見舞いには来れなくなっていた。


 それと何故か、俺より年上っぽい見知らぬ少年もやって来た。

 何やら興奮した様子で何度もお礼を言ってきたが、お礼をされるようなことをした覚えはなかった。

 結局少年はそのまま帰っていった。

 何だったんだろうか、あれは。


 あと……入院から一週間ほどが経った頃にサプライズパーティがあった。

 三歳と五歳の分をまとめた盛大な誕生会である。

 ちょうどその日は、魔法の朝練くらいならできるかなというところまで怪我が回復したので、いつもと同じように日の出と共に起きてみたのだが、目を開けてみればベッドの周りにプレゼントの山と、雑魚寝している孤児院メンバーの姿が。

 この世界にクリスマスなどない。

 夢でも見てんのかと思ったが、なんとなくみんなが何事かを計画してスタンバっているのは分かった。

 俺は空気の読める男だ。

 朝練の再開は一日延長することにした。


 寝たふりをしつつ、みんながのそのそ起き出して何やら準備し始めるのを薄眼で眺めていると、ぽろぽろと涙が出てきた。

 なぜだろうか。

 自分でもよく分からなかった。

 嬉しすぎて、というわけでもなく、喜びの感情に堪え切れなかったわけでもない。

 ただ涙は零れていった。


 泣きすぎてみんなに狸寝入りがバレた。

 どう言い訳しようかとどもっていたところで、シェイラに抱き締められ、続けて他の子たちも突撃してきて、ちょっとばかし傷口が開いた。

 パーティは一日中続いた。

 とても幸せな時間を過ごした。


 プレゼントは、衣服類、木剣二本、さらになんと新品の魔法教本が一冊。

 全属性の中級魔法、下位から上位を収めた本だ。

 とんでもなく高かったはずだ。

 ここまで来ると、嬉しさを通り越して申し訳なさすら感じてくる。

 だが、ありがたく受け取っておこう。

 物の値段ではない、本にこもったみんなの思いが胸に染みたような気がした。


 他には、孤児院の子供たちに、一つだけ、何でも言うことを聞いてもらえる権利なんてのをもらった。

 発案者はレイチェルだ。

 ドヤ顔で『何でも言ってくれていいのよ』などとのたまう彼女に、じゃあパンツ見せてくださいと冗談半分に言ったらその場の空気が凍りついたのは言うまでもない。

 顔を真っ赤にしながらもスカートをたくし上げようとしたので、慌てて止めた。

 治療院の閉院時刻になり、お願い事はまたの機会に保留することにしたところでお開きとなった。


 ちなみに、このパーティはセレナへの歓迎会も兼ねていた。

 俺が治療院にいる間にシェイラが術導院に話をつけたようで、セレナは正式に孤児院で引き取ることになったらしい。

 セレナも初めは俺を祝う側だったはずが、不意打ちのような流れで祝われる側になっていた。

 二重サプライズというやつだ。

 彼女には俺と同じ木剣と、何でも命令権がプレゼントされていた。


 セレナは終始何が起こっていたのか分かっていなさそうな顔だったが、何でも命令権の効力を把握するや俺に『わたし、える、ずっといっしょ』などという命令を下し賜われたため、一瞬の静寂をおいてひやかしの口笛が吹き荒れた。

 まあ、何と言うか。

 もうこのままでも良いかと考えている自分がいた。

 腕が折れている間、ご飯やトイレの面倒を見てくれたのはセレナだった。

 熱でうなされている時も、彼女は四六時中そばにいてくれたのだ。

 セレナに風邪は移らなかった。

 獣憑きは、病気などに対する耐性も人一倍強力であるらしい。


 ぶっちゃけリハビリ中はかなりしんどかったので、俺としても側にいてくれるととても助かるのだが。

 なんとなく、このまま俺にべったりに育ってしまいそうな気がしないでもない。

 本当になんとなくだ。

 そうなってほしいなんて断じて考えていない。


 まあ、これに関しては結論は出ている。

 セレナの好きにさせる。

 好感度がウインドウに表示されるエロゲーなどと違って、現実はままならないものだ。

 彼女を自立させるために、適度に好感度を保ちつつ距離を置くなんて器用な真似が俺にできるわけがない。

 俺自身それほど魅力のある人間ではないし、セレナも離れる時はさっさと離れていくだろう。

 それならそれでいい。

 仮にもし、成長したあとも俺にべったりが続いていたら……その時はその時だ。

 今考えても詮無きことだ。

 未来がどうなるかなんてのは誰にも分からないのだから。

 そうなってほしいなんて断じて考えていない。



 そして、俺だ。

 攫われボコられ、自分の無力さを思い知る良い経験を経て___少しだけ変わった。

 主に、今後の行動方針が。


 何しろ考える時間がたっぷりあった。

 色々なことを考えた、自分のことやセレナのこと、孤児院のみんなのこと。

 区切りのついた思考もあれば煮詰め途中の思考もある。


 思考回路が切れてきても、現実は間断なく俺にやるべきことを与えてくれた。

 白魔法や、魔法の原理研究。

 特に『硬化』などは、魔力がどう作用して細胞結合の強化をしているのかまだ分かっていない。

 まだまだ勉強する必要があるだろう。

 身につけた剣術の動きや型も、寝てる間に大部分を忘れてしまった。

 再び定着させ直すのにも時間がかかるが、頭の中でイメージトレーニングをすると大体の感覚が取り戻せた。


 修練の集中力が途切れてきたら、また取り留めのない思考に身を委ねる。

 前世では、イメトレなど小説の中の産物でしかないと舐めていたものだが、案外馬鹿にならないものだ。

 部活のサッカーで、俺がいくら練習しても上手くなれなかった理由も分かる。

 戦闘とは常に流動的で、状況が一刻一刻に変化する。

 その最中で肉体は反射的とも言える瞬間の判断で動作し、その判断は頭の中に先行するイメージを追うようにして下される。


 この攻めはこう防御する。

 この動きはこう回避する。

 この守りはこう突破する。


 単純な『最善手』をどれだけ正確に、早く多く繰り出せるかが勝敗を分ける。

 それは、剣を使ってもボールを使っても、同じことが言えるのだ。

 当時俺はディフェンダーだったが、相手と対峙した時、イメージを追おうとしたことは一度としてなかった。

 ただがむしゃらに突っ込んでいた。

 あれで上手くなるわけがない。


 生前、俺はそうした難しい考え方から本能的に逃げてきたように思える。

 そして不幸なことに、逃げ道はどこにでも存在した___スマホにゲーム、ピアノを少しばかり弾いたりもした。


 ある程度成長し、過去の自分を冷静な目で振り返れる今だからこそ分かることだ。

 同じ愚を繰り返すまいと、努力することができる。

 逃げようとする自分を理解し、戒め、正すことができる。そして、その合理性を見出せれば、それをやらない道理もない。



 努力は自然と継続する。

 これは、転生した俺だけが持ち得る唯一の天稟なのだと思う。



 最近なんとなく気付いてきたが、俺には、たぶん剣の才能も魔法の才能もない。

 皆無というわけではないが、中途半端なのだ。

 どれだけ剣を頑張っても。

 どれだけ魔法を頑張っても。

 いくら合理性を見出し努力を続けて経験を重ねても。

 おそらく、一般人から頭一つ抜けた程度の実力を身につけるので精一杯だ。

 それだけのポテンシャルしかないのだ。

 トゥエルという人間は。


 魔法を例に挙げよう。

 五歳にして下級魔法全位を網羅している、と言えば聞こえはいいだろう。

 だが、それは同時に、俺は下級魔法を全て習得するのに四年もかかったということでもあるわけだ。

 クラヴィウス共和国では、五歳から術導院に通わせ、魔法使いならば十二歳までに中級魔法全位を体得するのが一般的だ。

 少し魔法の才能がある子なら、二年で下級魔法を習得し、その後はみっちり中級魔法の勉学に励むのだという。中級は極めて複雑な理論が基礎にあり、全て理解するのには四年ほどかかるのだとか。


 単純な話、俺は下級魔法を習得するのに、一般的な魔法使いの子と比べて二倍もの時間が必要となった。

 多重魔法や魔法改変など、色々と寄り道をしたとはいえ、時間をかけ過ぎだ。

 つまり、魔法の才能がない。


 では剣術を例に挙げよう。

 これに関しては、まだ体作りの途中なのでなんとも言えなかったが、セレナを見て確信した。

 ここのところ毎日一緒に朝練しているが、俺は最初の一合から全く勝てなかった。

 あの子は、才能のある子だ。

 身体能力ではなく、何と言うか、体の動作の一つを取っても俺には想像もつかない感覚を以て動かしているのが分かる。

 俺はそのセンスがない。すなわち、俺には剣の才能がない。


 知力に関しては例を挙げるまでもない。

 数学ができるとか、語学に優れるとかそれ以前に、ゴミ騎士との口喧嘩で勝てなかった時点で自明の理だろう。

 俺の学習能力は、人の平均を下回る。

 普通なら数回やればできることでも、何度も何度も繰り返してようやく身につくようなレベルだ。



 ならばこそ。

 俺は、努力を継続できるというただ一つの才覚に頼るしかない。

 この才覚とも言えない才覚の強みは、魔法でも剣でも関係なしに力を発揮できるという点だ。

 能力の限界値は低くとも、努力次第で自身の力量を最大限伸ばすことができるのだ。


 剣、魔法、知識。

 複数のフィールドに渡ってそれなりの力を付ければ、多少なりとも機転が利く。


 例えば剣なら、たとえ格上の剣士を相手にしても、魔法で機動力を補い、防御力を補うことは可能だ。

 短縮詠唱の利点は、むしろ近接戦闘で最も発揮されると言っていい。

 痒いところに手が届く感じだ。

 騎士から逃げる時に使った妨害魔法だって有効な場面は多かろう。


 魔法にも同じことが言える。

 強烈な威力の魔法も、応用が利けばわずかな魔力だけでも対抗することが可能だ。

 シェイラの『摩天楼大獄』は土の特級魔法だが、硬度が高く、有利属性の風魔法を以てしても突破は困難を極めるだろう。

 しかし、芯の部分に水の侵蝕を発生させるとどうだろうか。

 恐らくあの巨塔はあっさりと崩れ去る。

 自重で潰れるからだ。


 モノは考えようだ。

 俺には、一分野で特化できる才能がない。

 一つの分野で身につけたもので、他の分野の足りないところを補っていくのだ。

 そうすれば、その分野で才能の秀でる者に食らいつくことぐらいはできる。

 そうでもしないと俺は生き残っていけないだろう。

 さもなければ理不尽な権力に踏み潰されるか、力無き者として無法者に埋もれるか。

 どちらも二度と御免だ。



 俺はこれから、より努力に打ち込む。

 とりわけ、白魔法は、偶然ながら手にした数少ない自己強化のチャンスだ。

 残念ながら、すぐ使いこなせるだけの才能はないが、一生に一度のきっかけをみすみす逃してなるものか。


 今使えないということは、今の俺に使えるだけの技量が備わっていないということ。

 そのための技量を身につけるのに必要なのも、やっぱり努力だろう。

 ひたすらに下地作りに励むしかないのだ。

 才能がないと分かっても、魔法を極めたいという夢を諦めたわけではない。

 いつか、絶対に身につけてみたい。


 俺は、今日も鍛錬に励む。

 強くなるために。



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