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勇者のスペア ー魔剣使いの人生譚ー  作者: 黒崎こっこ
エルフィア孤児院 幼少期
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第一話 転生というきっかけ




 ___俺が、自分という人間に劣等感を感じるようになったのは、いつからだろうか。


 大学に入って一年、成人まであと一年。

 部活やサークルにも入らず、高い金を払って進学したというのに授業は話半分に聞いて、無駄に時間を浪費していく毎日。

 中学を卒業した頃から始めた物書きも、サイトに投稿したって全然ユーザー数を稼げないものだから挫折しそうだった。もっとも、小説を書くこと自体は好きであったし、やることも他になかったので、止める気はなかったのだが。


 しかし、ある時。

 素人文章の小説がランキング入りを果たし、作家さんが嬉々として記念話を投稿しているのを見て、ふと思ったのだ。


 俺はなぜ『妬まない』のだろうか、と。


 理由は少し考えただけで分かった。

 自分自身に能力がないからだ。

 それだけの努力をしてこなかったことを自覚しているからだ。

 俺が『素人文章』などと評価したその小説は、おそらく他の人間にとっては面白いのだ。

 俺が『素人文章』などと評価したその理由は、おそらく俺が文章を面白くさせるすべを知らないからだ。

 小説の専門学校にも通ってない俺がよくもまあ作家を貶められるものだが、テレビでもネットでも芸能人や政治家をこき下ろす専門家気取りの扇動家が跋扈している時代である。

 世の中もそんなもんなのだ。


 俺は、勉強でも運動でも最低限の努力はしてきたつもりだ。

 だから大学は中堅校に受かったし、体力テストではBを下回ったことはない。

 普通に可愛い彼女を作れる容貌もあった。

 少なくとも底辺の人間ではない、凡人だった。

 と、そこでまた気付く。

 俺は凡人であることに不満を持っているのだと。


 ならば、俺はどんな人間であったら満足できたのだろうか?

 ノーベル賞でも受賞できるような知識人。

 世界中から賞賛を浴びるアスリート。

 民衆の上に立って国家の舵取りをする官僚。

 どれも違う気がする。

 なれればいい、とは思うが、今からそれに向かって努力したってどこまで行けるかなどタカが知れているからだ。

 今から積み重ねようにも、俺はあまりに下地が薄すぎる。


 そう、下地が薄いと言えば。

 思うところがある。


 俺が幼稚園から続けてきたサッカーだ。

 小学校の頃はクラブチームに入り、そこそこ上手かったのか、頭数合わせで一つ上の学年の試合にも出させてもらっていた。

 中学に上がり、サッカー部に入って上下関係に慣れず、下手くそなどと言われ見返してやろうと朝も夜も練習していた。レギュラーを勝ち取り、ベンチにいるあいつを見下して満足していたのだ。俺はその時、それ以上を目指そうとはしなかった。

 そして高校に進んで___思い知った。


 下地の厚みの違いを。

 自分の器の小ささを。


 その高校のサッカー部は、都内では中堅の強豪校として知られていて、学力的に俺とかち合っていたこと、そして家からも近かったこともあり、それほど悩まず進学を決めた。

 体験入部に行き、最初の練習で行った練習試合。

 身長が伸び悩んでいるらしい、我が強そうな小男と競り合った。


 数秒で吹っ飛ばされた。


 拮抗すらままならなかった。

 俺より十センチも小さい相手に秒殺された。

 あの時の感覚は確かに覚えている。悔しさも、敗北感もなく、俺はただ何をどうすればいいのかが分からなくなった。

 彼が見せた才能の片鱗は、当時の俺からすれば、絶対に越えられない高い壁のように見えたのだと思う。


 どれくらい努力すれば、あの小男に追いつけただろうか?


 考え返してみても、答えは得られない。

 思えば、中学後半になって、俺は自分が『サッカーに不向きなのではないか』と思うようになっていた。

 自分の能力とサッカーというスポーツの間に、ズレが生じているように感じたのだ。それが甘えだったのか、諦めだったのか、逃げだったのかは分からない。


 ただ一つ言えるのは、あいつには才能があった___そして努力もできる人間だった。

 努力の量は俺が上回っていたかもしれないが、それ以上に、あの男は質で上回っていた。

 自分が足りない所を逸早く知り、それを埋める技量に長けていたのだ。

 努力の試み方が上手かった、とでも言うのだろうか。

 何より、彼は高校入学時点で自分の一番の弱点である『体格』を克服せしめていた。

 中学時代のトレーニングで体幹が殆ど完成されていたのだ。


 成長期を過ぎていたからなのか、はたまた鍛え方が間違っていたのか、どれだけ鍛えても俺は勝てなかった。


 今になって、まるで自分自身への言い訳のように考えていることだった。下地が違いすぎたのだと。

 小さい頃からもっと努力していれば、俺はもっと強くなれた。

 自分の望み得る人物像だって実現できたはずだ。

 そして、あの男はそれを実行し、事実強くなっていた。

 至極当たり前のことだが、今さらそんなことを言ったって時間は巻き戻らない。

 さらに困ったことに、こうした考え方に陥ってしまってから俺は上昇志向を失ってしまったらしい。


 下地が薄いが故に。

 何をやっても他人に劣ってしまう。


 全てが遅すぎたのだと。

 

 そして、命題は初めに戻る。

 俺の中に劣等感が根付いてしまったのは、こうした経緯があったからだろう、などとぼんやり考える。

 感じ始めたのは高校生ぐらいからか。

 ある意味、こういった考えができること自体が恵まれている証拠なのかもしれない。

 大体のことは人並みにできる。

 しかしそれが故に、それ以上ができたら、と望んでしまうのだろう。

 人間とはかくも欲張りな生き物だ。

 まもなく成人になるというのに、自分を奮い立たせる糸口を見つからぬまま、今日も俺はずるずると地べたを這う。


 ある日、きっかけがほしい、と思った。

 何か、今日から全力で生きようと思えるきっかけが。


 もちろん、そんな都合のいい話がそこら辺に転がっているわけもない。だから俺は、せめてきっかけを作る努力をした。

 努力などと言っても、今日はただ運転免許でも取ってみようと教習所へ申し込みをしに行っただけなのだが。




 ……まあ何と言うか、アレだ。

 思えば、初めてのことでもなかった。




「う、あうー」



 俺の努力は、毎回、ちゃんと身を結んでくれている。

 俺はただ、楽な方向へ逃げていただけだ。

 むっちりとした腕を曲げ伸ばししつつ、俺は何とも微妙な心持ちでそう思っていた。




 ***




 前置きが長くなってしまったが、俺はどうやら転生したらしい。

 素人なりにも異世界転生小説を書いていた身だからか、現状を咀嚼し切るのは自分でも驚くほど短かった。

 思考が落ち着いた所で、話を進めよう。


 まず、俺は今、赤ん坊である。

 教習所で申し込みを完了させた直後、背後から暴走車に頭突きをぶちかまされたというのはなんとなく覚えている。

 コンビニでエロ本でも物色しようかと考えていた矢先だった。

 親の教育で小学六年までカップ麺を食べさせてもらえずにいただけあり、部活で転んでも倒れても吹っ飛んでも骨が折れたりすることは無く、体は頑丈な方だと思っていたのだが、死ぬときは死ぬものだ。


 まあ、死んでしまったものは仕方ない。

 家族や彼女が今どうしているか___せめてお別れぐらいは一言言いたかったところだが、今は頭の片隅に押し殺しておく。


 問題はむしろ目下現状にある。


(転生して早々また死にそうなんだが……!?)


 目の前には曇り空。

 しかも今にも雨が降り出しそうなご様子。

 そして、赤子の俺を包んでいるのは汚い毛布一枚のみ。

 俺は捨て子に転生したらしい。


(ま、周りに人は……ダメだ音も聞こえないし外見えねぇ、使えねえなくそったれ)


 外の様子を確認してみたいのだが、どうやら俺は籠の中に入れられているようで、視界が遮られて見えない。

 体も思うように動かない。

 焦ってきた。

 何の因果か第二の人生を享受してしまった俺だが、転生したからには今度こそ後悔しないよう努力に邁進していく心算だった。

 しかし、流石に完全下地ゼロの赤ん坊の状態でこの状況を打破しろと言われても不可能である。努力云々以前の問題だ。

 どうすればいいんだろうかこれは。


 この状況は想定外だ。

 いや転生自体を想定していたわけではないのだが。

 俺が書いていた小説という名の可燃ゴミの主人公は、姿形をそのままに異世界に転移していた。

 理由は赤ん坊から転生すると色々苦労しそうだからだ。

 いやはやこれは、想像以上にしんどい予感が。


(何か、なにかないか……ん!?)


 寝返りを打ったり腕をぶん回したりわたわたしていると、何かカサリとした物が手に触れた。急いで持ち上げてみる。

 それは羊皮紙のような紙の一片だった。


『この子の名前はトゥエルです』

 

(……読めん!)


 何か文字が殴り書きされていたが、日本語どころか英語ですらなかった。

 考えてみれば地球に再転生したかもしれない可能性も考慮すべきだったが、これは本当に異世界へ転生したかも分からない展開だ。

 まあ知らない言語の方が多いし、早とちりしちゃいかん。


(それよか、誰か! へるぷみー!)


 んー、にぁ!と背伸びしたり唸ったり。

 しかし、そんな動作をしても木の葉が一枚風に乗って俺の顔面に突撃してきただけで、一向に人の気配がない。

 マジで泣きそうだ。


 ……。

 あ、泣けばいいのか。


 育児ママが鬱になるのは赤ん坊の声が特定の周波数、黒板を爪で引っ掻いているような音を含むだからだと聞いたことがある。

 周囲に騒音をばら撒いてやるのだ。

 いやもう気付いてもらえれば何でもいい。とにかく助けてください。

 あ、でも魔物とかは勘弁。


 今の俺は赤ん坊だ。

 泣くことこそが仕事みたいなものだ。

 よし、泣こう。泣くぞ。

 魔物マジで来んなよ?

 せーの___


『……はあ。また捨て子ですか』


 ___とその時、天啓のように誰かの声が聞こえてきた。


「ぶぅううぁ! ふぎゃー!」


 もはや恥などかなぐり捨てて泣き喚いてみると、真上の曇り空を遮るように巨大な影が差し込み、次の瞬間、かなり丁寧な感じで抱き上げられた。急激な浮遊感で肝が冷える。

 俺は目をぱちくりして、その女の人の顔をまじまじと見た。


『元気な良い子なのに……何故捨てるのでしょうかね』


 何を言っているのか分からない。

 そもそも、ここが異世界であるという確証は何もないのだが、その女性の容貌でひとまずここが日本でないことは確定的に明らかになった。

 亜麻色の髪に鳶色の瞳、少しとんがった小ぶりの耳。

 こんな日本人がいてたまるか。

 とりあえず助けてくれるのなら何でもいいので、俺はその女性の服を掴んで昆虫のように張り付いていた。


『あらあら。甘えん坊さん』


 その女性は俺にあやすように揺すりつつ、鼻歌を歌って聞かせながら歩き出した。




 ***




 聖母さんに連れて行かれてから、一ヶ月が経った。


 聖母というのは俺を引き取ってくれた人の事だが、誇張でも何でもない。

 もしあの人が拾ってくれなかったら、おそらく俺は今頃生きてはいなかった___というのも、拾われた直後に外で暴風雨が降り出したのを見たからだ。

 俺は良い人に拾われたようだ。

 少しそばかすが目立つが、それもご愛嬌と言える程度には整った美人さんである。

 その上、衣食住からおしめの世話までしてくれたとなれば、補正増し増しで聖母に見えてくるのも仕方なかろう。


 とまあ、聖母ヨイショはこれぐらいにしておいて、ここ一ヶ月のうちに分かったことを話すとする。


 俺が引き取られたのは、どうやら孤児院のようだった。

 門前に置き去りにされていたらしい。

 孤児院といえばボロ施設に子供わらわら、少々健康に悪影響を及ぼしそうな環境、といった感じのイメージなのだが、実際来てみるとそんなでもないという印象だった。

 子供は確かにわらわらだが、中学生ぐらいの子が何人かで小さな子たちをまとめており、遊んだあとの片付けや食事の仕方、勉強から聖母のお手伝いまでかなり規律正しく行っている。

 掃除もサボらずしっかりやっているので、健康面ではむしろ日本の埃っぽい環境の方が悪影響を及ぼしてるのではと思うほどだ。

 先入観とか早々に捨てた。

 唯一、ご飯だけは胃がひっくり返りそうな薄味でまずかったのだが、慣れてしまえば気にならなくなった。

 ちなみに俺の体は、生後すぐというわけでもないらしく、歯も数本生えていたので、年齢的には一歳前後だと思われる。


 軽いカルチャーショックを受けたところで、本題に入ろう。


 この世界には『魔法』がある。


 つまりは異世界?!と結論を急くのはよくない。

 そも、地球と対比するように『異世界』という単語を用いるのが間違っている。全く未知の文化が栄えている別惑星の可能性だってあるのだ。早合点せず、自分でこれから学んで確かめるべきだ。

 そのためにも、こちらの言語を覚えることはより急務となってくるわけだが、その話はまた後にしよう。


 とにもかくにも魔法である。

 俺が引き取られてすぐ、嵐が孤児院を襲った。その時に、聖母と年長さんの数人が杖を掲げて何やらにゃむにゃむと唱え出した。

 すると___なんということか、風の結界のようなものが孤児院を包み込んで突風や雨を和らげたのである。


 その光景に、俺は言い知れぬ感動を覚えた。

 本当に魂が震えたような気がしたのだ。

 腹の底に熱いものが煮え滾り、叫び出したくなった。

 というか実際叫んだ。

 そのあと雷の音に鼓膜を叩かれてガチ泣きした。


 衝動が命じるままに、俺は第二の人生の目標を決めた。

 俺は、この世界で魔法を極めようと。


 ここで活きるのが前世の記憶だ。

 赤ん坊の活動時間は極めて短い___が、それを補って余りある学習能力があるという話は、大学で何を血迷ったか選択していた教育心理学の授業で学んだ覚えがあった。

 誕生から十歳までは脳と体の、十二歳から二十歳頃までは心の成長が著しい、と大雑把に黒板にまとめられていた。


 そして、魔法を極めるためには知識という下地がいる。

 できる限り分厚い下地。

 それをより効率よく築くための俺の持ち時間は、現在一歳から成長期の終わる十歳まで、残り九年となるわけである。

 無論、勉強ばかりで頭でっかちになるつもりはないので、運動もそれなりにやっていくつもりだ。色々加味すると勉学に費やせるのは五年程度になる。

 その時間が、長い、とは思えない。

 むしろ全然足りない。

 たったの五年。

 遊び呆けている間にすぐ消え去ってしまいそうな時間だ。

 今の、この知識も経験もない空っぽな状態で一分一秒を過ごすことすら、この上なくもったいないように感じた。

 だから、早く魔法の知識を学び取る準備を整えるために、まずは一歳児なりに精一杯努力してみることにした。


 つまるところ、言語の習得である。

 幸い、孤児院には本が大量にあった。

 一日に何度か、聖母さんが子供たちに語学や数学っぽいのを教えている。

 休み時間に子供は外に遊びに行く……まるで小学校のような光景だが、考えてみれば孤児院だっていつまでも子供を預かっているわけではない。

 独り立ちさせるための教導もするのだろう。


 それが証拠に、聖母さんの他にも、数人の教師らしき影が出入りしているのを見たことがある。

 住み込みで働いているのは聖母だけのようで、他の教師とは話したこともないが。


 ともあれ、俺はみんなが遊びに行っている間に教室へ突撃を仕掛けてみた。

 教材らしき本を片付けている聖母さんの脚にかじりつき、抱き上げられた瞬間を狙って本にしがみ付いた。


 引き剥がされたら泣く。

 全力で泣く。

 恥も外聞もなく泣く。


 聖母は俺に一冊の本を与えてくださった。


 なんとなく申し訳ない気持ちもあったが、ありがたく賜ることにし、この一ヶ月で俺はこの本を熟読することにしたのだった。

 日常生活で拾った言葉と物、そして文字とを繋ぎ合わせていく、とんでもなく地味な作業であった。


(……『声』『言葉、節』『歌う』。『手』『集める』『生命の力』。ええと、要は呪文唱えて魔力を手に集中させる的な感じか)


 単語を一つ一つ拾い、頭の中で文を組み立てる。我ながら、たったの一ヶ月でずいぶん翻訳できるようになったものだ。

 ちょくちょく聖母さんが教えてくれるので学習も捗る。


 で、うすうす気付いていたのだが、この本どうやら初歩的魔法の本であるらしい。

 たまにある挿絵が明らかに魔法のそれだったのだが、ある程度文字を読めるようになってそれが確かめられた。

 魔法を極めようと決心した俺を後押しするような本だ。

 もはや聖母教に入信したい。


(『火』『始まり』『球』……えー、なんだこれ。知らない単語だ、チェックしとこ)


 この本の言語は、アルファベットのような文字を組み合わせて単語を作り、それらで文を構築する。これがまた独特な文法で、慣れるまではもう少し時間が必要になりそうだ。

 語彙力もまだまだ貧弱。

 気長にやっている時間はないが、焦ってもすぐ頭にインプットできるわけではない。

 間違った解釈を覚えても意味がない。


 焦らず、確実に、質を高く。


 腰に巻かれた布に小便をぶちかましつつ、俺は黙々と本を読み耽っていくのだった。




お読みいただきありがとうございます。

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